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Let’s bounce.

 ハーベイとクィアンナが遠ざかったのを確認して、ティーカップの陰でそっと呟く。


「私がたおやかに見えるのなら、とんだ僻目(ひがめ)ですこと」


 かの男がきちんと物事を正しく捉えていないことについては同意するが、棘のある物言いは意外だった。


「……そう卑下しなくとも」


 目立って骨太ではないが、華奢でもない。クィアンナよりも拳二つぶんは高身長ではある。

 ビリージョーにしてみたらヒールを加味してもなお見下ろせるくらいには低い。肩幅も狭いしれっきとした女性に見える。


「自覚があるだけです。それにお庭は素敵ですけれど……お邪魔虫(サード・ホイール)になりたくはありませんでしたので」


「もし庭が見たいのであれば後からでも付き合うぞ」


 クィアンナに頼もうか、ではなくて、ビリージョーが案内する、と言っているように聞こえた。その疑問を感じ取ってか、ビリージョーは説明してくれた。


「この家も庭も慣れているから。親同士が仲良くて、クィアンナとは昔から一緒にいる」


 だから、二人の空気は男女にしては自然すぎたのか。一見すると理想の男女だが甘いものはなく、話す姿はきょうだいに近い。

 庭でクィアンナに寄り添うハーベイは恋人らしかった。何を見せられているやら。


「いえ……それには及びませんわ」


 こうなるとわかっていたら、男が来る前にビリージョーと帰るべきだったのかもしれない。


「クィアンナさまは、気を持たれることが多いですよね」


 男どもから一方的にモテる、とクィアンナをよいように表現した。クィアンナが人を好きになる以上に、彼女に近寄って愛をささやく男のなんと多いことか。


「それを言うなら『気を多く持つ(エモフィリア)』が正しい。公爵家だからと気を遣うことはない。惚れっぽいんだ、彼女は」


「……そう、なんですね」


「そんな女に惚れる男も馬鹿ばかりだ」


 遠くを見る青の目が切なげだったものだから、気づきたくもないことに気づいてしまった。この人こそが、クィアンナに惚れているのだ。彼は自嘲して言っている。今日はこんなことになってしまって、歯軋りものではないのか。


「心は例え本人でも思うようになりませんでしょう。それに恋は人を愚かにするものですわ。なんらおかしいことではありません」


 ウィロウ自身は大した恋愛の経験はないけれども、周囲や本の知識からそう思えた。彼のように見返りのない愛を差し出すのは、どれほど辛いだろう。


「ずいぶんクィアンナに好意的だな」


「かわいらしい方ですし、ひたむきなところは応援したくなりますね」


 ものの数十分だけれど、所作やかもしだす雰囲気はウィロウの身を淑女として引き締めさせた。さすがは公爵令嬢。


「そのせいできみは危ない目に遭ったのに?」


 名前も知らないクィアンナの元恋人に追われ、彼女とともに逃亡劇を繰り広げた。恐怖は計り知れない。


「私、悪運は強いほうなのです」


 花を鑑賞する恋人たちはいまだ帰ってくる気配はない。

 これ以上、彼の傷つく瞳を見ていられなかった。


「ホーガンさま。厚かましくはありますが、私を家まで送ってくださいますか?」


 先ほどの申し出を断ったばかりで、手の平を返した。


「……なにかあったのか?」


「お菓子が美味しかったので、食べ過ぎてお腹が痛くなった、ことにします」


「なったことにします、って……いや、いい。それは大変だ、すみやかにお送りしよう」


 あからさまな仮病に、ビリージョーはおかしそうにしながらもこの場からの脱出に協力してくれた。メイドに帰ることを知らせて、ウィロウにはエスコートの腕を差し出す。





 馬車に乗り込んで、ビリージョーはじっとウィロウを見つめる。金髪というには暗すぎる髪色は健康的に光を弾く。迷いのない瞳はビリージョーを導く賢者の相貌をしており、なんだか眉間がゆるむ。


「体調はほんとうに変わりないのか?」


 彼女がビリージョーを慮って連れ出してくれたのはすぐにわかった。けれど、実際に気分が悪くなったりしてないかも気がかりだった。


「ご心配ありがとうございます。平気です。ただ、あのままですと居心地のよろしくないことになりそうでしたので」


「きみのような優しい人が、どうして婚約者の一人もいないのだろうか」


 言い方によっては侮辱にもなるが、ビリージョーから悪気は感じられない。


「兄と弟からはたくましい、とか強いからもっとしおらしくしろと言われます。独りで生きていけそうなのですって」


 女性がみんなクィアンナのように儚げな美人に生まれつくものではない。ウィロウは猫を被るのもあまり上手ではなかった。演技で好かれても面倒だ。一生猫被りを続けたくなんてない。


 ひとつ、婚約者を探す以前の問題として、夜会で踊らないことが要因として挙げられる。ダンスに誘われても、付き添いの兄が追い払ってしまう。ウィロウのダンスは目も当てられない仕上がりのために、相手の紳士たちを思い遣ってこその行動だが、結婚からも遠ざけている。恥なので知り合ったばかりの人には言いづらい。


「そう……か? 意志が強いのはよいことに思えるが」


 クィアンナなどは、恋人が変わる度に「今度こそ最後よ」と意気込むが、すぐに気移りをする。それとはまた別かもしれないが。


「淑女としてはこう、表面だけでも黙って紳士の手で守られているほうが理想なんだそうです。私がはっきり口にしてしまうのもだめなんでしょうね。例えば、ホーガンさまは片想いされてますよね。だから人気もあるのに縁談をお受けにならない。……といったようなことを」


 あなたにだって婚約者いないじゃない、と意趣返しをした。打診は受けているはずなのに。噂だけで、何人の令嬢が泣いたと聞いたことか。


「わかるか。……情けないだろう」


 ビリージョーは事実を淡々と受け止める。自身がどう評価されているのか、頭に入れているつもりだ。


「好きな人を好きなままで、よいと思います。気持ちだけなら気が済むまで、心の中に取っておけますもの。

 見方を変えれば、一途だということです」


「男友達には、さっさと諦めろと言われるんだ」


「忘れられなければ、忘れようとしなくてよいのです。まだホーガンさまに必要なお気持ちなのかもしれません」


 真っ暗だったビリージョーの目前に光明が差す。


「まだ必要、なんて考え方をしたことがなかったな。満足したらいつか忘れられる日が来るだろうか」


「そう願うのでしたら、きっと。大切なのは、何を選んでも自分は必ず幸せになれるという希望を捨てないことですわ」


 想い続けるにしても、すっぱり諦めると決めるにしろ。


「私だって男性人気はありませんが、とくに悲観はしてません。私の両親も結婚できたのです。その子どもの私も捨てたものではないはずですもの」


「きみの考え方は前向きでいいな。

 いっそきみのようなーーいや、なんでもない」


 ーーきみのような人を好きになればよかった。

 知り合って間もないのに、どうしてか彼の続けたかった言葉がわかった。補完された部分はただのウィロウの妄想の可能性が高い。狭い空間に男性と二人きり。しかもとびきり優しくてウィロウのような女に屈託なく接してくれる人。という非日常が要らぬ希望を持たせてしまったのだ。


「二回連続で妙なことに巻き込んでしまいすまなかった。次は俺がまともなお詫びをしよう」


「お詫びのお詫びなんて、変です」


 それも、幼馴染とはいえクィアンナの代理で。


「……そうだな。では、普通にお誘いしても? クィアンナ抜きでないと、別な事件に巻き込まれそうだから外に出よう」


「ホーガンさまと私で、ですか?」


 なんのために? とウィロウは首を傾げる。


「ああ。手紙を送るよ。口頭じゃ断りにくいだろう。そのとき考えて返信してくれればいい」


 伯爵と子爵では伯爵のほうが上だから、強制させたくはない、と暗に含んだ。


「いえ、そんな」


「次に会うときはビリージョーと呼んでくれ。では」




 馬車から降りて自宅に入っても、なぜウィロウが彼の名前呼びを許されたのか不思議だった。さらにデートに誘われたのだ、と気づいたのは翌朝になってからだった。

 ベッドで上半身を起こし、カーテンを開けていた使用人に尋ねた。


「嘘よね?」


「なんでございましょうか、お嬢さま?」


 事情も知らないメイドはぱちくりと目をしばたかせる。「寝ぼけていた」、と彼女に謝って発言をなかったことにした。


Let’s bounce.

(逃げ出しましょう。)


新連載初日でしたので三話まとめて投稿しました。

明日からは一日一話投稿です。

十話ちょっとで完結します。

最後までお付き合いいただければ幸いです。



補足。

【third wheel】サード・ホイール

余計な人、邪魔な人。

カップルのデートにひっついてくる第三者とか。


【emophilia】エモフィリア

惚れっぽい。数多くの恋に落ちやすいこと。

手持ちの英英辞書に載ってないので正確な日本語訳に迷うのですが、ルビ振った字面でおわかりいただければ……。

性格特徴を表す一語、のようです。




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