喫茶店のひと時
温かい珈琲を飲むと心が落ち着く。
どんな時もそうだ。
きつく苦しく窮屈に締め付け縛られた心を優しく丁寧にほぐしてくれる。
その温もりも感じる時“あ、生きてる”と実感出来るんだ。
喫茶店で珈琲を飲む、店主の奥さんが焼いたケーキを添えて。
店内に流れる珈琲の時間を楽しませてくれる音楽は大きすぎず、小さすぎず程よい音量だ。
珈琲を1口飲む。
鼻から珈琲が出す風味、舌の上で珈琲を味わう。
毎週日曜日の15時を過ぎた頃、決まってこの喫茶店で珈琲とケーキを注文する。
その時だけは、仕事の事や面倒事などは全て忘却し、ゆっくりと流れる時間を過ごす。
珈琲とケーキにお金を払うということではない、お金で時間を買っていると思っている。
このゆったりとした貴重な時間が月曜日から週末に向けての活力になる。
この喫茶店の珈琲は不思議だ。
最初に飲む一口と最後に飲む一口で、濃さ、渋味、甘味、苦味、酸味が別の飲み物と思えるくらい変わる。
提供された瞬間は熱々で一度に沢山飲むことは出来ないが、少し口に含み熱々の珈琲を適温に下げてから一気に飲み干す。
口の中で風味が変化しリラックスさせてくれる
ピピピピピ!!
おっと、ケータイをマナーモードにするのを忘れていた。
着信音で仕事かプライベートかは予想がつく。
今回は仕事の連絡のようだ。
一旦店を出て電話に応じる。
「なんだい? 貴重な休みの時間まで仕事の事を考えたくないんだが」
「いやいや、申し訳ない。君にしか頼めなくてね」
いつもこうだ。依頼される時、相手は下手に出る。
基本的にいつ電話をかけてきてもらってもいいのだが、日曜日、ましてや楽しみにしている珈琲の時間に電話をしないでいただきたい。
それに、平日まで待てないとなると余程の急用なのだろう。
少し声に怒りを含め依頼内容を伺う。
「それで? 今回はどんな依頼なんだい?」
依頼内容を頭の中にメモしていく。
場所、日時、特徴、報酬全てを聞きそこから計画を立てる。
今回は比較的楽な方で難しくはなさそうだ。
電話をしながらでも大まかな計画は立てられた。
全て計画通りに行かないだろう。
だか、それも誤差の範囲だ。結論は予測出来ている。
電話を切り先程居た席に座り直す。
「お仕事ですか?」マスターが優しく声をかける。
「えぇ。休みの日まで気が抜けなくて大変ですよ」
「毎週来ていただいてこちらは嬉しい限りです。
でも、せっかくの日曜日までお仕事の電話とは大変ですね……」
「全然大した仕事でもないので仕事が貰えるだけ嬉しいんですけどね。やっぱり珈琲を飲む時間くらいは仕事のことを忘れてリラックスしたいものです」
「失礼ですが、どのようなお仕事されているんですか?」
マスターが仕事のことが気になったのか突っ込んだ質問をしてきた。
いくらマスターとはいえ仕事の内容を話す訳にはいかない。
「申し訳ないです。仕事の内容だけはちょっと言えません」唇に人差し指を当てマスターに優しく言った。
マスターは優しい笑顔で「失礼しました」と返した。
時計を見ると16時30分になろうとしている。
今日中には依頼内容を終わらせたい。
ケーキを食べ終え珈琲の最後の一口を飲み干す。
レジで会計を済ませ店を出る。
「さぁ、仕事の時間だ」
ナイフと手袋、銃と必要な道具を揃え仕事現場に向かう。
人の命を奪うことは容易ではないことは重々承知している。
だが人を殺すにも動物を殺すにも命を奪うことに変わりはない。
我々人間という生き物は他の生物の生命を貰い生きている。
野菜も食べるために収穫しなければ成長し続け生きていたということになる、そういった意味では命を奪っていることになるだろう。
人気のない路地ですれ違いざま相手の首元にナイフを刺す。
切り裂いた傷口から鮮血が噴水のように溢れ出る。
一瞬にして路地が真っ赤に染め上げられた。
意識はまだある。数分以内に処置を施せば一命を取り留めることは出来るだろう。
ただ、大量出血で脳に損傷を受け、意識が戻らない場合もある。
それならばいっそ、一思いに殺してあげた方がいいだろう。
「さよなら」小さな声で呟やき心臓を刺した。
小刻みに震えていた体が動かなくなり相手は絶命した。
数日、いや数時間もすればニュースで報道されるだろう。
残酷、凄惨などと書かれたり言われたりするのだろうか?
だが、依頼された仕事は熟さなければいけない。
今後も依頼されたら仕事は熟す、それが生活に直結するからね。
捕まり裁かれるのが先か、誰かに殺されるのが先か。
未来は現時点では分からない。