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You gotta come with me.

 あぶれた二人は壁側の長椅子に座った。ビリージョーは心では一人を追いかけている。舞台の中心で、せせらぎに流れる花のように相手を変えてくるくる踊っている彼女。


 あの中で、クィアンナは何人の男性から告白を受けるのだろう。踊っている二人の顔がくっつきそう。男性が何かを話して、クィアンナは小さく頷いた。


「今夜はあいつと帰るんだろうな」


「え、まさか」


 ハーベイ・エルウッドと恋人のように振る舞っていたのはなんだったのだ。もう破局を迎えたのか。

 ビリージョーの目が、「夜会でのお持ち帰()()」が一度や二度ではないことを物語っていた。彼はなぜ受け身なのだろう。好意を伝えたらまた違う結果になるのでは。


 ウィロウのそんな思考を読んだかのように、苦々しそうにする。


「俺がこれまでに思いを告げなかったと思うか?」


 では、告げたことが、あるのだ。告げてから断られた上で、隣にいる?……幼馴染として。変わらず、彼女が好き。


「好きだとは言った。どうにもきょうだいのそれと思い込んでいるらしい」


 いとも簡単に、「わたくしも好きよ。ありがとう」と返されてしまう。完全に男として見られていない。


「ビリージョーさまは、こんなに素敵なのに」


 それを励ましと受け取って、彼は笑う。


「女性の友人から褒められるのは嬉しいな、自信になる」


 曲が変わった。

 円から出てきたクィアンナがこちらに向かって軽く手を振って、ビリージョーが頷いた。「今夜は帰りを遠慮してほしい」と礼儀の言葉もなく。


 ーーそれだけ? それだけでわかりあえてしまう仲なのに。


 態度には出さないが、ビリージョーが失望したのが伝わった。


 二人して長椅子から立ち上がった。一人で帰宅しようとする男と、それを引き留めたい女の攻防が始まる。


「悪いが、俺も今夜はこれで失礼する。きみもジェローム殿のところへ行ったほうがいい」


「ビリージョーさま、私と一緒に帰りましょう」


「いい、こんなことには慣れている」


 逃がすものかとぐっと袖のカフリンクを掴んだ。腕に触れる気概はない。彼は女相手だから、振りほどくようなことはしないでいる。


「寒い夜にお一人でいてはいけません。冷えは思考を暗くします。お酒はだめですが、お茶で体を温めるんです。我が家のほうが近いですよね。お兄さまもきっとおいでと言います」


 会場のどこかにいる兄を探して見渡すが、ウィロウの人に埋まる低めの視界では難しかった。


「ジェローム殿ならあそこに。……失礼、腰に触れるぞ」


 袖を解放させて、ウィロウの体に改めて腕を回した。強いけれど、荒々しくはない。引き寄せられてとん、と胴体がぶつかる。

 彼の指が触れた腰からそわそわとした感覚が広がった。この場にふさわしくない声が出そうになる。


 目を見開いているウィロウに、憐憫の情を誘う表情で請うた。


「ここにいる間だけせめて、男としての意地を張らせてくれないか」


 クィアンナに振られてさらには、それを哀れんだ他の女に引きずられて帰るのでは紳士としての矜持を保てない。彼は自暴自棄になっている気もする。


 ーー私相手にこんなことするなんて、クィアンナさまの態度が相当ショックだったのでは?! それとも酔いが抜けてない?!


 くっついたまま人の間をすり抜けて、ジェロームのもとへ連れて来てくれた。


「お兄さま、ビリージョーさまもご一緒に帰ってもいいですよね?」


 兄が驚いたように振り返る。


「え。……お、ああ。私はまだ残るつもりだからその。ビリージョー殿にはすまないが、妹と二人で帰ってもらえるだろうか?」


「ウィロウ嬢を無事に送り届けます」


 こくこくとジェロームが頷く。


「ではお先に。今度はそちらのご令嬢を紹介してくださいね、お兄さま」


 彼が背に隠そうとしても、横に広がるドレスまで隠し通せるわけがない。兄が彼女に本気なら、そのうち家に連れてくるだろう。




 宣言通り、建物を出てからやんわりと体を離される。馬車に乗ってからのビリージョーは沈んでいた。


「突然体に触れて悪かった」


 だって、絶対違うとわかってるのに、ウィロウの声で「私があなたをお茶(からだ)であたためてあげる」と余計な副音声が聞こえたから。純粋にお茶の話だというのに。


 あの、ありありと滲む「励ましたい」という必死さ。

 手が伸びたのは勢いだった。

 友人をよこしまな目で見るなど……。


 夜会で女に誘われても、絶対にクィアンナ以外の女と帰ることはしたことがなかったのに。それなら一人で帰った。でもウィロウが信頼できる女性だったから。彼女なら許してくれると甘えた。


 ジェロームに帰りの挨拶をするのでも、別に隣に立つだけでよかった。ウィロウの腰を抱いたまま歩き回るなんて、特別な仲になったと公言したようなもの。当人同士がお互い友人だと主張しても、周りは疑うだろう。


 人の混み入る場での噂などすぐにかき消えるが、ウィロウの立場を弱くしてしまったのではないか。

 公平に彼女主体で選べたはずの結婚先を、ビリージョーが潰してしまったかもしれない。感情的な責任など取れないのに愚かなことをした。


「あの、いえ。体面などもありますよね。私が考えなしなばっかりに、恥をかかせてしまうところでした」


 次期伯爵となるビリージョーはウィロウの兄でも弟でもないのだから、彼の意思を無視して連行するような真似をしては沽券に関わる。


「きみには助けられてばかりだな」


 本当の意味では、救ってあげられないのに。ウィロウは首を横に振った。


You gotta come with me.

(一緒に来てもらいますからね!)

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