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Room16 夢現の境面、重なり合う箱

 深い暗闇、破裂音が聞こえる。遠い世界での出来事が再生されて、爆発音と回転する視界で映像は終わる。僕は久しぶりに見慣れた夢を見た。そう、あの時の夏の夢、僕の原点。夢が終わりを告げると、僕は暗い世界で横になり、何も無い世界で眠り続ける。


「……」


 少しすると遠い世界から僕を呼ぶ声が聞こえ始めた。僕をこの心地が良い暗闇から遠ざけようとするこの声の主は誰だろうか? その声が意識に触れて正体を悟った時、ここまでの記憶が一度に広がって、これまでに起きた事を僕に思い起こさせた。


「……ちゃん、那……ん起きて」


 そうだ、僕は、伊勢君はどうなったのだろうか。伊勢君を救えたのだろうか。僕の思いがそこに達した時、僕を呼ぶ声が鮮明になって、僕のまぶたを押し上げさせた。


「那世ちゃん、起きて」


 僕の視界が黒から白に変わり、ぼんやりとした焦点が正確な輪郭を取り戻すとそこには陽さんが居た。僕は陽さんの膝に頭を乗せていて、陽さんは僕を覗き込んでいる。周りは白い世界、するとここは。


「那世ちゃん、大丈夫? ここはどこか解るかな?」


「ここは、ルームの中ですか? 何故僕はここに…… ここは僕のルームでは無いのですか?」


 陽さんは僕の声を聞いた後、屈み込んで僕の髪に頬を当て、小声で良かったと呟いた。


「そのまま眠り続けて消えてしまったらどうしようかと思って心配したよ。那世ちゃんを待っていた舞の中にいたあたしと月の前に突然、扉が出来たの。一瞬またあの子が現れるのかと思ったんだけど、そのまま扉からは誰も出てこなかった。だからあたしは舞達と相談して扉を開いて中を確認したんだ。そうしたら那世ちゃんが倒れてた」


「それではここは僕のルームなのですね」


「そうだよ、あたしが見た時、那世ちゃんの体がなんだか透けて見えてたんだ。あたしが声をかけなきゃ那世ちゃんがそのまま消えてしまうんじゃないかって」


 僕の中で何が起きているんだろうか。陽さんの呼び声が無ければ、僕はあのまま暗闇の中で眠り続けていたのかもしれない。


「済みません、有り難うございました」


 そうだ、それよりも伊勢君はどうなってしまったのだろう。


「そうです、僕よりも、伊勢君はあれからどうなってしまったんでしょうか?」


「え、夕貴に何かあったの? そう言えば那世ちゃんの意識がこっちに有るって事は向こうはどうなってるんだろ。あたしも舞達と随分待っても那世ちゃん達が来ないからどうしたのかと思ってたんだ」


 舞さんには何も知らされていないのだろうか? だとするとあれからどれだけの時間が過ぎてしまっているのだろう。


「済みません、頭の中を整理する時間を僕に下さい」


 僕がそう言い、立ち上がると陽さんは僕を見てそうだ、と叫ぶ。


「どうせだからあたし達のルームに来なよ。舞達もその辺の事知りたいだろうし」


「けれど、舞さんが起きている状態で舞さんのルームに僕が入る事は出来るのでしょうか?」


「解らない、だけど、那世ちゃんなら出来る気がするよ。あたしがこっちに入れたんだからきっと入れるはず。やっぱり那世ちゃんは少し特別なのかもね」


 立ち上がった陽さんは僕の手を引いて扉を開け、自分達のルームに僕を連れ出した。何とも無い、どうやら陽さんの予想は間違ってはいなかったみたいだ。部屋の中心には膝を抱えて舞さんが眠っていてすぐそばに月さんが立っていた。


「やっぱり大丈夫」


 陽さんがそう言うのと同時に頭に舞さんの声が響いた。


 入間君、私の中にようこそ。本当は外で会えるはずだったのだけれど、何が有ったのか私達に教えて。


「あ、そうそう。那世ちゃんにも舞の視覚が感じられるかな?ちょっと眼を閉じてみて」


 僕は陽さんに指示された様に目を閉じる、すると外の世界が僕の中で広がり始めた。どうやらどこかの病室の中に居るみたいだ。病室の壁には時計が掛けられていて、針が12時を指していた。思っていた程時間は過ぎていないみたいだ。


「これは、舞さんの視点でしょうか? どこかの病室が見えます」


「うんうん、見えるみたいだね。そうだよ、これが舞の視点。あたし達の身体が見ている世界、こうやってあたし達はこのルームの中でも外の様子が解るんだ。那世ちゃんの中に居た時とは全然違うけどね。あの時は身体も共有してるみたいだったもんね」


 陽、それよりも……


「ああ、ごめんごめん。それじゃ那世ちゃん、お願い」


 こうやって実際に体験してみると違いが良く解った。僕の中と舞さんの中ではやっぱり作られ方がかなり違うみたいだ。僕は今日、外の世界で起こった事を僕が体験したままに舞さん達に全て話した。


「これが全てです。あれから伊勢君はどうなってしまったのか、僕はそれがとても気掛かりなんです」


「違う、気掛かりなのは那世ちゃんの身体だよ。そんなにまでなってしまったら、もしかしたら」


 そうね、入間君の身体の状態がどうなのか知る事が先決だと思う。伊勢君は少なくとも身体の状態は良好なはずなのでしょう。入間君の身体に何か有ったら、


「僕は消えてしまうかもしれない、そう言う事でしょうか?」


 僕はすっかり自分自身の身体の事なんて頭に無かった。痛みを感じる事が出来ずにいたから生命の危機感はすっかり僕から外れていた。けれど、確かに僕の身体は限界だったのかもしれない。あんな風に記憶が途切れた事は初めてだった。


「ううん、消えさせないよ。あたし達の中に居れば良い。那世ちゃんは消えちゃ駄目なんだよ」


 そう、やっと掴みかけた欠片を私は離す訳にはいかない、それに入間君の身体はきっと大丈夫。必ず戻れるはず。ああ、どうやら誰か来たみたいね。


 舞さんの声を聞いて僕等は目を閉じる。視界が変わり、病室が映り込むと、僅かに遠い世界から音が聞こえる様な感覚で廊下を慌しく走る音が聞こえ、扉を開けて三森先生が姿を現した。遊世の姿が見えないけれど、どうしたのだろうか。息を切らせながら三森先生は話し始める。


「お待たせして済みませんでした鳳さん。今回の検査なのですがお一人だけでお願いします。入間君は……事情があってこちらに足を運ぶ事が出来なくなってしまいまして、大丈夫、入間君は急遽別件の検査が入る事になりまして、今日は会う事が出来ない状況なのです」


 なんだか、白々しい嘘だよね。三森先生は嘘つく事には向いてないな。


 陽さんの声が隣で響く。


「本当にそうなのですか? 入間君の身に何か起きたのでは無くて?」


「はは……、何を言い出すんですか。身を按じなくてはならないのは鳳さん、貴女の方ではないですか。彼等も鳳さんの事を心配していましたよ。彼らの為にも検査を終えて早く寮へ帰って頂かなくてはですね」


 三森先生はぎこちない表情を浮かべて取り繕うようにそう答える。


 あれじゃ何か隠している事が丸解りだよ、駄目だなぁ先生。


 そんな陽さんの言葉に畳み掛けて外側の舞さんが言葉を口にした。


「先生、本当の事を私に教えて。入間君と伊勢君に何か有ったのでしょう? 私はここで今、先生に本当の事を教えて貰わなければここから動く気は無い」


 先生は慌てた様子で答えている。


「何故解るんです? 貴方達は不思議とこういった仲間に関する事に対しては鋭いですね。何故入間君と伊勢君に限定できるのか、とても気になります。しかし、私の立場もわかって頂きたい。私はまだ貴方達に教える段階ではないと考えています。彼等は大丈夫ですよ、少し体調を崩しただけ、それだけなのですから」


「いいえ、それは違う。入間君は肉体的にとても危険な状態、そうなのでしょう?」


 舞さんの言葉にはっとして、三森先生の動きが止る。


 まずいよ舞、そこまで言ったら怪しまれるって。


 いえ、ここはこれでいいの。入間君の身体の状態を知る事が先決。もし引き返せない状態なら私達も何とかしなければならない。


「そこまで、どうして……一体どこでその話を聞いたんですか。おかしい、鳳さんはここから一度も外に出ていない筈なのでしょう、勘といった類ですか、しかし、これ程の一致が偶然で起こりうるものなのか、それとも薬の要因」


「先生、私は一刻も早く入間君の状況が知りたい。入間君の身体はどうなってしまったの?」


 独り言を呟いていた先生が諦めたように顔を上げてこちらを見た。


「仕方が有りませんね、どうやってそこまで鳳さんが知り得たのかは解りませんが、そこまで知られている以上、隠す事は逆効果ですか。確かに、入間君の状態は良好では有りません、精神病患者には一番加えてはならない外的攻撃行為を入間君は受けてしまいました。現行では何とも言えませんが、私が思う所、肉体的な衝撃より精神的な衝撃の方が懸念されると思います。同時に、伊勢君、彼の状態も良好とは程遠い。しかし、二人とも直接死に繋がるような悪化ではない、必ず回復に向かわせます。それは我々病院関係者、全ての人間が望む所ですから」


 目線を下げ、視線を逸らしながら三森先生はそう言った。舞さんの視線は先生の目を直線に捕らえて逸らさない。


「肉体的に生命の危険は無い、それは本当? 死ぬ事は絶対に無いと言い切れる、それで良い?」


 先生は面を上げて舞さんの目を直視して表情を崩し、すぐに厳しい顔付きに戻す。


「はは、敵いませんね。私は人を欺くような狡猾な人間や嘘をつく事に馴れてしまった人達の相手をする事は馴れている、しかし、貴方達のその純粋な視線を前にした時、途端に私は嘘を付く事が下手になる。正直、私もそう多くは知らされていないのです。こんな事になるとは、迂闊でした。予想は、可能だったはずなのです。あれは患者達の幻覚であり、偶然でしかない、それは解っていたのです。入間君にあの件を問われた時、私も気がつくべきだった。入間君は現在、治療室に搬送されています。妹さんも偶然こちらにいたのでそちらに向かって頂きました。伊勢君はどうやら今回の一件によってかつての心理的外傷が呼び起こされてしまった。それによりショック状態に陥った彼は現在、言葉も話す事の出来ない状態なのだそうです。けれど二人とも命に別状は無いはずです、私はそう報告された以上、それを信じたい。今の私にはこれくらいしか伝える事が出来ません」


 あれとはなんだろう、やはりあの女の子の事か。それよりも伊勢君は、そんなに酷くなってしまったなんて。僕は間違えたのか、伊勢君を苦しめただけなのだろうか。


 僕の考えを読み取るように舞さんが質問を繰り返した。


「あれとは、青色の髪の女の子の事? その子が入院患者の中に現れるという事ですか?」


「え、ええ。そうです。精神的に衰弱の激しい患者さんや、体力的に衰退していた患者さんから夜、夢の中にその女の子が現れると聞いていたのです。けれど、その報告は随分と以前からされていました。どこの病院にもある噂だと、見聞きした患者さん達が実際に弱気に陥った時、作り出す幻影なのだと我々からは結論づけされています」


 あの女の子は僕等以外の人達の夢にも入り込む事ができるのだろうか、薬の効果が無いのに何故それができてしまうんだろう。


「その女の子に入間君は間違えられた、そう言う事?」


「恐らく、そうなのでしょう。直接的な原因、入間君が襲われた理由もそこに有るのです。加賀見姉妹、梓さんと紅葉さんからの報告を聞いた現時点での私の憶測でしかないのですが、入間君は光を投影し易い白い髪をしていた。そして、精神科の廊下の窓に張られている青いフィルムから漏れる光が、彼の髪を青く染めてしまっていた。それを見た重度の精神患者さんがストレッサー、つまり自分の心理的圧迫の直接原因として認識し、入間君を襲ってしまったのだと思うのです。その患者さんは数日前から青い髪の女の子に悩まされ続けていると訴え続けていた。精神的に逼迫ひっぱくしていた患者さんは直接入間君を排除する事で苦しみから解放されると誤解したのでしょう」


 そうだ、僕は伊勢君の行動を止める事は出来たけれど、あの男の人は助かる事が出来たのだろうか。


 済みません舞さん。僕を襲った男性の容態はどうなのか聞いていただけませんか。


 そうか、夕貴がどうなるか、その人の今後の状況で変わってくるんだね。


「そう、入間君を襲った患者の状態はどうなのです?」


「入間君を襲った患者さんは逆に伊勢君に暴行を受け重傷で、現在集中治療室に入っています。容態はどの程度なのか、それは私にもまだ解りません。彼はこれまでは問題行動など起こした事の無い良心的な患者さんでした、それだけに予想が出来なかった。今回は私達の不手際な所が大きい、伊勢君にはこれ以上無理を懸けない形に収めようと善処しています。しかし、今後事態がどう転んだとしても伊勢君に対しての強制的な拘束は免れないでしょう」


 どうか、その患者さんには助かって欲しい。でなければ僕は間に合わなかった事になってしまう。伊勢君にこれ以上負担をかける訳にはいかないんだ。僕がそう考えていると、内と外で交互に声が響いた。

 あたし達が知らない間に大変な事になっていたんだね。那世ちゃんの身体、それに拘束だなんて夕貴、大丈夫かな。今度はあたし達がお見舞いに行かなきゃ。


「二人の様子を見に行く事は可能?」


「鳳さん、心配な事は解りますが私も立場を押してここまでお話したんです。素直に検査を受けて下さいませんか。貴方こそまだ完治したと解った訳ではないんですよ。危険な状態であるのは貴方も同じなんです。さあ、行きましょう。その後の事は全て検査が終わってからにすべきです」


 どうやら、これ以上他の事を聞き出す事は無理の様。仕方ない、検査を受けるしかないみたい。


 そうだね。あたし達はもうあんな事にならないって解っているけど、それを外の世界に伝える事は出来ないもの。そう言う所が不便だよ。


「解りました、受けるので案内をお願いします」


「済みません、私も申し訳ないとは思うのです、ですがこれは貴方だけの問題では有りません。彼らの為にもまずは鳳さんが良好であると解った上で、戻ってあげる事が必要なのですから」


 さて、それじゃもう目を開いて良いよ。検査や診断は別に那世ちゃんが付き合う必要もないし。


 それよりも、那世様、わたくしは、もし戻る事が、できるのならば、那世様は、御自分の、御身体に戻って、しまわれた方が、良いと思うのです。わたくしは、那世様の、御身体の、ご容態が、とても気掛かり、なのでございます。


 二人の言葉を聞いて僕は目を開く、月さんは目を閉じたままでいるけれど、陽さんは目を開いていた。


 そうだ、そうだね。あたしとしてはもう一寸一緒に居て欲しい、寂しいけどそんな事も言っていられないよね。那世ちゃんの身体の状況、解らないものね。


 そうよ、陽。月の言う通りに、入間君の意識が身体に戻れるのなら戻った方が賢明、私はそう思う。


 僕はここにいても構わないと思っていたけれど、確かに本来なら僕の精神は僕の肉体に有るべきなのだろうから戻る事を了承した。もし僕の肉体が死んでしまったら、そして同時に僕も消えてしまったら更に伊勢君に負担をかけてしまう、それは嫌だった。


 僕は陽さんに連れられて再び僕の部屋の扉の前まで戻る。


 那世ちゃんが意識を取り戻したら必ず逢いに行くよ。それにもし、またこの部屋に繋がれる状況になったならいつでもこの部屋に来て良いよ。待ってるからさ。


 私からもいつでもこちらに来て、一向に構わない。またどちらかで会いましょう。


 陽さんと舞さんが僕にそう言葉をかけてくれる。僕に対してここまで優しくしてくれる二人が、今の僕にはとても有り難く思えた。


 有り難うございます。僕からもお願いが有ります、もし僕よりも先に伊勢君に会う機会があったならば、僕の為に御免なさいと僕が言っていたという事を伝えて欲しいのです。


 もしかしたならば、このまま僕は戻れないかもしれない。そう思い、そう言葉を口にする。


 うん、解った。だけど、それは那世ちゃん自身が伝えなきゃ意味無いよ。だからさ、すぐに戻ってきて。

 僕は陽さんのその言葉を聞き、頷くとドアノブに手をかける、けれど扉は開かない。何故だろうと思って押し引きを繰り返すけれどどうにもならないほど硬く、壁とどうかしてしまっているように思えた。


 あれ? どうしたの? もしかして、開かないのかな。


 陽さんがそう言ってドアノブを回し、必死で押したり引いたりを繰り返したけれどどうにもなりそうにもなかった。


 これって一体、何が起きてるんだろ?


 僕にも解らない、僕の身体に何が起きているのだろうか。扉が違うのかと思って周りを見回すと、その扉の対面の部屋の壁に扉が出来ている事に気がついた。良く見つめてみると扉とノブの位置がこちらと全く逆になっている。僕はその扉を指差してまだ、扉と悪戦苦闘している陽さんに声をかけた。


 陽さん、あの扉は?

 

 陽さんは僕の指先に眼を向け、対面の扉を見たと思ったらすぐに僕に視線を戻す。


 別に何もないけど、どうしたの? あの扉ってなんだろう?



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