えっあなたが選ばれたんですか!?
「魔王アダ……これで、終わりだ! 」
広大な一室に充満する、禍々しい空気をかき消すかのように男の持つ剣が眩い光を放つ。
それに呼応するように、魔王の持つ剣が光を呑み込まんと闇を生んだ。
「お前らは良くやった。やり過ぎた。お互い頭を潰して、終いだ。」
伝説となった勇者と魔王の闘いは、ほとんど引き分けのような形で終わった。
双方が深手を負い、勝者のないまま幕を下ろした。
勇者、シンは滅魔の剣に選ばれ、人と魔物との埋められない差をものともしないで魔王、アダを破った。
魔王、アダはシンが携えていた滅魔の剣。それに対を成す人を滅ぼす剣、滅人の剣に選ばれた。数々の勇者を退け、最も世界征服に近づいた者として人にも魔物にも語り継がれている。
死ぬことを察した勇者と魔王はお互い、最期に剣を封印した。アダは滅魔、勇者は滅人を。それぞれ人の、魔物の手の届かない所に。
この、二人の最後の悪あがきによって両者の世界には平和が訪れることとなった―
―というのは有名な話で、たしかに世界は平和になった。
しかし時の流れは残酷な物で、最近になってまた魔物の動きが活発化しているらしい。
人々が口々に噂するのは、新しい魔王が生まれたのかもしれないという不安話。
だから、魔王討伐のため旅に出る! ……まではいいのだが。
なんでこんな頼り無さそうな人と旅に出ないと行けないのだ。
私は勇者様の方を見ながら大きな溜め息をつく。
「今日は森に出て、魔物退治だー!」
これが伝説の勇者かもしれない?
そんな事はあってはならない。
……別に悪い人では無いのだが少し。いや、かなり抜けているところがある。
現に今も魔物退治といって魔物の全く寄り付かない森を選んだくらいだ。
「あのぉ、私の話聞いてました? ここに魔物はいな」
「大丈夫だ!」
いや大丈夫とかでは無く。
先が思いやられるなぁ、と心で思いながら私はまた溜め息をついた。
「なぁ、あっちの方に何か感じないか?」
何のきっかけも無しに、突然勇者様はそんなことを言い出した。
霧が出てきたなぁくらいにしか思っていない私は、特別何か感じるような事もないので直ぐさま首を横に振った。
「いや、絶対に感じる!」
そう言うと、勇者様は一目散に駆け出した。
「あ! ちょっと待ってくださいよ!」
私はそれのあとを必死に追いかける。
森の奥に行く程に、霧はどんどん濃くなっていき。数歩先の勇者様を見失いそうになるくらい真っ白になったかと思うと。
スッと晴れた。
「なんだこれ?」
庭園のような場所に出る。先程までのあまり人の手の入っていない森からは想像のつかない光景に、私は驚きを隠せなかった。
それは、きっと勇者様も同じなのだろうが、勇者様はそれよりも、真ん中にドシリと構える岩の上にそびえ立つ。剣に、釘付けだった。
あれ? あの剣何処かで見たことあるような……!
そうだ、あれは伝説にあった。
「滅人の剣!!」
私は少し固まる。
大昔に人を滅ぼしかけたそれを、実際に目にして思考が停止してしまったようだ。
「なんだそれ?」
「え、ちょっ! 何してるんですか!?」
我に返ると、勇者様は岩の上に登りその伝説の剣を抜こうとしていた。
一瞬危ない! とおもったが、よくよく考えてみればそれ相応の封印がかかっているのだ。抜こうとして抜ける筈もない。
それこそ、選ばれた物でもない限り。
キィィィィン!
ん?
「えい!」という気の抜ける掛け声と共に、森の奥で聞こえるわけのない金属音が鳴り響いた。
「へ?」
見ると岩に刺さっていた剣は無く、勇者様がそれと思われる剣を持っている。
目を擦って何度見ても、その光景が変わることは無い。
抜けたの? 人を滅ぼす剣を? 勇者様が?
なんで?
頭の整理が追いつかない。
「ウゥぅぅううウゥ。」
……勇者、様?
「わぁ、!」
突如勇者様が私に剣を振ってきた。
それをぎりぎりで避ける私。
「危、ない!!」
からの、回し蹴り!
ゴスッと鈍い音を立てて勇者様が沈んだ。
「勇者様が未熟で、良かったぁ、」
◇ ◇ ◇
「魔王様! 魔王様ーー!」
城中をそんな声がこだまする。
「うぅん、あと五分。」
「ハッ、百回は待ちましたぞ。」
はいはい、起きたぁ起きたよぉ。
……眠い。
無理矢理起こされた私は、半分夢の中のような意識のもと爺やに引っ張られるがままに歩みを進める。
「特別な日が、眠っている間に終わってしまいますぞ。」
特別な日? 今日はなんの日だっけ。誰かの誕生日かなんか? あ、私か。
そういえば何十年前か忘れたけど、言ってたなぁ。丁度、切の良いこの年になにかするって。
え〜と、確か……
「グゥ、」
「歩きながら寝てます!?」
あはは、失敬失敬。
「もう、魔王様にはもっと威厳を持ってもらわねば。ただでさえ、初の女性であるのに。」
「女のぉ、何が悪いんですかぁ。」
不満が伝わるように私はわざと最後を伸ばして言った。
そもそも、威厳なんて無くてけっこう。魔王になんてなりたくないし!
「今のは聞かなかった事にしましょう。歴代魔王様の素晴らしさを延々語ってもよいのですが、特別な日なので。」
「人の心を勝手に読むなぁ!」
……
心の声は拾ったくせに、私の怒りの声は聞こえていないようで、爺やは何事もなかったかのように進む速度を上げた。
そして、私も来たことのないような、地下へ地下へと潜っていったところにポツンと佇む扉の前で足を止めた。
「見てください。これがアダ様が最後の力を振り絞って封印した滅魔の剣ですぞ!」
扉を開くと、大層な結界を施した台座に置いてある。剣が目に飛び込んできた。
生まれて初めて目にしたそれに、私は心奪われた。
「今日これと、アダ様の像の前で誓約を」
爺やが話を続けていたが、私はそんなことそっちのけで気付けば剣に手を伸ばしていた。
バチバチバチッ、バリッ
手が少し痺れた気がしたが関係ない。
私は剣を手に取った。
「ななななっ、何をしているのですか魔王様〜〜!!」
うるさい。
はぁ。綺麗、吸い込まれそう。
ん?
「えいっ、」
「危なぁぁ!」
私が振り下ろす剣を間一髪で爺やがかわす。
「アダ様はその剣に殺されたのです。復活出来ないのですぞ! 今すぐそれを離すのです。」
、、、
えいっ
「やめなされっ!」