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Room5 ノイズとショック、崩れる箱

 学校での授業が全て終わり、僕達は寮への帰り道を歩き始める。名瀬さんは体を動かした事の反動か、四時限の時間中に完全に睡眠へと落ちてしまっていた。なので伊勢君が彼女を背負い、他の皆はゆっくりと歩きながら並んで帰るのだった。


「君。今日、梓さんと話した?」


 舞さんが俯いていた顔を上げ、僕を見る。僕は首を縦に振った。


「私はあの人が嫌い。今まであの人の治療が私の何かを良くしたという記憶が無いもの。私は今日、あの人から薬を飲むよう新しい試薬を渡された。君と同じ物よ」


 舞さんが手を伸ばすとその指先に僕が貰ったものと全く同じタブレット型の薬品が乗っていた。


「何で、舞なんだろうな。俺らじゃなく、あの人はいつもそうだ。新しい試薬は舞で試したがる。それも秘密でな」


 名瀬さんを背負いながらも息を切らさず伊勢君がそう言った。


「私ハ、舞サンノ症例ガ特別ダカラコソ、アノ人ハ一番初メニ試ソウトシテイルノダト思イマス」


「自分が変われるのならば、変わってあげたいのですが。何せ、あの部屋へは鳳さん無しでは入る事ができません。本当は一番にあんじなければいけない身体なのですが」


 二人がうつむきながら言った。


「私は自分が薬を服用する事時が怖い。飲む事によって起こる変化が怖い。かつてはこんな事は無かった。けれど、今はそれが怖いの。君がこれを飲んで大丈夫だったのなら、私も大丈夫、信じて良い?」


 舞さんが僕の顔を覗き込んでそう言った。僕には首を縦に振ることしかできなかった。


 寮へつくと紅葉さんが食堂で夕食のメニューをテーブルに並べ終えて待っていた。伊勢君の背中の名瀬さんを見ると近づいて抱き上げ、これは、起きそうも無いね。仕方ないな、君たちは先に食べていていいよ。そう言って彼女を持ち上げ、階段を登っていってしまった。僕等は夕食を食べ終わる頃、紅葉さんは階段から降りてきて言う。


「今日はどうやら皆、結構無理させられたようだね。それとも無理しすぎたのかな?この紅葉さんが癒してあげたい所だけれど、紅葉さんには料理の腕を振るう事くらいしか出来ないからね。美味しかったかな?」


 僕は率直に美味しかったと思ったので、


「とても美味しく頂けました。紅葉さんは料理上手ですね」


「不味くても不味いとは言えないですから、紅葉姉の前じゃあ」


 伊勢君がそう後から付け加える。


「うん、入間君はかわいいね。伊勢、君は紅葉さんの恐ろしさをもう少し知ってもらう必要が有りそうだ」


 目を怒らせた紅葉さんがそう言った。紅葉さんには聴きたい事があったけれど、皆が居る前ではすべき話しではないかなと思い、明日に送る事にした。こんな賑やかなやり取りがいつか日常化されて馴れていってしまえるものなのかなと、僕は思うのだった。


 食事の後、鳳さんが少し躊躇して薬を飲み下しているのが印象的だった。その後は浴場の使用順を話し合い、少しの雑談をしてから僕等は部屋に戻った。紅葉さんからは一緒に入るかい?などと聴かれたけれど僕はシャワーを使いますので、と丁重にお断りを入れておく。


 部屋へと戻るとベッドの上には既製品のような四角いデジタル置き時計置かれていた。どうやら目覚まし機能がついているようだ。紅葉さんが約束を守ってくれたのだなと思ったのだけれど、今日一言もその事に触れていなかった。不思議に思い、思い返してみるとこの部屋はカードキーが無いと入れないはずなのだと言う事に気がつく。恐らく紅葉さんはマスターキーを持っていて、勝手に僕の部屋に入った事を気にしているのだなと。そんな風に僕の中で勝手にまとめる事にした。一通りの作業を終わらせてベッドへ潜り込む。今日もあの部屋へ行けるだろうか、あの部屋へ行こう。そして僕は、目を閉じた。


 気がつけば僕は夢の中で部屋に居た、心なしか昨日よりも僕の部屋が広がっているように見える。相変わらず真っ白で何も無い部屋だけれど。唯一ある扉を開き、皆に会いに行く。そう思いドアを開けた先には黒い、厚みのある影がいくつか動き回っていた。


 身体のパーツが極端に片側だけ短かったり、人の四肢が捩られているように歪んだ者、頭だけが肥大化した人間のシルエット、それらが身体を揺らしながら部屋の中を這い回っている。彼等は身体からノイズのようなジジジという音を発していた。僕はそれらを見て呆然としていると僕の一番近い場所を徘徊していた背の高いバネのような影が近づいてきた。その影が僕に触れようと長い腕を伸ばした時、


「何やってんね、ぼーっとしてたらあかんよ那っち」


 という声が響く、瞬間、僕の手前の足元から壁が高速でせりあがり僕と影との接触を防いだ。


「那世君、走らなきゃ。ありさにぼーとしていたら、なんて言われたら御終いだよ。あたしがいなけりゃ何も出来ないのかね。母性本能くすぐってくれるなぁ」


 いつの間にか近くに来ていた陽さんが僕の手を引っ張って走り出す。途中、緩慢な動きで手足を振るわすいくつかの影を上下に器用にかわし、蹴りを入れて突き飛ばすと、それらは砕けて散り、影の埃が舞い上がって霧散する。


「んふふ、ここにあたし等三人しか居なかった時は、あたしの独壇場だったからね。今は見せ場取られちゃって、ちょっと悔しいからせめて那世君の前では良いところ、見せないとだよね。今日はちょっと舞の調子が悪いみたいだからさ、あたしがその分がんばらないと」


 消えた影の先に名瀬さん、舞さんを後から支えるようにして相模さん、月さんが立っていた。


「うちのサポートを無かった事にせんといてよ陽っち」


「それよか、那世君。あれに触れると増殖するから、気をつけてよ。まあ、ジャンクは結局私達には直接的な危害を加える事は出来ないから、そんなに危険でもないんだけどね。ただ、増えすぎると対処が面倒なんだ。ま、あたし達のストレスの結晶みたいなものだと思ってもらえればいいかな」


 名瀬さんを無視して説明する陽さんに名瀬さんは後で手を振り上げて怒っている。


「そういう意地悪をする子にはおしおきやね」


 彼女が人差し指をピンと伸ばし、下から上へ振上げると床から白いボールがシャボン玉のように湧き出し、陽さんに向かって高速で飛び出した。それを陽さんは器用にかわし、サッカーのシュートのように蹴り飛ばす。ボールの軌道の先には最初に僕を狙った影が居て、射抜かれる様に体の中心に穴を開けられ四散して消える。これでこちら側の影は片がついたようだ。


「ゴール、ナイスサポートだよありさ君。君はやはりサポート能力に長けている」


 胸をはって腰に手を当て、偉そうにそう言う陽さんを相模さんが目じりを下げて可笑しそうに見つめていた。逆に名瀬さんは片足を上げて思い切り地面を踏むといった、同じ動作を繰り返している。余程悔しいようだ。どうやらあの影はそれ程脅威的な存在でもないらしい。遠くを見ると伊勢君と阿須磨君が白い棒のような物を武器にして振り回し、影を散らしていた。


「ま、今確認してもらったから大体の事は解ったとは思うけれど。ありさの力はこの空間内で自由に好きなものを物質化できるってシロモノなのよ」


「さっきから陽っちはうちの台詞とりすぎやな。うちがかっこよく決めようとしてるのに」


「あはは、悪い悪い。あたしの出番って中々ないからさ。話せる機会もすくないじゃない?こういう時くらいは大目に見てよ、おや、あっちもそろそろ終わるみたいだね」


 そんな二人のやりとりを聞いて確認すると、気がついたら伊勢君達の方も綺麗に影が消されていた。


「次はうちの部屋のを出すよ。うちのジャンクは陽っちにお任せするわ、どうせうちは役立たずですよって」


 彼女は部屋の壁際まで移動して、何もない真っ白な壁を手で触る、そして見えない何かを掴んで引っ張るとドアが現れ、開いたドアの中から黒い影が押し出されるようにして湧き出した。それらは前に倒した物とは形が違っている。棘のついた巨大なボールやいびつな形の魚などだ。


「お前、俺たちに何も言わずにジャンク出すなよ」


 とげのついたボールが回転しながら伊勢君の脇をかすめる、気がつけば鉄パイプの様な形状の棒を横に振りぬいていたようで、ボールは中心から二つに別れ、分解して消えた。


「相変わらず名瀬さんから生み出された影はファンタジーな形態を取っていますね」


 あごの大きな歪んだ魚が阿須磨の周りを回転している。白い棒を両手に持って構えた彼がすり足で魚に綺麗な面を決める。魚は衝突と共に爆発して黒い粉雪を散らせ、溶け落ちた。


「あれ、ファンタジーか?出来損ないの化物みたいだけどな」


 どうやら伊勢君と阿須磨君もこちらに来たようだ。


「うちのジャンクは出来損ないやあらへん。どこか芸術性をかんじるやろ。夕君のはグロテスクすぎやから。うちの方がセンスが上やね」


 床すれすれを飛行していたエイの様な影に名瀬さんが指を向けると、床から棒が突きあがり、影の中心を貫いた。


「センスとか関係ねえと思うがな」


 棒を投げ飛ばし、的確に漆黒の巨大な蝶を射抜く伊勢君。

「あたしらは三位一体だからなあ。ジャンクの形となると三人合同のセンスになるのかな、あ。だからあんなに複雑なのか」


 熊のぬいぐるみの様な形態の影を回し蹴りで倒し、片足を高く上げ、一気に熊の額へと振り下ろす陽さん。影は額部分を踏み抜かれ、黒い塵の渦となって虚空に吸い込まれる様にして消えた。


 4人は雑談を交しながら次々に影を散らしていった。


「それより、舞は大丈夫なのか?今日は始めから調子悪そうだが。あの薬がやっぱり関係してるのか」


「うん、那っちが飲んでも大丈夫なものやったから、多分安全やと思とったんやけど」


「あたしらが身体の苦しみを共有できれば良いんだけど。あたしや月は本体が寝ている間はそういった肉体的な感覚とは独立しているみたいだから感じられないのよ。あたしが起きて本体を支配しているときには痛みを感じられるのだけど、月に至っては自分で支配している時でも怪我や肉体的な外傷を受けても痛みを感じ取れないからね。心の痛みは共有できていると思うんだけど」


「これでラストです」


 阿須磨君が棒を剣道の突きのように突き出して最後の首のねじれたダチョウのような影を破裂させた。


「説明させてもらうとだな。このジャンクって奴は、作る人間の本体によって形が違うんだ。俺のは出来損ないの人間みたいなやつだな。名瀬のは生物っぽいやつだ。阿須磨は仮面かな、なんだか巨大な顔の様な。相模は楽器の形態が多いな。鳳は人間が繋がりあった様なやつさ」


「さて、それじゃ本邦初公開の那っちのジャンク、行ってみようか」


「全員のを、紹介してやったんだ。お前のも見せてもらわないと」


 そう言われてはじめて僕は自分に会話が向いている事に気がついた。慌てて、


「僕はそれの出し方が良く分からないのですが」


 そう言うと、


「大丈夫だ。ドアを開けるだけだからな。自然に出てくるはずだ。今夜来たときに何匹か部屋にいたのをみかけただろ?自分の部屋で」


 僕はパーソナリティルームに入った時?何も居なかったはずだが。最初と変わらない真っ白な壁が在るだけだったはず。


「いえ、僕の部屋には何も居ませんでしたよ。ただ、真っ白な部屋。それだけです」


 そう僕が言うと、皆驚いた顔をしている。


「初日は馴染んでないから現れなかったとしても、入間君は何か感じませんでしたか?自分のルームで」


 阿須磨君が僕にそう聞くけれど、僕はむしろあの部屋では安らぎを感じていた。


「いえ、どちらかというと安心できて、ほっとしていられる空間でした」


「那世、お前本当に変わってるな。取り合えずドア開けてみてくれよ」


 伊勢君がそう言ったので僕は部屋の位置まで戻ろうとすると


「もどらへんでも大丈夫やよ。今日なら適当な位置でドア作れるはずやから」


 名瀬さんが教えられる事を嬉しそうにして説明した。僕は教えられた通りに壁に触るとそこがドアに変わった。


「そうそう、一度ドア作ると暫くの間は位置を変えられないらしいから気をつけなよ」


 と、陽さんの声を聞きながら僕はドアを開けた。けれど何も出ては来ない。ただ真っ白な部屋が存在するだけだった。


「あれ、俺には那世の部屋の中が見えるが」


「うちにも見えるわ」


 彼等が皆同じ事を言うので、何がおかしいのだろうと思っていると、どうやら他のクラスメイトの部屋は鳳さんと僕以外ドアを開けても見る事が出来ない、と言う事らしい。そこから、僕の部屋は舞さんの同じ性質の部屋なのだろうなと思う。皆が僕の部屋に入る事が出来るのか、と言う疑問を持ち出して僕の部屋へ入ったり出たりを繰り返していると突然、鳳さんの部屋が揺らいだ。地震とは違う、世界がぶれた。そんな感覚だ。


「これは?」


 すると僕の頭の中に声が響いた。


「まずいです。舞さんがもう、もちそうもありません。月さんが限界だと」


 この声は、相模さんの声だ。見ると二人に支えられた舞さんががくがくと膝を震えさせていた。

「部屋へ戻って、早く。皆戻らないと、私はもう」


 頭を抱えて舞さんが絶叫に近い形でそう叫ぶ。それを聞くと同時に皆が駆け出す。同時に何かに亀裂が入るようなビキキという音が響きはじめる。部屋の壁と天井が割れた。徐々にひびが広がり始める。まるでガラスに衝撃を与えると描かれるような文様が部屋全体へと広がって行く。僕はドアが目の前にあるのに呆然と立ち尽くしてしまう。足が動かなかった。僕はただ、そこで周りを見つめているだけだ。


 名瀬さんは伊勢君に手を引かれ、ドアの中に放り込まれて消えた。伊勢君はそのまま部屋へと帰り、他の皆も同様に部屋へと辿り着けたようだ。やがて天井が剥がれ落ち、その隙間から何か恐ろしいものが覗いた、それを確認する瞬間、僕の後首が強引に引かれて部屋へと連れ込まれた、僕の部屋のドアが勝手に閉まったかと思うと突然暗闇が降りてくるのだった。



 僕は汗をかいていた、あの時、僕を引っ張り部屋へと運んだのは誰だろうか?起き上がってベッドの上の置時計を確認すると、時間は2:17を表示していた。何故か頭痛がする。部屋の外が慌しい様子でどたどたと人が走り回る音がする。そこで鳳さんは大丈夫だったのかという疑問に当たった。あの異常事態はどう考えても皆の驚き方を確認した限り、普通ではない。身体をベッドから下ろそうとした瞬間だった。


「舞、どこ?あれ?あたし達の体ってこんなに小さかったっけ?」


 そう、頭の中で声が響いた。




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