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就職氷河期のララバイ  作者: 塩見義弘
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第五話 人は残らないのが普通

「はあ? 辞める前に有給を全部使いたいだと? ふざけたことを言うな!」




 色々あって数日で店長が交代になったが、新しい店長が来ても状況が改善したかと言われると疑問だ。

 元々こんな感じの会社なので、これより状況は悪化しないとも言えたが。


 殴られた木崎君の件は、会社の顧問弁護士氏が動いてうやむやというか、治療費と慰謝料くらいで終わったようだ。

 ちょっと殴られて口を切ったくらい、日本でもよくあること……という風に考えてしまう私は、もう底辺階層の人間なのかもしれない。


 それと、やはり木崎君は転職先が決まったそうだ。

 退職する一か月前に辞職の意志を会社側に伝え、残っている有給をすべて使うと宣言して終わり……いや、それで終わるのなら、うちはブラック企業ではないと思う。


 今、本社から人事部長が来て木崎君を怒鳴りつけていた。

 辞めるのはともかく、有給を全部使うなんてあり得ないというわけだ。

 世間的に見ると人事部長の方があり得ないのだが、この会社では木崎君の方があり得ない。

 まさに、ブラック企業あるあるなのである。

 というか、先日の件もあるのにあえて平時に乱を作っていく人事部長の剛腕。

 ある意味衝撃的でもある。

 藪を突くことになるので、辞職前の有給消化くらい素直に認めればいいのに……ああそうか! 

 もう和解して治療費とか支払っているから……当然会社が出すのではなくて、大塚店長が支払ったのだけど……もう先日の件では会社を追及できないと踏んでの正常運転なのか。


 このくらいじゃないと、この会社に二十年もいられないというわけだな。

 ましてや彼は、人事部長なのだから。


「有給の消化は当然の権利ですけど」


「俺が駄目と言ったら駄目なんだ!」


 そこになんら根拠はなく、ただ自分が駄目だと決めたから。

 その後ろに、社長の陰が見えたとしても。

 心が強いというか、そこまでして会社のために尽くしてなにかいいことでもあるのかな?


「二日間だけ認めてやる!」


「全部使いますよ」


「駄目だ!」


 お互いがまったく主張を譲らない、平行線の状態。

 どうなるのかすべてを見届ける時間は私にはなかった。

 あとで木崎君から聞くとしよう。


「色々と検討したのだけど、この店は人件費が高い! あなたは戦力だと思えないので明日から来なくていいから」


 そして、大塚店長と交代になった菅谷店長。

 一見普通の人に見えるが、会社の命令でよく採算が悪い店舗に飛ばされると聞いていて、今その理由を納得した。

 この人はコストカッターで、新しい店舗に行く度にいらないパートさんやアルバイトを切るというのをよくしていたそうだ。

 そのいらないの根拠は、菅谷店長の心の中にあるので私にはまだよくわからないけど。


 例えパートやアルバイトでも、法では解雇一か月前の通告が義務づけられているのに、そんなものは無視して『明日から来るな』と言えてしまうのが凄いと思う。

 労働基準監督署にチクられないのかとか、私はそういう心配をしてしまうのだが、菅谷店長はそんなことは気にしない。

 会社はそういう部分を重宝しているのかもしれないが、この会社で重宝される人材って、基本的に人間としてなにか欠けているのだと思う。

 

 もしくは、この会社にいるうちにそうなってしまった?

 いや、元からその資質があるからこそ、この生き馬の目を抜くようなこの会社で店長になれたとも言えるか。

 私もあと数年ここにいると、菅谷店長のように割り切れる人間になれるのか?

 

 もう一つ、自分の手を汚してまでそこまでする必要性もないというか、一か月前に言えばいいんじゃあ……とやはり私は思ってしまうのだが、実は彼は、そうやってパートさんやアルバイトを切るのが楽しい人なのかもしれない。


「須藤と高橋を切るから、二人の分の発注はお前が担当ね。ちゃんとやり方を聞いとけよ」


 菅谷店長はそう言い残すと、自分は事務所に戻ってしまった。

 そこには、平行線を辿る議論を繰り返す人事部長と木崎君がいるけどね。


 残された私も、いきなりクビにされて明日から来なくていいと言われたパートさん二人から、仕事の引き継ぎをしなければいけないのだが。

 これなら、高尾店長や大塚店長の方がマシだったかもしれない。


「須藤さん、高橋さん、申し訳ないです」


「仕方がないわよ」


「次のあてはあるから問題ないわ」

 

 いきなりクビにされた件を、二人はあまり気にしていないようだ。


「そうなのですか?」


「噂でね。ここはそういうことがよくあるって。近くの〇オンならすぐに入れるから問題ないわ」


「実は前から、そこでパートしている人に人が足りないから来ないって言われていたのよ」


「向こうの方が待遇もいいしね」


「交替で土日も休めるし、有給もあるから」


 大手のスーパーは、待遇がいいからな。

 発注もシステム化していて、うちみたいにわざわざ取引先に電話しなくてもいいのだから。

 時給も向こうの方が圧倒的に上だ。


「まったくの初めてだっけ?」


「いえ、入ったばかりの時にはやっていましたよ」


 中小のスーパーの店員はいつ人がいなくなるかもしれないので、なんでもひと通りできなければ駄目で、入社直後に発注を教えてもらっていた。

 

「前の〇〇店とは一部仕入れ先が違うので、そこの発注日に注意するくらいですか」


「それなら話が早いわ」


「それにしても、この店も前途多難よね」


「ええ……」

 

 この店は前途多難であろうが、会社はどうだろうか? 

 ブラック企業は、ゴキブリ並みにしぶとく早々潰れないからだ。


「木崎君と本社の人ってどうなったのかしら?」


「うーーー、どうでしょうか?」


 あそこに菅谷店長が参加してどうなのるのか。

 ほぼ100パーセント、碌なことにならないとみんなで思っていたが、意外にも木崎君の有給消化は認められた。


「あの野郎! ユニオンにチクリやがって!」


 翌日から、有給消化に入った木崎君は会社に来なくなり、菅谷店長は一人不機嫌だった。

 事情を聞いてみると、木崎君は念のためユニオンに相談していたらしい。

 昨日、人事部長が残った有給を全部使わせないと意地を張っていたら、木崎君がユニオンに電話して、電話口で法規違反なので出ることろに出ると言ったら認めたそうだ。


 人事部長の強気は、あくまでもこの会社の中だけのこと。

 いざ外部から強く言われると、意外と弱かったといわけだ。

 ブラック企業にはこういう人が多いらしいけど。


「佐藤人事部長もクビだけどな」


「えっ? 二十年もこの会社にいてですか?」


 その前に、人事部長でその身を汚してまで会社に貢献していた人事部長がクビ?


「役割を果てせなかったんだから仕方がないだろう」


 あんな奴、クビになって当然だと言わんばかりの菅谷店長。

 ようは、木崎君の件で不始末が多く、社長の逆鱗に触れてクビになったそうだ。

 人事部長のこの会社における二十年というのは、つまりその程度のことらしい。


 真の理由を邪推してみると、二十年もいれば人件費が上がって邪魔ってこともあるのか。

 この会社の人事部長がどの程度の年収かは知らないけど、過去にはクビにしたい社員を脅し、無理やり辞職届を書かせたとか、辞めさせたい社員を毎月転勤させて交通費を支給しなかったとか、『法律? なにそれ美味しいの?』を実践していた人事部長は、遂に利用価値がなくなって社長からクビを切られたわけだ。


 利用するだけ利用して、利用価値がなくなったので切り捨てる。

 まるで漫画やアニメのラスボスだな。


「次の人事部長って誰なんです?」


「いないって。社長が直接決めるからって」


「そうなんですか……」


 そういえば、最近どの店も売り上げ、利益が前年比割れだと聞くし、木崎君のこともあったけど、人件費削減のためなんだろうなと思う。

 彼の件は、体よく社長に利用されたわけだ。


「うちも相変わらずだな」

 

 まるで他人のように笑いながら話す菅谷店長を見て、内心ぞっとする私。

 果たして、私もいつまでここに残れるのか?

 その前に転職したいけど。




「うちの会社もなにしてるんだか……」


 木崎君が正式に辞職したその日、菅谷店長は一人愚痴っていた。

 なんでも、うちの会社は遂にどこの大学からも相手にされなくなったようで、新卒はもう入ってこないそうだ。

 二人入れて、二人とも一年保たなかった。

 というか、私がこの会社に入ってから、木崎君が一番長保ちしていたという事実から見ても、我が社の外部からの評価はお察しというわけだ。


「つまり、これからは中途で入れると?」


「いや、うちの会社がそんな金出すわけないじゃないか」


 二週間ほどつき合ってみてわかったことだが、普段の菅谷店長は比較的まともだ。 

 この会社の批判も普通にしているし、ただ人を切る時に冷静に処理できるだけ?

 色々と感覚がマヒしているのかもしれないか。

 

 遂に我が社も、これまでの悪行のせいで新卒を入れられなくなったらしい。

 一回だけしか入れていないけど。

 当然といえばそれまでだが、では求人広告でも出して中途で人を取るのかといえば、それも経費がかかって嫌なので、ハローワークに求人を出すそうだ。

 ハローワークは、無料で求人が出せるからであろう。


 そこからどんな人が来るのかは……今は考えないでおこう。


「うちは、新しい人が入ってくるのですか?」


「必要ないだろう」


 そりゃあ、あんたはな。

 私は、木崎君の分と須藤さん、高橋さんの分の仕事もやっていて忙しいのだから。

 菅谷店長は、自分が忙しくなければそれで問題ないらしい。

 さすがはこの会社で店長になっただけあって、どこか人間として大切な部分が欠けているような気がして、私は彼が少し怖かった。

 これなら、ある意味わかりやすい大塚店長の方がマシであろう。


「また新しい店を作るみたいだけど」


「それ、大丈夫なんですか?」


「さあ? でも社長の決定だから」


 人が足りないと思うのだが……。

 うちの会社は社長のワンマンなので、新しく店を出すと言えばすぐに出すし、閉店すると言えばすぐに閉店してしまう。

 数ヵ月スパンで必要な社員の数が増減するので、足りなくなれば取り、逆に余ればすぐにクビにしてしまうのだ。

 そんなことをしているから……社長からすれば別に不都合はないのか。

 スーパーの店員なんて、正直な話誰にでもできるのだから。


 そして翌日、なぜかうちの店に、昨日は来ないと言っていた中途採用の社員がやってきた。

 正確には、三ヵ月の試用期間が終わってからの正社員雇用であったが。


「あの、これはどういう?」


「新店舗の店長はベテランから回すとして、その下に研修した新入りと、もう一人慣れた奴を入れる計画なんだよ。それで、従来の店舗に今日から入る新入りたちを入れるわけだ」


 相変わらずの、いきなりの玉突き人事。

 というか、この状況だと私がその新店舗に出向く必要があるのか。

 えっ?

 ということは、この新入りさんが、今私が持っている仕事のすべてを引き継ぐと?

 いやいやいや、それはいくらなんでも……。

 きっと菅谷店長も一部を引き受けてくれる……わけがなかった。


「あのぉ、いきなり新入りさんに四人分の発注作業、売り上げ管理、アルバイトさんとパートさんの労務管理、店内での作業は難しいかなと……」


 さっきちょっと新入りさんと話してみたけど、前職は製造業だそうで、未経験者にいきなりそんな量の仕事を押しつけるのは無理である。

 経験がないから、本当に一から教えなければいけないのだから。


「なんとかやってくれ」


 いや、あんたはそれでいいだろうけど……本当はよくないし、色々と不都合が出るけど、きっと菅谷店長は気にしないんだとうなと思う。

 気にしないから、私が持っている仕事の一部を自分が引き受けるなんてこともしないだろう。


「私の転勤っていつなのです?」


 その前に、新店がどこなのかも聞いていない。

 大まかな場所は聞いて、次の新店が○○店なのは知っているけど、具体的な場所がわからないのだ。

 場所がわからなければ、どうやって行くのかも調べようがないじゃないか。


「三日後だって」


「店の場所は?」


「さあ? 私も詳しい場所までは知らないけど」


「はあ……」


 私は、慌てて本社に電話をして新店の場所を聞き、ネットから地図を出して印刷。

 さらに、自宅からの路線経路と交通費を計算して、明日は店に本社の人が来ると聞いていたので、交通費請求の書類を届けてもらおうと決めた。


 普通これは店長の仕事なんだが、菅谷店長はコストカッターである。

 交通費の請求なんて、まずやってくれないのだ。

 しかし、その私の事前準備は午後になるとすべて無駄になっていた。


「輪島さん、戻ってこないな……」


 ハローワーク経由で入社した輪島さんであったが、午前中にこれから三日間で覚えてもらう業務内容を説明したら、お昼休みで店を出たあと戻ってこなかった。

 どうしてそんなキツイ業務内容を彼に教えたのかというと、どうせ菅谷店長は手伝ってくれないから、嘘をついても仕方がないと思ったからだ。

 

 決して、私がなんとか転勤を阻止しようと、わざと厳しい仕事内容を教えたからではない。

 だって、本当に三日間で引き継いでもらわないと、店舗運営に不都合が出てしまうからだ。

 実際、私は殊更仕事内容を厳しく伝えたりはしていない。

 本当に覚えてもらわなければ駄目なので、真実を伝えただけなのだから。


「転勤は中止ね」


「はあ……」


 さすがに、正社員が店長一人だけだと大変というか不可能だからであろう。

 自分は苦労したくない菅谷店長は、本社にかけ合ったようだ。

 この人、入社直後は本社にいたようで、本社に知り合いが多くて少し融通が利くそうだ。

 

「他の店で研修すると言っていた新入りさんたちはどうなったのですか?」


「ほぼ全滅だってさ」


 どうせ余れば切ればいいの精神なので、うちの会社はハローワーク経由で五人採用したそうだ。

 ところが、入社一時間で一人、午前中に一人、昼食後に一人、今日はもう来ない一人と。

 あと一人しか残っていないそうだ。


 さすがは、我が社としか言いようがない。


「新店、大丈夫ですか?」


「なんとかするんじゃないの?」


 自分は関係ないと言ったばかりの態度で、菅谷店長は俺の問いに軽く答えた。

 確かに、現状で利益がある方のこの店から社員を移動させるのは危険か。


「うちの会社がよくやる方法があるから」


「よくやる方法ですか?」


「まずは、アルバイト、パートで募集して、仕事やらせてマシな奴に社員登用を持ちかけるという」


 よくある手と言えばそれまでか。

 変に反論して、『じゃあ、お前が行けよ!』って言われるのも嫌だし。

 新店に転勤になると、通勤時間が伸びて睡眠時間が減るからなぁ……。


「一人残っていますしね」


 と、私がそう言ってフラグを立てたからなのか。

 最後の生き残りの一人も、三日間でうちの会社から逃げ出してしまったそうだ。

 うちの会社ってそんなに酷いのか……。

 段々と、感覚が麻痺してきたような気がする。

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