狐たちを引き取ろうとしたら一匹は売約済みで泣く泣く一匹置いていくことにした
あまりの暑さに、夏の間、軽井沢の別荘で暮らすことになった。
森と虫しかいない片田舎に多少憂鬱であったのだけれど、
アスファルトの火傷しそうな熱さも人の波で感じるあのむわっとした熱気もない。
美しい白樺の木々の木陰にある長ソファに転がりながら涼しい風に吹かれての読書は最高だ。
ただ、虫たちが我がもの顔で読書をしている私の足元を通りすぎていくのだけは閉口した。
あのコオロギもどきの姿をみるたびに、ぞわっと背中にいやな感じが駆け抜けていくのだったが、慣れとは恐ろしい。
3週間もたつと、顔にとびかかられても読書の中断もすることなく、ペッと手で払ってそのまま平気で続きを読めるようになった。
こちらの生活になれてくると、森の中にもいろいろなお店があることにも気づいた。
森の中を逍遥し、ひっそりと開いている店をのぞくのが趣味になっていった。
そんな趣味の対象の小さなギャラリーに5センチくらいの大きさの狐たちの像が飾ってあった。
家族のようにみえる狐たちが円陣を組んで座っている。
数えてみると6体だ。
ピンとした耳はみんなお揃いだが、きちんと目や口、鼻があって、それぞれ特徴がある。
とても楽しそうにおしゃべりしている。
比較的大きな2体がお母さんとお父さんでその次に大きいのがお兄さんだろうか。
狐なのにハンサム感があるのが謎だ。
狐たちの尻尾は白くて太くて、みな、同じ向きに尻尾が向いている。
一匹だけ違う方向を向いている尻尾の狐は若干天邪鬼的な次男だろう、と勝手に推測する。
一番小さな狐がまたかわいらしく、それでいて、やんちゃな感じがその尻尾のふさふさ感と躍動感で表現されている気がする。
焼きものなのになんだか生き物のような魅力が気に入って、6体とも買っていこうと、お店の人に声をかけた。
値札もないとは、売り物として陳列されているのはずなのに、客にはなんらアピールする気はないらしい。
店主らしいその女の人は私の問いかけに
「ちょっと待ってねー」といって、
なにやらパラパラとノートをめくってから、
質問に答えてくれた。
「大きいのが2000円、小さめのが1600円ね。」
手が届かない値段ではないことにホッとして、
「では6体とも買います。」という私に店主は
「まーありがとうございます!あれ、でもこれ」と言いながら、一番小さな狐を裏がえした。
キツネの置物の裏には赤い●シートが張ってあった。
「あらーこれ一匹だけ売るってことで予約が入ってたわ。」
1匹だけ離れ離れか。
本当は6体とも引き取りたかったが、しょうがない。
私は即決して、5体を買うことを店主に告げた。
嬉しいことに店主はちょっと割引してくれた。
5匹の狐と家に帰ってきた私は早速、箱から狐たちを出して、窓辺に飾った。
円陣にしてみたのだが、あの一番ちいさな狐がいないだけでちょっと寂しい。
寂しさを消そうと思って狐たちのそばに花を生けた花瓶を置いてみる。
「花見のピクニックをしている狐一家」とタイトルをつけてみる。
なんだか狐たちもちょっと楽しくなってきたようにみえる。
次の休みにはこの子たちのためにミニチュアの酒杯やお皿を揃えようと決心した。
夢を見た。
靄の中で狐たちが立っている。
なぜか二本足で人間みたいに5匹が佇んでいた。
みんなこげ茶の髪(耳の色だ)をしていて、その表情は暗い。
母親のような狐はコーンコーンと着物の裾を顔に押し当てながら泣いている。
同じように着物をきた一番年かさの男狐は両手を裾に突っ込んでそれを眺めている。
なにかまずいものを食べたかのように口元が歪んでいる。
彼らより小柄な3匹はずっと遠くを見ている。
一番背の大きな一匹はなんの表情も浮かべず。
一匹はなにかを必死に探すように目を泳がせて。
もう一匹はじっと睨むように遠くを見つめている。
彼らが眺める方向を私も眺めてみる。
霧でなにも見えないはずなのに、白いもやのなかでノイズのように色が揺れた。
なにかがやってきてる。
やってきたのは泥と葉が全身にまとわりついた子ぎつねだった。
長くてウェーブのかかった栗色の髪(葉っぱやら泥やらがついてて自信ないけど、多分)をした目の細長い女の子だ。だって、着物が女の子のだもの。
「女の子だったの?!」というのが私の一番の驚きだったのだが。
子ぎつねだとなぜか私にはわかっていた。
涙を流しながらこちらに向かってきて大きく手を広げた。
「兄者!!お師匠!!」
「え?家族じゃないの??誰がお師匠なの?!」
2番目の驚きが私を襲っている間に狐たちは子ぎつねを囲んでた。
いつの間にか笑顔になっている。
そう、笑顔が一番だよね。
その様子を見て私もうれしくなった。
という、夢をみて、目覚めた。
軽井沢の朝は早い。
寝室にカーテンがないせい。
朝の光に起こさられて、私はリビングに飾った狐たちを確認した。
昨日と同じように五匹の狐が円陣を組んでいる。
あの子狐はもう買われただろうか、とふと考えた。
朝の空気を吸おうと、リビングから、ベランダにでた。
ベランダの先の庭を何気なく眺めたら、庭の一番大きな白樺の根元に私は目が釘付けになった。
ベランダから飛び降りて、根元に転がっていた物を拾いあげる。
あの小狐の置物だった。泥に塗れても、尻尾だけは白い。顔は泥で汚れているけど、やはり昨日と同じ生き生きとしたおしゃべり顔だ。
今朝はなんだか達成感もあるように見えるのは気のせいだろうか。
さて。
困った。
これは、どう見ても店から仲間を追って逃げだしてきたとしか思えない。
こっそり、このまま、自分のものにしちゃう?とか、思うけど、なんとなく後ろめたい。
しょうがないので、真面目な私は昨日のギャラリーにまた出向いた。
小狐を連れて。
店主に自分が見た夢を話し、庭で見つけた小狐を見せた。
そして、小狐を買いたいと申し出た。
昨日子ぎつねが飾ってあったガラスケースに今日、子ぎつねがいないことは店主も気づいていたらしい。
店主は快く、というか、
「いやーそれは、あなたが買って!そんなの別の人に売ったら、私、狐達に祟られちゃうわ!」と大変ご理解いただき、かなりの値引きで、小狐を引き取ることができた。
いま、私の元で六匹の狐達が相変わらず楽しそうにしている。
夏が終わり、自宅に帰るときには、別荘に置いていくつもりだったのに、色々あって六匹の狐たちは、私と一緒に自宅に戻ることになった。
「色々あった」ことについてはまた今度、聴いてほしい。