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就職氷河期のララバイ  作者: 塩見義弘
9/15

第八話 彼は弱者なのか?

「もうすぐ仕事が終わった藤田と石井も来るから、適当な居酒屋にでも行くか」


「そうだな」


「あとは……来れる奴は来るはず」


 私と友人は、久しぶりの休みだったので昼間から酒を飲むという身代を潰しそうなことをしていたが、その日の夜も集まれるメンバーで飲み会が行われた。

 みんな安月給を自覚している身なので、私の家の近所にある居酒屋チェーン店での飲み会だ。

 

「思ったよりも集まったな」


「よう」


「えっ? 軽部か?」


 まさか、昼間話題になった軽部がいるとは思わなかった。

 それにしても太ったな。

 体重は百キロを超えていそうだ。

 なるほど、貧困者ほど安価な油分と炭水化物の過剰摂取で肥満になりやすいというのは本当なんだな。

 

「こういう時じゃないと、ビールなんて飲めないからな」


「発泡酒ってことか? もしくは、第三のビール」


「そんな贅沢品。焼酎を割って飲むのが精々だ」


 焼酎とはいっても、あのよく安売りしている甲種焼酎のことであろう。

 スーパー勤めのため、簡単にそういう予想はついた。

 四リットル入りのペットボトルがよく安売りされ、なんというかそういう層の人たちが買っていくのだ。

 特売品にして売り切れると、とにかく柄のそう悪い層から怒鳴られるのだ。


 そこに所属しているであろう軽部からしたら、今日はちゃんとビールを飲める大きなチャンスというわけだ。

 その年齢にそぐわない太鼓腹を見るに、家族のためにも少しは節制した方がいいような気もするが……。

  

「生ビール! 大ジョッキで!」


 合計六名となって始まった飲み会であるが、アラサー男子の酒の席での話題なんてそれほどあるわけではない。

 仕事の話、彼女がいる奴はその人の話。

 これは夜から参加した石井だけであったが、彼は同じ会社の同僚とつき合っているそうで、そろそろ結婚したいなんて話になっていた。


「羨ましい限りだな」


「スーパーなんて、女性の方が多いだろう?」


「みんな妻子持ちだけどな」


 人妻パートさんと不倫なんてして、先日みたいなとばっちりは勘弁だ。

 あのお馴染み高尾店長がかなり前にパートさんと不倫していた件で店に旦那が怒鳴り込んできて、なぜか私が対応する羽目になったのだ。

 本人がいないと話にならないので今いる○○店に電話してどうするのか聞いてみたところ、『お前が相手しろ!』と逆ギレされて電話を切られてしまった。


 自分が不倫しておいて、不倫相手の旦那が店に押しかけているのに、この無責任な態度。

 このくらいクズでなければ、色々な女性とはつき合えないのであろう。

 そして彼のとばっちりを受ける、彼女すらいない私。

 この世は不公平で理不尽にできている。


「すげえ話だな」


 この地方ではホワイトな会社に勤めている石井は、スーパー業界のモラルのなさに衝撃を受けていた。

 もしかしたら大手などは違うかもしれないが、中小はなあ……というわけだ。

 こう言うと、『偏見だ!』と言われるかもしれないけど。

 うちの会社の話を聞くとみんな驚くのだが、私はもう完全にマヒしているのでなんとも思わなくなっていた。


「奥さんを、スーパーのパートにやらない方がいいかも」


 これは、流通・飲食業ではよくある話だと聞いていた。

 勿論全部がそうというわけではなく、比較的多いかなという話だ。

 ブラックな待遇で働いていると、どうしても手短なところで安価に済ませようという、生物の本能が出てくるのだ。


「お前もそうなのか?」


「まさか」


 高尾店長だが、私に逆ギレして逃げられるはずがない。

 旦那だってガキの使いではないのだ。

 すぐに弁護士から電話が行って、慰謝料について話し合いをするそうだ。

 どうして私がそんなことを知っているのかというと、高尾店長からまた電話があったからだ。

 その時に、私の対応が悪いと嫌味を言われたけど。


「凄い奴だな」


「元々そういう人だから」


 この件のあと、大塚店長からも電話があって、彼は高尾店長の過去を教えてくれた。

 元々かなり有名なデパートに勤めていてかなり出世していたそうだが、とにかく救いようがない女好きで、遂に元いたデパートから放逐されたそうだ。

 それでうちの会社に転職しても、彼の女好きは止まらなかったというわけだ。


 本社の婚約者がいた女性社員、店のパートさん複数、客の女性にも手を出したことがあるらしい。

 その悪行が祟って、もうすぐうちの会社からも放逐されるそうだ。

 社長も、ついに我慢の限界だったらしい。

 この件に関してだけは、私も社長の判断に賛成だ。

 どうせいても働かないからな。


「お前の会社、そんなのしかいないの?」


「なんと言ったらいいのか……」


 優秀な人もいるんだが、とにかくなにか脛に傷がある人が多いのだ。

 特に年配者が。

 うちの会社は、そういう人の足元を見て安く雇っているのだから当然とも言えたが。


「その気はないけど、全員に声をかければ一人くらいは余裕でいけるだろうね」


 女性側も、特にパートさんは、結婚してから大分月日も経って新婚夫婦のようにはいかず、パートに出るのだって要は旦那の稼ぎが悪いからだ。

 たまに暇潰しできている人もいたが、またそういう人も不倫しやすい傾向にある。


 今時、不倫なんて訴えられるリスク満載なんだが、どうも不倫の高揚感はそういう危機感を覆い隠してしまうようだ。

 実際、私なんてなんら女性を褒めるような言動をしていないのに、複数のパートさんから『休みに二人で遊びに行きましょう』と誘われたことがある。


 私でもこうなのだから、不倫が横行して当然というわけだ。


「石井も気をつけるんだな」


「うちのは子供ができるまで共稼ぎにして、そのあとは会社に復帰できるそうだ。彼女は資格持ちで、会社も産休が終わったら復帰してほしいんだと」


「へえ」


 こんな不景気な世の中でも、やはり資格持ちは強いんだな。

 うちのパートさんによると、日本の女性は結婚や出産でリタイアすると、結婚前の学歴、経歴がすべて無駄になるそうだから。

 かなりいい大学を出て、優良企業に勤めていた人でも、うちでパートさんをやっている人はいた。

 配偶者控除の枠内、百三万円以内の稼ぎにしたいのでパートさんをしている人も多かったけど、正社員になりたくて面接を受けたけど、受からなくてとりあえずパートで稼いでいるという人もいた。


 出産と育児で数年抜けると戦力扱いされないとは、日本の企業はおかしいと思うが、現状私たちにも碌な仕事がないからな。

 進学、新卒入社のルートを外れた者には容赦なく厳しいのが日本の社会というわけだ。


 残っているのは、私が働いているようなブラック企業しかない。


「女は、子供を産んで家のことをしていればいいんだ!」


 『ドスン!』と、テーブルの上に中身を飲み干したグラスを置きながら、突然軽部が話に割り込んできた。


「結婚当初、俺の妻もパートに出たいと言っていたが、やはりやらせなくて正解だな」


「そうなんだ」


 軽部の奥さん、パートに出ようとしたことがあったのか。

 今は子供が五人いて、六人目を妊娠中なので不可能だろうが。


「女が働くと生意気になる」


 おいおい。

 お前は一体いつの時代の人間だよ。

 しかも、若い方の世代のくせに……。


「古くより、日本は夫が一家の大黒柱として働き、妻は家を支えながら子供を産んで育てる。これが崩れたから、日本は駄目になったんだ!」


 いきなり随分なご高説だが、奥さんが働きたいと言ったのは軽部がいつまでもフリーターで将来が心配だったからであろう。

 結婚しても不安定なフリーターのままで、安定した就職先を探す努力をしない。

 それでいて、自分は好きな車と大型バイクを所持してしまう。

 維持費だけでも大分家計に負担を与えているはずで、それでも軽部が働かないから、奥さんはそういう風に考えたのであろう。


「石井も、その奥さんになる人にはあらかじめガツンと〆ておいた方がいいぞ。結婚生活は最初が肝心だからな。必ず夫の方が優先権を握るのが大切なんだ」


「はあ……」


 そう言いながら、お替わりの生ビールを美味しそうに飲み干す軽部。

 酔っ払ったからなのか、初めからこういう性格だったのか。

 私も含めてみんな、彼を別世界の生き物のように見ていた。


「お前らはみんな独身だからな。わからないだろうから、俺が教えてやる」


 段々とわかってきた。

 正直なところ、今の軽部は奥さんと五人の子供を抱えているのにフリーターで、きっと他の人たちからも色々と言われているはずだ。

 無責任にも程があると。

 子供の親、夫としてもっとしっかりしろと。


 今の軽部に褒める部分がないので仕方がないと思うが、彼は今日の飲み会の参加者の中で、自分だけが妻子持ちであることに優越感を感じ、もうすぐ結婚するといった石井にアドバイスをしたのだと思う。


 とはいえ、今の軽部のアドバイスなんて役に立つはずがない。

 こいつは立場の弱い奥さんに威張り、子供を作るしか能がないのだから。


「軽部も、もうそろそろ子供にも金がかかるようになるから、安定した仕事を探すのもアリなんじゃないか?」


 今夜の飲み会の参加者の一人である藤田は、あくまでも親切心から軽部に忠告したはずである。

 ところが、その発言を聞いた軽部は、まるで湯沸かし機のように激高した。


「はあ? 気楽な一人者が、生意気にも一家の大黒柱をしている俺に意見か? いいか! 俺には子供が五人、もうすぐ六人だ! この少子高齢化の日本において、俺ほど国家に貢献している者はいない。お前らは俺を敬うべきなんだ!」


 急に国家への貢献とか、軽部のキャラに似合わないことを言い始めたが、こいついつの間に右翼になったんだ?

 

「それは大変だと思うが、子供が多ければ金がかかるだろう。小さい内はいいが、大きくなれば学費とかもかかる。高校、大学とな」


「ふんっ、高校? 大学? そんなところに行かせるつもりはないぞ。俺は高校を中退したが、ちゃんと一家を養っている。子供たちも中学を出たら働けばいいんだ」


 と、ドヤ顔で言い放ちながら、軽部は生ビールの入った大ジョッキを一気に飲み干した。

 

「お替わり!」


 そして、すかさず生ビールのお替りを頼む。

 というかこいつ、何杯目だ?


「今時、最低でも高校くらいは出さないと就職先がないだろう」


 軽部と同じくフリーターならいいが、安定した職を目指すのであれば高校くらいは出ていないとな。

 

「そんな金はない」


「それをなんとかするのが親の仕事だろう。軽部の両親だって、お前は高校を辞めてしまったけど、お兄さんたちや弟さんは、ちゃんと大学に行かせているし」


「そんなところを出ると碌な人間にならない。テレビのワイドショーを見ろよ。政治家に官僚。あいつらは、東大を出ていてもあの様じゃないか」


 さらにドヤ顔になる軽部。

 さすが、高校中退は伊達ではないな。

 そんなわけのわからない理論で、子供たちを進学させないというのだから。


 確かに汚職や不祥事で批判される東大卒はいるが、大半の人はちゃんとした仕事に就いていい収入を得ているはずだ。

 学歴があった方が、将来安定した仕事に就ける可能性が高いからこそ、金持ちほど子供に教育を施すのだから。


「育ててやった恩もあるからな。早めに仕送りしてもらわないと」


「はあ? 仕送り?」


「子供たちが中学卒業と同時に就職して仕送りすれば、俺は五十前で働かなくてすむようになる。人生左団扇だな。あははっ、ビールお替り」


 なるほど、それはいいアイデア……のわけないが、軽部だけは会心の人生設計だと思っているようだ。

 正直なところ、私は軽部が同じ人間には見えなかった。


「中学卒業で働かせるよりも、高校か大学を出た方が収入も上がりやすいと思うけど」


 私は、見たこともない軽部の子供たちに少しでも応援になればいいと、子供には教育を与えた方がいいと意見した。

 学校に行っている間はお金がかるだけだが、卒業していいところに就職できれば、子供たちの生活も豊かになりやすいと。


「バーーーカ! 二十二歳から働くよりも、十五歳から働いた方が収入が多いに決まっているだろうが」


「いや、平均収入が全然違うから、七年の差なんてすぐに追い抜かれるぞ」


 軽部は、中卒と大卒の平均年収の差について知らないのか?

 確かに中卒の方が七年早く働けるが、その程度の年数差なんてあっという間に追い抜かれてしまうのだから。


「それで、お前らのようなウダツの上がらない、結婚もできないクソリーマンになるのか?」


「おい! さすがにそれは言い過ぎだろう!」


 完全に唯我独尊で、おかしな自説を曲げない軽部に対し、石井はキレてしまったようだ。


「お前が他人にどうこう言える立場にいるのか? もうすぐ三十で子供が五人いるのにフリーターで、しかも周囲がいくら言っても安定した職に就かず、それでいてスポーツタイプの車と大型バイクを児童手当で維持している。お前、近所の噂とか聞かないのか? 子供を作るしか能がないパープリンだって。どうせその内、生活保護になるってな」


「石井ぃーーー!」


「みんなすまんな。俺がこんなバカにも声をかけてしまったばかりに。今のお前がしなければいけないことは、すぐに正社員の職を探す。正社員じゃなくても、今よりは収入が多い職に就くことだ。家族も乗せられないスポーツタイプの車や大型のバイクなんていらないし、バイト先なんて自転車で行けるだろうが。お前の今の収入で車やバイクなんて贅沢品だ。税金や車検代、ガソリン代だってあるのに。お前が独り者なら、そんな生活をしても構わないが、一家の大黒柱なんだから家族に対して義務があるだろうが」


 そういえば、どうして軽部がここに顔を出したのだと思ったら、石井が呼び寄せていたのか。

 自分が呼んだ奴が、大酒を煽りながら自分勝手な俺様論を語っているのだから、石井が責任を感じても不思議ではないか。

 

「バカとはなんだ! 俺はお前らのような気楽な独り者とは違ってだな!」


「俺たちが気楽な独り者? 偉そうに! 俺たちはみんなそれぞれ大変な思いをしながら正社員で働いているんだ! お前のようにすぐに『疲れた』、『具合が悪い』と言って仕事をサボったりしていない! 聞いたぞ! お前はアルバイト先の若い学生たちにまでバカにされているそうだな」


「そうなのか? 石井」


「当たり前だろう? 藤田。結婚して子供が五人もいるアラサーが、週に三十時間くらいしか働いていないんだから。軽部のバイト先は時給がいいから、苦学生とかも睡眠時間を削って働いていたりする。そんな彼らが軽部を見てどう思うか」


 私は普段忙しくて家には寝に戻る生活だが、ちゃんとしたところに勤めている石井は、軽部に関する様々な噂を知っているようだ。

 フリーターが悪いとは言わない。

 私だって、いつそうなるかわからないのだから。

 石井が問題にしているのは、軽部が既婚者で、無責任に子供を沢山作ったのに、夫や父親としての義務をちゃんと果たしていないからであろう。

 軽部のアルバイト先は時給がよく、だから彼はそこにアルバイト先を変えたわけだが、当然時給が高い分仕事は大変だと想像がつく。

 

 そのせいか、軽部はすぐに体調不良と称して仕事を休んだり、早退してしまうことが多いそうだ。

 自宅から自転車でも通える職場にわざわざスポーツタイプの車で通勤して、よく年下のアルバイトに対して偉そうに、自分がいかに一家の大黒柱として苦労しているか。

 お前らのような気楽な独り者とは違うのだ、と言い放つらしい。

 今の軽部が、苦学生ながらも大学に行き、将来の就職に関しても希望がある彼らに対して、そのくらいしか威張ることがないとも言える。


 ところが実際には、家には常にお金がなくてピーピーで、奥さんは苦労して家計をやり繰りしているのに、軽部本人は自分の好きな車と大型バイクを意地でも手放さない。


 その件が原因なのか、軽部一家が住む公営団地内では毎日のように行われる夫婦喧嘩は有名で、軽部のいい加減さ、奥さんへの同情で、その評判は最悪だそうだ。


 必ず本人がいないところではバカにされ、時には面と向かって批判される。

 しかも、その批判は的外れではないのだ。 

 当然本人はストレスも溜まるし、その裏返しで今のような態度を取っている可能性が高かった。

 だが、私は軽部に同情しない。

 なぜなら、今の軽部の状況は軽部自身が選択したものだからだ。

 『つまらない』などという漠然とした理由で高校を中退した時から。


 大好きなバイクショップで働き、そこで彼女もできて結婚もできた。

 短絡的に楽しいことを追及した結果が今の軽部なわけだが、それでもこう言うと嫉妬と思われるかもしれないが、彼は碌な収入もないのに大好きな車と大型バイクを維持し、酒を我慢せずに飲みまくって肥え太り、やりたい時に避妊もせず奥さんとやって子供を増やし欲望のままに生きている。


 一見彼は今の社会の被害者に見えるが、実は一番の被害者は彼の奥さんと子供たちであろう。

 軽部に言わせれば、自分は社会に搾取されていると言うかもしれないが、実は軽部も奥さんと子供たちから搾取している、さらにこれからも搾取する予定なのだ。


「年下のせくに、俺に敬意を払わないガキどもなんてどうでもいいんだ!」


 そりゃあ、アルバイト先の苦学生たちも、軽部に敬意なんて払わないだろうな。

 年上に敬意を払えと、最近の年寄りたちがよく言うが、果たして彼らが尊敬されるに値する老人なのかは、その人次第であろう。

 少なくとも、今の軽部が年下の同僚たちから尊敬を受けるとは思わない。


 それに、今は高齢化の時代だ。

 年寄りが多すぎて、いちいち敬意を払っていたらキリがないとも言える。

 経済は需要と供給で成り立っており、多過ぎる年寄りには希少性がなくて、一人当たりの年寄りが受ける敬意が非常に少なくなっていると思われる。


「まあ、落ち着け。今日は喧嘩をする席ではないだろう」


 かなり険悪な空気となり、今日の主席は個室で行われているというわけではないので、私たちは他の客や店員さんの注目を集める存在となってしまった。

 そこで、慌てて友人が軽部と石井の間に入ったというわけだ。


 それに、私たちとて軽部がいい加減な生活を送っていても、彼の被害を受けた奥さんと子供たちが不幸でも、どうでもいいとも言えた。

 どうでもいいは言い方が悪いか。

 関われるほど、自分たちに余裕がないの方が正しいと思う。


 よくワイドショーなどでは、こういう境遇の女性と子供たちに対し、自称知識人が同情して『行政の支援を!』とか言っているが、では彼がその番組終了後、その女性と子供たちが行政的な支援を受けられるよう、積極的に動いているところを見たことがない。


 その時だけ綺麗事を言うのが仕事とまでは思わないが、私は無責任な言うだけの善意ほど、この世に存在して害悪なものはないと思っている。

 なぜなら、時にそれが本当に困っている人にドドメを刺してしまうかもしれないからだ。


「俺は不愉快になった! 帰る!」


 軽部は、もうこれで何杯目になるかわからない大ジョッキを空にすると、そのまま足早に店を出てしまった。

 酒の席で、事実とはいえあれだけ言われればな……。


「なあ、軽部に同情なんてするなよ」


「同情はしていないけど……」


 他人もいる場所で、事実とはいえ批判してしまったのは少し悪かったかなと思う程度の気持ちはあった。


「やっぱり気がついていないな」


「なにを気がついていないんだ?」


「軽部、お代は払っていないぞ」


「ああっ!」


 そういえば、今日の飲み会は割り勘と決まっていたはず。

 当然軽部もそれを了承して石井の誘いを受けたはずだが、肝心の彼は怒って席を立ってしまったというわけだ。

 

「この短時間に、一人で生ビールの大ジョッキを八杯って……熟練の技のような気がしてきた」


 料理もガバガバ食べていたので、軽部の分だけでえらい金額になっていたが、私たちは仕方なしに普段よりも高めの会計を支払ったのであった。

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