➖第一話・奴隷騎士➖ ⑧
それからエルザの故郷であるブライト国フイッテン領を目指すべく旅の支度を急遽行う事になった。
ブライト国はここから西の荒野にあり食料が取り辛い為に何度も裕福なユーラット国と戦争をしている為、出入りには一度、南側に向かい中立国である海洋貿易国家ドレイクと経由する必要があった。
海洋貿易国家ドレイクにある港町ナポリからエルザの故郷であるブライト国への貿易船が出ているそうで大勢の人が通る街道を歩いて行く為、モンスターを警戒する事は無かったのだが気を付けなければならないのは商品の強奪を目論む盗賊なのだが、それもわざわざ金品の少ない冒険者を狙おうとするリスクを負う事は無かったので、のんびりとした旅路だった。
「うわぁぁッ!!!」
「大丈夫ですかユウキさま!?」
旅を円滑に進める為に馬に乗って進もうとしたがユウキは乗馬の経験が無かったので何度も練習しても上手く行かず馬を操る事が出来なかったので結局エルザの操る馬に後ろから抱かれる形で乗り、ユウキが乗るはずの馬は荷物を載せエルザは2頭の馬の手綱を握って旅を続けた。
「ゴメンねエルザ。ボクが馬に乗れないからエルザに負担をかけちゃって…」
「いえいえ、人それぞれ得手不得手がございます、ユウキさまはそれが乗馬だったと言うだけですよ、それに私は幼少の頃より馬に慣れ親しんでいましたので、これ位は苦になりません」
そう答えながらユウキの屈託のない笑顔を見てエルザは自分の胸が高鳴るのを感じた。
この少年を自分の物にしたいと言う独占欲にも似た感情に気が付いているがそれを表に出すのは憚られる気がした。
何故ならユウキが自分に向けている笑顔は、まだエルザの事を恋愛対象として見ておらず、ただ単に同じ旅の仲間として見ていると感じ取れたからだ。
だが……それでも良い!この少年が私の事を好きになるよう努力すれば良い! そう決心したエルザは自分の胸の中に秘めた決意を悟られないように、どこまでも続く青空の下、馬を走らせ続けたのだった。
……
旅は順調に進んでいたが国境砦が見えてくると、やはり敵国騎士だった過去を持ち敗戦で捕虜奴隷となったエルザの顔に緊張の色が見て取れた。
「大丈夫だよエルザ、奴隷商人の主人が通行証をくれたし、偽装用の肩書と旅の目的も付けてくれたみたいたしさ…ほら、え〜っと、何々…ボク達は巡礼者でユーラット国の教会から託された聖典をドレイク国の教会へ輸送する旅をしている……だってさ」
「本当に大丈夫でしょうか?」
エルザは不安だった。
いくら通行証を持っているからとは言え、過去に敵国で戦った騎士ともなれば国境砦では取り調べや身体検査があったりするだろう……だがユウキはその心配はないと気楽に言う。
「ボクもよくわからないけど…巡礼者を疑う事は神への冒涜として、殆どの国の国境では身体検査や通行証の確認なんてされないらしいよ」
「それなら良いのですが……」
エルザはユウキの言う事を信用してはいたが、それでも不安を拭いきる事が出来なかった。
……
ユーラット国国境砦の前に出来た長い入国審査の列に並んでいたケイゴとエルザは、自分達の番が回ってくると衛兵から簡単な質問を受けるのだが、あらかじめ偽装した肩書や目的についての返答をするだけなのだが一人の国境兵士を見るなりエルザの表情が目に見えておかしくなったのでケイゴか小声で声をかける。
「エルザどうしたの?ここで疑われる事をするのは危険だから落ち着いて」
「あ、あの人…わ、私を凌辱して…拷問した…あぁ…」
例え忘れようとしても消すことの出来ないトラウマに怯えるエルザをケイゴが抱きかかえて、落ち着かせるように宥めていると衛兵が声をかけてきた。
「どうした!何か問題でもあったのか?」
「あっ…いえ!なんでもないです!そ、その…連れは普段刺激の少ない所で日頃修行しておりましたので、国の為に頑張っている兵隊さんの熱気に当てられてしまったようで…その事でお気を悪くさせてしまってスミマセン…もし差し障り無いようでしたら、皆様に我が神からの功徳品を差し上げてもよろしいでしょうか?」
そう言うとユウキは荷物の中からお金の入った袋を机の上に置いた。
「なんだ?これは賄賂じゃないよな?…うむ!まぁ神が与えた功徳品なら受け取っても問題あるまい、おい!お前ら!この坊やの功徳品を貰っておけ!まぁ良い、連れの体調も良くないようだし、ほら、もう行っていいぞ!」
「ありがとうございます」
ユウキはエルザを抱きかかえたまま一礼すると、そのまま国境砦を後にし、しばらく歩き続けるとエルザの震えも止まり顔色も元に戻りつつあった。
「ユウキさま…すいませんでした…私のせいで旅費を全て失ってしまって…」
「エルザ、旅費は何時でも稼ぐ事は出来るから気にしないで良いよ…でもキミは取り替えが効かない大切な人だから……どんな時もボクがキミを守るよ」
「ユウキさま……」
「ほら…まだドレイク国側の国境砦があるのだから、そこでまた入国審査があるからちゃんとしてよ、もう賄賂は何にもないから次また失敗したら実力行使で突破するしかないんだし。」
「はい!わかりました!」