オータム・エレジー
君のことを、僕は美しいと思っていた。
それは君がどんな姿になっても変わらない、普遍的なものだと思っていた。
どんな姿でも君は美しく、どんな姿でも君に似合うと思っていた。
だから僕は、自分の胸に去来した感情が、気持ち悪くて仕方なかったんだ。
長編ハイファンタジー小説『制約の魔法使い』もご一読ください。
凝った設定と世界観、読み応えのある文章が見所です。
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ーー美しい髪の毛と言われた時に思い浮かべるのは、風に舞う艶やかな姿であって、切り落とされた残骸のことではないだろう。
それはきっと、誰しもが無意識に、美しさとは生あるもののことで、死したものに抱くのは寂寞感や嫌悪感だということを知っているのだろう。
だから僕は、君の艶やかな黒髪を見る度に、風にそよぐ春の青葉を思い浮かべるのだ。青々と茂った葉を風が撫ぜ、心地よい葉擦れの音色が来たる芽吹きの季節を告げるあの青々しさは、生の尊さと生命力を感じさせ、果てない高揚感を僕に齎すのだ。
君の黒い長髪は、そんな躍動感や高揚感を感じさせるほど美しいものだった。
枝毛も脱色もない、細部まで手入れの行き届いた髪の放つ光沢は、妖しさすら感じさせるほど綺麗で、見る者をうっとりさせる。
君という人物の美しさを、髪という肉体への付属物が際立たせているようだった。元々美しい君の姿を、スポットライトのように照らし出してくれる存在なんだと、僕はそう思っていた。
「ねぇ見て、髪型変えてみたの。どう? 似合う?」
だからあの日。赤や黄色に色づいた紅葉が風に揺られるあの日、気分転換といって髪を切った君を見た時、僕はひどくがっかりしたんだ。
「あぁ、うん、似合うと思うよ」
それはちょうど、乾いた落ち葉が土の上で腐り、その短い命を終えようとする時の儚さや空虚さに似ていた。
ーー君の美しさはあの日死んだ。あの長い髪とともに、君という人は死んだんだ。
そしてはっきり理解した。
君という人間の美しさなんて、簡単に失われてしまうほど脆いものだったんだと。
人々が口にする「美しさ」なんて、秋の紅葉のようにすぐに散ってしまうものなんだと。
美しさとは、無謬であること。