The cream of all among.
届けられた公爵家からの招待状には、ビリージョーもいるからと添え書きがしてあった。
ウィロウが広大な屋敷に着くと、クィアンナの華やかな笑顔で出迎えられる。庭に設置されたお茶の席にはすでにビリージョーが座って待っていた。ウィロウの登場で彼の表情がやわらぐ。
「わたくしたちみんな同い年ですのよ。気を楽になさって」
「はい、ありがとうございます」
あの夜会の後で調べられたのか。同い年、ならばこの三人は十七歳。ビリージョーは大人っぽく、クィアンナは愛らしく、ウィロウは……中間だ。普通だ。
「ウィロウさま、あの晩は助けてくださってほんとうにありがとうございました」
「そんな。事情もわからず勝手をしましたが、クィアンナさまのためになったのなら嬉しいです」
ウィロウは首を振る。
クィアンナは頬に手を置く。芸術家が金を払ってでも後世に残したいと躍起になるお姿だ。
「事情……、お話ししますわ。お恥ずかしいのだけれど、あの方は以前よくお出かけをご一緒していた方で……。あんな乱暴な方だと知っていたら、もっと早くにお別れしていたわ」
縁談のひとつもまとまらないウィロウのような女性がいるかたわら、毎日デートしたって相手を決めきらないクィアンナのような淑女がいる。
容姿も身分も違いすぎて嫉妬する気にもならない。
夜明けの美しさとも例えられるクィアンナであれば男の方から「別れても忘れられない」と迫ってきたりするのだろう。ビリージョーは黙って聞いてこそいるが、物言いたげだ。女がどこそこの令嬢のことを知っているように、男同士でも紳士のあれこれの情報は交換される。まるで忠告したのにそらみたことか、とクィアンナに立腹しているようだ。
「災難でしたね……」
「身元がはっきりしておりますので、お父様に対処していただきましたの。ウィロウさまにも危険は及びませんわ。
さぁ、面白くないお話はおしまいにして。どうぞ、召し上がって」
勧められるままアーモンドの入った揚げ菓子を口にする。じゅわっとはちみつが滲み出てきた。
タルトもどうぞ、と皿に取り分けられる。味は強くなく、舌触りの滑らかなクリームのよう。
「とてもまろやかですね。乾酪ですか?」
「ええ、タルト・デ・ブライというの。使用しているのはホワイトチーズですわ」
現金なもので、ウィロウは甘いものでにこにこになった。
横で使用人がこそっとクィアンナに耳打ちする。
「お嬢さま。ハーベイ・エルウッドさまがお訪ねです。お取り込み中だと申し上げましたが、終わるまでお待ちになるとおっしゃってます」
「まぁ……いらしてしまったの?」
いかにも困っているようだが、喜びも隠しきれていない。恋人か想い人か。友人止まりなのならいくらなんでも打診もなく突撃訪問はしないだろう。では、恋人か。まさか常識はずれの友人でないことを祈る。
「それでしたら私は失礼します」
食べかけのタルトはもったいないが、ナプキンをテーブルに置いた。
「まぁ。こちらから呼び出しておいて早々にお帰しするなんてできませんわ」
ウィロウの手を握って押しとどめる。
来た人もクィアンナにとって大事な人ではないのか。
「ここに呼んだらどうだ。……ウィロウ嬢は俺が家までお送りして差し上げる」
「こちらにいてはくださらないの?」
「ええ……と。その方はクィアンナ様にご用事なのでしょう? 私は謝罪をいただきましたし……一人でも帰れますので」
気忙しくしてしまうが、目的は果たされたのだから帰っても問題ないだろう。
「ウィロウさまはどうぞこのまま。代わりにこちらに彼をお招きしてもよろしいかしら?」
公爵令嬢がそれを最良としたのなら、ウィロウは何かを言える立場にない。了承すると、茶会の主人は軽やかに席を立った。
「どうも、お邪魔しますよ。ハーベイ・エルウッドです」
「ウィロウ・ディラードと申します」
乱入してきた男は、ビリージョーに挑戦的な視線を投げかける。
「かがやく暁姫とたおやかな柳を一人占めするなんて、ずるい男だな、きみも」
この男は、いちいち女性名の意味までも暗記しているのか。だとしたら恐ろしい記憶力だ。
「たまたま彼女らが知り合う場面に居合わせた縁で呼ばれただけだ」
つれない態度のビリージョーに、ハーベイは眉を上げてから庭に目を止めた。
「ふぅん。やや、あそこのデルフィニウムが見事じゃないか。クィアンナ、見せてくれるかい? ウィロウ嬢もよかったら一緒に」
透けてみえる本命のおまけ扱い。誘われて、思わずフォークを手に取った。
「ごめんなさい、こちらのタルトが美味しくて放っておけません。食べ終わってからにします」
食い意地が張っていると思われても構わない。クィアンナはおそらく、彼と二人きりになりたいはずだから。
The cream of all among.
(最高の淑女/最高に美味しい)
補足。
【Tart de bry】タルト・デ・ブライ
Brieを使った、いわゆるチーズケーキ。
上流階級にて嗜まれていたのかなどは検証してません。