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ポンニチ怪談

ポンニチ怪談 その9 ある冬の夜の出来事

作者: 天城冴

クリスマスの夜、人生に疲れ切ったカズオは廃墟となった高級ホテルにたどり着いた。ここで人生を終わらせよう、どうせならば憧れのあの部屋で、と、最上階のスィートルームにまで登ってみると、そこには…。

コンビニを出ると、白い息が出た。カズオは楽し気な音楽が聞こえる街中とは反対の方向に歩き出した。住宅街を通り過ぎ、次第に街灯の明かりが少なくなっていく。

「ここだな」

たどり着いたのは、廃墟となっていたホテル。都心に近い割には自然豊かな場所にたち、部屋から見える景色もきれいと評判だったところだ。

「古いホテルには幽霊が出るっていうけど、今時分肝試しに来る奴もいないだろう」

一人、つぶやきながら、玄関から入れる場所をさがす。バブル期には華やかにライトアップされ、豪華にみえる装飾を照らしていたのだろうが、今は電球も取り外され、色とりどりの装飾は剥げかけてくすんでいる。重々しいドアは壊れかけ、隙間が空いていた。

「なんとか、開くかな」

木製のドアを押し上げ、中に入る。

「はあ、はあ、やっぱり暗いな」

持ってきた懐中電灯をつける。LEDの白い光が周囲を照らす。

床には埃がたまり、調度品は壊れているか、取り除かれ、ホールは閑散としていた。それでも、正面の階段と踊り場のステンドグラスはまだ壊れていないようだ。

 薄汚れた赤いカーペットを踏みしめながらカズオは踊り場まで登った。外からの明かりで浮かび上がるステンドグラスの模様を眺めながらつぶやく。

「ここでいいかな」

しゃがみこんでコンビニで買った袋を開く。小さめのワインの瓶と切れたチーズ入りの袋を取り出した。

「これ飲んで、ここで眠ってしまえば…いいかな」

屋内とはいえ、暖房のない建物の中はかなり寒い。今朝の天気予報では今年最強クラスの寒波だそうだ。セーターと安物のダウンのジャケットを着込んだだけの服装で、今夜を無事に過ごすことはできないかもしれない。だが

「このままだと凍え死ぬかもな」

すぐに死ななくても肺炎になるかもしれない。病院で治療を受けたりしなければ、やがて死ぬだろう。

「できれば、クリスマスに凍死ってほうが恰好つくかな、まあ、年末年始に発見でもいいか」ロクなことがなかった人生に終止符を打つには、ここがよかった。かつて華やかで憧れだったホテル。大人になったらこんなところに泊まってみたい、彼女と、家族と。そんな夢は社会人になった途端に打ち砕かれた。非正規、派遣労働、ブラック企業。バブル崩壊、リーマンショックに続く不況の波、そして与党の形ばかりの好景気に打ちのめされた人生。ネットカフェに泊まる金もない。スマートフォンも今日売り払って、さっきのコンビニが人生最後の買い物だったのだ、カズオにとって。

「せめて、ここに泊まりたかったんだよな」

そうだ、一番上のロイヤルスィートにいってみようか。カズオはワインとチーズを再び袋に入れ立ち上がった。


「はあ、はあ、やっとついた。エレベーターがあればなあ」

 非常階段を探して、10階まで登ると息が切れた。幸い非常階段はしっかりとした作りだったため、ほとんど壊れた場所はない。鉄の扉を開けて、廊下に出ると、すぐに大きな扉が目に入った。

「ここか」

最上階に一室しかないロイヤルスィート。天蓋付きのダブルベットに、外国製の瀟洒な家具が置いてあったというが、

「今はどうなっているか」

カズオは扉を開けようと、ドアノブに手をかけた、と、

「誰?」

と、内側からドアが動いた。

「え?」

カズオは驚いて、後退りすると、中から若い女性が顔を覗かせた。

「あの人、じゃ、ないの?ボーイさん?」

女性は怪訝そうな顔をしてこちらを見る。カズオは驚きのあまり声もでない。

「ルームサービス?じゃなさそうね。そうだ、ねえ、あの人を探してきて。下の階で忘れ物をしたって下にいったきり帰ってこないの」

キョトンとするカズオに女性は早口で言いまくった。あっけに取られているカズオに女性はパスケースにいれた写真をみせた。鮮やかな紅葉の下で笑顔の女性とともに20代半ばぐらいの男性が写っていた。

「この人よ、お願い、私、ずっと待ってるの。あの人が帰ってこなきゃ、出られないし。もうすぐイブも終わっちゃうわ」

「は、はあ」

「お願いね」

そういって女性はドアを閉めた。

 幻覚か?カズオは目をこすった。すると、カズオの立っていたのは閑散とした廃墟ではなかった。廊下には明かりがつき、鮮やかな赤いカーペットが敷き詰められている。落ち着いた色合いの壁紙に高価な花瓶がエレベーターの横の家具の上に置かれている。花瓶には、クリスマスにふさわしく、ヒイラギや赤い木の実が活けられ、星や雪の飾りが下がっている。エレベーターのボタンがチカチカとともっている。

 まるで、昔に戻ったかのようだ。一体何がおきたのか、カズオには見当もつかなかった。

「し、下の階、って言ってたよな」

とりあえず、女性の言うとおりにしてみよう。連れの男性を探すのだ。カズオはエレベーターのボタンを押した。


「とりあえず、ここかな」

このホテルの二階がレストラン、三階以上は客室だったはずだ。男が忘れ物をしたと言っていたら、おそらく一階の玄関ロビーだろう。エレベーターのドアが開くと、まばゆい光が飛び込んできた。ロビーもかつての輝きを取り戻していた。所々にクリスマスの飾りつけがされ、目立つところに大きなツリーか飾られている。いかにも高そうなソファアが幾つも置かれ、赤と緑のクッションが置いてあった。だが、

「なんだ、誰もいない」

明るい室内のなか、人影はみえない。クリスマスソングは聞こえてくるのに、話声はまったくしない。ホテルのスタッフさえ、見当たらなかった。

「やっぱり、なにかおかしい、よな」

カズオはあたりを見回した。やはり、誰もいないのか?

「ん?」

不意に玄関のドアが開いた。

「あ、あれ」

小太りの男性が目をパチパチさせながら、入ってきた。思わず目があう。

「ここは、その、○○ホテル、だよね」

「は、はあ」

とうに廃業したが確かに○○ホテルだった、ここは。一体何といえばいいのだろう、カズオは男の顔をみながら、考えていた。すると

 この男、ひょっとして

似ているのだ、女性の探していた男性に。中年太りかふっくらとして、頭も白髪が混じっているし、顔も老けているのだが、どことなく面影がある。そうだ、バブル期に20代だとしたら、すでに50代は超えている。入ってきた男の年齢と同じぐらいになっているはずだ。

「その、ひょっとして、このホテルのロイヤルスィートに昔泊ったことがあるんですか?」

我ながら、おかしな質問だと思ったが、カズオは思わず男に聞いた。男はギョッとしたような顔をして

「ど、どうして、それを。ま、まさか、彼女は」

「はあ、その、待ってるみたいですよ」

カズオの間の抜けた返事を聞いて、男はブルブルと震えだした。

「や、やっぱり、ああ、来るんじゃなかった」

男は玄関のドアに向かおうとしたが

「だ、だめだ、足が動かない。き、君助けてくれ」

わけもわからずカズオは男の方に近寄って、男の腕をつかんだ。男の言うとおりにすべきか、女性のところに連れていくべきか迷っていると。

“来なさいな”

「わ、わわあ」

女性の声が頭に響いた。カズオは自分の意志に反して男を羽交い絞めにして、エレベーターまで引きずっていった。

「な、なにをするんだ、止めてくれ、助けてくれ」

「す、すみません、僕の意志じゃないんです!」

言いながらもカズオは男をエレベーターに押し込め、最上階のボタンを押す。まるで操り人形になったみたいだ、カズオが考えているうちにエレベーターが10階についた。逃げようとする男を引きずりながら、部屋の前まで来るとドアが開く。

「ああ、連れてきてくれたのね、ありがとう」

笑顔の女性が男の腕をとる。

「ひいいい」

男の顔が恐怖で歪んでいる。

女性は構わず男に抱きつき、

「ああ、トシオさん、待ってたのよ。私たち結婚するのよね、だからお金を預けたのよ」

あっけにとられているカズオの前で二人のやりとりは続いた。

「あ、あの、その」

「指輪は選んでくれていいって言ったわよね。ロイヤルスィートを予約してくれって。お金は後で全部僕が払う、事業が持ち直したからって」

「いや、あれは」

「大学時代から会社起こしたスゴイ人だって、皆に自慢してたわ、私。だから結婚資金にためたお金も預けたのよ、それなのに」

「わ、悪かった。その、土地も株もあんなに暴落するとは思わなかったんだ」

「バブルがはじけたせい?それなら、なんで言ってくれなかったの、私、待ってたのに」

「す、すまない。会社を立て直したかったんだ、手をひろげすぎて、その。結局リーマンショックとかもあったし、増税とか、それで」

「ダメだったんでしょ。最初からそうだったんでしょ。私みたいにお金を出してくれる人がいなきゃダメなのよね」

「いや、ちがう、キミエとのことなら、その、友人の勧めで。カヤコは、その会社の経理やっていてくれたものだから、それで」

「キミエ?カヤコ?まだまだいるんでしょう?見掛け倒しの貴方に騙された人は。でも、私が最初の女」

「そ、そんなつもりじゃなかったんだ。き、君にとって、きれいな思い出のままで別れた方がいいと思って」

「お金も返さないのに?途中で嘘ついて帰って?」

「は、はっきり言わないほうが、き、傷つかないと」

「それで、それっきり。私がどうなったかも気にしなかった」

カズオは不意に思い出した、このホテルの廃業のきっかけを

「男に騙されて、うかれて高価な指輪を選んで最上階の部屋をとったのに、一人で取り残されて。恥ずかしくて、情けなくて、それで、死んじゃったの、私」

「ま、まさか、そんなことで。それに俺とのことが原因なんて」

「だって、ホテルに迷惑をかけるわけにいかなかったし。だから部屋に帰ったあとで死んだのよ」

そうだ、最初はただの自殺と思われたが、遺書もなく、貯金が直前に引き下ろされていたことから話題になったのだ。調べていくうちにロイヤルスィートを予約したカップルの片割れとわかり、週刊誌にも記事がのった。不幸を呼ぶホテルか?などと噂するものもいた。不景気もあったが、そのせいで評判が落ちたのだと、ホテルの支配人がテレビで言っていた。

「それでも、忘れられないから、待ってたの。貴方もどうせ、そろそろこっちに来るんでしょう」

「や、やめてくれ。確かに不景気に増税で事業はたたんだが、お、俺はまだ、なんとか」

「また、人を騙していくつもりなの?そんなのだめよ、許さない」

女性は一層強く男を抱きしめた。

「ぐふ」

息も苦しいのか、男は手をバタバタさせた。カズオの方に必死に顔を向け、目で助けを求めるが、カズオのほうも全く動けない。まるで金縛りにあったようだ。

「ふふふ、今度こそ、一緒になりましょう」

女性は男を抱えたまま、窓の方に近づいていく。

「ひいい」

窓の側までいくと

バン

と窓がひとりでに開いた。冬の凍るような風が吹き込んでくる。

「さあ、逝きましょう」

女性はそういうなり、窓から飛び降りた。

「うわあああぁぁ」

男の悲鳴が一瞬して

ドサッ

と、地面にぶつかる音がした。その途端、金縛りがとけた。

「ふう、ふう」

カズオは窓まで、何とかたどり着き、下をみた。

「あ、れ?」

駐車場だったところに落ちたはずの二人の死体は…なかった。いつの間にか振り出した雪が、ひび割れたコンクリートの上に積もっていく。

「なんだったんだ、一体」

カズオは思わず、座り込んだ。気が付くと部屋の中は廃墟に戻っていた。薄暗い部屋のなか、天蓋付きのベッドの柱は腐りかけ、カーテンは破れ、布団から綿がはみ出ていた。他にも運び出せなかった家具や調度品が部屋に散らばっていた。埃の被ったテーブルの上にはカズオのもってきた明かりがつけっぱなしの懐中電灯とコンビニの袋がのっている。

「夢でもみたのかな」

とりあえず、飲むか。クッションの壊れた椅子に座ってテーブルの上の袋をさぐると、固い小さなものが二つ入っていた。懐中電灯で照らしてみると

「なんだ、これ?」

それは二つの指輪だった。金の台座にカットされた透明な宝石指輪。たぶんダイヤモンドだろう、台座にも緑のエメラルドがちりばめられている。

「まさか、この指輪は」

あの二人の婚約指輪、なのか。

“ありがとう、お駄賃よ”

どこからか女性の声が聞こえた。カズオは思わず窓をみた。だがガラス越しにチラチラと白い雪が見えるばかりで、人影も人の声すらしなかった。


クリスマスらしく?美しくまとめてみましたが、死体の行方がどうしても気になるという方は、感想欄にその旨お書きください。

最初のバージョンのエンディングを返信させていただきます。

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