今日も少食
自慢ではなく子供の頃から少食だ。
赤ん坊の時から食べた離乳食をマレーシアにある有名なライオンの如く水のようにそのままお返しするので母が試行錯誤の末に、私が食するたびに新聞紙を座るイスの下の場所にひいたそうだ。
そんな私は夏にはアイスしか食べない困りものの子供ながら育ち幼稚園に入園する。
お弁当の時間なんてこの世の地獄かと思い冷めた目でお弁当に喜ぶ友人達を見ていた。私も子供なのに。
目の前のお弁当を見ながら、何でこの世界には食すると言う文化があるのだろうかと言うくらい(もちろん当時は言語化できず)途方にくれていく。
当時、まだ20代の新人の女性の先生もあまりの食の細い私におののき焦ったらしい。
今ほど緊張感のある時代ではなかったのに、先生がかなり焦りに焦り私がお弁当を食べたか確認するチェックが入る。
「これと、これは食べてね」おかずを2つほど指さすためしぶしぶ仕事を終わらせるためにミートボールを食べたらお腹いっぱい。
子供の時からどこか冷めた私にとって幼稚園はすでに仕事に近くお歌、運動、絵本、カスタネット、お昼はすべてこなさなければならない仕事だった。
・・・・・・今思うとどんな幼稚園児だ。
閑話休題。
とりあえずミートボールだけ食べたお弁当を先生に見せる。先生は焦りまたいくつかお弁当のおかずを指さすため私は席に戻る。
すでに友人達は休憩に入り・・・・・・お昼の外遊びに行き教室には私と先生だけの攻防が開始されていた。
幼稚園児なりに考えた。大人は私が食べたら安心するのだ。減らせばいい。
箸でグイグイとおかずをお弁当箱のすみによせ、先生に見せる。先生はあっと言う顔をして困り指さすおかずを減らした。
どうやら幼稚園児の浅はかな作戦は大人には勝てないと子供の頃にして思い知らされる。
その後の記憶がない・・・・・・。
あまりに食べない私に新人駆け出しの先生は本当に仕事(本当にお給料をもらう)としても困ったのだろう。隣のベテランの30代(私が大人になっても若い女性)の先生に相談したらしい。
その日も先生と私の攻防は続き、お昼にベテランの先生が来る。
困った先生、胃腸をひろげる事も出来ずに困った幼稚園児の私、ベテランの先生。
「お家に持って帰ってお三時に食べてね、お母さんには言っておくから」
ベテランの先生が膠着状態の先生と私の間に入りにっこり笑って言った。
その後、私はお弁当を持ち帰り家で残りをすべて食べられるようになる。
先生も笑顔になる。
子育ては柔軟性が試されるらしい。
今でも人が驚くほど小分けにしないと食べれられない私は本気の少食だ。
唯一、残さずに食べられたのが微笑みながら故人の祖母がつくってくれた焼いた鮭からほぐした身が入った特大のおにぎり2つとといた卵が入ったお味噌。
・・・・・・・あれ?
緊張感の問題なのか胃腸の問題なのか味の問題なのか
永遠のテーマになりそうだ。




