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第十四話 ピレネーの城

 metachatというものを初めて体験したけれども、これは凄いコンテンツだ。私は一瞬にしてその体験に圧倒された。


 ヘッドセットを被った瞬間、そこは宇宙船の中のような、近未来的な部屋の中だった。「そこは――だった」というのは、もう本当に文字通り、私はそこに居るように感じたということだ。まるで全く別の世界に瞬時にワープしてしまったかのような、そんな感覚だ。


「嘘でしょ」

「そうだよ、ここは嘘」


 そういって隣に現れたのは、


「リオラ……」

「こうしてこの体で会うのは初めまして、か。よろしくね」


 龍ヶ崎リオラが、そこに居た。先程までの黒髪ボブの美女ではなく、朱色の長い髪と、赤と黒を基調とした露出の多い戦闘服のようなものを着た、「龍ヶ崎リオラ」そのものだった。


 その実在感たるや。ゲームでも、あるいは彼女のPVでも感じたとおり、あくまでその見た目はキャラクターそのものだから、それが非現実的な存在だというのは分かる。分かってるはずなのに、脳は彼女を完全に『そこに実在するもの』として認識している。そのギャップにひどく混乱する。


「この世界は全部ウソ。私のこの体も含め、ウソから生まれた。だけど、ウソもここまで複雑に、そして緻密に作られると、現実と同じように感じられる。面白いよね」


 そういえば、私の姿は?

 そこにある鏡で自分を見る。自分もまた彼女よりは少し露出は控えられているが、同じような戦闘服に身を包んでいた。


「い、いつの間に」

「そんなの、いちいち気にしてたら持たないよ。さ、こっちこっち」


 そう言いながらリオラが手招きする。そこにはドアがある。


「これは?」

「ポータル。ここからいろんな世界に飛べる。渋谷や秋葉原みたいな、人がたくさん行き交う場所もあるし、バーみたいな少人数で話し合える場所もある。でも今回は、ここ」


 がちゃりと開かれたその先には、


「――うわあ」


 透き通る青空と広がる海、そして空に浮かぶ巨大な岩と、その上にそびえる城。絵画の世界をそのまま現実にしたかのような世界がそこには広がっていた。恐る恐る脚を踏み出すと、そこにある砂浜に確かに立つことができた。


「なにこれ、マグリット?」

「ピレネーの城。架空の世界にしか存在できない、美しい城塞。だから現実の何も守れないし、何も攻めることが出来ない」


 そういって、リオラは突然空に浮かんだ。


「え?」

「折原さんも、さあ」


 そんなことを言われても、空の飛び方なんて分かるはずがない。


「ほら、その……Zボタンを押して」

「あ、はい」


 ああ、念じたりとかそういうのでは流石に無いのか。ちょっと雰囲気が削がれたけれど、ボタンをぽちと押した途端、


「うわっ」


 体がふわりと浮かぶ感覚。いや、実際には脚は確かに地面についているので、これは単に視覚によりもたらされた錯覚でしかない。だがそう考えたところでどうにかなるものじゃない。その感覚は同仕様もなくリアルで、私は思わず転びそうになる。


「おっと、危ない」


 リオラがさっと、それを受け止めてくれる。顔が一気に近づく。リオラの顔は間近で見てもやはり綺麗で、よく見ると口の端に牙が見えた。それだけでなく、


「お花みたいな香りがする」

「あ、それは私のリンス」


 そうですか。


 ふわりと彼女に連れられながら空を飛び、私はピレネーの城へと連れて行かれた。石の城は絵で見たよりもずっと巨大で、そしてゴツゴツとしていた。


 城で一番高い等の頂上に降り立ち、そこを一望する。まるで世界のすべてがそこに映っているかのような光景だった。


「シュウが私の告白に回答するのは、ゴールデンウィーク明けくらい」


 その言葉にハッとする。彼女の目は真剣だった。


「私、ゴールデンウィークの最後にライブがあるの。ワンマンで、歌って踊り切るつもり。シュウも招待してる。だからそこで、最後に私への気持ちを決意してもらう」


「……どうして教えてくれるの?」


「ここは現実の何も守れないけど、けど反対に虚構を壊し、新しい虚構を作ることが出来る城でもある。そして虚構は、新しい現実を生み出すことが出来る。虚構の世界のライブで、彼の心を動かす。ここで宣言することで、私はこの虚構を現実に変える」


 そう言いながら、彼女は私の手にチケットを渡してきた。


「あくまで視覚的にこう表示してるだけで、実際にはあなたのメールアドレス宛に送信してる。当日、それを使えばライブを見れるから。知ってる? VRライブって、全員がS席で見れるんだよ」


――――


 私がVRヘッドセットを脱ぐのに手間取っている間に、リオラは去ってしまっていたようだ。


 手を見る。そこにチケットはやはり無いが、手渡されたそれを掴むように、私は手を握りしめた。


 シュウが答えを出す日。それを伝えてくれたのが彼女なりのフェアプレー精神なのかはわからないが、それをこのまま待つなんてことはありえない。


――――


 花巻さんからねぎらいの言葉があり、13時までお昼休憩ということが伝えられた。スマホのチャット通知を見ると、モッチーからの連絡が入ってた。


『オタとご飯食いに行くことになった 時間持たせてくれてありがとう』


 こそこそとこの間、大田くんとやり取りするためにトイレに閉じこもっていたようだったが、無事それが結実したようだ。よかったよかった。


 ……けど、そうしたら私、誰とご飯食べに行けば良いんだろ。


 そう思いながらビルの入口に向かうと、


「……あ」

「あ」


 高橋くんと出会った。コインで表と裏が、こんなに交互に出ることある?


少し短くなったのですが、切れ目が良いので。

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