Room7 変化は可変、箱の重なりは外と内に
ピピピとアラーム音が部屋に響いた。ぼんやりとした視界が徐々に鮮明さを取り戻し、天井がはっきりとした姿で僕の目に映し出される。AM7:30、セットされたタイマーが機能して時間を知らせているようだ。僕がタイマーをセットした訳ではないので、どうやら紅葉さんが時計を用意してくれたついでに設定しておいてくれたのだろうと思う。
僕等は4時頃、一旦個人の小部屋へと戻りそれぞれ仮眠を取った。頭の中の陽さんは少しの間、静かにしているよと一言ついたまま、ずっと無言だ。彼女のような独立した人格のみの存在であっても眠ることは有るのだろうか。そんな事を考えている内に刻々と時間が刻まれてゆく。僕は慌てて起き上がり、顔を洗ってシャワーを浴びてから着替え、部屋の扉を開ける。いつのまにか時計は7:50分を刻んでいた。
「おっと、今日は早起きだな。ふーん、こっちの部屋も何にも無いのな。殺風景な部屋だねえ、まあ、俺も人の事はあまり言えないけどよ」
伊勢君が外で待ち構えていたようでドアを掴み、僕の部屋を覗いた。
「別に僕は覗かれて困るようなものは何もありません。つまらないですよ」
「いや、そんな事は無い。今日は那世に働いてもらわなけりゃならないからな、上手く行けば俺がこの殺風景な部屋に何か一品追加してやるよ」
僕はそれを聞いて別に必要なものはもう全て揃っているのだけれど、と思っていると背中を叩かれた。
「おっと、時間が押してるからさっさと行くぞ」
そうだった、食事は8時からなのだ。僕等は結局昨日と同じ展開を繰り返していた。
食堂に下りると随分とテーブルが寂しかった。理由は舞さんと紅葉さんが居なかったからなのだけれど、二人欠けただけでテーブルの大きさが普段より増して見える。感じなかった感覚が少し目覚めているようだ。それにはきっと僕の中に陽さんが居るから、彼女の感情の起伏が少なからず作用しているのではないか、そんな風に思う。
「紅葉サンハマダ病院ノ個室カラ戻レナイソウデス、朝ゴ飯ハ即席ノエッグトーストト、サラダト牛乳ニナッテシマッタケレド、偶ニハ良イデスヨネ」
「うちは料理できへんからな。これでも作れる尋っちが凄いと思うわ」
「いや、これくらい誰でも作れるだろうが。俺も作れる」
苦笑する相模さんを横目に伊勢君が呆れ顔を作って名瀬さんを見た。
「ちがうっちゅうねん。知らないだけやん。教えて貰えばうちにもできるわ」
「それはそれとして、折角です。紅葉さんが居ないのなら自分等の今日のスケジュールをもう一度再確認すべきではないですか?」
荒れそうな会話を阿須磨君が遮り、真剣な顔で僕等を見回す。
「いや、取り合えずここは朝飯を食べよう。食べながら話すことでもないだろうからな」
「ソウデスネ、コウ言ウ時コソ。確リ食事シナイト」
「すいません。自分も焦っているのかもしれない。薬の影響は他人事ではないですから」
彼等は彼等なりに色々と悩んでいるようだ。もしかしたらもう、すべき事を決めているのかもしれない。僕はと言えば、未だに何を具体的にしたら良いのか、全く予想がつかないのだけれど。
僕と伊勢君もテーブルについて食事を始めた。いただきますは反射的に口から出てしまう。何年も固定されている言葉ではあるし、僕が本当の親から教えられた数少ない言葉でもあるからだろうか。
僕は黙々と食事をしている皆の顔を一通り見回す、やはり少し元気が無いようだ。それも当然だ、特に時間を長く共有していた伊勢君や名瀬さんの不自然な明るさが際立っている気がした。
食事を食べ終えて食器を片付ける。今日は紅葉さんが居ないのでそれぞれが分担して食器を洗ってしまう事にした。とはいえ、相変わらず僕は身長がシンクの位置まで届かないので、食器を布巾で拭くこと以外出来なかったのだが。一通り作業を終わらせるともう一度皆でテーブルに着く。
「さて、今日自由行動なのは那世と尋か。今日も自由行動なんて羨ましいな」
伊勢君が相模さんを見つめる。
「私ハ最近安定シテイルミタイデス、他ノミンナニハ少シ悪イ気ガスルケレドコウイウ時ハ良ヨカッタナッテ思ッテシマウ。ゴメンナサイ」
「尋っちは気にすることあらへんよ。今日は那っちのお世話も有るから、尋っちが案内してくれるなら安心やもん」
「だな、ありさじゃどっちがお守り役か解らなくなっちまうからな」
大げさにそう言う伊勢君を名瀬さんが猫のように威嚇している。
「自分は、今日はどうにも協力できそうも有りません。今日の検査は映像の精神波CTなので」
「あー、あの長ったらしい検査。頭に電極つけられて映画や、だるいドキュメンタリーやらを見させられる検査な」
「うち、それの時間殆ど寝てるわ。まったく覚えてへん」
僕はまだその検査を受けた事は無いけれど、どうやら映像で脳波をチェックする検査が有るらしい。見ることは特別面倒ではないけれど。長い時間拘束されるのは嫌だなと思う。
「三森先生も言っていましたが精神状態が正常な常人にもきついらしいですからね、あの手の映像は。名瀬さんなら寝てしまうのも頷けます。自分もいま一つ好きになれないですし。それより、自分が危惧しているのは脳波チェックのデータの方に昨日の事が反映されてしまうのではという事です」
「そこら辺は何とかなるんじゃねえの?病院側も知ってることだからな。まあ、結果が悪くても妙な薬品飲まされることは暫くは無いと思うけどな」
一瞬伊勢君の顔に影がよぎったのを僕は見逃せずに居た。
「ソレデハ私ト入間君ハココデ暫ク待ッテ紅葉サンニ面会ヲ取リ付ケヨウト思イマス」
僕は今日は相模さんと一緒に動くのか、考えてみるとこうしてクラスメイトと二人で行動する事は初めてだなと気づいて畏まった言葉が僕の口から突いて出た。
「宜しくお願いします。僕もなんとか早めには憶えようと頑張っているのですが、どうにも敷地が広すぎて」
「二日で憶えられたら俺達こそ立場がないぜ。俺には未だに分からない場所もそこら中に在るからな」
「うちは憶える気すらあらへんから、気にせんでええと思うよ。憶えなあかん事は自然に覚えるし、気楽にいこ」
「お前は気にするべきだと思うが」
名瀬さんが伊勢君を無視して続ける、
「今日はうち、体力チェック入るから。その前に薬貰おうと思うね。お昼にはなんとか理由作って抜け出すから、その時食堂で会お」
どうやら名瀬さんは寝ている事が多いために定期的に運動を強制させられている様だ。いつものあの寝顔を思い浮かべると少し可哀想だなと思う。
「俺は今日は梓さんとの面談か、あいつに色々聞きたい事もあるからな。じゃあ、昼の一時に食堂へ集合で良いか」
皆と自分がうなずく。阿須磨君はつけたして、
「自分は無理かもしれませんが宜しくお願いします」
「ソレデハ私達ハ何トカ面接ヲ時間ヲ午後シテモラエルヨウニ頼ンデオキマスネ」
僕と相模さんは目線を合わせて頷いた。
「そう言えば、入間君。陽さんはまだそちらに居るのですか?」
阿須磨君に言われ、僕はあれから全く反応の無い陽さんが急に気になりだした。もしや、僕の中の彼女が消えてしまったのではないかと。
「あの、解らないのですが。僕が部屋へと戻ってから、陽さんは静かにしていると言ったきり全く反応が無くなってしまったんです」
「まさか、おい。消えたとか言うなよ。演技だったなんて風には見えなかったからそれは無いと思うが」
「試ニ呼ビカケテミルトイウノハドウデショウ?」
「自分もそれが正しいと思います」
相模さんの思う通りに僕は試しに頭の中で呼びかけてみた。陽さん、居ますか?居たら返事を下さい。しかし、何の反応も示さない。
「駄目です、呼びかけてはいるのですが」
「うーん。声に出して呼ばなきゃ駄目なんかな?」
名瀬さんが突然そんな事を言った。そう言えば僕が思っている事は直接彼女には伝わっていなかったなという事を思い出す。仕方なく僕は声に出して陽さんを呼んだ。
「陽さん、聞こえたら返事を下さい。皆が心配しています」
すると、ん?朝?あれ、あたし寝てたかな。と、声が頭の中で響く。皆が不安な面持ちで僕の顔を見ているので。
「あ、大丈夫です。どうやら寝ていた様です」
と断っておく。拍子抜けしたように皆の顔が安堵に変わった。こんな状態を信じてくれる皆が心強かった。しかし、これは意思の疎通がややこしくなりそうだと僕は思っていた。
陽さんが続ける、入間君の中ってノイズが全く無いから居心地が良すぎるんだよね。あたしが舞の中に居る時はいつも世界が雑音で揺すらされていた。酷い時には怒号や叫び声まで混じってきてね。薬を服用されるまではあたしたちはそれぞれ独立して浮いていたから、すごく不安だった事を覚えてるよ。
「思うんだが、こうしてみると那世が異常にしか見えないな。なるべく人の多い所ではそれをやるのは止した方がいいかもしれん」
「そうですね。入間君がここで異常行動を表面化させてしまうと色々とまずいですから」
彼等の言っている事は間違いではないので僕は頷く。
「それじゃ、抜かりなく今日を行こう。舞のためにな」
テーブルの皆が頷いて、もう一度お互いの意思を確かめ合った。気がつけば時間は9時を過ぎていた。
一旦皆自分の部屋へと戻ると言うので僕もそれに習って部屋に戻る、そこならば陽さんと意思の疎通も気兼ねなくできるはずだから。部屋へと戻ると早速陽さんが、大体の事は予想できるけど昨日の話だよね?と話しかけられた。
「ええ、昨日話し合った事と大体同じ事です。名瀬さんが薬を貰い、僕と相模さんが紅葉さんに面会の約束を予約する。昼に皆で一度集まって僕は名瀬さんから薬を貰う。面会に舞さんに会いに行き、薬を飲ませる。計画の粗筋はそんなところです」
なるほど。それよか那世君、昨日舞の前であたし達って入れ替わったよね。なんだか舞の体に居る時は舞の意思であたし達の入れ替わりが起こっていたんだけど。那世君の時はあたしの意思で変われてた気がするんだよ。勿論戻る時に限ってなんだけど。て事はあたしは那世君の体を乗っ取ろうと思えば出来てしまうかも知れない。それでももし、舞の前に出たとき、あたしと変わってくれる?
「ええ、かまいません。もしも僕が深層に落ちる事ができるのなら僕の体は陽さんに受け取って頂いても構いません」
それは、信頼なのかな。あたしには少し違う風に感じられるきがするけれど。でも、あたしは那世君を裏切ったりしないよ。そうだ、その時本当に入れ替われるかまだ分らないじゃない?何度か慣らせておく必要があると思うのだけど。
「はい、でも僕はどうしたらいいのか良く分かりません」
多分、変わりたいって気持ちに集中すればよいのだと思う。あたしにはそれくらいしか予想できないよ。
僕はあの時を思い出した。必要とされる事を自分から本気で願う、その気持ちを集中して思い出す。すると、
「あれ?表かな?あたし、だよね」
どうやら成功したみたいですね。僕はそういいつつ、あの時は感じることのできなかった浮遊感を感じていた。自分の視界なのになにか霞がかかった様に遠い映像に感じる。僕の周りに透明な膜が張られているような気がして手を動かそうとするけれど、僕の手は動かない。そんな感覚だ。
「ふうん。君が中に居る時はそういった風に感じられるんだね」
あれ?と、ふと思う。僕が中に居る時は僕の思うことも彼女に伝わってしまっている?
「あ、本当だ。なるほど面白いね。でもこの方が会話が楽なんじゃないかな。て事はあたしの方も」
発音しなくても会話できるんじゃない?
本当ですね。けれど、思うこと全てが伝わってしまうのは少し怖い気がしませんか。
思わないよ、あたしは別に筒抜けでも構わない。でも多分、思ったこと全てが伝わるわけじゃないよ。あたしが思った映像はきっと伝わらないでしょ?
確かにそうですね。僕が見ているのはやはり、体が見ている映像と同様のものですから。
物分りがいいね。見込みどおり良い線行ってるよ那世ちゃんは。さて、戻ろうか。
愛称が君からちゃんに変わっているなとふと思う。
あ、ごめんずっと君づけが違和感あって。一応さ、敬称のつもりで使っていたんだけど。こうなるともう意味無いね、あたしはこれからちゃんづけで呼ぶよ。
「ふふっ」
声が漏れた。なんだか不思議な感覚だ。
あれ?ちょっと待って、戻れない?ど、どうしよ。
戻れませんか?とすると、僕の方で戻りたいと思えば良いでしょうか。
うん、やってみてくれる?
僕は先程と逆に戻りたい、と強く思おうとするのだけれどそれがどうしても出来なかった。このまま戻れないなら戻れなくても良い、そんな風に思い始めている。
那世ちゃんはさ、本当に自分の事なんて気にしないんだね。それって凄く悲しいことだと思うんだけど。驚かしがいのない子だよ、那世ちゃんは。ごめん、本当はあたしが帰そうって思ってないだけなんだ。一寸だけ体を貸して欲しいの。
僕は構いません、ただ、紅葉さんや三森さんの前ではできるだけ地を出さないようにお願いします。
あたしはその点ははっきりしておくつもりだよ。あたしもいずれ、舞の元に戻らなきゃいけないもの、あの人たちに悟られたらどうなるか分らないからね。
突然腕が後に動いて髪を縛る動作を行ったが、僕の髪はそれ程長くないので縛れない、それに気がついたのか陽さんが、
「あらら、いつもの癖で動く前にはどうしても髪を縛りたくなるんだよ。」
と独り言を呟く。
「っと」
僕の体は突然飛び上がる。どうやら何度もジャンプしているようだ。
「体動かしたくてうずうずしてたんだよね、あたし。舞の事も有るし、あたしが元気にならないと支えられないじゃない」
あまり過激に動くと僕の体は持ちませんよ。
「うーん、そうなんだよね。やっぱり使い勝手が自分の体とは違うなあ」
部屋でドタバタとやっていると扉がノックされた。
「おい、那世。大丈夫か?気分でも悪くなったのか?」
それを聞いた僕の体は迷わず扉のロックを外す。
「おや、伊勢君じゃないですか。いらっしゃい」
口元がむずむず動くのを感じた。どうやら伊勢君をからかってやる心積もりの様だ。
「あれ?お前、那世だよな」
「僕じゃなかったら誰だって言うんです?伊勢君の恋人ですか?」
僕が口にもしないような言葉が突然紡がれる。伊勢君は唖然として口を開いたまま立ち竦んだ。やがてはっとしたように身を取り直して呟く。
「お前、やっぱり。本当に居るんだな、陽」
「ばれたか、あたしの完璧な演技を見破るとは流石だね」
とても完璧な演技とは言えないと思うけれど。しかし、こうやってふざけている時でさえ、陽さんの中には暗い懸念の塊があるのを今は僕はしっかりと感じることが出来た。
「入れ変わったのか、しかし。中身が変わると本当に別人になるんだな。いや、表情がつけば那世もそんな風に見えるのか」
相変わらず人の気持ちには無頓着な奴なんだよね、夕貴はさ。本人の前じゃ言うべきことじゃないのに。
僕は別になんとも思っていませんよ。
「おっと、そろそろ俺も病院に出なけりゃいけない時間なんだ。先に行くからな。あんまり那世の体に負担かけんなよ」
伊勢君はそのまま走って階段を駆け下りていってしまった。
「さて、あたしたちはどうするか。尋の部屋にでも行ってみる?」
僕は相模さんの部屋は知りません。
「考えたんだけど、こうやって一人一人、騙してみるのも面白いかもね。あたしは尋の部屋知ってるから。押しかけてみようか」
そう言うのが早いのか体が動くのが先か、いつのまにか僕の体は3階への階段を登り始める。陽さんは行動派なのだなと改めて知った。
「そうでもないよ、肝心な所は確りと考えてるつもりだから。でも今はあんまり考えたくないんだ。思うより先に行動したい」
その言葉には陽さんの焦りが感じられた。舞さんと離れているけれど彼女も舞さんと同じで全然平気じゃないんだ。
3階に到着して306号室の前で僕の足は止まる。すぐにノックをした。
「ハイ。ドナタデスカ?」
部屋の中から人口音声の無機質な声が響く、
「僕です、今日の事少しでいいですからお話しませんか?」
尋はどんな反応するか、あたしにはちょっと想像つかないな。あたしの期待を裏切らずに驚いてくれれば嬉しいんだけど。
言われてみると、尋さんはあまり感情を表に出す事が出来ないみたいですね。
尋は声が出せないからね。声も感情を表に出すためには重要な要素だと思うよ。無言で怒っても何に対しての怒りか伝わらないもの。
そんなものなのですね。
「今、開キマスネ」
そう聞いて僅か、すぐに扉が開いた。部屋のテーブルの上に置いてあるミニピアノに目線が行く、ベッドの横には巨大なクマの縫い包みが置いてあったけれどそれは視界の端で全体像が見えなかった。僕の顔を見つめてすぐに尋さんは眼鏡の眉間部分に指を触れさせる。そしてすぐに腕に取り付けられたキーボードに高速で文字を打ち込んだ。
「アナタ、陽チャンデショ。大体入間君ハ私ノ部屋ノ位置ヲ知ラナイハズダモノ。ソレニ、誰カニ教エラレタトシテモ、入間君ノ性格上アリエナイ」
僕の体が一瞬仰け反るとすぐに体勢を戻し、
「いえ、部屋の位置は紅葉さんから教えて頂きましたし、僕はどうしても舞さんの事が心配で一刻も早く相模さんに相談したかったんです」
僕の口が取り繕うようにそう呟くと、
ばれるにしても早すぎるでしょ。尋って意外に勘が鋭いから、あたしとした事が。
という思いが後に流れてくる。
すぐにまた尋さんはキーボードに触れた。
「部屋ヲ開ケタ時、アナタハマズミニピアノヲ見ツメタデショウ。アレハ前ニハ無カッタ物ダカラ。私ノ部屋ニ初メテ訪レタ人ハ大概、ベッドノ横ノクマニ目ガ行クハズナノ。クマヲ知ッテイルアナタハヤッパリ陽チャン以外ニ在リ得ナイ」
「判った判った、もう降参だよ。面白くないな、尋は騙されたふりも出来ないの?」
相模さんは少し笑うと僕の頭に片手を置いて片手でキーを打つ。
「コウナッテシマウト普段ハ手ニ負オエナイ陽チャンモ可愛イモノデスネ」
なんだか納得いかないよこのままじゃ、なんとか言ってやらないと。
「やっぱり手強いな。流石は普段あれだけ本を読み漁ってるだけは有るね、尋はあたし達のおばあちゃんの知恵袋だから。参りました、尋おばあちゃん」
それを聞くと相模さんは眼鏡を軽く押し上げ、僕の頭を軽く叩いて扉を勢い良く閉めてしまった。
あれ?そう言えば相模さん珍しく眼鏡かけていましたね。
ああ、尋は本を読むときだけ眼鏡かけるんだよ。意外に似合ってるでしょ?なんだか才女って感じがしてさ。それより、怒らせちゃったかな。あはは。
そう思う陽さんの心は少なからず嬉しそうだ。
するとすぐ扉がまた開いて眼鏡を外した相模さんの姿が見えた。
「冗談ハソノ辺ニシテオイテ、私達ハ食堂デ紅葉サンヲ待マセンカ?」
つくづく切り替えが早いなあ。あたしの完敗だよ。
そう、陽さんの声が聞こえた。