なじみの女
「ほんっと、ごめんなさい!」
女は畳に額をこすりつけた。
シュンカを打った女は、セイテツの行きつけの遊び茶屋の女で、ツバキという。
二人が歩いていたのはその茶屋が集まった『色街』の近くで、茶屋に年中いりびたっているセイテツは、今日だけはそこに寄らずに帰るつもりでいたのだ。
なのに、なじみの女にみつかった。
シュンカを叩いて泣き出し取り乱す女を抱えるように、結局セイテツは、なじみの店を目指すこととなった。
裏木戸からもぐりこんだのを認めた店主だという年増の女に一喝されて、ツバキはようやく泣くのをやめ、セイテツの言葉に耳をかたむけた。
色のぬけた金色の髪がふわりと美しいツバキは、誤解を解くとみるまに縮こまり、赤く染まった顔でシュンカに謝りだした。
「―― いえ、ぜんぜん平気ですから」
女の手で打たれた頬は、じんじんするが、痛くはない
頭をあげてくださいというシュンカの隣、蹴られた自分の背をなでている絵師がうめく。
「おれは平気じゃねえ・・・」
さきほどからこの三人のやりとりを見ていた店主の女が、煙管を吸いつけ、笑う。
「もとはと言えばテツさんよお、お前さんの『みからでたさび』ってもんだろ」
女を放っておくとどうなるかよくわかったかい?と煙を吐く。
畳に手をついた女が、そうだよ、と顔をあげた。
「テツさんがひと月もこないのがわるい」
「あのなあ・・おれだって忙しいときってのがあるんだよ」
「忙しい?だってこうして街におりてきてんじゃないのさ!」
女が片膝をたてたところで、シュンカが「それは」と声をはさむ。
「 ―― 絵の材料を買い足しに来たのです。いつもは商人に頼むのですが、セイテツさまがおれに街をみせたいと連れてきてくださったのです」
「らしくないねえ」
煙管の女が笑い、セイテツが、るせえよ、と頭をかく。
ごめんなさい、と今度はシュンカが向かいの女に頭をさげた。
「おれが、街のことをよくみたいなんて口にしたので、セイテツさま、忙しいのに出てくれたんです。本当は早く仕事を終えて、ツバキさまにお会いしたいのだと思います。 ―― さっきもツバキさまに似合いそうだと、髪飾りをみていらっしゃいました」
「おい、シュンカ」
「ほんとかい?テツさん」
感激したように、セイテツにとび蹴りをくらわせた女がにじりよる。
「ま、まあな」
「やっだあ~、もう、あたしったらほんと、やきもちやきなもんだからさあ」
ごめんねテツさん、と男の首に腕をまきつけ、顔をすりつけた。