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第四話 邪智暴虐の村

――――


 混乱。愕然。茫然自失。そんな状況の中彼を引き留めることが出来たのは奇跡的だった。


「……何?」


 シュウがこちらを見る目は、信じられないくらい冷え切っていた。どうして、どうしてそんな目を向けられてるんだろう? 私はシュウとただ、一緒にゲームをプレイしたかっただけだったのに。


「ねえ、聞いて……本当に、傷つけるつもりじゃなかったの」

「じゃあ、どうつもりだったって言うのさ」

「……」


 パクパクと、口が動く。だけど焦りか緊張か、うまく言葉が出ない。


「……何も言わないなら、行くよ」


 私を振りほどこうと、シュウが先ほどよりも強い勢いで進もうとする。


「やだ」


 今度は裾じゃなく、彼の手を掴んだ。


「……じゃあ、どういうつもりだったのか言ってよ」


 だけど、私の口からは言葉が出てこない。『どうして傷つけるような言い方をするのか』、そんな問いに対して、またシュウを傷付けるような言葉が出て来てしまったら、今度こそ終わりだ。


 再び黙る私に呆れたのか、シュウはまた進もうとする。


「待って」


 今度は手じゃなく、彼の腕にしがみ付いてしまった。


「……ね、ねえ?」


 容易には振りほどけなくなったことを覚って、シュウは困り果てたようだった。


「……分かった。止めない。その代わり、どっか行くのならついてくから」


 理由を準備する時間を稼ぐための、必死の行動の結果がそれだった。


――――

 

 少し、必死になりすぎたかもしれない。自分の中のプライドの高い部分がそう反省する。けれど止められなかった。


「……で、その状態のまま来たの」


 私とシュウは無言で、腕にしがみ付いた状態のまま駅へ向かい、電車に乗り、秋葉原駅に向かい、そこから万世橋駅の方へ歩いていき、あるマンションの一室にたどり着いた。始めはシュウもまるで私なんて居ないかの如くの扱いで目もくれずに淡々と歩を進めていたのだけれど、だんだん人目が増えてくるとそうも行かず、途中から顔は真っ赤になってた。それを見て、非常事態下であるにも関わらず私も顔を赤くしていた。


 到着した部屋の玄関で出迎えてくれたのは、まさに先ほどビデオ通話に出てきた麗人、リオラだった。先ほどのまでの話からすると、彼女はいわゆるFtMのトランスジェンダーで、それでいてシュウのことが好きなのだという。しかし細かい話を一旦忘れると、要するに私の恋敵だ。


 バチバチ、と一瞬視線が交差する。だが向こうはふっと笑って視線を外すと、とりあえず人目が付くからと部屋の奥へと案内された。まるで「ばからしい」とあざ笑われたようだ。上から目線で腹立たしい。


 パソコンなどの機材が大量に置かれた部屋に通され、ソファに二人で座った。リオラは机の前に置かれたゲーミングチェアに座り、くるりとこちらを向いた。そんな姿までもいちいち様になっている。最も私だってモデルなので、この腕に抱き着いている姿も様になっているに違いないのだけど。


「相当ヤバい人だって聞いてたけど、まさかはるばるこんなところまで来るなんて。……まあ、噂に聞いてたよりはしおらしいみたいだけど」

「……ねえ、折原さん、一体どういうつもりなの?」

「その、折原さん、っていうの、やめてよ」


 これまたシュウは面食らったような顔をした。


「昔は、もっと別の呼び方をしてくれてたでしょ。どうしてそんな、他人行儀なの?」

「他人行儀って……弱ったな。だって、暫く君と話なんてしてなかったじゃないか。それなのにいきなり再会して、昔の小さい頃の呼び方で呼ぶなんて失礼でしょ?」

「私には、全然そんな感覚無かった。だから昔みたいに話してたのに」

「……その、昔みたいにって何?」


 その瞬間、何か決定的なすれ違いが起きていることを私は確信した。


「……本当に、覚えてないの? 私たち、同じ村で育ったでしょ?」

「村?」


 だから、ついに私はこれまで一度も実際には口にしてこなかった話を、直接彼にすることを決意した。


「そう、同じ村――邪知暴虐の村で」

「邪知……」


 その言葉に耳をピクリと震わせるシュウ。


「どうして折原さんがそのことを……」

「一緒に、フレンドだったよね? ロードオブレギス、RoRで。シュウは終わりと書いて『終』、そして私は、『30』って名前だった」

「え゛っ」


 瞬間、シュウは濁点付きの叫び声をあげた。目が朝顔の花のように見開かれている。


「30って、み、ミオちゃんだったの……!?」


――――


 小さいころ、私たちはよく遊んでいた。でもそれは砂場遊びとかおままごととかじゃない。もちろんそれでも遊んでいたけれど、なにで一番遊んでいたのかというと、ネットゲームだったのだ。


 ロードオブレギス、RoRはMOBAマルチプレイヤーオンラインバトルアリーナだ。5対5のチームで分かれ、ターン制ではなりリアルタイムの戦闘を行いながら、ステージ上の拠点の制圧を目指していくというゲームで、世界的な人気を誇る。


 ただプレイ人口が多いこと、そしてシビアな実力が反映されるゲームであること、そして協力のためのコミュニケーション機能が多種にわたり用意されていることから、このゲームは煽り合いが非常に激しい民度最低のゲームとしても有名だった。敵への死体殴りなどはもちろんのこと、味方にさえも罵詈雑言や邪魔なメッセージの連発などの煽りが激しい。


 砂場やシルバニアファミリーハウスの代わりにそんなゲームを遊び場にしていたのだから、私達のコミュニケーションは当然に大変なことになっていた。


「ねー、味方のミウマがトロールすぎるんだけど!」

「はあ!? おめーのつめがおそすぎるから負けたんだろうが! ふざけんなクソビッチ!」

「いやまじでありえないから。というかほら早くこっちやってやってやってやって……はあああああ?」

「おーい何やってんだよ! ここでの1枚欠けはつみが重すぎる軍法会ぎものです! 判決死けい! 許されない戦犯!」

「いやいやまたカバーおそすぎ、口ばっか動かしてないで手を動かせ手を! しゃべるだけなら今どき給湯器でもできるんだよアホ!」


 そんなことをわーきゃー言い合いながらするゲームがすごく楽しかった。ちょうどその頃子役の仕事が始まった頃で、辛いけれども自分でやりたいと言い出した手前辞めたいとも言い出せず、悶々としていた頃だった。そのような中で好きなだけ、気になってた男の子とじゃれ合えるのはストレスの発散にも気分転換にもなった。


 シュウとマッチングしたのは偶然だった。その分かりやすいハンドルネーム(私が言えたことでもないかもしれないけど)と、窓越しに聞こえる叫び声で、簡単にそうだと分かった。こちらのフレンド申請をすぐに通してくれてからは、毎日のように二人でRoRをプレイするようになった。


 学校や実際の通学路などでは他愛の無い話をするだけで全然それをおくびにも出さないのもまた、二人だけの秘密を共有しているようで楽しかった。


 それこそ学校の別の友達に「RoRやろうよ」なんて誘われても、


「え? 何それ。聞いたことない……シューくんは?」

「うーん、僕も聞いたことないなあ」


 なんてとぼけたりして、その度に背徳感にも似た甘美な感覚に浸っていた。


 けれどそれはある日、唐突に終わりを告げた。


「あーバカバカバカカスカスカスゴミゴミゴミゴミ戦犯戦犯、ふざけんな!」

「ブロンズ帯の地の底の方から何かうめき声が聞こえるなあ。前世で罪を犯したから地ごくにでも落ちたのかな?」

「はー? キャリーでシルバー上がった風情が生意気いってんじゃねーよ!!」

「キャリーじゃないし、実力ですー残念でしたー」

 

 いつものような煽り合いを楽しんでいると、突然向こうがわでガシャン、という音が鳴った。

 それと同時にシュウは突然落ちた。 


「は? 萎え落ちですかー!? メンタルよわ! よわよわじゃん!」


 ボイスチャットでそう煽るが、返事は無い。


「おい、返事しろって! おーい! ……シューくん?」


 やはり返事はなかった。ほどなくボイチャの方もオフラインになってしまった。

 窓を開け、彼の部屋を見てみるが、先ほどまでついていた明かりが消えている。


「……え。どうしたんだろう」

 心配になって、ゲーム用じゃない普通のチャットで、「大丈夫?」と送ってみた。

 しばらく時間が空き、1時間ほどしてから「どうしたの、突然」「大丈夫です」とだけ返ってきて、胸を撫でおろした。


 翌朝、登校のときに顔を合わせると、少し元気なさそうにしているのが気になったが、けど会話はいつも通りだった。だから家に帰っていつもどおりRoRを起動して、そして、

 シュウのアカウントがフレンド欄から消えていることに気付いた。それだけでない。シュウはアカウントごと削除してしまっていたのだ。


「……どうして」


 そう思い、それを直接本人にぶつけたい衝動にかられた。けど、しなかった。できなかった。これまで隠し通してきた秘密、それを口にした瞬間、今まで特別だった時間が本当に終わってしまうような気がしたから。

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