よくないことと よいこと
―― 4 ――
伍の宮に来たヒョウセツが、このところひきこもっているセイテツを訪ねた。
「おれを訪ねてきたのか?」
しばらく櫛も通していない藁色の髪をおさえるように頭に布を巻き、筆をくわえた絵師が、目もあげずに右手につかむ三本の筆を持ち替えた。
それほど広くもないセイテツの部屋の石の床上にひろげられた紙いっぱい、女がしどけない姿をさらしている。
「この宮には今セイテツしかいないのだから、当然でしょう?」
「はは、そりゃそうだ。―― で?なにか出てるのか?」
ようやく目をあげた男がきくのは、大臣たちがそれぞれにおこなう占型のはなしだ。
とくにヒョウセツはこの伍の宮をきにかけてそれをみる。
シュンカという『気』のかたまりのような人間が来てしまい、この天宮がひどくざわつくことになるのを嫌っていた男だが、今ではだれよりもシュンカの幸せを願っている。
いっぽうで、シュンカの『気』がひきおこすさまざまな出来事には、だれよりも冷静な目をもって当たる。いままで起こった事もすべて、『必然だ』とヒョウセツは言う。
「・・まあ、すこし」
卦相をすぐに口にするかと思ったのに、ヒョウセツはその獣のような鼻先をひくりと動かした。
「おまえらしくないな。こうしておれだけの時を狙って来たのも、二人に聞かせたくないからだろう?」
絵師のそれに、半分獣のかたちをした男が息をつく。
「 ―― じつは、・・・三月前に、伍の宮に、凶がでました」
「なんだと!?なんでもっと早く言わねえんだよ」
セイテツがようやく筆を置き、腰をあげた。
ヒョウセツが両手をあげ、制する。
「いえ、前のような、ひどいことではなさそうです。ただ、伍の宮に、 ―― よくないことと良いことが起こる」
「はあ?どういうことだ?」
「天宮内のことですからね。それいじょうはみられません。 ただ、占型の最中にいきなり風がふいたように水がゆれ、若い女の笑い声がきこえました」
「術か?」
「いえ、違うでしょう。悪意は感じませんでした」




