堀の主(ぬし)
堀端にいた釣り人たちが次々と水に引き込まれている。
「シュンカ、逃げろ」
「いやです。おれも、手伝います」
「なら、―― ここで経をあげろ」
堀のすぐそば。
わかりました、と答える顔はこわばっているが、しっかりとうなずいた。
水を直に動かす術など聞いたことはない。
だとしたら。
「 堀の『主』か」
数珠をつかみ、経をつづる。
しだいに、重く濁った堀の水がのたりと揺れ始め、なにかが水を割ってのぞいた。
陽にぬたりと照らされたのは、巨大な魚のせびれ。
まわりに寄っていた野次馬が、『主さま』だ、とざわめく。
背びれがうねると、次にのぞいた黒い背がぬめりと光る。
ばっしゃん!と、尾が水を打ち、堀の水がおもわぬほどあふれかえれば、そのままぬたりと動いた水が、生きているかのように伸び、野次馬をさらう。
野次馬どもが悲鳴をあげて右往左往するのをどかし、あたりの店の男衆が集まり始めた。
「おいスザク!これを使え!」
先ほどの店にいた顔に傷がある男がさけび、おおぶりな刀を投げよこす。
受け取った坊主がにやりとし、数珠を首にかけると経をつづる腕を大きく左右に振った。




