第十二話 もっと色を
映像制作会社「モアカラー」は、私が思っていたよりもかなり大きな会社だった。駅から徒歩5分程のところにある大きなビルの、5階と6階ツーフロアまるっとが会社なのだという。考えてみれば、8クラス×4人で32人の大所帯だ。候補はそれを受け入れてくれるような、ある程度大きな会社に絞られる。
手指消毒をして受付で代表者がやりとりを済ませ、もらった入館証を首から下げると、奥からスーツをビシッときめた女性が出てきた。
「お待ちしていました。本日、社内見学の担当をさせていただく、モアカラー株式会社広報部の花巻と申します。どうぞよろしくお願いいたします」
そういってペコリと会釈をされるので、こちらも慌てて頭を下げる。名刺とか持ってないけどいいのかな。
そのまま奥の「研修室」というプレートが貼られた部屋に通された。中は名の通り学校の科目教室のようになっていて、一人ひとりの席にパンフレットがおいてある。
「あらためて、本日はようこそお越しくださいました。私達のような裏方の会社に興味を持っていただいて、とても嬉しいです」
そう大人な微笑みを浮かべる花巻さん。ほとんどのメンバーは消去法でたまたまここにたどり着いた人間なので、それに対して皆曖昧な笑みを返すだけのようだったが。
ちらりと高橋くんを見る。頬杖を立てていた。
「今日は弊社の仕事を、いろいろな形で知ってもらおうと思います。普通ならここで会社の成り立ちとか、お題目とかを話すのですが……みなさん、そういうのはちょっと嫌ですよね」
お。
周囲を見れば私と同じく、みな花巻さんのちょっとふつうと違う言葉に空気が変わったのを敏感に感じ取ったのか、すこし顔の角度が上向いている。
「なので、とりあえず私達がどんなものを作っているのか見てもらおうと思います。ではこれを御覧ください」
部屋の明かりが消え、前方にプロジェクターの映像が投影される。そこで流されたのは、
「え、これ、スポイラーマンじゃん」
誰かのつぶやきが聞こえた。アメリカで作られた大ヒットスーパーヒーロー映画、スポイラーマン。その最新作のトレーラーが流されたのだ。雄大な音楽と共に、スポイラーマンが画面を飛び回り、敵を放り投げ、ヒロインを救う。良い音響設備を使っているのだろう、最近ハリウッド映画で良く鳴るあの「ドゥーン」って感じの低音が、心臓を震わすくらいに体に響いた。
ぱっと画面が切り替わる。
「あ、フィナーレ・ファンタジア」
女子の小さな声。名前は私も聞いたことある。国民的なロールプレイングゲームのシリーズだ。映っているのは中世風のどこかの王国の様子。キャラクターのデザインからそれがCGだと分かるがーーって、なんかデジャブな表現だ。とにかく、映像作品のように綺麗だ。でもこれがゲーム?
平和を謳歌しているその街に敵国の軍勢が襲いかかる。戦火に包まれる都市。そこに、主人公の勇者たちが駆けつける――。
と、自然に見入ってしまったが、気がつけばいつの間にか画面の端にはHPや武器などのUIが表示されている。あれ、いつ切り替わったの? しかもゲーム画面だというのに、先程までの映像と全く変わらない美しさだ。
それもPVだったようで2,3分程で終わり、その次に流れたのが、
「――ぅ」
うめき声を抑えるので必死になってしまった。それは、まさにちょうどこの前予習したばかりの龍ヶ崎リオラのミュージックビデオだった。
「え、リオラじゃん」「トリックタックで見たことある」
しかも意外にも、一番反応が大きかったのが彼女だった。マジか。バ美肉Vtuberはニッチジャンルだって、この前どこかで読んだのに。
……まあ彼女ないしは彼は現実でも美少女を受肉しているのだけれども。
え、もしかして私、一応雑誌のモデルをやってる世間の流行最先端追ってる若者を自負してたんだけれど、遅れてる?
ちらっと改めて高橋くんを見るが、顔を伏せて、ぷるぷると震えていた。一体どんな感情なんだろう。
映像が終わり、部屋が明るくなる。
「ご覧いただいたのは、全て私達の会社が制作に携わっている作品です」
おおー、とどよめきが起きる。
「え、でもFFって、スクウェニが作ってるんじゃないんですか?」
「今どきのゲームや映画はあまりにも巨大なプロジェクトなので、一つの会社の中だけで作り切る、というのは実はとても珍しいんです。私達は専門家集団として、それらの会社と一緒になってプロジェクトに参加し、制作に携わっているんです」
「へええ。例えば、どんなところまで作ってるんですか」
私は事前にホームページを見ていたのでそれ自体に驚きはないが、寧ろ花巻さんの華麗なプレゼンスキルに感心していた。あんなに負け戦濃厚だった部屋の空気だったのに、今や皆興味津々といった様子。顔採用ではないらしい。
「これは言ってもオッケーって言われてるんですが、実は今流れた映像で映っていた部分、全部です」
その答えに、驚きのどよめき・ざわめきが立ち起こる。流石に私も驚いた。
「ぜ、全部ですか?」
「CGモデルの制作やテクスチャ作成、撮影、ポストプロセス――ええと、正確には撮影の現場にはそれぞれ監督さんなどが居るので、そういう人たちとも一緒にも作りますが、概ね画としては私達が作ってます」
「す、すご!」
「といいましても、あくまでそれらは各会社さまの資産だったり所有物だったりしますので、まかり間違っても私達のもの、とは言えないのですが……。でも、かなり誇りを持って作業してますよ」
そういって小さく、えっへんと言わんばかりに胸を張る花巻さん。かわいい。
「じゃあ、興味をもってもらったところで、見学に参りましょうか。主に6階が撮影スタジオ、5階が映像編集本部のフロアになるので、これから皆さんには2班に分かれて、それぞれ1時間ずつ見学してもらいまーす」
そう言って、花巻さんは部屋の真ん中を、手刀でぽん、と切った。その左右で、二班ということらしい。
「……って」
手刀を挟んで向こう側に居る高橋くん。え、嘘でしょ。
――――
6階は、建物を南北に貫く廊下を挟んで、大小8個の撮影スタジオに分かれている。
「え、じゃあここに居たら誰か有名な映画俳優とか、リオラとかに会えるってことかな?」
「残念ながら、今日は予定の無い日です」
ニッコリと笑う花巻さん。周囲はなーんだと肩を落とした。
「まあ、そう落ち込まないで。だからこそ、今日は皆さんに特殊な体験をしてもらいたいなと思ってて」
なんと我々は、これから「アバター体験」なるものをするのだという。それぞれの撮影部屋で、私達はVRヘッドセットをかぶりながらコンテンツを体験する。同時にモーションキャプチャーも装備してその様子を撮影し、この後の時間でそのデータを撮影、私達がVR空間で体験したことを、それこそ映画並みの品質で映像化し、プレゼントしてくれるというのだ。ゲームも遊べて映像のプレゼントもあるとのことで、皆大歓喜。
2人一組を組むことになり、何の波乱もなくその場に居たモッチーと組むことになる。
「よろしくね」
「あーい。あ、ごめん、トイレ行っていい……ですか?」
私に声をかけた後、私達二人の担当となった花巻さんに声をかけるモッチー。
「ええ、もちろんです。じゃあ他の班の皆さんは、それぞれのスタジオに移動をお願いします。担当のみなさんも、どうぞよろしくお願いします」
花巻さんの合図で、スタジオから出てきた担当の社員さんと共に他の面々はそれぞれのスタジオへと入っていく。ざわざわとしていた廊下が、最後のメンバーが入ったスタジオのドアが閉まった途端、しんと静まり返る。
トイレに行ったモッチーを待つまで、二人きりか。しかし、これで高橋くんとの会話はしばらくお預けだ。時の運でたまたま一緒の行き先に慣れたとは言え、運に頼った計画はこのような結果も招いてしまうわけだ。改めて、自分ができる準備は欠かさないことが大事なのだなと知る。
さすがに気まずいので、何か話すか。
「すごい静かですね」
「防音には気を使ってますよ。オフィスが上下にある環境ですので」
「確かに、家で録音してて騒音で喧嘩になる、とかたまに聞きますもんね」
「あはは、結構事情に詳しそうですね」
ぎくり。
「よく、見るんですか。Vtuber」
「えー……どうですかね。まあ、知っては居ますよ。リオラ? とか」
彼女との関わりは隠した方が良い気がした。身バレを喜々と起こすような軽い女と花巻さんに思われたくない、という下心だ。
「撮影ってことは、彼女もここで?」
「紹介しておいてなんですが、Vtuberなのでそこは、直接的には言いにくいですね。……まあ彼女の投稿動画の概要欄には、うちの会社のURLが撮影場所として貼ってありますけど」
「あはは。なんだか、パチンコ屋さんの換金場所みたいな答えですね」
その言葉に花巻さんが「ホッ」というフクロウのような声を漏らした。見ると、こちらから顔をそむけて口元を抑えて震えている。咳マナーだろうか。
そのとき、背中で「ぽーん」という音がなった。誰かが来たのだろうか。
「……って、どうして? 今日は誰か6階に用あるときは、私に電話して、って連絡してあるのに
花巻さんがなんだかきな臭いことを言う。どういうことだ。招かねざる客?
振り向くと、ちょうどドアがゆっくりと開くところだった。中から姿を現したのは。
「――あれ、花巻ちゃん居るじゃん。ねえ、なんで今日スタジオ全部埋まってんの? ……って」
グラサンにタイトジーンズというキメキメの格好をした、龍ヶ崎リオラだった。
サブタイトル、なぜつけ始めてしまっんでしょう。全然思いつかない。
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