表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/21

Room15 占拠者の影響、外へと繋がる箱の狂気

「それでは、ここで一先ずお別れですね。自分と名瀬さんは内科に向かいます」


「楽しみやわ。那っちの妹の遊ちゃんか。早いとこ終わらせんと、うち聞きたい事沢山有るねん。舞っちにも会わんとあかんし。やる事沢山やわ。ほなね、みんな」


 内科に向かう名瀬さんと阿須間君と別れ、僕等三人は通い慣れ始めた精神科に向かう。歩きながら伊勢君が僕に話しかける。


「しかし、お前に妹が居るとはね。俺はお前が羨ましいよ」


「ソウデスネ、私モ一人ッ子ダッタノデ入間君ノ事ガ羨マシイデス」


 相模さんが引き続き僕にそう、言葉を投げかけた。僕はどうだろうか、遊世に支えられていた所が確かにあっただろうか、解らない。けれど、遊世だけが僕と人間らしく接していてくれていた気がする。僕にはなぜ遊世がそれ程に僕に関わろうとするのかが解らなかった。僕と関わった所で面倒なだけなのだろうから。感謝仕切れないほどの感謝はしている。それこそ遊世が居なければ僕はとっくに人間である事を諦めていたと思う。遊世のお陰で僕はあの家でも人間で居られたんだ。


「確かに、兄弟は居た方が良いのかも知れません。僕も随分遊世に救われてきました。本当は僕が遊世の事を守ってやらなければならなかったのに、僕は結局遊世のかせにしかなれなかった。だから、僕は遊世に僕の事は忘れていいからって家を出る時言ったんです。でも、こうして遊世は僕に会いに来てくれている。僕はそれが何故なのか、解らないんです」


 僕がそう言うと、伊勢君が僕の頭に手を乗せて撫でまわした。


「兄弟の血の繋がりってのはさ、以外に強固なもんだと俺は思うんだよ。お前は考えすぎなんだ。兄弟助けるのに理由なんて必要ないんだよ。でもな、俺はここに来て、ここで出会った皆の事を本物の家族以上に親密に繋がれていると思う。同じ苦しみを共有できたなら、もうそれは兄弟みたいなもんだろ? だから兄弟の那世の妹は俺にとっても妹だ。お前が守れなくても、いざという時は俺が守ってやるさ」


 相模さんは頷き、キーのタイプを始める。


「ソウデスネ。私モ皆ニ会ッテカラ随分ト気ガ楽ニナリマシタ。外ノ世界デハ私ダケガ孤立シタ異常者デシタカラ。誰カラモ避ケラレテ私カラモ話ス事ガ出来ナイ。閉鎖サレタ世界デ私ノ世界ハドンドント狭マッテ行クバカリデシタカラ。私ノ世界ヲ広ゲテクレタノハ皆デシタ。ダカラ私ハ皆ノ事ヲ本当ノ家族ダト思ッテイマス。デスカラ、私ニモ入間君サエ良ケレバ遊世チャンノ事ヲ妹扱イサセテ欲シイデス」


 僕はそれを聞き、有り難いなと思う。今まで遊世以外に親密な人との繋がりを感じた事が無かったけれど、やっと僕にもそういった繋がりが出来たのではと思えた。


「有り難うございます。遊世が望むなら、仲良くしてあげて下さい。遊世も何か困っている事が有るかも知れない。その時は何も出来ない僕の代わりに、お願いします」


 僕がそう言うと二人は頷いた。


「言われなくてもそうするつもりだ。那世は何も心配しなくていいさ」


 伊勢君はそう言って笑った。


「それよりも、三森先生のあの反応が気になるよな」


「確カニ、気ニナリマスネ。アノ反応ノ仕方ハキット何カ知シッテイルノダト思イマス」


 二人はきっと、三森先生のあの思わせぶりな発言のことに対して言っているのだろう。


「あの女の子、本当にこの病院内に居るのでしょうか?」


「解らないが。三森先生が何か知っているのは確かだ。後で聞けばいいさ。それでもしこの病院内に居る事が解ったなら、その後どうするかが問題だよな」


「ソレモ、今オ話シテモドウニモナリマセンネ」


「そうだよな、皆が揃ってから話すべきか。お、あそこにいるのは紅葉さんじゃないか?」


 その伊勢君の言葉に導かれて視線を移動させると、確かに紅葉さんの姿が見えた。精神科の前にはなぜか紅葉さんが待っている。僕等の姿を確認すると紅葉さんは僕等に向かって手を振ってこっちに来いと手招きする。


「やっと来たのかい、遅いよ君達。紅葉さん待ち疲てしまったよ。伊勢と尋にここに先に来てもらったのは他でもない、君達には時間をかけてバイタルチェックを受けて貰う必要があったからだ。先に脳波測定を終わらせてしまった方が何かと都合が良いんだよ。入間君は少し別件でね。二人はそっちの検査室に入るように。入間君は私と別の場所に移動するから」


「那世だけ別行動なんて気に入らない、と言った所で仕方ないか。紅葉さん、那世に変な事させるなよ。それにしても、また検査か。面倒だ」


 伊勢君が疲れた表情を隠しもせずにそう言い、肩を落として見せた。


「私カラモ紅葉サンニオ願イシテオキマス。私達、オ昼ニハ予定ガ有ルノデ、ソレマデニ終ワラセラレル様ニオ願イシタンデス」


「それは解っているよ。結果次第だけれどね。君達が舞に会いたがっている事は知っているからね。その辺の話は通してある、そうそう、舞の調子だが、どうやら持ち直したそうだよ。あの人格も消えて、取り敢えずは元の3人格に戻ったらしい。この分だともう少ししたら寮に戻れそうだ、紅葉さんも一安心さ。さてそれじゃ、ここで長話ししている場合では無い事は君達も承知しているよね。二人ともさあ、行った行った」


 そうか、紅葉さんはこの病院内に遊世が来ている事をまだ知らないんだ。けれど、別にそれを説明する必要も無いだろう。紅葉さんは二人の背中を軽く叩いて検査室に向かえと促すと、伊勢君は僕にまたな、と言い残し、相模さんは僕に軽く手を振ると精神科の中へと入っていった。


「さて入間君、君に残って貰ったのは他でもない、これから私と舞に会いに行って欲しいんだ。今日の検査なのだけれど、二人一組で回る事にしていてね。君は舞と二人でCTスキャンを受けて欲しい。本来ならば舞一人で精密検査をこなさなければならないのだけれど、無理を言って通してもらった。舞も不安だろう、少しでも心を許せる相手が傍に居た方が結果も良好になるのではと思ったのさ。何故君か、それは舞に聞いて欲しいな。舞が選んだのが入間君だったのだからね。二人の前で言わなかったのはきっと言ってしまえば伊勢達も会いたいと言うだろうからさ。ふふ、君は好かれているね。最初は皆に溶け込めるか心配していたけれどそんな必要は無かったようだ」


 どうやら、紅葉さん也の気遣いで舞さんは僕と検査を受けられるようだ。紅葉さんは僕の右手を握ると行こうかと僕の手を引いて歩き出した。


「あの、何故僕の手を?」


「こうして歩いた方が目立たないだろう? 君が一人で歩いていたんじゃ目立ちすぎるからね。本当ならば帽子でも被らせてあげたいのだけれど、それも規則で出来ないからね。こう見えても紅葉さんは気遣いにはちょっと煩いんだ。いつも君達を見ているからね、君達の嫌な事、好きな事に対してはある程度把握しているつもりさ。どうだい、少し惚れ直したかい?」

 

そう言われて、紅葉さんはやはり凄い人なのだと改めて知った。僕等の詳細を知って僕等を傷つけないよう、毎日接し続ける事はきっととても大変な事なのだろう。


「僕は紅葉さんにはとても感謝しています。これからもよろしくお願いします」


 僕は思った通りの事を素直に紅葉さんに伝えた。


「改めてそう言われると照れるね。しかし、質問に対して答えが逸らされている気がするな。でも、悪い気持ちにはならない、か。紅葉さんはその言葉だけで当分は頑張る事が出来る気がするよ。ありがとう」


 本来ならば僕が礼を言わなければならないのに逆に言われてしまった。僕と紅葉さんは精神科の前の廊下を歩く、精神科だからだろうか、廊下には観葉植物が並べられていて、窓には青いフィルムが張り付けられていてた。太陽の光がフィルムを通して青い光に変えられ、廊下を照らしていた。何人かの患者や看護師とすれ違った後、目の前に精神科の診察室の表示が見え始める、以前梓先生の問診を受けた所みたいだ。そこから表情が虚ろな大人の男が診察室から廊下へと出てくる。あの人も僕等の様にどこか精神を病んでいるのだろうか、そう思っていると、その男が僕を見た瞬間、表情を変えて僕の元に走り寄って来た。


 紅葉さんが口を出して制止する。


「どうされたんですか? この子に何か?」


 その制止を振り切り紅葉さんを押しのけると、その男は僕に向かって叫んだ。


「やっと見つけた、お前だ! お前さえ居なければやっと眠れる、お前さえ居なければ!」


 男は僕の顔めがけて拳を振り上げた。気がついた時、僕は先程立っていた位置よりも数メートル後まで飛ばされていた。後から僕は僕自身が殴られたんだと気がついた。唇が切れたのか口元を手で拭うと僕の手に血がついた。僕の血だ、これを見るのは久しぶりだった。やはり、僕は昔のままだ、痛みはあまり感じない。ただ僕が何故殴られたのか、その疑問が僕の頭の中に浮ぶ、それだけだった。


 呆然としている紅葉さんが僕を見て立ち上がり、すぐに男にしがみついた。


「やめろ、貴方は何をしているのか解っているのか! 無力な者に手をあげる事に何か意味が有るのか! まだ子供なんだぞ、誰か、誰か止めてくれ。こいつを止めて!」


 男は紅葉さんを殴り飛ばし、僕までの距離を一歩一歩詰めてきた。僕はただその様子を見ていた。



「逃げるんだ! 入間君、逃げて」


 紅葉さんの言葉が僕の耳を抜けて行く。僕は何故か動く事が出来なかった。僕は舞さんの言葉を思い出していた。心のそこで消えたいと願っていたから部屋に亀裂が出来た、そう言っていた舞さんの言葉を。消えたいと思っていたのは何も舞さんだけじゃない。僕もそう思っていたんだ、そして今もまだ、どこかでそう思っている。


 男が僕に迫り、僕の首を両手で掴んで持ち上げる。僕は息が出来ない、突然の事なのだけれど、何故か僕はとても冷静で居られた。僕はこのまま死んでしまうのか、なんだかあっけ無いななんて思っていた。周りの看護師や紅葉さんが慌てて男を僕から引き剥がそうとするけれど力で叶わないのかどうにも出来ずに居た。紅葉さんの右頬が既に赤く腫上りはじめている。僕の為に済みません、そんな考えがよぎる。


「何故だ、何故私に救えない。また目の前にいて救えないの? 何のために私はここに居るんだ。離せ、離せよ、お願いだからその子を離して、殺さないで」


 紅葉さんの声が僕に届く、このままでいいのだろうか、このまま皆を残して終わっていいのだろうか、でも、もう少し頑張りたい、もう少し皆と生きて生きたい。僕の中で突然閃き、湧き出した感情が僕の腕を動かし、男の指のうちの一本を引き剥がす、それを僕の口元まで運ぶと思い切り噛み付いた。僕の中のどこからそんな力が沸いてきたのか解らない。けれどその力で男は怯んだみたいだ。両手は外れて僕を下に落とした。僕の口の中に男の爪が僅かに残っている、それを噛んだまま僕は全力で男に背を向けて走った。


 走る僕を呆然と見守る周りの人達、検査室の扉が開き、そこから騒ぎを聞きつけたのか、伊勢君と相模さん、医師の先生の姿が現れた。僕の視界はその瞬間回転し、天井と床を繰り返し映し出す。どうやら背中を蹴られたみたいだ、仰向けに倒れた僕はもう、起き上がれなかった。ごめん、皆。僕は頑張ったけれどここまでみたいです。でも僕は少しでも生にしがみつく事が出来た。何故だか満たされていた。男が無事な左手で僕を掴み上げる。そうして両手で抱え上げ、肩に乗せると僕の顔を窓に向けた。僕の顔がガラスに写りこんだ。顔中切り傷と痣が出来ている僕。青いフィルムのせいで僕の髪は青色に見えた。


「離せ! そいつは俺の大切な家族だ。離さないと俺は、俺は」


 その声は、伊勢君だろうか。


「俺は眠りたいだけなんだ、眠りたいだけなんだよ。コイツが邪魔するんだ。俺の頭の中に入り込みやがって。この化け物が、コイツさえいなければ」


 男がそう大声で叫ぶと僕を持ったまま振りかぶり、僕をガラスに向かって投げた。迫るガラス、徐々に写りこむ僕の顔が大きくなって行く。僕は目を閉じた、死んでしまうとしてもそこまでを眼に焼き付ける必要は無いと思った。化け物、そう。僕は化け物。ありがとう、皆、少しの間だけれど楽しかった。人としてこの数日を過ごす事が出来ました。僕の体を衝撃が伝わる、そうか、僕は遂に、そう思って眼を開けると、病院の天井が変らずに見える。何故か僕は誰かの腕の中にいた。


 天井から顔に視線を移すと誰かは伊勢君だった。けれどその表情はこれまでのどの伊勢君とも違っていた。表情の欠落した顔付きはまるで僕みたいだ。瞳の中全てが黒くてまるで別人に見えた。その伊勢君が僕を床に下ろすと口を開いたまま立っている男に顔を向けて一瞬で距離を詰めた。


 僕はその動きを知っていた。それは昨日見たばかりだからだ、そうあの部屋で見た伊勢君の人形そのものの動きだ。やがて伊勢君は男の胴を蹴り飛ばす、男が倒れこむ前に拳をその顔に入れた。男の足にしがみつき、引き摺られていた紅葉さんも手を離し、呆然と伊勢君を見上げている。倒れこんだ男にまたがって、伊勢君が拳を何度も下ろし始めた。


「やめてくれ、俺が悪かった悪かったから、殺さないで」


 今度は逆に男が助けを求めている。しかし、伊勢君は男を殴り続けた。やがて、伊勢君の手が赤く染まり始めてしまう。周りの皆は硬直したまま誰も動こうとしない。


 だめだ、このままではだめだ。僕はそう思って動かない体を無理やりに動かして伊勢君の元に向かった。それを見て周りの人達も動き出す。何人かが伊勢君を止めようとするけれど、伊勢君の力は激しすぎて誰にも止められないみたいだ。腕に抱きついた大人の看護師の人の身体が、簡単に浮き上がってしまっている。


「伊勢君、もういいんです。僕はもう大丈夫ですから、それ以上はその人が、死んでしまいます。死んでしまいますよ」


 僕がそう話しかけても聞こえていないのか伊勢君は殴り続ける事を止めようとしない、制止する看護師の人達をかわして、僕はなんとか伊勢君の体にしがみついて男と伊勢君の拳の間に僕の頭を割り込ませた。僕の顔に伊勢君の拳が迫り、僕の頬に今日最大の衝撃がはしる。僕は飛ばされて男の隣に横になった。


 視界が揺れて一瞬意識が遠のく。聴覚が麻痺したのか何も聞こえない。けれどそれでも僕は起き上がり、再び伊勢君の顔を見た。ここで折れてしまったら意味が無い。僕は伊勢君を助けたかった。助けてもらうばかりでは駄目なんだ。友達ってそう言うものなのじゃないか。僕の口から血と何本かの歯が溢れだした。僕を殴る前まで男に固定されていた伊勢君の視線が僕に向けられている。やがて、伊勢君の瞳に徐々に光が戻り始めた。伊勢君今気がついたようにはっとすると、僕の元に走り寄って大声を上げた。


「俺は、俺は何をしたんだ、那世、大丈夫か。俺はお前が助けたくて、頼む、俺を許してくれ、殴るつもりは無かったんだ。俺は何て事を、何て事をした。まただ、またやってしまった、俺は、俺は」


「僕は、大丈夫、このくらい、痛くも何とも、ありません。それに、僕は死ぬ訳じゃない、伊勢、君が僕を、助けてくれたのじゃ、ないですか」


 僕がたどたどしい言葉でそう返すと、伊勢君は僕のお腹に顔を押し付けて大声で泣いた。僕には何がそれ程に悲しいのか解らなかった。けれど、これで良かったんだと思う。


 それを機会に、周りの時間が急に動き出す。伊勢君が動いてからずっと固まり続けていた紅葉さんと相模さんが僕達の元に駆け寄り、看護師の人達は男の元に向かった。二人ともとても顔色が悪く見える、僕よりも二人とも自身の事を心配すべきだ。


「済まない、本当に。私は何の役にも立てなかった。私があの時彼を止めていたら誰も傷つかずに済んだのに。それよりも君は、君は大丈夫なのかい?」


「ヒドイ、ヒドイヨ。コンナニナッテシマッテ。見テイラレナイデス。現実ノ私ハ無力、ソレガ凄ク解ッテシマイマシタ。ゴメンナサイ、入間君」


 急に意識がぼんやりとしてきていた。緊張が切れたのかもしれない。二人の言葉が遠くに聞こえる。僕は伊勢君の頭を僕にしてくれたように手を置いて撫でまわした。僕は大丈夫、きっと大丈夫です。


「僕は、大丈夫、だいじょうぶで、す」


 視界が隅から暗くなってゆく。僕の意識が切れるまでの僅かの間に、伊勢君が僕を見て頭を抱え、言葉にならない声を上げている姿が瞳に映った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ