第二話 バ美肉戦友とオフ会
『へーえ……そんなことがあったんだ』
「うん、なんというか、悔しいというかもどかしいというか、とにかく凄く疲れた……」
その夜、僕は2週間ぶりにミオちゃん以外の人とランク戦をしていた。名前は『龍ヶ崎リオラ』。すごい名前だが、彼女はVtuberで、本名は知らない。と言ったら彼女には、「これが本名だ」と怒られるかもしれないけれども。
彼女がTBのプレイを配信しているときにたまたま野良でマッチングして、その場でのやり取りが視聴者などからも好評だったことから何度か絡むようになり、いつしか他のゲームも一緒にやったり、あるいは配信外などでランクを固定で回したりするような関係になっていた。そう聞けば炎上しそうな要素だが、彼女はバ美肉、つまり中身が男であることを公表しているので、そういった心配も無かった。
何なら一緒に別の推しVtuberの配信にスーパーチャットしたりバーチャルライブを見に行ったり、好きなアニメキャラだのVtuberだの、その精神的なり肉体的なりの魅力だとかをを夜通し語り合ったりしてきた。
さっきのチャットも、今日は一緒にTBできるか、という彼女からのお誘いだった。一週間も断り続けていたその理由を話すと、彼女はそれを親身に聞いてくれた。
『ソロでポジトロっていうのは本当に凄いって思うけど、でも……そこまでトキシックだとちょっとヤダね……普段からそれだと、通報されてBANされそうなもんだけど』
「逆に、ソロだから誰も聞く人が居なかったんじゃないかな。たまに野良と一緒やるときもあったらしいけど、そのときもボイチャとかはオフにしてたらしいし」
「なるほどね……それじゃあこれまでは誰にも迷惑をかけてなかったからよかったけど、って感じか……あ、あそこに一枚」
リオラは屋上から、向かいの建物の窓に見え隠れする敵をスナイパーライフルで狙いながらそう言った。
「……別に、今の僕だって、迷惑だと思ってるわけじゃ……」
『そんな口悪いやつに遠慮して、気持ちに嘘つく必要ないって。昔からの幼馴染だったって言うけどさ、いくらなんでも聞いてて限度があると思う』
僕は何も言えなかった。自分が下手なのが悪い、というのがまずありながらも、リオラが言うような気持ちもどこかで過ぎってしまうのは事実だった。
「……どうして、あんな言い方するのかな、とは思うけど。ストレス発散のために始めたゲームだからなのかなあ」
「あー、じゃああれかな、あんまり楽しいと思って本人もやっていないのかもしれない。ほら、プロ野球選手とかでもたまに居るらしいじゃん。べつに野球が好きってわけじゃなくて、単に自分が上手いから仕事としてやってるだけだ、みたいな人。そういうタイプなのかもね」
「……だとしたら、むしろ僕が居たほうが邪魔なのかな……」
「うーん。そんなことないと思うけどなあ」
ぱあん、という音とともに、リオラの放った銃弾が敵の頭を貫いた。キルログが流れる。
「一枚抜いた。詰めるよ」
「うん」
言葉と共に僕は向こうの建物とここを繋ぐワープポータルを作る。そして間髪を入れず僕たちは銃を構えたまま、そのポータルに飛び込んだ。ぐうん、という感覚とともに、一瞬にして建物内への侵入に成功する。
中では敵が、今ヘッドショットでダウンさせたもう一人を蘇生させようとしていたところだった。僕たちを警戒してポータルの出口に置かれていたグレネードが爆発しダメージを受けるが、それが苦し紛れだというのは相手も承知の上に違いない。2対1はこのゲームでは致命的な差となるのだ。キャラコンをしながら必死に抵抗しようとする敵を蜂の巣にし、無事キルポイントと彼らの装備品たちを手に入れることができた。
「……このゲームで、味方が居て邪魔なんてことは普通ないはずだけど。この前たまたま野良で一緒になった人ですら、すごく仲良くなって色々悩み相談とかする仲にまでなったし。……まあでも世の中広いし、そういう人も居るのかもね……あ」
リオラはキャラの首を器用に動かして、いかにも思いついた、というようなアクションをして、
「それかさ、あの話、頑張ってみる?」
「え? ……それって、ハイドロジェン到達の話?」
「それ」
彼女と僕は同じヘリウム帯だったので、ハイドロジェン帯を目指す目指さないといった話題はよく上がった。だがその度に、彼女のファンと他のゲーム配信との兼ね合いが問題となった。TBは配信コンテンツとしても人気ではあるが全員が好きというわけでもなく、幅広い彼女のファンに向けて色々ゲームをローテーションさせなければ、という点は彼女も大事にしているところだった。
だが今、周囲の配信者の間でもハイドロジェン帯を目指す企画が流行っているとのことで、そのブームに乗る形であれば受け入れてくれやすいだろう、とリオラは語った。
「どうせなら強くなって見返そ。その方がなんというか、気持ち的に前向きだし」
「……確かに」
「よし、そうと決まればオフ会するか」
「……いや、どうして?」
首を傾げる。全く論理性がない提案に聞こえるが、しかし聞いてみると全く脈絡がない訳でもないようだ。
「いや、実際高ランク帯の固定って、オフで会って緊密なやり取りしてるのが多いんだって。しかも一回オフでやれば、その後オンラインでやってるときもなんか色々伝わりやすくなるんだって」
「へー、なんとなく分かるような……後半説得力あんまりないけど」
「お、いつもの感じが戻ってきた。やっぱシュウはそういう感じじゃないとね。オフの時も皮肉モリモリで頼むわ」
顔は見えないが、彼女のキャラが不敵に笑ったように見えて、僕も口角が上がった。ありがとう、というエモートを浮かべる。
「よし、切り替え。次の敵を探そう。そろそろ安置に入るために、ここらへんに来るだろうから」
――――
「えーっと、ここのはずだけれど……」
翌日の土曜日、僕は秋葉原駅前の小さな公園で待っていた。善は急げということで、早速今日オフ会を実施することになったのだ。せっかくなので新しいヘッドセットやゲームパッドなども見たり、アニメショップやフィギュアなどもウィンドウショッピングしようという、王道な楽しみを予定している。
そろそろ待ち合わせ時間だが、周囲にはまだそれらしき人は居ない。リオラは黒いワイシャツーに黒のパンツ、そして黒縁のメガネといった黒づくしで来るとのこと。いかにもオタクと言う感じで、とても好感の持てるアピールだ。
それにしても。通路を挟んで反対側の柱のところで、すらりとした長身の女性がスマートフォンを弄っているのが、どうしても視界の端でちらつく。黒いショートボブの髪はさらさらとしていて、端正な顔と少し古風な丸メガネが知的な印象を与えた。それでいてシャツ越しにもわかる女性的なラインと、タイトなパンツで強調されたすらりとした脚。こんなに見てしまって気持ち悪いことこの上ないはずで、失礼にならないようにと無理やり視線をそらすのだが、それでも何か周囲を見たりする拍子に視界に入るその度に心を動かされた。
そして時間になった。周囲にはまだ誰もそれらしき人は来ていない。どうしたものかと思案すると同時にリオラからチャットが来た。
『まだ来てないの?』
『いや、もう来てるよ。電気街口の方の、カフェの前の広場』
『え、じゃあ私居るでしょ』
きょろきょろと周囲を見るが、先程の麗人を除いて他にはそれらしき人は居ない。
まさかな。
『じゃあ反対にシュウの格好教えてよ』
言われるがままに自分の今日のファッション(パーカーにジーパン)を伝えた。そして改めて周囲を見ると、先程の美女がこちらを見ていた。
「えっ」
驚きの声を上げると同時に、彼女はこつこつとこちらに近づいてきた。
「あ、す、すみません、その、ちらちら見てしまって、気持ち悪くて、本当にごめんなさい!」
「なに言ってんの」
その声を聞いた瞬間に、周囲が秋葉原ではなくTBのマップ内に切り替わったような気がした。
「……え? まさか」
「そうかなーって思ってたけど、まさか15分以上も声かけてこないなんて思わなかった。……シュウらしいといえば、そうかもしれないけど」
「リオラ……さん?」
「急にさん付けとか良いって」
そう言って彼女は、にこっと笑った。
「どうして、バ美肉なんて嘘ついてたのさ」
「いきなり遠慮のない質問」
「驚くってわかってたくせに……その仕返しだよ。その声、ボイスチェンジャーじゃなくて地声だったなんて」
近くのカフェに入っていの一番の質問に、リオラは苦笑した。
「別に、まだ自分が女だなんて言ってないけどなあ? なんなら、確かめてみる?」
「えっ」
そう言って彼女が僕の手を取り、そして彼女の足元の方へと引き寄せていく。
「いやダメダメダメ、ダメだって!」
慌ててその手を引き抜くと、彼女は「なあんだ」と残念がった。周囲に見られてないよね? あるいはこの粗野な感じ、もしかして本当にそうなのか?
「シュウはこっちの予想通り、奥手でこういうじゃれ合いとか慣れてない感じだ? 将来苦労するっしょ?」
「そ、そういうのじゃないって! その……冷静に考えてたら、さっきの質問、思っていた以上にデリカシーが無い話だったなって」
「へえ、それはなんで?」
「見た目と中身がどうとか、そういうのからある意味遠ざかれるのがVtuberとかバ美肉なのに、そこの領域にずかずかと入り込んじゃったっていうか……ごめんなさい」
頭を下げると、頭上から「……ふーん?」という反応が帰ってきた。
「……ま、頭を上げよ。こっちもそんな大事として隠してたつもりもないし。……まあ、でも気持ち的にはバビ肉のつもりではあるというか……」
「え?」
「ううん、細かい話はどうでもいいでしょ。そういうのじゃなくて、今日の目的は!」
「そ、そうだね。まずは大通り沿いのーー」
なんだか変な空気になりかけていたが、リオラの一喝のおかげで綺麗に気持ちが切り替わった。コーヒーを啜りながら、僕たちは周辺の地図を開いてルートを確認した。
「あちこちにランドマークが点在してるねえ」
「この店、かなりハイグラに位置してるなあ」
「この建物、かなり物資が落ちてそうな感じする」
いつの間にか始まった、発言にいちいちゲーム用語を絡める大喜利対決でけらけら笑いあって、「ああやっぱりリオラだ」と思う。女性のアバターで同じ女の尻を追い掛けてきたこいつだ。
気がつけばカップは空に。頃合いということでカフェを後にし、いよいよ秋葉原電気街めぐりが始まった。
その後の時間は、とにかく楽しすぎてあっという間だった。気がつけば両手は、新しいゲーミングデバイスやお互いに勧めあった漫画が詰まった紙袋でいっぱいになっていた。
「完全に買いすぎた……シュウはお金、大丈夫なの」
「うん、ギリギリなんとか……帰りの電車代は残ってる感じ」
「ギリギリ、アウトでしょそれ」
笑いながら万世橋の近くを歩く。さてさて、この後はどうするんだったっけ?
「じゃ、行こうか」
「えっ、どこに」
リオラは、何を言っているんだというようにこちらを見た。
「決まってるじゃん。私の家」
フリーズした。そういえば、そうだ。昨日の夜の会話の中では確かに、「じゃあ買い物が終わったら、うちでいっしょにTBをやる感じで。アキバにめっちゃ近いから」、というような話になっていた。なっていたけど。
「……シュウくんさあ、私が君みたいな初な少年にとって、とても魅力的な姿に映ってしまうのは、とても申し訳なく思う」
「じ、自分で言うことじゃないでしょ!」
「事実そうでしょ。けど、私達の目的はなんだっけ?」
その言葉に、はっとする。
「……二人で、ハイドロジェン帯到達」
「その通り。となると、自ずと気が引き締まって来ない?」
「……きた」
そうだ。僕の中に渦巻いた2つの感情。ミオちゃんに認められたいという気持ちと、見返してやりたいという気持ち。どちらにしてもその目的のためには、TBで強くならなければならない。
「そうと決まればレッツゴー!」
「配信者の家って、こんな感じなんだ……」
中に入って圧倒された。ところどころ、ぬいぐるみや可愛らしい雑貨などがおいてはあるが、全体としては家というよりも撮影スタジオのようだった。メインであろう配信PCが乗った大きな机と柔らかそうなゲーミングチェア、そしてウェブカメラ。モノで埋め尽くされていた。
「リアルの配信者は結構部屋の見栄えとかも気にしているみたいだけど、私の場合はこういうのは見えないからね、結構作業効率に特化しているっていうか」
あくまでここは撮影部屋であり、別にリビング兼寝室があるのだというが、ここだけでも僕の部屋と同じくらい広い。ゲーミングチェアとは別に応接用と思しきソファもある。
早速持ってきたMRゴーグルを装着しTBを始めると、ふたりともすぐに歓声を上げた。
「すご、こんなに違うんだねえ」
「うん、本当に二人で戦場に立ってるみたいだ……」
何故か分からないけど、聞いていたとおりオフラインだとこれまで得られなかったようなチームメイトの息遣いだとか身のこなしなどが感じられるせいか、いつもよりも意思疎通がスムーズだった。どころか、もはやテレパシーのような感覚でリオラが今どうしようとしているか、どうしたいと考えているか、みたいなことが伝わる。不思議でたまらないが、それは如実に結果に現れた。
「す、すげ……」
最初のマッチで、いきなりチャンピオン獲得。しかも二人合わせてキル数は15、与ダメージも3000超。この試合で無双の活躍を見せたと言ってもいいだろう。もっと下のランクやカジュアルマッチでならこれくらいのスコアに鳴ったことはあるが、ヘリウム帯では初めてだ。
二人してテンションが上り、一気にそのまま数時間ほど、晩御飯の時間になるまでそのままやり続けた。
――――
帰り道、やると成長するとよく言われる各試合の振り返りなどをチャットでやり取りしながら、ふと思った。どうしてミオちゃんと二人でやってるときは、あの感覚が無かったんだろう。ランクの差が離れすぎているせいだろうか。それとも……なにか、相性のようなものがあるのだろうか。
それは嫌だな、と思ってしまった。相性なんて言う抽象的なもので、僕とミオちゃんが合わない、なんてことが決められてしまっているなんて、寂しすぎると思った。けれど、反対にリオラと遊んでいるときの感じは、自分がとんでもなく有りのままの自然体で居られて、とても気持ちよかった。
オフを挟んでからの僕とリオラは、破竹の勢いでランクポイントを稼いでいった。数日に一回は彼女の家で、それ以外の日はオンラインで行ったが、これも噂通りオンラインでもどこか通じ合ったような感覚は常に得られて、オフの日ほどではないが高いパフォーマンスを発揮した。僕と彼女の息の合ったプレイは時折神がかった展開を見せ、配信に載せた日は切り抜きがいくつも上がるくらいの人気を博した。
『ついに二人が一線を超えたか』
『以心伝心てえてえ』
などのリスナーからのコメントを「こいつらバカですね~」なんて軽くいなすリオラ。冷静に考えて目の前の戦闘でいっぱいいっぱいだった僕よりも、コメントを通じてリスナーとやり取りしながら戦ってるリオラのほうが何倍も凄い気がする。
とにかく、これまでの停滞が嘘のような成長をした僕たちは、3週間ほど経ってあと数百ポイントでハイドロジェンランクというところまで到達した。このペースで行けば、明日の土曜日のトライで到達も現実的。その期を逃すまいということで、土曜日は改めてオフでやることにした。