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第十三話 功利主義者

「ちょ……何やってるの」

「いや、スタジオ借りたくて」

 

 あっけからんと言い放つリオラ。それを見て花巻さんがヒートアップする。

 

「だから、なんでいつも予約表を見ないの――ああ、すみません」


 口論になりかけたところで、花巻さんは私の存在を思い出したようだ。だがそんな彼女の配慮(あるいは黙っている私の配慮)を知ってか知らずか、リオラは


「ああ、別に折原さんとは面識あるよ。色々あってね。私が誰なのかも、知ってる」


 ね、とか言ってウィンクしてくる。目をそらした。


「え? ……ど、どういうことなの?」

「まあまあ花巻ちゃん、細かいことはいいじゃん。折原さんはどうしてここに?」

「……学校の、職場見学です」

「へえ」

 

 リオラは目を丸くした。


「モアカラーを見学、とは……。今どきの学校は進んでるんだなあ。それとも、ここも大きくなったね、と喜べばいいのかな?」


 のんきなリオラと裏腹に、花巻さんはそわそわと周囲を見て、落ち着かない様子だ。きっとリオラの身バレに気を使っているに違いない。頑なに彼女を名前で呼ばないことからも察せられる。とっさにそういう判断ができるなんて、やはり出来る人だ。ちょっと短気なところも一瞬見えたけどね。


「……とりあえず一旦、スタジオに入りましょう。 ええと、望月さんには」

「それなら、あー、しばらくは大丈夫です」


 私はモッチーからのチャットメッセージに目をやりながら伝える。


「どうやら、長くなりそうな様子なので。構わず始めておいて、とのことです」


――――


 中は、白一色の壁と床。およそテニスコートくらいの広さだろうか。そして周囲にはぐるりと、高そうな厳つい撮影機材たちが並んでる。一部は写真の撮影スタジオなどでも見たことあるような照明機材だが、映像系の機材は縦にも横にも長く大きく、威圧感が凄い。

 それにしてもどうしてこういう機器って、どれも黒一色なんだろう? 結果としてこの空間では、起伏のない白と、ゴツゴツとした黒との対比が生まれて、一種の調和があるとも言えそうだが。


 がちゃん、とドアがしっかり閉まったことを確認して、のんきにそのへんの椅子に座ったリオラに花巻さんが詰め寄る。


「あなた、どういうつもり?」

「どういうつもりって、だから撮影を」

「そういうことじゃない。なんでいつも、そうやって周囲のことを考えないの。予約表を見ろって何度言っても聞かず突然来る。スケジュールの調整の苦労も方々(ほうぼう)にかかるし、あなた自身の身元を守るための忠告でもある。何度も言ってるでしょ?」

「ちょいちょい」


 そう言いながらリオラが私を指差す。やめて、私を大人の事情に巻き込むな。


「あ、私にはお構いなく」

「ありがとう、折原さん」


 そう言って私に笑顔を向けた後、再びリオラに向き直る花巻さん。


「ええっ、いやいや、社外の人目がある前で、そんな感じで喋ってていいの? それこそ、今どき色々危ないんじゃない?」

「正式な連絡もなく、予約をしたときにのみ使って良いものとして特別に貸与している入館証を勝手に使って入ってきた人間に対して、社員として断固とした対応を取ってるだけ。それとも不法侵入で警察呼ぼうか?」

「あーそれは不味いな」


 そういってポリポリと頭をかくリオラ。


「別に、周りのことを考えていないわけじゃないんだけどな」

「同じ言い訳、昔聞いた。考えてはいる。ただ考えた結果、そうした方が良いと判断しているから、そうしているんだ、ってね」

「ちょっと違うかな。私の利益、不利益。あるいは周囲の不利益、利益。全部考えて総合した上で、最も全体の利益が最大になる選択肢を選んでる、ってこと」


 とんだ功利主義者だことだ。全て功利主義の通りに生きることが叶うのだったら、ベンサムだって200年以上生き続けたかったはずだ。

 花巻さんは頭を抱え、


「はあーっ……スタジオ、どれくらい使いたいの。今日は16時まで使えないけど」

「マジ!? それは怠いな、今日帰ろっかな……え、でもさ。ここを職場見学用に取ってあるってことは、これから撮影に使うってこと?」

「え? まあ、そうだけれど」

「何するの?」

「ええと、VRゲームの『バイオクライシス』。あれをやってる様子を撮影して、ムービー風編集をする予定だったけど……」


 げ。その名前がどんなジャンルのゲームなのかは知ってる。どホラーじゃん。え、ものすごく嫌なんだけど。

 そう思っていたところに、意外な助け舟が来た。 


「そんなのつまらないでしょ。それじゃあさ、こうしよ。私と一緒に折原さんとで、『metachat』の中を散歩デートするから、その様子を撮影してよ。絶対ソッチのほうが面白いって。ついでに私の目的も達成できるし。新衣装の試着をしてみたかったんだよね、今度のライブ前に」

「そんなこと、突然言われても……ほら、折原さんだって困ってそう」

「良いですね、デート。私は別に、それで一石二鳥となるんだったら大丈夫です」


 私は目を光らせてリオラの提案に乗っかった。リオラの提案はよくわからないけど、とりあえずホラゲーよりは絶対マシだ。


「でも、望月さんが」

「モッチーは、まだトイレらしいので。一応大丈夫だけど、長くなるらしく、自分抜きで進めてほしい、と」


 チャットに目配せしながらそう伝える。


「――わかりました」


 花巻さんは、気持ちを整えるように深く息を吸った後、


「じゃあ、その方向で準備しますね。折原さんはあちらで、キャプチャ用の機材の装着をしましょう」

「ああ、それなら私が案内するから。花巻ちゃんは他の準備進めておいてよ。ほら、私のせいで進行遅れてるでしょ。これくらいはさせてよ」

「……折原さん、彼女は」

「知ってます。男子からのセクハラには、十分注意します」

「おお、手厳しい」

 

 そう言ってリオラは肩をすくめた。


――――


「ぜ、全身タイツなんだ……」

「一応、キャプチャースーツって名前があるけど……まあ、全身タイツ」


 簡易なパーテーションで囲まれた更衣室エリアの机の上に置かれた、綺麗にたたまれた黒い全身タイツを前に体が固まる。


「着るには、どこまで?」

「まあ全裸になれば、ラインが浮き出ないから一番いいけど……冗談冗談。ぶっちゃけ、タイツ伸び縮みするからある程度なら着込めるよ。まあでも私はいつも下着にはなってるかな」


 下着かあ。しかし、言ってもここには女が二人と、体は女で中身は男だが同性愛者の人間しか居ない。まあ良いでしょう。


 服を脱ぎながら、衣擦れの音だけでは寂しいので気になっていたことを尋ねる。


「あの、いいですか?」

「敬語じゃなくていいよ。私と折原さんの仲でしょ」


 どんな仲だ。


「……花巻さんとは、どういう関係なの?」

「え? ああ、元カノ」


 上の肌着を胸のところまでめくったところでそう言われ、固まる。


「……元カノ?」

「そう、元カノ。3年前くらいに出会って、1年前に別れた。今はいい友達」

「……だって、あなたは」


 高橋くんのことが好きじゃないか、という言葉を続ける前に、


「あー、まあそれで言うと、私の自分の認識が『体は女で中身が男』、で終わってた頃の話」

「……ふ、ふーん」


 するすると、私はめくりかけのシャツを下ろし、それとなくリオラから背を向ける。ややこしさのレイヤーが一枚剥がれているはずなのに、その方が今の状況がややこしくなっているように感じられるのは、非常にパラドキシカルだ。


「出会った最初の頃は、この会社の映像制作の技術者だったんだけど、そこからしばらくして私のマネージャーを副業でしてくれるようになって。だから色々、私達の業界のことにも詳しいってわけ」


 そうなってくると、今度は「いったいどうして付き合うことになったのか」とか「なんで別れてしまったのか」ということを聞きたくなるのが女の子の性というものなのだが、一旦その気持は飲み込む。


「それよりさ。前幼馴染って一体何?」

「……私が一番聞きたい」

 

 くつくつ、という笑い声に歯噛みする。仕方ないでしょ。あの日はそうするのが一番だと思ったんだから。


「自分がやったことに責任を取ろうとしたの。責任を取るために現在の立場から降りる、この国の伝統でしょ」

「確かに、破滅に追い込んだり私刑を与えたり与えられたりするよりは、まだ良い伝統的手段かもね」


 絶対そうは思ってないだろうに。


「さて、私は着替え終わったけど」

「え」

 

 そう言われて振り向いて、息を呑んだ。黒いキャプチャースーツに身を包んだ彼女は、スーツの所々に埋め込まれたメカメカしいパーツなどと相まって、何かアニメに出てくる戦闘員やパイロットのような凛々しい美しさを放っていた。ぴったりとしたそのスーツが彼女の細く引き締まった身体のラインを一層強調していて、どこか現実離れしていた。


「……アニメの世界に入るためには、まずは格好から入る必要がある、ってことか」

「っふ、なるほどね」


 ニヤけるリオラ。


「それは確かに言い得て妙だ。……じゃあ、着るの手伝おうか」

「……そんなことして、大丈夫?」

「仮に大丈夫じゃなかったら、聞いたところで意味ないでしょ。それに、今私が好きなのはシュウ。こういうときは私、一途だから」

「ラオのとき、私のことを口説こうとしてたのに?」

「……」


 結果、彼女は目隠しをした状態で、私に着替えの指示をすることになった。このエロガキめ。


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