Room8 平穏と平行する不安、箱の中は未だ謎
僕と相模さんはその後すぐに寮の食堂へと向かった、僕の体の主導権は相変わらず陽さんのままなので僕は全くただの傍観者に成り果てていたけれど。歩きながら陽さんと相模さんは会話を繰り返していた。陽さんは話していないと落ち着かないのかもしれない。
「視点が低いと見える世界も大分違うね、あたしも尋をこうやって見上げる機会が来るなんて思いもしなかったよ」
「ソウデスネ。私モ舞サン抜キデ陽チャントコウヤッテ二人ダケデ話コトハナイト思ッテイマシタ」
「那世君も居るけどね、確かにこんな風にあたし達が分離するなんて考えもしなかったから。あたしは幼い時の記憶が余り無いんだよ。あるのは断片的な記憶だけ。当然だよね、あたし達は元々は一人だった。あたしの視点はあの高さが当たり前だったから、こういった視点も新鮮に感じるのかも」
「私モ、ソシテコノ寮ノ皆モ幼イ時ノ記憶ハアマリ無イト思イマス。ダカラ陽チャンダケガ特別デハナイデスヨ。私ガココニ移転シテ来タ頃ハ、私モ舞サンノ人格ノ存在シカ知ラナカッタ。当時ノ私ハ舞サンガ演技デ三人ヲ演ジテイルノカト疑ッテイマシタ。失礼カモシレナイケレド一人カラコンナニ性格ノ違ウ三人ガ生シマウ事ガ信ジラレナカッタ。デモ、アノ薬ヲ服用シテカラハ信用シテイマス。陽チャンガ居ナカッタラ舞サンハモット大変ダッタト思イマス。舞サンハ人トノ接点ヲ余リ持トウトシマセンカラ」
相模さんは歩きながら器用に高速でキーを打っていた。僕はぼんやりとそれを視界の端に捕らえ、凄いなと思っている。
「尋がそう思ってくれている事は嬉しいよ。でもあたしとしては舞や月の事も認めて欲しいかな。あたしだけが目立ってるようだけど、あたしも本当はそれ程強くないんだ。あの二人が居るからあたしもあたしらしく居られる。それにあたしの根源にはやっぱり一人に戻りたいって意識が存在していると思う。それが自然だからね。実はね、あたし達がそれぞれの個体を認識したのってあの薬を飲んでからなんだ。舞の存在は知っていたけどね。他の人格は居る事すら知らなかったんだ。ルームも存在しなかったし。だからそれまでのあたしはずっと自分の体は自分と舞だけのものだと思ってた。でも何か足りないって不足感がずっとあたしの中に渦巻いてたんだ。今はそれが違うと解ったから心強いよ。あそうそう、那世君が尋のそのキーボード打ちが凄いってさ」
僕は別にそれを伝えて欲しいと思ったわけでは無いのですが。相模さんは少し照れたように笑うと、
「私ニハコレガ当タリ前ノ事デスカラ。毎日コウシテイレバ誰デモコレクライノコト簡単ニデキルヨウニナリマスヨ」
それを聞いて僕の体は何故か立ち止まる。陽さんが相模さんのスカートを気にしているようだ。何か良くない事でも考えているのかもしれない。
あのひらひらってさ、この視線からだと凄く気になるよね。
どうやら学生服のスカートの事を言っているらしい。僕は気にした事は無いのですが。
僕の体が突然走り出し、相模さんのスカートを掬い上げると走って逃げ出した。どうやら先ほどの事を陽さんはまだ根に持っていたようだ。小学生な発想に僕はなんだかばかばかしくなった。
「これ、一回やってみたかったんだよね。この体だとしっくり来るじゃない?うん、やりたくなる小学生の男の子の気持ちが良く解るよ」
陽さんが僕の体を走らせながらそんな事を言った。相模さんは呆れ顔で僕を見て追いかけもせず、ペースを変えずにゆっくりと階段を下りている。
ああ、一寸敢行する場所を間違えたね。できればもっと人の多い場所でやるべきだったか。見られて困るような人がまわりに居るからこそ効果があるんだね、なるほど。
衝動的に行ったことなんですね。陽さんの思いを踏まえて、僕がそんな事を考えている頃には僕達は食堂へとついていた。
着いてすぐに、食堂の奥のシンクで水音がしている事に気がつく。目線が音を追うようにシンクに向かうと、どうやら紅葉さんが戻っていたようで、シンクに屈んで何かをしていた。陽さんの意思の元、先に着いた僕はそっとシンクへと近づくとどうやら紅葉さんが蛇口から水を出したまま苦そうな顔つきをして立ちすくんでいる事が判った。目の下には疲れからか少しばかり隈が出来ている。僕の中に陽さんの不安な気持ちが溢れ出す。
「紅葉サン。ドウシタンデスカ?」
いつの間にか僕の隣に相模さんが到着していたようだ。紅葉さんはその音声を聞いて驚いたように振り返り、僕達の顔を確認した。
「君達、いつからそこにいたんだ?」
少し怒ったような顔つきの紅葉さんが僕等に問いかける。
「いえ、僕達は今来たばかりですよ。紅葉さんの様子がおかしかったから様子を見るために近づいたんです」
「どこまで見たのかな?」
紅葉さんがそんな事を聴くので、見られて困るような事をしていたんだろうかと思ってしまう。それを汲むようにして僕の唇が動く。
「紅葉さんは何か僕等に知られて困るような事をしていたのですか?」
「いや、そう言う訳じゃないが。私、いや、この紅葉さんにも覗かれたくない一面があるんだよ。明るさだけがこの紅葉さんの取り柄だからね。ところで君達、何か用でも在るのかい?それでここへ来たのだろう?」
紅葉さんは取り繕うように笑うと僕等にそう言った。と、同時に僕の顔を覗き込む。
「あれ?君何か感じが変ったね。おかしいな、紅葉さんの見間違えか」
なんでばれるんだろ!?そんな陽さんの声がして、ごめん、無理そうだから返すよと陽さんが僕に体を引き渡す。紅葉さんは暫く僕を見つめた後、首をかしげてもとの位置に戻った。相模さんが後で不安そうに見ていた。
「おかしいな、一瞬別人に見えたんだが。やはり君は入間君だ」
どうやら僕と陽さんが入れ替わっている事を初見で見抜けなかったのは伊勢君だけの様だ。性別的に女性の方が鋭いのかなと僕は思うのだった。
「紅葉サン、私達ハ今日、舞サントノ面会ヲ許可シテ頂キタクテココニ来タノデス。デモ、ソノ紅葉サンノ様子ダト舞サンハアマリ良クナイ状態ナノデスカ?」
「僕もそれが知りたいです。教えてください」
僕の口を借りて陽さんがそう話す。良く考えれば、替わったところで結局、僕の口を媒介として話すのだから、同じ事なのだと僕は気がつく。陽さんは聞きたいことを僕の口を通して聞いて貰えれば良いのだ。
「ああ、先程の表情は紅葉さん個人的な所から来る感情が影響しているだけさ。だから君達が思っている程、舞ちゃんは悪くなっては居ない、安心してくれて良い。今は鎮静剤で眠っているはずだよ。面会か、正直な話をすると、今彼女と会う事は意味がないかもしれない。意識が戻るか分からないからね」
「それでも何とか会いたいんです」
「デキレバ面会ノ時間ハ午後二時以降ニオ願イシタイノデスガ」
僕と相模さんは目線を合わせて頷いた。
「その気持ちは解る、何とかしてみるよ。少し時間をくれないか。どちらにしても紅葉さんも同伴する事になるだろう。君達だけでの面会は叶わないと考えておいて、君達としてはそれは嫌かもしれないが、勘弁して欲しい」
紅葉さんは電話をかけるのか、キッチンから出て行ってしまった。そう言えば紅葉さんも僕等も誰一人として携帯電話を持っていないことに今更ながら気がついた。僕は特別話す相手は居ないので必要は無いのだが。僕は相模さんに聞いてみる事にした。
「思ったのですが、ここの皆は携帯電話は持たないのですか?」
相模さんは、ああ、その事かといった素振りをしてからキーを打ち、
「コノ施設内デハ携帯電話ハ持チ込ミ禁止ナノデス。精密機器ヘノ影響ヲ気ニシテイルラシイノデスヨ。現在デハ機器モ改良サレテ影響ハアマリナイ様デスガ、名残ガ残ッテイルヨウデス」
僕はそれを聞いてそう言えば心臓に疾患がある患者さんに使用されるペースメーカーに電波が悪影響を及ぼすと聞いたことがあったなと、ふと思った。
「ソレヨリ、紅葉サンガ同伴スルナラバ、少シ気ヲツケナイトイケマセンネ」
「そうだね、そうなるとあたしの出番も無くなってしまうかも」
「ソノ辺ハ又何トカスルシカアリマセン。デモキットナントカデキマスヨ。シテミセマス」
「尋がそう言ってくれると頼もしいね。あたしも弱音吐いてる場合じゃ無いよ」
僕を通して相模さんと陽さんがそう話し合っていると、すぐに紅葉さんが戻ってきた。
「何とか取り次げたよ、でもどうやら紅葉さんの同伴は必要が無くなったみたいだ。その代わりと言っては何だけど梓が行ってくれるようだよ。本当は伊勢の面談があったのだけれどね。それは非常時だから次に回すらしい。どうやら君達全員に話したいことでも有るみたいだ。なんだか、妹らしからぬ行為だけど。今回は紅葉さんも梓の行動を評価しなきゃあならないね」
「何デショウ?言イ訳デモシテクレルノデショウカ?」
「言い訳、か。確かに間違った事をしたならば謝らなければならないものね。紅葉さんは何も聞いていないから解らないけれど、きっと梓も少なからず今回は悪かったと感じている、そう言うことじゃないかな。姉としては、私の体を案じて代わってくれている事を期待したいけれど、それじゃあ君達に対してあんまりだ。それにそこまで姉思いの妹でも無いだろうからね。紅葉さんはあの子の事を信じているよ。確り君達の事を考えてから行った行為だったと」
紅葉さんはそう伝え、僕等に面会の時間を教えると、私はもう限界だから少し眠らせてもらうよ、そう言って階段を登っていってしまった。
「面会ハ午後二時カラノヨウデスネ。今ガ十一時五分ナノデアマリ時間ガナイデス。オ昼ニありさチャントノ約束モ控エテイル事デスシ」
「よし、それじゃ又代わってもらおうかなっと」
僕の口がそう発するので僕は望みを叶えてあげた。
僕等はその後、寮を出て病院までの道のりを歩く。どうやら陽さんが過激に僕の体を動かしすぎた為に早くも悪影響が出始めたようで僕の体は早くもぐったりとしてきていた。
「いや、これだけでこんなにきつくなるなんて思わなかったよ。小学生なんて元気すぎて困るくらいじゃない?おかしいなあ」
いえ、僕の体は元々丈夫ではないのです。体力も通常の小学生の十分の一有れば良い方ですし。
「陽チャンガ無理シスギナンデスヨ。入間君ガ可哀想ジャナイデスカ」
「二人してあたしを非難するとはね。この情況を可哀想だとは思わないのかな君達。あたしだって泣きたい時もあるんだ」
陽さんが悲しむ振りを体で作ってそう言うけれど、感情が漏れている僕に対しては全く意味が無い。演技なのが丸解りだった。
「無駄ダト解ッテイテ同情ヲ誘イタインデスカ?」
相模さんは当然言葉が冗談だと解っているのか笑いながらそう答える。
「結局紅葉さん、あそこで何をしてたのかな?」
「私ハ知ッテイマスヨ。紅葉サン、ストレスヤ問題ヲ抱エルト時々、アアイッタ事ニナルンデス。本人ハ隠シテイルツモリデイルミタイデスケレド。私ハ寮ニ居ル事ガ多カッタカラ。紅葉サンガ吐イテイルトコロモ見タ事ガ有リマス」
「ふうん。紅葉さんも悩んでるんだね。そうか、今朝の事が効いているのかな」
紅葉さんの中には患者の女の子を助けられなかった事に対して後悔と自責の思いがあるんだ。僕はカエルの腕時計を思い出していた。
「大人ニナル事ッテ、我慢ヲスル事ナンデショウカ。限界ヲ超エテ我慢シ続ケル事ナンテ、意味ガアルノデショウカ?ソレデ得ラレル強サナンテ私ハ欲シクナイデス」
「精神的におかしくなる程の我慢か、元々壊れてるあたしには解らないな。でも、ストレスを感じない人間なんていないでしょ?誰もが何かに耐えていると思うよ。ただ、許容は人によって変ってくるとは思うけどね。そっか、紅葉さんにはストレスを打ち明けられる相手が居ないのかもね。あたし達はさ、皆がいるじゃない。だけど、紅葉さんは一人で抱えるしかない。一人の強さなんて高が知れてるよ。大人って孤独なのかな」
孤独はそんなに寂しい事なのでしょうか?僕はずっと孤独でした。けれど、そこにはある種の安らぎが有った気がします。
それはさ。那世ちゃんが感情に左右されないからだよきっと。あたしには耐えられない。実際、那世ちゃんの体にあたし一人取り残されたらあたしはどうなるか解らないよ。だから、君が居るとわかるだけであたしには心強いんだ。
居るだけで、ですか。僕には、その気持ちが解からない。
焦る必要なんて無いよ。きっと解かるようになれる。そう信じなきゃ。
「考エテミレバ私達モ孤独ニヨッテコウイッタ症状ヲ抱エテイルカモシレマセンネ。支エテクレル人ガ誰カ、傍ニ居タナラ。ソンナ事考エテモ仕方ノナイ事デスケレド」
「うん、でも今はあたし達は孤独じゃないよ。仲間が居る、一人じゃないんだ。それよか、あの梓さんがあたし等の前に出張るとはね。なんだか、紅葉さんの同伴より面倒になっちゃったよ。どうするか」
紅葉さんの話によれば、僕達全員に話すことが有るとか、そう言っていましたね。
「私達全員ニ話ガアルノダトスルト、他ノ皆サンノ午後ノスケジュールモ調整サレタノデショウカ?」
「二人とも息が合ってるね。言葉使いが似ているからなのかな、考えも似てくるのか。いっその事同じ部屋で生活すれば良いのに」
僕が同一の部屋で生活しても相手の方に対して迷惑がかかるだけですよ。そう思う僕に対して相模さんは何故か、
「ソレモ面白イカモ知レマセンネ、ケレド私ト入間君ハマダソレ程、オ互イノ事ヲ知リマセン。今ハマダオ互イ、一人ノ時間ガ必要ダト思イマス」
そう答えた。
「全く、尋は相変わらず真面目だね。そう言う所が面白くないんだよな」
「私ハ陽サンノ事ガトッテモ好キデスヨ。一緒ニ生活シマショウカ?」
相模さんが両手を組んで祈る格好をして僕の顔を覗き込む。陽さんはその仕草を見てたじろいだ。やはり、相模さんの方が上手のようだ。
「あーあ、つまらないよ。相手が尋じゃあたしの分が悪い。ありさか夕貴が居ないと張り合いが無いなあ」
こうして僕等が病院につくと時間は十一時二十分を回っていた。僕の体は迷わず病院の食堂へと向かう、ちらちらと僕等に視線を合わせる人が居る事がなんだか落ち着かない。僕はやはり、異物なのだろうかと認識させられてしまうからだ。こういった感覚は恐らく僕の精神病が完治したとしても付き纏う嫌悪感なのではないかと思う。食堂に着くとそこには既に名瀬さんが寝ていた。椅子三脚分のスペースを占領して気持ちのよさそうな寝顔をしている。それを見て、
「おお、ありさらしいね。あれ見ると平和だなと思えるんだよ。あたしはさ」
「私モ全ク同意見デス」
と言って名瀬さんの寝ているテーブルへと詰め寄って名瀬さんを挟んで左右に座る。
「さて、寝ているところ悪いけど、起こさなきゃね」
僕の口がそう動き、名瀬さんに顔を近づける。両手の指が名瀬さんの頬を掴んで引っ張った。それを相模さんは笑いながら見ている。
「起きてください!大変なんです。伊勢君が!」
口が勝手にそう叫ぶと、
「ええ!?ひゅうひがろうかひはんは」
と空気が抜けた良く解らない言葉を発しながら飛び起きる。やがて眼の焦点が定まってきて、
「はへっひ、はひひてふれてんほ?ひみ、ほんはひゃらやっはっへ?」
と言う名瀬さん。
陽さん、そろそろ放してあげてはくれませんか?会話になりません。
「やっぱりありさは良いね。反応が良い。あたしはそんなありさが大好きだよ」
陽さんは僕の指をやっと名瀬さんの頬から離した。
「痛いなもう。君、ほんとに那っちかいな?それとも急に精神おかしなったんか?かなわんな」
どうやら名瀬さんはまだ寝起きなので今朝の経緯を全く忘れて居るようだ。
いや、違うよ。ありさは元々が天然なんだって。
僕の考えに追記するように陽さんがそんな事を僕に伝える。
「そうなんですよ。僕は今、本当の自分を再確認しているのです。言わせて下さい、僕は貴女の事が好きです」
悪乗りしすぎではありませんか?僕は少し落ち着かない気分になる。
「そんな事いきなり言われても困るねて、冗談は大概にしいや」
名瀬さんは焦ってそんな言葉を重ねる。本気でそう言っているようで演技をしているようには全く思えなかった。
これこれ、この反応をあたしは期待してたんだよね。あたし再確認、大好きだよありさ。
「ありさチャン忘レテルノカナ?今朝入間君ハ陽チャント入レ替ワッタバカリジャナイ」
埒が明かないと判断したのか、相模さんがサポートをしてくれたようだ。正直僕はほっとした。
名瀬さんはそれを聞いて、少し考えた動作をして思いついたように掌を拳で打って、
「ああ、中に居るのは陽っちか!」
気がついたようだ。
「「気がつくのが遅い」デスヨ」
「わからへんもん、そんなの。外見は全く那っちやんか」
怒って名瀬さんがそういきり立つが、全く二人には相手にされていないようで頭をくしゃくしゃと撫でられていた。
「やけど、可愛いな那っち。表情つくと変るもんやね」
矛盾する事をすぐに名瀬さんが言う、僕は全く解していませんが。皆そう言うのでそう言うものなのかと僕は思い始めていた。
「変ってるのか変わってないのかどっちなんだよ。ありさ君は相変わらず天然だねえ」
僕がそう言って作ったようにハハハ、と笑う。僕の意思ではないのだけれど。
「ああ、腹立つわ。可愛さだけじゃなく小憎らしさも倍増やね」
名瀬さんは僕の頭を叩こうとして思い止まったように動作を止める。どうやら僕に考慮してくれているようだ。
「おや、叩けない?これは良いね。ありさ君イジメ放題、大量セール大売出し」
「あかん、もう限界やごめんな那っち」
僕の頭を勢い良く叩く名瀬さん。
「漫才ハ切リ上ゲテソロソロオ話シススメマセンカ。時間モアリマセンシ」
相模さんが困った顔でそう割り込む。非常に現実的で有意義だと思います。
突然声をかけられ、前を見ると、
「朝知ったが、やっぱり違和感ありまくりだな。その那世のその話し方を見てると。お前等騒ぎすぎだろ。病院なんだ少しは静かにしろ」
いつの間にか伊勢君と阿須磨君が僕等の前に来ていた。どうやら目立っていたようだ。僕のいつもの視線に対する恐怖は対象が分散されているせいか、余り感じなかった。阿須磨君が驚いたように僕の顔を見つめていた。
「自分も伊勢君に教えられたのですが、本当に別人ですね。話し方もそうですが、確かに通常の小学生のようですよ」
「小学生小学生って君達ね、僕は高校生なんですよ。失礼でしょう。謝ってください」
思っても無い言葉が僕の口から紡がれる。二人がたじろいでいる姿をみて陽さんは満足げだ。
「なかなか、こたえるものがあるな。那世が思って言った訳じゃない言葉だとしても」
「でしょう?せやってん。外見が意外に凶器やね。うちもびっくりやもん」
「確かに、しかし、最もですね。自分が悪かった様です、失礼しました。ごめんなさい」
「ソレヨリモ皆サン、午後ノ予定ハドウナッタノデスカ?ヤハリ中止ニナッタノデショウカ?ありさチャンノ薬ハドウナリマシタカ?」
僕が一番訊ねたかった事を相模さんが聞いてくれたことに対して少なからず僕は感謝した。
「何だ、ありさ。まだ言ってないのか?そうなんだ。どうやら中止らしいぜ。俺達としちゃ感謝したいほどだが。これで舞にも全員で会えるしな。ただ、梓さんが一緒ってのが引っかかるが」
「せやった。言い忘れてたけども、うちも薬貰えたわ。あとは舞っちに飲ませるだけやね」
「取り合えずあれだ、飯にしようぜ。俺は腹減ってるんだよ。朝はパンだったからな」
時間は十二時三十分を指していた。いつの間にか一時間以上の時間が経過していたようだ。僕等はそれぞれが好きなメニューを選んだのだけれど僕の体が選んだのは何故かミートソーススパゲティとサラダだった。勿論陽さんの選択だ。僕はお腹は減っていませんが。
この程度で文句言っちゃ駄目だよ。育ち盛りなんだから食べなきゃさ。まあ、あたしが食べたかっただけだけどさ。
因みに名瀬さんはオムライスにヨーグルト。相模さんはサンドイッチに野菜ジュース、伊勢君はハンバーグ、揚げ物付の定食。阿須磨君は蕎麦定食をそれぞれ選んでいた。どうやら好き嫌いに皆差が在る様だ。
僕がスパゲティを食べ始めると早速陽さんから悲鳴が上がる。
味がしないよ。味が!どうなってんの?これじゃゴム食べてるのと一緒だって。ああ、折角の至福の時間なのに。
と苦情を只管上げていた。陽さんが表の時は感覚は伝わらないのかな、と僕は思うのだった。僕にとってはお腹が膨れればどれも似たようなものなのですが。よっぽど不味そうに見えるのか、何?そんなにそのミートソース不味いのか?と、伊勢君がフォークで少し麺を絡ませて口へと運ぶ。その後感想を、普通に旨い。と怪訝な顔をして答えた。陽さんはそれがまた納得がいかない様子で、絶対舞の体に戻ったら夕貴の好物奪ってやるんだと怒っていた。
僕等は食事を終えて食器を載せたプレートを片付ける。テーブルに戻り暫く雑談をしていると、病院側の入り口から白衣を着こなした梓さんの姿が見えた。
その姿を確認した瞬間、僕の中の陽さんから不安な感情が堰を切ったように流れ始めた。梓さんの姿を確認する事で嫌が追うにも舞さんの体の状態を思い出してしまうのかもしれない。陽さんは、あたしはあの人の前では冷静で居られる自信ないから。那世ちゃんにお願いするよ、と体の制御を僕に受け渡した。
梓さんが僕等の前まで移動すると僕等の非難の目線を物ともせずに言った。
「さて、それじゃ。鳳さんと面会に行きましょうか。あなた達に教えたい事があります。ここでは何ですから、病室で詳しい事を説明しましょう。私を非難するのはそれからでも遅くはないでしょう?」