よどみ
なので、今回は絵師がみずから下界に足をはこび、材料から紙までを選んでいた。
「 ―― ひさかたぶりに力いれてやれる仕事だからな。 やってる間は何も考えずにいられるから、ありがたいよ。 ・・・ただ、かいがいしいシュンカとふんぞりかえったスザクを眼にいれると、嫌味のひとつもいいたくなる」
「ほお。シュンカがおなごに頬をねえ・・・ ―― その跡は、もう消えましたか?」
「あん?まあ、さすがにもう目立たないな」
そうですか、となにやら考え込んだヒョウセツは、次に下界にゆくときは、必ず笠をかぶらせなさいと進言した。
「ああ。―― コウセンにもそんなこと言われたな。何かあるのか?」
「 下界の色街には、人間たちの『気』がたまっています。その質が悪いので『よどみ』となる。―― 前に、黒鹿たちが隠れていた大堀のなかにある『オオシマ』は、その中心ですが、そんな場所にあれだけきれいな『気』を持ったシュンカがゆくのは、―― 好ましくない」
なるほど、とセイテツは髪をぐしゃぐしゃとかく。
「おれはスザクと違って、シュンカの『気』など加減できねえからなあ・・・」
坊主なら、シュンカに『蓋』をしてやることもできる。
「 ―― 『大堀』の『オオシマ』にある社、中が空になったわけを知っていますか?」
思いついたようなヒョウセツの問いに、そういえば聞いたことねえなあ、と絵師は首をかしげた。
「・・・もともとは、あそこにも『宝物殿』があり、『存神』が入れられていたはずなのですが、 ―― いなくなりました」
「逃げたのか?」
「いや、喰われたようです」
「禁術かよ?」
ゆったりと首をふるヒョウセツが喉をふるわす獣のような笑いをこぼした。
「 人間の『気』に 」
「・・・・なんだって?」
「人間が、どれほどおそろしいものをもちあわせているか、ぼくはよく知っています。それに、色街の女たちがどれほどの《もの》を抱えているのか、セイテツなら知っているでしょう?」
「・・・・・・・」
「さすがのあのミカドも、『大堀』には水盆を《つなげた》ことはないと言いますからね・・・」
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どろりとにごったくらいみず
弓張り月が雲にかくれる夜
女がその堀のはたに立ち、願いをつたない文字でしるした紙きれを、おのれの髪でゆわいて水へとなげいれる。
風もなく落ちて浮かんだままの紙が、どぷり、といきなり姿を消した。
願いがかなう
紙が、大堀の主にひきこまれたら、
――――― 願いはかなうのだ
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