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第六話 ナンパモード

 龍ヶ崎リオラという個人勢Vtuberとして活動する傍ら、私は「ラオ」という配信者としての活動も行っていた。

 

 というよりも実は、こちらの活動の方が歴史が長い。高校生のころに自分の性自認に悩み始めていた中で、たどり着いた一つの答えが「インターネット上で男性として活動する」というものだった。やってみるとこれがとてもしっくりきた。ボイスチェンジャーを使って声を変え、AIが合成した架空のイケメン画像をアイコンにしてイケボ配信者として活動すると、そのコミュニティーに何の違和感もなく溶け込めた。

 

 FPSやソウルライクのゲームが趣味なこと、深夜アニメの女性キャラに好きなキャラが居てその子の魅力を語りたいこと、女子からちやほやされたいこと、そういった普段抑圧している欲求を普通に開放して、それが普通に受け入れられる。

 

 現実の世界では、私はカミングアウトをしてこなかった。それは自分の中でその必要性をほとんど感じていなかったからなのだが、さらに言えばラオという活動を通じて、全く普通に男性として生きるということをある種すでに実現していたからなのかもしれない。

 顔を隠して、ネット上の活動を中心に生きていけば、現実におけるいわゆる「制約」を大きく受けることはほとんどなかった。まあ強いて言えば、もし誰か好きな女性が出来たときに、その人と結婚するとなった時に自分が男性として戸籍を変えて通常の結婚をできるようにするか、それとも名目上の「同性婚」制度を使うか、どっちにするのがよいだろう、くらいのことしか考えていなかった。


 そして私は、極めて男性的なオタクの自然な成り行きとして、「美少女になって美少女とイチャイチャしたい」と思うようになった。だから龍ヶ崎リオラの活動を始めたし、私は男なので当然に「バ美肉」を名乗った。それが自然なしきたりだったからだ。


 別に体はもともと女性なのだから何も新しいことをする必要はないじゃん、というのはとても素人な指摘だ。こんなことを言う人はオタクの男ではない。


 オタクの男の言う「女の子になりたい」は、決して現実世界で様々な肉体的・社会的な女性の労苦を背負いながらもその中で暮らしていきたい、みたいなものではなく、理想化された日常系萌えアニメのような世界の中で、フワフワぬくぬくとした百合めいた女の子たちとのまったりとしたやり取りの中にある種合法的に混じって、男たちからちやほやされたい、というとても歪んだ欲求なのだ。つまりは「女性キャラクターになりたい」が正確な気持ちであり、そして私が持っていたのもその類の気持ちだった。


 ラオとリオラを同時に活動しても、その内容には細心の注意を払っていたため、二人が関連付けられることは殆どなかった。わずかに自分のアンチスレッドにTBのキャラの癖などから似ていることを指摘する書き込みがあったりもしたけれども、定説とはならずに立ち消えた。あくまで両方とも私は男性として、男性的なの外見と女性的な外見、その二つを使ってネットの海のなかで活動を続け、そこから得られる有形無形の報酬で生計を立てていた。


 ある日、ラオとしてTBのプレイ配信をやっているときに、野良のめちゃくちゃ強い人とカジュアルでマッチした。彼女はバナーになんのバッジも付けていなかったが、その火力や立ち回りから明らかにハイドロ帯以上、下手したらポジトロじゃないかと思うくらいの強さだった。


「凄いですね」


 ボイスチャットで思わずそう声を掛けると、暫くの間の後、


『……ありがとうございます』


 と返ってきた。かわいい女の子の声で思わずドキリとした。


「え、マジで強いです。というか、そもそも返事してくれてうれしいです」


 ということでさっそくナンパモードに入る。


『返事って、どういうことですか? 実はボイスチャット付けながらするの、あんまり慣れてなくて』 


 慣れていない? これだけTBのプレイングが上手なのに、そんなことあるだろうか。だが少しおどおどしている様子から、嘘はついていないようだ。


「いやあ、こういう風に野良で声かけても、無視されることって結構あるんですよ。だから反応してくれる人って珍しいからうれしいと言いますか」


『ああ、そうなんですね。……じゃあ、私も無視したほうがよかったですかね?』


 ぷっ、と思わず吹き出してしまう。コメント欄も大うけだ。


「ヤバい、その返しは予想外でした」

『あはは……私の知人に、こういうことばっかり言ってた人がいたんですよ。それをちょっと真似してみました』 

「あー、俺の友達にも居ますよ。いいっすよねそういうの」

 

 一緒に万年ヘリウム帯を過ごしている、長年のゲーム友達のことを思い浮かべながらそう返す。


『ですよね……なんというか、皮肉とか煽りで笑いを生むのって、乱暴なようですごく本当は繊細な作業じゃないですか』


「うん」


 少し心を開いてくれたようで、彼女は自分から話し始めてくれた。因みにこの間も彼女はショットガン片手にインファイトでごり押しして3人くらいの敵を倒している。


『すこし攻めてるけど、それでも相手や聞いてる人が許してくれるようなぎりぎりを攻めるというか、上手い人ってそういうのを、無意識か意識的かどうか分からないですけど考えられてますよね。適当に悪口言えばいいって訳じゃないというか』


「すご、めっちゃ考えてますねいろいろ」


『ちょうど、悩みを抱えてたころだったんですよ』


「あ、ごめん。それ以上はあれかな、今俺配信してるから」


『え……配信に乗ってるんですか。ラオさん、配信者なんですね』


「うんごめん、最初に言うことだった。危なかった、ヤバい話とかになる前に言えて。うっかりしてた、配信プロ失格」


『ギリギリでしたね』


「ごめんごめん、ダメだったらすぐボイチャオフにするよ」


『あー、まあ大丈夫ですよ。このあと普通にプレイする分なら』


 そのまま二人でチャンピオンをさくっと取り、野良としての出会いはそのままあっさりと終わった。

 悩みとはなんだったのだろうという疑問は、その数日後に解消されることになる。配信外でなんとなく彼女のIDにフレンド依頼とメッセージを送った。


「先日のラオです。よければ、また遊びませんか(ちなみに配信外です)」


 すると意外や意外、返事がきた。期待していなかったが、こういうのは数をこなすのが大事で、運よく当たりを引けたのだと思った。


『ごめんなさい、今日は仕事から帰ってきたところで、やる時間無いんです。今、スマホから返信してます』


「そうなんだ、お疲れ様です。この前言ってた悩みは解消されましたか?」


 送って1,2分して、何と相手から通話が掛かってきた。慌ててボイスチェンジャーを起動する。


「あ、もしもし? おつかれさまです、ラオです」

『こんばんは、ミオです』

「あーおつかれさまです、なんか改めて聞くと、名前似てますね」

『あはは、確かに』

「で、悩みの件? 見ず知らずの男とかに話せるような?」

『それでいうと、むしろ見ず知らずの、かつ男の人に相談したかったような話なんです。具体的じゃなくて抽象的なことだったので。答えが欲しいっていうよりは、悩みを言語化したいって気持ちもあるし』

「どうぞどうぞ、暇な私めを便利使いしてください」

『ありがとうございます……ちなみにやっぱり、結構モテたりするんですか。ラオさんみたいな配信者さんって、凄いモテるイメージ』

「そうだなあ……まあ正直、そういうのに興味無いって言えば嘘になるかな。前の彼女とかも配信のファンだったし」

『現実世界でも歴戦の猛者って感じですか』

「勘弁してよ」


 思わず苦笑する。なかなか、言葉の間合いの詰め方に癖のある子だ。


『じゃあ、女性の扱いには慣れてるってことで……例えば、女の子が自分の趣味とか指向に合わせてきたときって、こう、感じたりする気持ちとかあったりしませんか?』

「それって、音楽の趣味とか髪型とかで、影響が見えたりしたとき、ってこと?」

『そうです』

「あー……まあ、ドキッとはするかも。あ、こいつもしかして、みたいなのは」

『結構それって、ラオさんだから、とかではないですよね』

「男は、結構そういうのすぐ思い込むと思うな。よっぽど自制心とか自戒心が強いと、そんなわけない、と思うかもしれないけれど」

 

 例えば、あの皮肉屋とかだと、もしかするとその自律精神のためにそうは思わないかもしれない。だが極端な例なので、アドバイスにはそぐわないだろう。


「けっこう、そういうのを実践してる感じなんだ」

『そうなんです。でもあんまりぐっと来てない感じで……そもそも、TBも彼の影響で始めたりしてるんですよ』

「え、そうなんだ」


 それはそれで興味深い話だ。彼女のあの化け物じみたTBのプレイングは、その影響がなければだれにも見つからないまま埋もれてしまっていたかもしれないということか。


『ちょっと反応が鈍いというか……だから、路線変えようかな、とかって悩んでたところだったんです』

「悪くないと思うけどなあ。もう少し、続けてみたら? もしかして、で終わらせるんじゃなくて、もう明らかに意識してるな、っていうような強烈なのをかましてあげる、とか」

『なるほど……ああ、でもそうですね。ありがとうございます、なんだかちょっとスッキリしました』

「おっけー、力になれてよかった。全然あれ、せっかくの縁だし、ゲーム関係なくてもまた何かあったら連絡したりしましょう」

『お心遣いありがとうございます。すみません、こんな時間に突然』

「いえいえ~。はーい、お疲れ様でーす」


――――



「ええと、ちょっと待って。だからつまり?」

「ッスー……」

 

 ミオちゃんが僕の腕にしがみ付きながら混乱し、そしてリオラは腕を組みながら眉間に深くしわを寄せて、溜息を吐く。

 僕も、何とかリオラの話の要約を試みる。


「つまり、ミオちゃんはリオラ……ないしはラオに、僕とのコミュニケーションについて相談してた。なんなら、あわよくばミオちゃんと接近しようと思っていた。で、そこでのアドバイスも踏まえながら、ミオちゃんは僕とやりとりをしていた、と」


「……これはね、相当ややこしくしてるね、私」

「……まさか、ここまでややこしいことになるなんて」


 二人の言葉に、僕は天井とにらめっこするほかなかった。

 

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[良い点] ・3人のつながりが判明した! [一言] どうなるのか、予想がつかず楽しみです。
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