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白百合の花を摘めたなら  作者: 鴨ミール
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1話 綾と優香

 天峰 綾。

 テストの結果を張り出した白い紙。その左上の頂点に、私の名前はあった。ほっと胸をなでおろした私は、

誰にも見えないように胸の前で小さく握り拳をつくる。

「天峰さん、また一位だよ」

「うわー本当、すごいねえ」

 どこか薄情な感嘆の声と、遠慮のない羨望のまなざしが、私の背中に突き刺さる。

 私は曖昧な笑顔を浮かべてそれらを抜き取ると、次の授業がある教室へ足を向けた。

 窓に映った昼下がりの景色は、目はなんともないのにモノクロだった。

 すごい、か。何も知らないくせに。

 先ほどのことを思い出すと、自然と胸の内にそんな言葉が浮かんだが、私はそれを口に出さず、ただ枯れ花色のため息をつくのみだった。

 その時。

「あっ」

 小さな声と共に、曲がり角の向こう側から、紙の束が飛び出した。バサバサと音を立てて床に落ちたプリント達は、床に白と黒のまだら模様の花を咲かせていく。それらを追いかけるようにして、声の主であるよく見知った顔の女子が現れた。

「日向さん」

 私が声をかけると、彼女ーー日向優香はプリントを拾う手を止めてこちらを向いた。動きに合わせて、彼女の黒髪のおさげがふわりと揺れる。日向さんは私に気づくと、陽だまりのような優しい笑みを浮かべて口を開いた。その瞬間、私の心は歓喜で震えて、さっきまでモノクロだった世界は優しく色づいていく。

「天峰さん。こんにちは」

「こんにちは。大丈夫?」

 喜びを悟られないようにしながら、私はにこやかに笑い返す。私はスカートが汚れないようにしてから、床のプリントに手を伸ばす。

「悪いよ」

「いいのよ、二人のほうが早いでしょ?」

 嘘だ。プリント拾いなんて口実で、本当は少しでも日向さんのそばにいたかった。偽善からでもないただの私情から出た言葉。

 だというのに日向さんは申し訳なく思ったのか、ちいさくごめんねというとプリント拾いを続ける。優しすぎる日向さんに、私の胸がチクリと痛む。これは今日のお茶をいつもよりおいしく淹れることでお詫びしよう。胸の内でそう決める。

 そんな私の決意からほどなくして、紙の花が廊下からすべて回収された。

 日向さんは可愛らしい小さな手でまごつきながらもどうにかプリントをまとめると、やわらかい笑顔をこちらに向けて歩いてきた。

 石鹸の優しい香りが、私の鼻をふわりとくすぐる。

「天峰さん、本当にごめんね」

「困ったときはお互い様よ」

「なら、今度天峰さんが困ったときは、私が助けるね」

 日向さんの眩しい笑顔に、私の心はまたしても痛む。

「ええ、お願いするわ」

 日向さんと一緒にいられる口実が一つ増えたことに、私の心は躍った。

「じゃあ、また後でね」

 日向さんはそういうと、プリントを抱きかかえながら立ち去ろうとする。

 しまった。日向さんが行ってしまう。

 焦燥感に駆られた私は、つい手を伸ばして。衝動のままに飛び出したそれは、日向さんの制服の袖を小さくつかんで立ち止まった。

「……? 天峰さん?」

 日向さんの困惑を含んだ小動物のようなクリっとした瞳が、私の顔を映し出す。

 やってしまった。

 そんなところにあるわけないのに言い訳を求めて視線を宙に漂わせた私は、どうにか言葉を紡ぐ。

「えっと、あの、きょ、今日はクッキーを用意しているから」

 私は馬鹿だ。その時になって言えばいいような、取るに足らない退屈な話題。その奥に潜む思いを見透かされてしまいそうで、私は熱を帯びた顔をそらした。

「クッキーかあ、楽しみにしてるね」

 よかった。どうやら日向さんに見透かされてはいないようだ。胸の内でほっと溜息をつくと、私は取り繕った笑みを浮かべた。その時、授業開始五分前を知らせるチャイムが響き渡った。

「わっ、もう行かないと。天峰さん、また後でね」

「ええ、また後で」

 日向さんは私に背中を向けると、とてとてと歩いていく。その小さな背中は、人の波に飛び込んでいくと、やがて消えていった。

 それと同時に、私の世界は再びモノトーンへと回帰する。

「また後で、か」

 私は日向さんと重なった言葉を、小さく繰り返す。

 また後で。日常の中で使われる、なんでもない言葉。

 だというのに、私の心はそれを繰り返す度温かく躍る。

 緩む顔をどうにか抑えながら、私は廊下を歩きだす。

 歩みがとても軽いのは、きっと気のせいではないだろう。

百合の日ということでこの一話を投稿しました。そこそこ続くと思います。多分。そして前作「あなたとわたし、いつまでも」を読んでいただいた方々、ありがとうございます。閲覧数一桁で終わると思っていましたのでとても驚きでした。いずれそちらの続きも書きたいものです。それでは。*この作品は他サイト様にも掲載しております。

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