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第五話 哀しき怪物

「なのに、シュウは気付いて無かったなんて……いや、私のほうが、シュウが気付いていないことに気付けていなかった、ってことだよね……」


 独白を終えると、シュウは唖然とした様子でこちらを見て、しばらく口をパクパクと動かしていた。


「み、ミオちゃん、TBが初めてのゲームだって言ってたじゃないか」

「あんたが知らないふりをしてるんだと思ってたから、それに合わせてあげてたつもりだったの」


 そう言いながら、さり気なく「ミオちゃん」呼びに戻ってるのを内心喜ぶ私。こんなときに何呑気に! と自分を叱る。

「……あ、もしかしてシュウが言ってた、昔のきっかけって」


 リオラがそう呟く。知らない話だ。きっと二人でTBをしながら話してたようなことに違いない。

「……そうだよ。ミオちゃんが言ってた最後の日、あの日親に見られたんだ、自分がプレイしてるところを」

「あちゃー……暴言厨なところを親フラですか」


 頭をぽりぽりと掻くリオラ。言葉が脳内で変換されないけれど、きっとシュウが言ったことをスラングで言い換えてるだけだろう。


「見たのは父さんだったんだけれど、父さんはすぐにそれを叱らずに、僕が叫び散らかしてる様子を映像で撮影してたんだ」

「えっ」

「驚いたよ。遊んでる途中にいきなり突かれて、振り向いたらそこに無言の父さんが居て。それでずいっと差し出されたスマホを見たら、そこには罵詈雑言を飛ばしまくるクソガキが映ってたんだ。まるでゴブリンや低級の悪魔のように見えた」


 そう述懐し、シュウは溜息をついた。

 あのときのシュウの甲高い罵り声を思い出す……そんな醜悪なものではなく、私にとってはとても居心地の良いものだったのだ。しかし、シュウのお父さんもなんというか、なかなか遠回しなことをする。シュウには効果覿面だったようだけれど。


「それきっかけに、自分のやらかしてたことの罪の重さに気付いて、慌ててアカウントを削除して辞めたんだ。あとになって、一緒にプレイしてた人たちへはその前に謝罪をするべきだったと思い至ったけど、後の祭りだった。以来僕は、言葉の使い方にはすごく気を使うようになった」

「そういうことだったんだ……」

「反対に、ミオちゃんは僕がそうだって知ってて、だから」

「そう。私も、別に大きなきっかけがあった訳じゃないけどマナーの良い行為じゃないってのは自然と理解してた。あくまでシュウと……関係が近い人同士だからこそ出来ることだと思ってた」

「ウッ」


 今の言葉が効いたのか、シュウは脇腹を抑えた。察するに、彼は私だから、ということではなく、とにかく誰に対してもそのようなことを言いまわっていたようだ。


「だからこそ、シュウと久しぶりに一緒にゲーム出来るってなって、なんだかタガが外れちゃったっていうか……傷付けるつもりは、本当になかったの」

「はーっ……なんとも、今時なすれ違いだけれど。でも聞いてて思ったんだけどさ、折原さんの今の煽り、中途半端だったのかもね」


 妙に冷静な立場にいるリオラが、そう分析する。正直に言うと未だに私の中では「誰なんだこいつは」という感覚ではあるのだけれど、そんなこと言える立場にないのは百も承知だ。


「聞いてる感じだと、昔の言葉の方が変にブレーキが効いてない分ネタっぽかったというかさ」

「それは……そうかもしれない」


 昔通りのテンションで悪口を言おうとしているつもりだったが、どこかで心理的なストップやフィルターがかかっていたのかも知れない。


「じゃ、じゃあ、これからはもっともっと煽るような口調にする!」

「……それはさておいて」


 なんでさておかれたの。リオラもやれやれと言わんばかりに首を振ってるし。


「でも、一緒にやりたかったっていうなら、どうして固定の解消を申し出たのさ」


 それでも一応、口調についての誤解はある程度解けたらしい。それはよかったのだが、シュウはまだ私に疑念を抱いているようだ。


「私のポイントがどんどん減ってって、それをなんか、シュウに重荷に思ってほしくなかったっていうか……」

「連携の時だって、ずっとぶっきらぼうだったじゃないか」

「一人でプレイしてたから、仲間との連携の仕方が、分からなかったの。だから、他の人とも練習したいって気持ちも……あった」


 本当の話だ。ソロでひたすらやってきた私も、流石に限界を感じ始めてた。ランクこそ維持できているけれども、段々と周囲とのプレイスキルの差が埋まってきているのは実感していたし、それが連携面にあるのも明白だった。


「じゃあ素直にそう言えば――ああ」

「そう。邪知暴虐の村では、そんなことをひけらかせば1万倍になって返ってくる。自分の非は認めないのがあの世界の習わしだから」

 そう言った瞬間シュウは納得したようだった。


「逆にその説明で納得できるんだ……はーっ、とんでもない民度の世界があるんだねえ、世の中には」


 あきれたようにリオラが嘆息する。はたから見れば間違いなくそう思われるだろう。


「……けど。そのあと、ミオちゃんは他の人と固定を組んでたでしょ。なら、もう僕とやる必要もないじゃないか」

「へっ?」


 シュウ、その言い方はもしかして嫉妬してくれてる? じゃなくて、


「どうしてそのことを知ってるの……?」

「僕の叫び声がそっちの部屋から聞こえるなら、そっちの部屋の声だって僕の部屋から聞こえるよ。配信者の人と、裏でやり取りしてたんだろ」


 シュウの目が、じとりとしている。


「こんなに僕に今更執着してくるなら、どうしてそんなことを」

「違う、違うの。ラオくんのことでしょ。あれは、そういうのじゃないの」

「じゃあなんだっていうのさ」

「――ら、ラオ?」


 ふとそう呟くリオラの方を見ると、何故か滝のように汗を流してる。


「何、どうしたのリオラ。なんか、めちゃくちゃ都合の悪いことに気付いた、みたいな顔してるけれど」

「ッスーー……えっとね、これはかなり不味そうというか、不幸なすれ違いというか……」


 そう言いながらリオラはPCを操作し、そして机にセットされているマイクを口元にあてた。


『あのさ……そのラオってやつの声、こんなんだった?』

「えっ、これ」

「あっ」


 スピーカーから流れる「イケボ」に思わずシュウと目を見合わせる。リオラは「やっぱり」と頭を抱えながら、そして心底申し訳なさそうに言った。


「ごめん、ラオ、私」

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