旅人aではありませんね?
町を後にしてから、程なくして。
「ところで、何処に向かってるの?」
そんな質問が飛ぶ。
魔王がパーティーに加入したせいで、一番の目的が何だか曖昧になっている現状、私がそれを聞きたいくらいだ。
「マオは何処に行きたいのですか?」
しばらく考え込んでも向かうべき場所なんてものは浮かぶはずもなく。困ったあげくに何気なくそんなことを尋ねてみる。すると、マオは何を感じたのか"あっち"と言って道も何も無い茂みの方を指差した。
「迷子になってしまいますよ。」
何かの冗談だと思い苦笑いを返すと、マオは大丈夫と言い切り茂みの中へと走っていってしまった。
「え!」
と、小さくなるマオの背中に思わず手を伸ばしたものの……
今の内に逃げれば良いのでは?
そんな考えが頭をよぎる。
「マオ様は千里眼とテレポートが使えます。」
見透かしたようなジイの声。
逃げても無駄ってことね!
儚い希望は捨てて、私は大人しくマオを追いかける。
道もない中でもう見えなくなった影を追うなんて不可能だろうと思ったが、マオの通った後は茂みが吹き飛んでしまっているので迷うことは無かった。
息を切らしながらもしばらく走るとひらけた場所に出る。そこには中央に佇む協会が特徴的な村があった。
「遅いよ〜。」
遠くから手を振りながらこちらへ歩み寄ってくるマオ。私はそれに目を合わせるや否や、大きく首を横に振った。
先程はやむを得ず集落に入ったが、二度と踏み入らせるものか。
「今夜は野宿です!」
私がマオを力いっぱい引っ張ってその場から離れようとしていると、背後から聞き慣れない声がした。
「野宿ですかぁ。危険ですねぇ。」
振り向いて見れば、そこには女性が立っている。大きめのリュックを背負っているところを見るに同じく旅をしている人だろう。虚ろな眼をしたその人は、何処か物憂げに私のことをじっと見つめていた。
「失礼しましたぁ。可愛らしい声がきこえたものですからぁ。」
女性は聞いてもいない言葉を口走ると同時に、思い出したように軽い会釈を見せつける。
「ここいらではお化けが出るそうですよぉ。町の人も怖がっていました。」
お化け……
その言葉に反射的に体が反応してしまう。
勘付かれてないと良いのだが……。
「魔法使いちゃん、もしかしてお化け怖いの〜?」
ウッ、!
嫌に陽気な声が聞こえたと思うとニヤけ面が私の顔を覗き込む。完全に図星ではあるが、私はそれを強めに否定しておいた。
「御忠告ありがとうございます。でも、私達は大丈夫ですので。」
女性に向き直り、深くお辞儀をした後ゆっくりと頭を上げる。すると女性は不思議そうに首を傾ける。
しばらくの沈黙。深く考える素振りを見せた女性は、あからさまに指をパチンと鳴らした。
そこから淡々と出てきた声は、まるで文章でも読んでいるような冷たいものだった。
「この町の外れ。魔物の立ち入らない聖域で幽霊を見ました。町の人も怖がっており、とても困っています。どうか助けてください。」
言い終えた彼女は満足そうにこちらを見る。これで良いですかと書かれた顔は、なんだか少し不気味に思えた。
私の顔が引きつっていたからなのか、それとも単に言い忘れたのか。何かに気が付いたように付け加える。
「あ、もちろん報酬は出しますよぉ。」
言い切らない内に半ば強引に受け渡されたのは、ジャラリと重たい音のする小包。
拍子にチラリと見えた一枚の硬貨からだけでも、その報酬が分不相応なのがわかる。
「も、貰えません!」
「いいんですよぉ。私、これでもお金持ちですから。」
女性は胸に手を当て、自慢げに話す。
それならいいか。などとなる訳もなく、私が小包を返すつもりで差し出すと。
「これも渡しておきますね。」
追加で一枚、見たことの無い紋章の描かれたコインが放り込まれる。
「あなたは町の人では無いのでしょう? どうして―」
「おや、可笑しなことを聞きますねぇ。人を助けるのに、理由なんて要らないのでしょう?」
私の言葉を遮って自らの言いたい事だけ言うと、彼女は背を向けて歩き出す。
「せめてお名前だけでも聞かせてください!」
遠のいていく背中に投げかけると、女性は一瞬動きを止める。
「ありません。遠い昔に、何処かに置いてきました。」
そして、ふざけているのかもわからない答えを置いていった。
しかしその声は、今までとは打って変わって重く暗い物で。先程までとは別人のようだった。