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第三話 告白、告白、そして告白

「お疲れさまー」

「よっ、これいる?」


 家に上がると、スポーツウェア姿の彼女が迎えてくれた。体のラインが浮きだって見えるから、僕の前ではその恰好は勘弁してくれと最初の頃は言っていたのだが、頑なに聞き入れてくれず、今ではこちらも当たり前のように受け入れてしまっている。手渡されたのはエナジードリンクだった。


「ありがとう。ジム帰り?」

「そ。……その、手に持ってるのは?」

「あ、そうそう。ドリンクのお返しにもちょうどよかった。お土産だよ」


 手に持った袋を彼女に渡す。その中を見て、彼女は「えっ!」と叫んだ。


「これ、どうして……めっちゃ人気だったんじゃないの?」

「この前ちらっと言ってたじゃん。ここのシュークリーム気になってるって。集合が昼過ぎだったから朝並んだら買えるかなと思ってさ。それで無事購入できたってわけ」

「そんなに私、食べたそうな感じ口に出てた? 凄いチラって言った記憶しかないけど……」

「いやいや、ただ単に印象に残ってたっていうか……もしかしたら、TBの効果が現実にも現れてたりして」


 僕の言葉に彼女はさっと背を向けた。


「れ、冷蔵庫に入れとくね。私、シャワー浴びてくるから、それが終わったら食べよ」

「了解。じゃあ、コーヒー淹れとくよ」


――――


「……買ってきておいて何だけど、ジム行ったあとのシュークリームって、どう?」

「めちゃくちゃ美味しい。……このあとめちゃくちゃカロリー使う予定だし、問題ないって」

「なら、いっか」


 ローテーブルに置かれたコーヒーとシュークリームとゲームパッド。不思議な取り合わせだが、僕たちのここ数週間が詰まっているような気がした。それこそ焼きたての生地と冷え冷えのカスタードクリームのような、熱気と甘美さを合わせたような時間。おお、自分で表現すると気持ち悪いけれど、けど楽しくて幸せでたまらない、そんな数週間だった。


「多分今日で終わるけどさ、そしたらその後どうする? 後ってのは、今後のTBってことね」

「今後かあ……でも僕にとっては、ミオちゃんに認めてもらえるくらい強くなることが、一応目標ではあるから……もっと上を、目指したいなって感じ」

「……そっか。じゃあ、私も頑張んなきゃ」

「え? だ、大丈夫なの? 一応、配信企画としては完了するわけだし、ファンのみんなとかは別のゲーム期待してたり」

「邪魔?」

「べ、別にそういうわけじゃ……」

「……ごめん、分かってるって。本当に気遣ってくれてるってこと。でも私さ、シュウとプレイしたいんだよね」


 その時の彼女は、シャワーの後というせいもあってか、普段よりも艶やかに見えた。

 しばらくの無言。


「……何か、言いたいことが有ったりする?」


 その言葉に、彼女はビクリと肩を震わせた。

「……ほんと、怖いくらい分かるんだね」

「そっちが、こっちのことを分かるくらいにはね」


 彼女ははにかみながら頷いた。

「……いい?」


 僕はうなずいた。

 そして彼女は、口を開いた。


「私ね――トランスジェンダーなの。体は女性だけど、心は男」


「……それは」

「ごめんね、急にこんなこと言い始めて。けど、そうなの。私は自分のことを、男性として認識してる。……手術とかしてないのは、自分でこっちの体のほうが良いな、って思ってるから。色々めんどくさいこともあるけど、便利にも使えるし。Vtuberやるときもボイチェンが要らないし。ってのは冗談だけど……でもその意味じゃ、私としては本当にバ美肉したつもりでVtuberをやってるの」


 それは正直に言えば、全く予想していないような角度の告白だった。けれどもどこか納得できる部分もあった。彼女が配信で自分のことを男と称するとき、その言葉があまりにも自然だったのもそうだし、どこか自分や僕の関係性を俯瞰しているようなところもそうだった。それに、はじめの頃は「こんなの絶対友達じゃなくて好きになっちゃうよ」なんて思っていた僕が、自然体でこうしてゲームをできるくらいに馴染めてる時点で、どこかそういう言語化し難い部分でそれを理解していたのかもしれない。


「……ありがとう。勇気出して言ってくれて」


 震える彼女の肩に、自然と手が伸びた。彼女と目が合う。きっとすぐに、僕がそれを受け止めていることが伝わったに違いない。


 同時に、僕は自分の中に芽生えかけていた気持ちが、もう形になることはないだろうことを覚った。


「じゃあさ、男性形のアバターとかも持ってるの?」


 リオラはフッと笑って、画像を出してくれた。映し出されたのは細マッチョな色白のイケメンで、なるほどパラレルワールドにリオラの男性版が居れば、このような容姿だろう。


「はーっ……イケメンだね」

「感想、浅っ!」


 そう言って二人で笑い合った。


「あはは……でも好きだよ、シュウのそういうとこ。なんか本当はもっといろいろ浮かんでるんだろうけど、言葉選び過ぎて結局浅くなったり訳わかんなくなったりするところ」

「やめてよ恥ずかしい……でもさ、昔だったら結構無遠慮に、そういうこと考え切らずに話してたかもしれない」

「昔?」

「うん。エピソードとして覚えてるわけじゃないんだけど、凄い昔、なんか簡単なことを決めつけて喋っちゃって、あとですごく後悔した記憶があるんだ。だから自分では、気持ちとかストーリーとか、もっと大きく世界の在り方だとか、そういうのに出来る限り丁寧に向き合いたいな、とは思ってる。難しい、複雑な形をしてるんだけれど、それを勝手に簡単に置き換えて分かったつもりになるんじゃなくて、難しい形のまま知りたい、みたいな……」

「……うん。やっぱり、好きだな」


 リオラは目を瞑って何度か頷き、そしてぱっと頭を上げた。


「シュウ。もう一つ、伝えたいの。これは事実とかじゃなくて、私の気持ち」

「気持ち?」

「本当はね、押し込めたかったの。だって、私は自分が男だってこれ以上無いくらい認識してるから、この気持ちを認めたらそれが変わっちゃう気がして。けど、これ以上隠すことも、ウソを付くこともできないと思ったの。だから、後からバレるくらいなら自分から言う」


 そしてリオラは一呼吸間を開け、


「私ね、シュウのことが好き」


 ひゅっと息を呑んだ。今、僕、告白された?

 肩に載せていた僕の手を、彼女の手が包んだ。その柔らかな感触にどきりとする。ついさっきまで自分で「自然体で馴染めている」なんて冷静気取っていたのが嘘だったかのように、初対面のときと同じ、彼女の美しさに真正面から飲み込まれそうになるような感覚に襲われていた。


「……意外と、不器用なんだね」


 かろうじてそう絞り出すと、彼女は顔を真っ赤にした。


「これまでは、器用に生きてきたつもり。だけどこんなややこしい話をさ、後出しするのもズルいなって思ったの。だから、これ以上一緒にいることを選んでくれるのなら……私を、選んでほしい」

「選ぶ、って」

「シュウが気にしてる幼馴染、その子のことが好きなんでしょ?」

「み、ミオちゃんを? それは……」


 言われて、たしかにそうかも知れない、と思う。あの子は昔から僕のあこがれで、そして常に心のどこかで意識していた。ミオちゃんに認められたいし、隣に立ちたい、と思っていた。けど、どこかでずっと諦めていた。今、諦めずに立ち上がっているのだって、彼女のことが好きだから、と考えればかんたんに説明できる。


 ……けど、それが僕にとっての好きだとしたら。僕から、リオラに向けて抱いている気持ちはなんだろう?


 その後、どんなやり取りがあったか、細かくは覚えてない。とにかく、返事はまた今度、ということになったのと、僕たちは無事ハイドロジェンランクへの昇格を果たした、ということだけが確かだった。


――――


「……ふーん?」


 ハイドロジェンランク昇格は直ぐにミオちゃんの耳にも入り、その後久しぶりに二人でランクマッチをやることになった。その日は何故か彼女の部屋だった。


 面白いもので、やはり最初に二人でやったころと違って僕は大分彼女の動き方だとか立ち回りが分かるようになっていて、言外にその意図をくみ取ったりできるようになっていた。ただ、まだ実力差があるのかリオラほどの精度では分からないし、何より彼女が僕の意思をくみ取ってくれるようなそぶりは、やっぱり無かった。


「まあまあ、成長したんだ? それでも改善の余地はまだありそうだけど」

「けっこう、練習したからね……」


 そう言いながら、彼女はわざわざこれを練習するまでもなく、暇つぶしのためにやっているだけだということを思い出して心が重くなる。「才能の差」。考えたくもないのに、厳然とした超えられない壁がそこにあるような気がしてならなかった。


 何度かマッチを回す。ポイントは大きなプラスにこそならなかったが、順位もキル数も全体を通して平均くらいにはあり、ある程度通用しているような雰囲気であった。


「これならまあ、次のシーズンくらいにはポジトロニウムも目指せるんじゃないの」

「そ、そう? だとしたら嬉しいけど」

「まあ、このわたしと一緒にプレイするんだから、勢いさえあれば誰だってポジトロニウム到達くらいはできるだろうけど」


 ふん、と鼻を鳴らすミオちゃん。そっぽを向いていて、その表情はうかがい知れない。


「……それなんだけど、さ」


 ここだ。そう思って僕は自分の決意を話すことにした。


「僕、これからもやっぱり、リオラさんと回そうと思うんだ」


 ぴく、とミオちゃんの頬の筋肉が動くのが分かった。彼女は、ゆっくりとこちらに首を向ける。


「……それって、さっき練習相手だって言ってた、中身がおっさんのVtuberのこと?」

「うん」


 おっさんだ、とは言っていないけれど。


「どうして?」

「……言葉にしにくいんだけど、なんというか、彼女とプレイするとすごく自然体で居られて、自分の実力がフルに発揮できるんだ。それに、ゲーム以上の何か繋がりがそこにある気がして、それがすごく暖かくて……ごめん、何言ってるか分からないと思うけど」

「本当に分からないんだけど。何、あんたそのオッサンに、恋してるみたいじゃん」

「……それで言うとね。僕、彼女に告白されたんだ」

「……は?」


 ミオちゃんの瞳からすっと光が消えるのが分かった。


「あんた、何言ってんの。本当に」

「僕は、それを受けようと思ってる」

「……そういうことだったの? つまり、あんたも」

「そうじゃないよ。僕自身の自認はね。だって――ミオちゃんのこと、好きだったしさ」

「えっ」


 咄嗟にしまったと思った。ミオちゃんの口から、聞きたくないような言葉が出てきそうな気がして怖くなり、思わずそれを遮るように出てしまった想いだった。だがもう言ってしまったものは仕方ない。目を見開いて固まっている彼女に、僕は言葉をつづけた。


「初恋だったと思う。けど、今の僕と君とじゃ、あまりにもかけ離れすぎてる。一緒に居ることはできないと思った。ごめんね、気持ち悪いことを言って。その気持ちにはもうけりを付けるから」

「ねえ、本当に意味わかんない。ついこの前会ったばかりの、本名すら知らないような相手と付き合うっていうの?」

「そうだよ」

「……そんなの!」


 そのとき着信音が鳴り響く。リオラからの着信だった。


「……ごめん、ちょっと出るね」


 そう言って僕は廊下に出た。ビデオ通話で、リオラの心配そうな顔が画面に映る。


『あれ、もしかしてまだ話の途中だった?』

「うん、でも一応大事な部分は話したよ」

『そっか』

「それに、僕なりの決意も伝えた」

『決意?』

「うん」

『それって――』


「――は?」


 ばっと振り向くと、そこには幽鬼のごとく立ち尽くすミオちゃんが居た。


「その人が、リオラ? どういうこと?」

「ちょ、ミオちゃんどうして」

『初めましてミオさん、シュウからよく話は聞いてますよ』


 慌てる僕とは対照的に、リオラはその瞬間完璧な笑顔を浮かべた。


「なんなんですか、あなたは。こんな時でも女性のアバターを着てるんですか」

『……フフッ』

「何が面白いんですか」

『いえ、なるほどと思いまして。そうですね、これは確かにアバターです。でも、実在する身体ではあるんですよ』

「……そういうことか」


 聡明なミオちゃんは、即座にリオラの言うところを理解したらしい。


「じゃあ、あんたのシュウに対する好きは?」

『あ、期待させたようなら申し訳ないですけど、私はシュウのことを性的な意味で好きですよ。つまり同性として、恋愛感情や性的な欲求を抱いてます』

「なっ!」

「ちょ、リオラ!?」


 明け透けな告白に思わず動揺を隠せなくなる。だがリオラは、「ややこしい事だし、最初にはっきりさせといた方がいいですよね?」とあっけらかんとしていた。


『ごめん、話し中に邪魔しちゃって。じゃあ今夜、待ってるから』

「う、うん。じゃあまた」


 そう言ってリオラは嵐のように去っていった。


「……なんで、あの子なの」

「……けっこう、リオラとは長い付き合いなんだ。もう2、3年になるかな。そのせいか分からないけど、さっきも言った通り何だかすごく波長が合うんだ。だから、」

「やめといたら」


 ミオちゃんの顔は、まるで能面の様に蒼白になっていた。


「あんなややこしい子、絶対面倒になるって」

「……どうして、そんな言い方するの?」

「え?」

「いつもそうだよ。なんでそんな傷付けるような言い方するの。皮肉とか罵倒とか、言われた方がどんな思いするのかとかもうちょっと考えたほうが良いと思うよ」

「……そんな、そんなつもりじゃ」

「ならなおさら質が悪いよ。意識してるならともかく、無意識にそんなこと言っちゃうなんて。絶対治したほうが良いよ。そんなんだから、僕みたいな人は怖くて近寄れなくなるんだ……そっちは、ぼくみたいな人間なんて願い下げかも知れないけど」


 遂に言い切ってしまった。ここまで来たら、もう戻れない。先へ進むだけだ。反撃されることに慣れていないのか、彼女は目に見えて狼狽してる。けど、彼女のこの性格が周囲に悪影響を及ぼしたりする前に指摘することが出来て、むしろ良かったのかもしれない。曲がりなりにもこれまで相手をしてくれていた彼女への、最後のお返しだ。


「違う……違うの!」

「折原さん」


 瞬間、彼女の表情はまるで世界が滅んでしまったかのような絶望の色に染まった。僕はそこから目を逸らした。真正面から見てられる気がしなかった。


「今まで仲良くしてくれてありがとう。でも、これ以上は迷惑掛けないよ。目障りな雑魚はここで退場するから」


 そして僕は身を翻して、部屋を去った。


 いや、去ろうとした。


 だが、


「お願い、待ってよ……」


 僕のシャツの裾を、ミオちゃんは強く握りしめ、離そうとしなかった。


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