第十一話 嘘が下手っぴさ
職場見学。我が校の他学年では5月に行われるこの行事だけれど、1学年目だけは4月末に行われる。意図を邪推すると、ゴールデンウィーク前にクラス内での横のつながりを強めたほうが良いだろという判断があるんだと思われる。
お高く止まった名前だけれども、所詮遠足でしょ。
入学式の日に配られた予定表を見てそう思っていた自分がどれだけ愚かだったか。過去のつながりを踏まえながら、ゆくゆくなんとなく近づいて、向こうから好きって言ってくれないかな。そんな呑気なことを思っていたあの頃。
今、そんな余裕はない。過去の関係値はリセットされ、残りの時間はわずか。そうなれば、つながりを深める機会を活用しない手は無い。ぎゅっと拳を握りしめる。
職域見学ではクラス内で4人の班に分かれ、班ごとに行きたい場所に行く。残念ながら髙橋くんは1年A組、私はC組なので、別のクラスである私たちが同じ班となることはまずない。
だが、別に同じ班になる必要はない。違うクラスでも、目的地が同じであれば必然的にそこで同じ時間を過ごすことになる。
「職場見学のおしらせ」と題されたメールに記された、10の行先候補。テレビ局、食品工場といったオーソドックスなものから、銀行、区役所といった絶妙に興味をそそられないもの、そしてゲーム制作会社のような男子人気多数な場所まで取りそろえたラインナップとなっている。
高橋君に、どれに行きたがっているか聞いて、私もその班を選ばいい。一瞬そう考えていた私だったけれど、果たしてどんなきっかけでそれを聞けばいいというのだろう? 私はもう、彼の幼馴染ではないというのに。
直接聞けないとなれば、彼がどこを行先に選ぶのか、それを当てる必要がある。選択肢は、ゲーム制作会社が最も有力であろうとすぐに分かる。だが、もう一つ怪しいものがあった。
「バーチャル・メタバースコンテンツ制作」
そのようにだけ書かれている会社は、要するにそういった映像コンテンツの制作をメインに行っているようなのだ。名前が抽象的なだけに人気は少ないかもしれない。
「ふむ……」
ーーだが、龍ケ崎リオラという存在のことを考えると話が変わってくる。
高橋くんのことが好きだというあのリアル美少女受肉男の存在が影響してくると、彼の今の興味の主眼がそういったコンテンツ制作の方に向いている可能性は十分にあり得る。悩ましいことこの上ない。
そう思いながら会社名で軽く検索してみると、とんでもない情報が目に飛び込んできた。
「さ、撮影実績が、ある……!」
ホームページにいくつかある、このスタジオでの映像制作の実績欄に、なんと龍ケ崎リオラの名前が踊っていたのだ。呆然としながら、そこに貼られているリンクを開く。すると。
『ーー♪♪』
軽快な演奏と、透き通るような歌声。綺羅びやかなステージの上で、露出の多い派手な衣装を身にまとった龍ケ崎リオラが歌いながら踊る映像が流れる。周囲の光景を見て一瞬実写かと思ったが、しかし所々中に浮かぶライブセットや、そして龍ケ崎リオラの存在そのものが、映像がCGであることを示してる。
その笑顔は可憐で、動きは華麗で。
なにこれ。やばすぎる。
気がついたらそれに見惚れている自分がいて、慌てて首を振った。危ない危ない。
しかし、ここまでドンピシャで関わりのある会社となると、改めてこの会社の評価を改めなければならない。私はすっかり頭を抱えこんでしまった。
けれど、最終的に私は、ゲーム制作会社こそが唯一の選択肢足り得ると判断した。それはなぜか。
龍ケ崎リオラというVtuberとつながりのある映像制作会社というのはこの場合、むしろネガティブな要素に当たるということに気づいたからだ。シュウーーじゃない、高橋くんのような配慮の人間であれば、おそらくリオラが身バレしてしまうようなリスクにまで頭が向かってしまうはずだ。当然、仮にその場に赴いたところで彼がそれをおくびにも出さないであろうことは想像がつくが、しかしリスクは最小限にするだろう。
したがってこの映像制作会社は選択肢足り得ず、ゲーム制作会社が唯一の選択肢となる。
そのような明快な答えに至った私はルンルン気分で学校に赴いた。教室に入り、そこでクラスメイトのモッチーに、
「ねえ、今度の見学さ、ゲーム制作会社にしようよ」
と持ちかけたところ、
「えー、やだ」
と即答された。
「え……なんで?」
「だって、絶対つまんないじゃん。オタクくさいし」
モッチー、望月マリアは私よりも輪をかけてギャルっぽい見た目をした女の子で、中学時代からのモデル友達だ。その見た目と喋り口調とは裏腹にかなりの頭脳の持ち主で、過去には模試の成績で何度か負けたことがある。
そのような関係性があったので当然今回の見学でも同じ場所に行こう、と約束をしていたのだが。
「そ、そんなことないよ? ほら、ホームページ見て。あのキャラとか、このゲームとかもここが作ってるらしいし。ほら、知ってるでしょ」
昨今流行りのもちもちっとした見た目のキャラだとか、世界的に有名なあのゲームとかを紹介する、が、
「えー、知ってるけどさあ、別にそれを誰が作ってるとか、どーでもよくない?」
「ぐっ」
凄まじい切れ味で、職場見学という概念そのものに対して喧嘩を売るモッチー。ロングの金髪をぐるぐると巻いている(ちなみに私の髪の色は金髪ではなく”ブロンド”だ。ここにはこだわりがある)。
「そんなのよりさ、ケーキ工場いってケーキ食べたりとか、テレビ局行ってイケメンからサインもらったりとかの方がいいけどなあ」
「……大田くんは、ゲーム会社に行くって言ってたけどなあ?」
私の切り札に、モッチーの頬がぴくりと動く。
「……オタが?」
「うん。さっき聖川くんと話してたよ」
ちなみに大田くんはモッチーの中学時代の同級生で、しかも恐らくモッチーの片思いの相手だ。メガネを掛けた背の高い少年で、いつも友人とゲームやマンガ、アニメの話をしている。モッチーはよく彼につっかかったり、漫画を借りようとしたり、それこそゲームを一緒にプレイしたりして絡んでいる。……こうやって書き出してみると、たったの一ヶ月弱でよくこれだけの甘酸っぱい経験をしている。幼馴染を辞任することになってしまった私とは雲泥の差だ。
「うん、だからあの二人と組んで4人班を作れば、一緒に見学できるよ」
「べ、別にオタが行くからって、そんなのは」
「モッチー」
私は、すっと目から光を消した。私の目を見てモッチーが息を呑む。
「駄目だよ、自分の気持ちには素直にならないと」
「……貸しだかんね」
この前債務を整理したばかりの私を信用してくれるなんて、この子はいい子だ。
さて、大田と聖川のオタクコンビに提案をするといとも簡単に許可を取り付けることができ、勇んでその日のホームルームの時間、行きたい場所の投票に望んだところ、なんと他にもゲーム会社に行きたいという班がでてきた。これはじゃんけんしかあるまいと腕をまくったところで、
「あ、じゃあうち、余ってるところで」
と、モッチーが言い出した。
「ちょ、モッチー!?」
叫びに対して、チャットで返信が返ってくる。
『別に、場所は問題じゃないし』
そうか。大田くんと同じ班になった時点で、彼女が欲している要件はもう充足されているのだ。だからこれは取引にすらなっていない。
救いを求めオタクコンビを見てみるが、モッチーと私という美少女と同じ班ということに浮かれているのか、顔がトロトロににやけている。
ガックリとうなだれる私。
「折原さんって、ゲーム好きだったんだ」「E-sports部の見学にも顔だしてたって聞いたわ」「へー、親近感わくなあ」
そして妙に聞こえるひそひそ話。わざと大きな声で話してるの?
ーーーー
絶望の最中、迎える見学当日。現地集合場所として指定されたのは、因縁の秋葉原。
私は前世で、秋葉原で市中引き回しにでもされたのだろうか。あるいは今はなきバスケットコートの亡霊?
そんなことを考えながら朝10時に中央改札口に向かうと、
「……あ、こんにちは」
「……え、こんにちは」
シュウ、じゃなかった、高橋くんがいた。え、なんで。
「えっと……映像制作会社、なんですか?」
「あ、はい……」
「どうして……ゲーム会社だと、思ってました……ほら、リオラ……」
その言葉に、シュウが目を見開く。
「ああ、そこまで……いや、そうだったんだけれど……じゃんけんに、負けて……」
「ああ……」
配慮、深慮、どこまで頑張ったところで結局こういうものは運らしい。
集合時間4分前の出来事だったので、その後すぐに他のメンバーが来て会話が途切れてしまった。もう少し早く来ていれば、もっと長く話せていたかもしれない。
いやけど、これ、来てるよね!?
ここまで沢山の人が見てくれるなんて、とても驚いています。
まだまだ頑張りますので、引き続きどうぞよろしくお願いいたします。




