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第一話 チャンス到来、と思いきや

 混乱。愕然。茫然自失。そんな状況の中彼を引き留めることが出来たのは奇跡的だった。


「……何?」


 シュウがこちらを見る目は、信じられないくらい冷え切っていた。どうして、どうしてそんな目を向けられてるんだろう? ただ、私は。


――――


「はあー……シュウ、流石に下手すぎなんだけど」

「ごめん……」


 僕、高橋シュウは、腕を組んで冷ややかにこちらを見下す彼女に対してひたすらに頭を下げるほか無かった。彼女が手に持っていたゲームパッドを机に投げるように置くと、そのがしゃんという音に思わず体がビクリと震えた。僕が握るパッドのグリップは冷や汗でもうびしょびしょだった。


 彼女の名前は折原ミオ。幼馴染だ。折原家とはお隣さん同士ということもあり家族ぐるみの交流で、高校1年生となった今ではもう15年も付き合いがあることになる。


 ミオちゃんは端的に言って美人だ。小さい頃は子役なんかもやっていたし、成長した今では、長く伸びた綺麗なブロンドのツインテールがチャームポイントの誰もが振り向く美少女となった。モデル事務所に所属していて、SNSで彼女のファッションモデル写真が流れてくることもある。クラスではとても明るく社交的で、言うまでもなく中心的な存在だ。


 反対に僕は自分で中の下を自認するような特徴もない容姿と、自分より下が居るなどという自惚れを許してしまうような後ろ暗い性格をした、どうしようもない人間だ。


 小さい頃、それこそ幼稚園とか小学校低学年の頃は「しゅーくん」「みーちゃん」などと呼び合って遊んでいた、と親から聞いたこともあるが、今の僕からすると到底信じられない。そんな格差があるものだから、小学校の高学年くらいからはあまり話さなくなって、中学時代は完全に疎遠になった。高校も同じになったものの、合格ラインギリギリで受かった僕と違って彼女は主席合格で、入学式で新入生代表の挨拶だってしてた。壇上で朗々と言葉を述べる彼女を、僕はただ他の人と同じように見上げるしかなかった。


 そんな僕に、本当にたまたま巡ってきたチャンスがゲームだった。この学校のE-sports部に入った僕は、顔合わせの場にミオちゃんが居るのを見て飛び上がった。


「えーっ、折原さんもTBやってるんだ! 意外だなあ!」

「結構仕事の周りの人もやってる人が多くて、それで始めたら、ハマっちゃって……みたいな感じです!」


 僕は、他の新入生たちが作る輪にも溶け込めないまま彼女の会話に耳をそばだて、そしてゴクリとつばを飲んだ。TBーーTwo-Bodyーー僕が一番得意なゲームだった。


 いわゆるバトルロワイヤル系のゲームで、二人一組となって全50チーム100人が、段々と狭まっていくエリアの中で生き残りをかけて銃で撃ち合いながら戦うゲームだ。MRゴーグルによってもたらされるこれまでにない臨場感と、そしてゲームパッドというとっつきやすい操作方法が相まって世界中に普及し、バトロワゲームの現在における事実上の標準となっている。プロチームやプロリーグが各国に存在し、世界大会まで頻繁に行われていて、トップ層ともなれば野球やサッカーの一軍選手くらい稼げるらしい。


 人気の要因の一つがオンライン上でのランク戦で、元素の名前が元ネタのランク称号は、昇格するほど軽い元素になっていく。僕はその130近くある階層の中で、上から3番めの「ヘリウム」ランクだ。自分で言うのも何だけど、結構すごい。世界の上位2%くらいに入るランクだ。


 だからこそこのスキルを活かして高校デビューができればいいな、なんて思いながらここに来たのだけれど。そんな考えは容易に吹っ飛んだ。


 その後、二人一組でやるゲームだからということで懇親を兼ねてペアに分かれて実際にTBを遊ぶことになった。


「折原さん、一緒にやろうよ。俺ブロンズランクなんだぜ。色々教えてあげるよ」


 爽やかな雰囲気の男性部員がそう声をかけた。このゲームではブロンズも上から30番目のランクだから、相当なやり手なのは間違いない。ちなみにむしろゴールドやプラチナなどのほうがこのゲームでは低ランクの称号だ。


「折原さんはどれくらいなの?」

「うーん、ちょっと恥ずかしいかも」

「いやいや恥ずかしがることないって! 誰だって初心者の時期とかあるし、だんだんランク帯によって動き方とか変わってくるからさ」

「へーえ……わかりました。じゃあ、教えてもらおっかな」

「そうこなくっちゃ」

「あ、それでランクですけど、ポジトロニウムです」


 ミオちゃんがそういった瞬間、その場は静まり返った。


「……え? パラジウム、とかじゃなくて」

「本当ですよ。これ、私のIDです」


 そう言って中空にシェアされた彼女のIDを見て、すぐに確認した。そこには、2つの電子が互いを追いかけ回しながら円を描く様子が描かれたエンブレムが、燦然と輝いている。


 ポジトロニウム。電子と陽子で作られる元素番号1のハイドロジェンの更に上、電子と陽電子の対で作られる元素。上位500名のプレイヤーのみが得られる称号で、このゲームにおける「最強」の一つの定義だった。


 その後、この部が基本的にはエンジョイ勢の集まりで、他校のような競技的なものへの出場は行っていないことを知ると、ミオちゃんは興味を無くしたというようなことをとても婉曲的に述べた上で部を後にした。


 僕はそもそもの目的もすっかりわすれて、慌てて彼女の背中を追いかけ部室の外に出た。すると、


「……」


 ミオちゃんが、廊下の壁に持たれて佇んでいた。目が合う。その姿はやっぱり綺麗で圧倒されてしまう。


 無言で、なぜか見つめ合う。一体どうしたのだろう。いや、同じことを向こうも思っているのだろうか。とにかく、なにか言わなくては、と思った矢先、


「……ヘリウムなんだ」


 先ほどまでとはトーンも口調もぜんぜん違う。


「えっ」

「TBのランク」

「あ、う、うん……」


 それが数年ぶりの会話だった。先程の喧騒の中、僕がぽろっと言ったことがどうやら聞こえていたらしい。当然その場ではポジトロニウムの話題で持ちきりだったため、全く期待していたような効果は無かったが。


「あんたさ」


 そういって彼女は、とても意外なことを言い出した。


「わたしと固定で回さない?」

「……え? 僕がみ……折原、さんと?」


 固定とは決まったペアの二人でランクマッチを回すことだ。高いランク帯では非常にシビアな戦いとなるため、その相手選びもとても慎重に行われると聞いたことがある。


 それを、僕と?


「下調べ不足だったけど、まさか学校にリチウム以上すらほとんど居ないなんて思ってなかった。あんたが唯一、ランク制限を考えても一緒に回せる人。これ以上理由が要る?」

「いや、そんな、文句とかはなくて、こちらとしては嬉しい限りだけれど!」

「けれど、なに?」

「ええと、だってポジトロのランク帯なんだよね……? 僕なんかより、ネットで知り合った強い人とかとやったほうが良いんじゃ……?」

「別にそんなの居ないんだけど。今まで一人でやってきたし」

「え」


 今度こそ口があんぐりと空いて塞がらなかった。二人一組のTBでは、ペアのプレイヤーとの連携が非常に重要になる。ボイスチャットや、オフで同じ場所に居るのであれば身振り手振りなども交えながらコミュニケーションを取って、常に緊密なやり取りを心がけながらプレイするのが常だ。ソロ、つまり相方無しでプレイすることは非常に大きなハンデとなり、界隈ではドM向けの縛りプレイの一つとして扱われている。だがまさかソロでポジトロランクを達成するなんて、少なくとも聞いたことがない。調べれば一人くらいはいるかも知れないが、とてつもない偉業だ。僕なんてソロヘリウムすらギリギリで、安定して上がるにはネットの友達とじゃなきゃいけないのに。


「凄いよ、それ、プロになれるんじゃないの……!」

「そうなの? でもモデルの仕事が忙しいし、そういうのは興味ない。単純に、二人でやる方が面白いって聞いたから、一緒にやれる人を手近なとこで探してた。それが、まあ、たまたまシュウだったってだけ」

「そ、そっか……」

 

 そんなこんなで、思わぬ形で彼女と再会し、そのまま大好きなゲームを二人でプレイするという、字面だけ見れば幸せこの上ないような状況に至ったのだけれど、現実は残酷だった。


「ちょっと、なんでそこで体出してるわけ!? あそこにもこっち見てるチーム居るんだから、射線通るに決まってるじゃん!」

「遅い遅い遅い、アイテムの漁りに時間かけすぎ! もう移動しないと別のチーム来るから!」

「はあーっ……そこでアビリティ使う? 音で敵の位置わかってるんだから、別にいらないでしょ。この後の漁夫の警戒のために取っておくのが普通でしょ……」


 ため息、舌打ち、罵倒。その連続だった。


 実際、彼女のとの間にあるプレイスキルの差は歴然だった。僕だってそこそこはやっていたのである程度自信はあったが、立ち回り、エイム力、キャラクタースキル、マップやスキルへの理解度、他の有名プレイヤーのプレイの把握具合に至るまで、全てが段違い。更には彼女のランクに合わせ、周囲のプレイヤーもこれまでより強いハイドロジェン帯と当たるようになって、僕はひたすらに彼女の足を引っ張っては文句を浴びていた。


「ごめん、本当だ……完全にミスだったね」

「エイムはまあまあ良いけど、それ以外はホント、判断も遅いし間違いも多いし、全然練習とか経験が足りてない」


 ぐっと、コントローラーを握る手に力が籠もる。悔しさとか不甲斐なさとか申し訳無さとか、あと他にもなにかあるかもしれないけれども、とにかく鼻の奥がツンと熱くなった。どうしてこんなことになったんだろう。これじゃあ仲良くなるどころか、どんどん険悪になるばかりだ。


「……折原さんは、初めてどれくらいなの」


 マッチングの待機中、気分転換にそんな雑談を振ると、


「その呼び方……まあいいや。初めてから? まあ、半年くらい?」

「は、半年……!?」


 目玉が飛び出た。たった半年でポジトロニウム帯到達? しかもこの前ちらと聞いたところ、これが初めてのゲームなのだという。


「しかも、仕事の合間に、だよね。一日7時間とか8時間とかやってたわけじゃないよね」

「暇な時間にやってるだけ。そんなに長い時間ゲームやる暇、なくない?」


 あ、ありますう。このリリース以来二年間、土日はほぼそれくらいの時間費やしてました……。


「逆にあんたは、3か月くらい?」

「2年……」

「2年」


 それっきり、彼女は押し黙った。マッチが始まり、再び僕はぼこぼこにされた。


「これが、2年? 雑魚過ぎない?」


 ぽつりと出てきたその言葉に、僕は叩きのめされた。


――――


 窓を開けて黄昏れていた。夜風が顔を撫でる。耳に付けた流れたイヤホンから流れるチルなヒップホップの歌詞が染みて、ああ完全に疲れているんだな、ってことを覚った。


 最初は連携がこなれていないせいだろうと高をくくっていたところもあったが、一向に状況は好転しなかった。彼女の僕を見る目が日に日に厳しくなっていくのを感じ、その分僕の頭は下がり続けた。

 なんでこうなったんだろう。夜空を見ながら考える。考えが甘かったのか、やっぱり僕ごときが彼

女の隣に立とうなんて、おこがましかったのか。


 ふと、視界の端で光が揺れるのに気を取られた。隣の家、すなわち彼女の家の二階、ミオちゃんの部屋はカーテンで遮られているが、向こうも窓を開けているのだろう、彼女の声が聞こえる。


「――Nの方向に2枚、別パが今詰めて来てる、キルログ流れるの待って……行きましょう!」

 

 TBをプレイしている。しかも僕じゃない、他の誰かと。彼女の口調はよそ行きというか、僕以外と接するときの口調だった。


「1枚やった……ナイスです!」


 僕の時にはそんな細かい報告してくれなかったのに、なんて思いながら、自分が盗み聞きをしてしまっているということを恥じていると、


「え……配信に乗ってるんですか。ラオさん、配信者なんですね」


 なんて言葉が聞こえてきた。大慌てで検索すると、「ラオ」という配信者のアカウントページがすぐに見つかった。ページを開くと、プレイ中の画面と、そしてそのペアの欄に見覚えのあるアカウントIDが見えた。ミオちゃんだ。


『ごめんごめん、ダメだったらすぐボイチャオフにするよ』


 男の声だった。それが聞こえた瞬間なぜか、条件反射的に配信を切って、窓を閉めてしまった。聞いてはいけないものを聞いてしまった。まるで発作のように心臓がバクバクとし始め、止まらなくなった。


――――


 そこから、ミオちゃんがモデルの仕事が入っているとかで2,3日かプレイをしない日が続くと、その状況に安堵している自分が居ることに気付いて驚いた。


 放課後は他のフレンドからの誘いも断って、別のゲームをやったりVtuberの動画を見たり漫画を読んだりして過ごした。あっという間に時間が過ぎるという感覚を久々に味わう。


 そろそろ寝る時間だ。開けっぱなしにしていた窓を閉めようとして、


「……やっぱり、結構モテたりするんですか」


 隣から聞こえてくる声。ミオちゃん、帰っていたんだ。


「ラオさんみたいな配信者さんって、凄いモテるイメージ」

『そうだなあ』

 

 びくっ、と体が思わず震えた。

 スピーカーで再生される男の声が仄かに聞こえた。おかしい。ゲーム内のチャットならヘッドセットにしか流れないはずだ。まさか。そう思って調べてみて愕然とした。ラオは配信をしていなかった。

 ゲームのボイスチャットじゃない。通話をしているのだ。


『まあ正直、そういうのに興味無いって言えば嘘になるかな。前の彼女とかも配信のファンだったし』

「現実世界でも歴戦の猛者って感じですか」

『勘弁してよ』


 そう言って笑い合う二人の声。特にミオちゃんの声は、とてつもなくリラックスしているように聞こえた。僕はそっと窓を閉めて、そして布団に包まった。



――――



「2週間で、ランクポイント2300マイナスか……」

「……本当に、ごめん……」


 この2週間、放課後の時間はほぼ全て、この僕の部屋でのデュオプレイに時間を割いていた。だが僕とのランク戦で負けが続いた結果彼女のポイントは大きく減ってしまい、もともと100位前後だったランク順位は480位くらいまで下がってしまっていた。最高ランク帯におけるそのポイントがどれだけ貴重なのか、いろいろな配信者の活動などから他人事ながらも知っていた僕は、ただただ申し訳なく思う他無かった。


 彼女はこれまでで一番大きなため息を吐いた後、


「やめよっか」

「え……いいって?」

「固定、解消しよ」

「そ、そんな……」

「あんたも言ってたでしょ。ネットで強い人と組んだ方が良いんじゃないかって。だから探してみる。付き合ってくれて、ありがと。まあ、また誘うから」


 そう言って彼女はさっと振り返り、部屋からすたすたと出ていった。ドアが閉まった瞬間、僕は仰向けになってベッドに倒れ込んだ。そして彼女が階段を降りていく音を聞きながら、声を殺して泣いた。


 ぽこんというチャットアプリの通知音が、とても遠く聞こえた。

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[一言] 粗筋を読んで ╮( •́ω•̀ )╭あきらメロン と言いたくなったわ笑
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