第十六話 一歩ずつ
「――カジュアルマッチだから、激戦区を避けるだけで初動被りせずに済むのは楽だね」
「う、うん」
久々の降下からの着地はやっぱり緊張する。降り立った空間をぐるりと見ると、雪に覆われて廃墟となった街並みが広がっている。
「じゃ、漁ろっか」
「そ、そうね」
そう言いながら高橋くんがスタスタと進むので、私はついていく。
すたすた、すた。数歩進んで高橋くんが振り向いた。
「どうしたの?」
「どうしたの、って?」
「同じ場所に来たら、アイテムが拾えないじゃないか。別の建物に行ってさ、後で集合しようよ」
「……ここの漁り方、分からなくて」
「え?」
高橋くんが目を見開く。でも、本当なのだ。
「いつも初動で、あの激戦区の中心街にしか降りないから……ここには最終安置になったときとかにしか来ないから、ボックスの回収とかは全然したことなくて……」
「……そこまでの修羅の道を歩んだからこそ、ソロポジトロンになれた、ってこと?」
「それはわからないけれど……」
「解説動画とかもネットに上がってると思うけど、そういうのは?」
「見たこと無い」
オンラインでその場で人と戦うゲームなんだから、攻略法とか見ても意味ないでしょ、というのがこれまでの私のスタンスだった。だが高橋くんの反応を見るに、かなり異端なことをしていたらしい。
「……オッケー。じゃあ、一緒に回ろうか。箱は、二人で交互に取ってこう」
そう言いながら、目の前の建物を1階から4階まで漁り、隣の建物に移ってまた地上階から屋上までを漁り、ということを繰り返していった。キルログはカジュアルマッチのお約束で、おびただしい量が怒涛のように流れていく。
それをまるで別の世界での出来事のように眺めながら、私達は廃墟となった街を二人で巡っていった。
「……高橋くんはさ、武器、何を使うの」
「僕? サブマシンガンとかショットガンとか、近接系の武器が好きだな」
「そうなんだ……」
「折原さんは……それこそ、これとか好きなんじゃない?」
箱を開けた高橋くんはそう言って、中から取り出したアサルトライフルを渡してくれた。
「え? どうして?」
「そりゃ、何度もやったからね。見てたから分かるさ」
見てたら、分かる。それは反対に、高橋くんが好きな武器を知っていなかった私にそのまま跳ね返ってくる。
高橋くんは次の箱を開けようとして、ふと見上げて、
「……これで、ご飯の好みの分は取り返せたかな?」
「わ、分かんない」
私は、アサルトライフルのグリップをぎゅっと握った。
アサルトライフルをプレゼントされて、こんな切ない気持ちになることあるだろうか。
――――
まあまあ装備は整えたころにちょうど安置の収縮が始まった。私達は次の安置へと移動を始める。
途中、銃声が聞こえる。中心街ほどでは無いが戦闘が多い、住宅街エリアの方からだ。
「あそこで漁夫して、装備とか強化していこうか」
「え? 大丈夫かな。チャンピオンを取らないと、キャンペーン対象にならないのに」
「折原さんのリハビリも兼ねてのことだよ。逆にこの後、生き残った猛者と戦うことになりそうな訳だし」
それに、と高橋くんが付け加える。
「今回は、僕がオーダーだから。着いてきてよ、折原さん」
「う、うん」
その横顔が凛々しく見えて、ドキリとする。
どこか気弱で、ネット弁慶で、だからこそ守ってあげたくて、執着していたシュウ。
そのフィルターを幼馴染という称号と共に剥ぎ取った先に見えた、今の高橋くんの姿が光って見える。
戦闘はどうやら、真ん中の建物の屋上と、向かって北側の建物とで行われているようだ。
「僕たちはさらに北側に回ろう」
銃声や手榴弾の炸裂音に紛れながら僕たちは移動する。
「建物の高さからして、真ん中のほうが有利だから勝つ可能性が高い。ワンダウンした瞬間におそらく真ん中が北側に詰める。その戦闘が終わる間際に」
その瞬間、ぱあん、というスナイパーライフルの乾いた音と共に、ダウンのログが流れた。
「行こう」
移動用のポータルが作られる。私達はせーのでそこに飛び込んだ。
抜けた先は、どうやら北側の敵が居るのとは別の部屋のようだった。瞬間、隣の部屋で爆発音。
急いで向かうと、そこでは残り一人となったパーティーが、今まさに討ち取られようとしている瞬間だった。だがもう一方も無傷ではない。おそらく最後の抵抗であるグレネードがうまい具合に当たってしまったのだろう。
これなら余裕だ。私は一気に倒してしまおうと一歩踏み出して。
高橋くんが構える武器を見て、踏みとどまった。
彼の武器はサブマシンガン。対して私はアサルトライフル。私が先陣を切り高橋くんが後ろから援護という構図だと、高橋くんは不利な戦いをすることになってしまう。
「スモー!」
そう言いながら、一気に敵への距離を詰める高橋くん。相手は慌てたように高橋くんへ銃を向けようとするが、遅かった。二丁の銃から放たれた銃弾は、力士をモチーフにしたキャラであるスモーを容赦なく穴だらけにし、スモーは倒れた。
あとは、無傷の私達二人と、ぼろぼろになった敵の生き残りだけ。完璧なまでの漁夫の利を得ることに成功した。
「ああ……やっぱり漁夫が成功する時が、このゲーム一番楽しいね」
その言葉に、私は深く頷いた。
「初めてやったけど、こんなに気持ちいいんだ……!」
「……は、初めて?」
「うん。いつもタイミングとかあんまり気にせずに、突っ込んで倒してたものだから」
「……なろう系の主人公?」
失礼な。
でも、漁夫よりも私の心に残っているのは、あの一歩を踏みとどまった瞬間だった。あの時わたしは間違いなく、言葉じゃない何かを感じ取っていた。
それは、隣でヘッドセットを被り同じように立っている高橋くんの息遣いなのかもしれないし、身振り手振りが空気づてに伝わったものなのかもしれない。
その後のスモーへのフォーカスが揃ったのは、単なるオーダーへの遵守だ。だが、もしそれ以上のやり取りを、言葉なし出来るんだとしたら。それはどんなに素晴らしいことだろう。
そう浮かれかけていたんだけれど。
「……次の街に、行こう」
そう言う高橋くんの声は、どこか晴れなかった。




