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就職氷河期のララバイ  作者: 塩見義弘
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第四話 大塚店長VS新入社員

「じゃあ、俺は飲み会に行くからな」


「わかりました」


「本当は、お前も誘いたいんだけどな」


「お気遣いは無用ですよ」




 大塚店長は、高尾店長に比べるとよく働いた。

 これだけ働けば、若くして店長になっても不思議はないというわけだ。

 ただ、気に入られている年配の店長たちから飲み会に呼ばれると、すぐに退勤してしまう。

 あとはアルバイトでもできる仕事ばかりなので問題ないし、大塚店長は酒絡みだと問題が多い人だ。

 わざわざ地雷源に飛び込みたいと思うほど、私はマゾではない。

 それに、友人たちと飲むのならいいが、会社の人たちと飲んでもなと思う。

 こういう風に言うと、『サラリーマンはノミニケーションが大切なんだ!』とキレる年配者が多いけど、四六時中顔を突き合わせている人とまた飲んで、なにが楽しいというのか。

 

 それに、どうせその場にいない人の悪口が主流だからな。

 普段顔を合わせている時は仲良さそうに話をしている人の悪口を言って、自分の方が優秀だと盛り上がる。

 前に一度だけつき合わされたことがあるが、正直辟易した。

 同じ勤め先である以上、私は会社の同僚とは知人以上になれるはずがないと思っているし、実際に普段は仲が良さげでも、その人がいなければこの様だ。


 それと、あんたが偉そうに同僚をあげつらっていた件だが、あんたはそれ以上のミスをしているじゃないか。

 こういう会社で偉そうに人のミスをあげつらう奴は、自分のミスにはとても寛容だ。

 あっ、バカだから気がついていないのかも。

 その自分への寛容さの十分の一でも他人に回せたら、あんたは偉大な宗教指導者になれるかもしれない。


「発注した特売品のチェックが終わりました」


「ありがとう、木崎君。今回は大丈夫だった?」


「はい。というか、あの人は頭がおかしいですよね? 爺さん連中も」


 友人の結婚式に出られなかった件。

 インフルエンザにかかったのに、危うく休めなかった件。

 挙句に、その休みで有給を消化しようとしたら怒られた件。


 これらの件で木崎君はすっかりやる気をなくし、今は空いている時間に転職活動をしているそうだ。

 私にはそう教えてくれた。

 大塚店長に言うと色々と面倒なので、私から次が決まるまでは言わない方がいいと忠告したけど。


 新卒で見事なブラック企業を引き当てた木崎君からすればこの会社は悪だが、大塚店長はこの会社に正社員にしてもらい、若くして店長にもなれたのだ。

 彼はこの会社に感謝しているので、もうすぐ入社一年ほどの木崎君がこの会社を辞めると聞けば、きっと激怒するはず。


 そうなるとお互いが不幸なので、私は転職先が決まるまでは静かにと彼に言っていた。


「そういえば、木崎君と一緒に入った人は?」


 実は、一回も顔を合わせたこともないし、名前も知らんかったのだ。


「彼ですか? 僕はあまり仲良くないんですけど、噂では実家に帰って心療内科に通っているとか」


「それは大変だね」


 新卒でいきなりこの会社だと、色々と精神に負担が大きいのかもしれない。

 木崎君は、それでもメンタルが強くてよかった。


「彼の場合、なかなか就職先が見つからず、大学側の勧めでここに入社したそうですが、その頃からちょっとメンタルがやられていたそうで」


 就職氷河期である今、それほど知名度がない大学からホワイトな会社の正社員になるのは難しいというわけか。 

 大学側も就職率を上げたいものだから、この会社から求人を碌に吟味しないで引き受けたのであろう。

 大学のパンフレットには、就職率は書いてあっても、卒業後三年以内の離職率とかは書いてないからな。

 フリーターになっても就職扱いにして、就職率の数字を上げようとするする大学もあるそうで、そういうものにまで注意しなければいけない、今の若い人たちは大変だなと思ってしまった。


「若くして出世できる、店長になれるって就職希望者には説明していましたけど、ここで店長になってもですよね」


「まあね」


 とは言いつつ、実は私も次の次くらいの店長候補であった。

 この会社、どういう経路で何歳の人が入っても、実は所属日数が昇進の目安だったりする。

 大塚店長のように、会社への過剰な忠誠心溢れる極一部の例外を除いてだ。

 ただ、このスーパーで若い社員が店長になっても碌なことがない。

 なぜなら、まず店長として派遣されるのは条件の悪いお店であった。


 うちはワンマンゆえに、社長が店を閉める言えば、本当にすぐに閉店してしまう。

 すぐに店長ではなくなるケースも多かった。

 次に、うちは平社員にはみなしで残業代が少し出るが、店長になれば店長手当が一~二万円だけ出て終わりである。


 店長は部下の休みを優先するので休めないケースも多く……基本的に人手不足の店に回されるので休めなくなるが……店長になると、かえって今でも少ない休みと給料が減るという残酷な現実もあった。

 実際、今の私よりも安い給料で働いている店長も少なくない。


 みなしでも、残業代が出るだけ私の方がマシなのだ。

 サービス残業の時間……計算したくないな。


「それに、あの人たちおかしいですよ。『俺たちはサラリーマンじゃねえ!』って、みんな口癖のように。毎月給料を貰っているのなら、それはサラリーマンなんじゃないですか?」


 この件は、私もおかしいとは思っている。

 実際に、何人もの年配の店長たちと、大塚店長からも聞いたな。

 店長なので自分が店のことを全部取り仕切っているような錯覚を覚えるのだろうけど、自分で金を出して経営しているわけではない。

 会社から給料が出ている時点でスーパーの店長もサラリーマンであったが、はっきり言ってその待遇はサラリーマン以下なので、あえてサラリーマンを下に見て自分の心を慰めている……守っているのであろう。


 はっきり言って、年配の店長たちの収入は労働力にまったく合っているとは思わなかった。

 とにかく休みが少ないのだ。

 中には、元旦以外全休しない店長だっていると聞いていたのだから。


 そんな連中に気に入られている大塚店長が、同年代の店長が三日間休んだ件で騒ぐのは、これは不思議ではないのだと、私はある意味納得していた。

 休まない自慢はおっさん特有のものだと思っていたが、若い層にも一定数存在する。

 自分を苦行に追いやり、それに耐える自分を自画自賛し、その苦行から逃れた者を怠け者だと罵倒する。


 日本において、ブラック企業は永遠になくならないかもしれないと思ってしまう瞬間であった。


「僕は頑張って次の転職先を見つけますよ」


「そうだね、それがいいよ」


 私も、どこかに転職しようかな。

 そう思わずにいられない。

 木崎君に比べると、年齢の点では圧倒的に不利……というほど年は離れていないのだけど。

 そしてそれから数日後、再び嵐が訪れた。


「てめえよう! 俺の顔に泥を塗ってんじゃねえよ!」


「はあ? これは正当な権利でしょう? 本社が呼び寄せているんだから!」


「そんなことをしてる奴はいねえんだよ! ましてや、新入社員のくせによ!」


 店内でパートさんに作業を指示しつつ、自分も特売品のトイレットペーパーを売り場に積んでいたら、突然事務所から大塚店長の怒鳴り声が聞こえてきた。

 さらに、今日は珍しく木崎君も反論している。


「行った方がよくないかしら?」


「ですね……」


 パートさんに止めに入った方がいいと言われ、私は急ぎ事務所へと向かった。

 すると、激怒した大塚店長が木崎君の胸倉を掴んでいるところであった。

 正確に言うなれば、いい年をした大人が他人の胸倉を掴むのは暴行罪だと思うのだが、うちの会社に場合、それは大げさすぎる判断ということになる。

 という考えが即座に出てくるあたり、私もこの会社に毒されたのかもしれない。


「大塚店長、どうかしましたか?」


「このガキ! 会社に交通費を請求しようとしやがったんだ!」


「交通費ですか?」


「毎月の会議の交通費だよ!」


 ブラック企業は、総じて会議が大好きである。

 うちの会社もその法則から漏れず、毎月、店長が出席する店長会議と、各店舗の社員が一人参加する食品担当者会議があった。

 それは本社で行われるのだが、当然私も参加したことがある。

 店長は毎月だが、社員は誰か一人なので順番といった感じだ。

 会議は夜行われるので、それに間に合うように店を出て電車に乗って本社へと向かう。


 唯一の救いは、本社が駅の近くにあることだな。

 まあ、会議とはいっても本命は店長会議だ。

 それにしても、売り上げが落ちれば本社の役員から文句を言われ。

 利益率が落ちれば文句を言われ。

 どうすれば売り上げが上がるかと、クドクドと聞かれる精神的に苦痛な時間だ。


 どうしてそれが私にもわかるのかって?

 それは、実は食品担当者会議でも同じようなことが行われるからだ。

 同じような会議を二度してどうなるのかという意見もあるが、私たちもいつ店長になるかもしれないので、ということのようだ。

 正直なところ、その会議がどう役に立つのか。

 優秀ではない私には、まだよくわからなかったが。


 そんなわけで、今は二ヵ月に一度本社に呼び出されるわけだが、本社までの交通費を経費として請求するのはタブーであった。

 暗黙の了解というか、それとなく『請求するのは駄目だよ』と言われるわけだ。


 そんな大した額ではないので、私は気にしないことにしていたが、木崎君はかかった交通費を請求しようと事務所で書類を書き始め、それを大塚店長に見られたというわけだ。

 そして、大塚店長が激怒したと。


 本社に請求するのは自由だが、その件で本社から『社員の教育不足だ!』と怒られるのは大塚店長だから怒ったというわけだ。

 なんとも言いようがない悲しい現実というか……。


「木崎君も知らなかったのだと思います」


「てめえ! 教えてなかったのかよ!」


 標的が私に変わった。

 というか、この慣習……というのも変か……入社直後に教わるから、私は木崎君も研修先で聞いていたと思っていたのだ。

 それに、今までは請求していなかったし。


「社命で本社に呼ばれたのですから、経費を請求するのは正しいと思います」


 堂々とした口調で大塚店長に反論する木崎君。

 転職先の目途がついたのかな?


「そんな理屈は、うちの会社には通用しないんだよ! てめえ、ぶち殺すぞ!」


 いい大人が、『ぶち殺す』はよくない。

 そんなことは常識……常識なんだけど、残念ながらこの会社ではそれは常識ではないというか……さすがに、他の店の店長も怒鳴るまではいっても、人の胸倉掴んで『ぶち殺す』は、いないと思いたい。


 絶対にそうだと言えないのが、この会社の悲しいところであったが。


「大体てめえはよ! 有給の件もそうだ! 調子に乗ってるんじゃねぞ!」


「調子に乗っているとか乗っていないではなくて、有給の件は労働基準法で認められていることですし、交通費の経費請求も常識の話でしょう?」


「ふんっ! てめえはバカかよ! そんなもの、日本の中小企業が律儀に守っているわけねえだろうが! そんなもの守っていたら会社が潰れるんだよ!」


 さすがに、それはないと思う。

 世の中には、ちゃんとそういうものを守って利益を上げている会社も多い。

 勿論中小企業のかなりの部分がうちの会社と似たようなものかもしれないが……そんな考え方、そういうホワイトな会社に入れない時点で意味ないか。


 大塚店長も、この会社で正社員にしてもらったり、この前に飲酒ひき逃げ運転は、まともな会社なら致命傷だ。

 それでもクビにならないし、店長に昇格できる時点でこの会社はブラックなのだと思う。


「僕はなにを言われても、経費請求の書類を出しますけどね」


「バーーーカ! 誰が認めるか」


「いや、実はもう先に書類を書いて栗原部長に渡しましたけどね」


 各店舗から、記載した書類をどうやって本社に出すか。

 うちの会社の場合、伝票などは定期的に店を見に来る本社の部長だのバイヤーに預けてしまう。

 昨日も栗原部長という人が来ていたのだが、もうとっくにその人に渡してしまったようだ。

 つまり今書類を書いていたのは、完全なるダミー。

 大塚店長は、木崎君にコケにされたとも言える。


 木崎君、どうやら次が決まったようでよかったけど、他の店長ならともかく大塚店長を挑発するのはよくないと思う。

 彼は私みたいな普通系ではなく、学生時代はいわゆるヤンキー気質な人だったのだから。


「てめえ! 許さねえぞ!」


 大塚店長は、木崎君の胸倉を掴む手をさらに高くした。

 一方、木崎君の方は涼しい顔のままだ。


「いい年をした大人が、人を殴るのですか? 大体、そんな行為は犯罪……」


 木崎君はそれ以上なにも言えなかった。

 なぜなら、大塚店長はそういう行為を躊躇しない人だからだ。

 彼は大塚店長の一撃で吹き飛び、私は慌てて間に割って止めに入る。


「大塚さん! 落ち着いて!」


「止めるな! ボケ!」


 大塚店長による二発目の拳は、私の右頬にヒットした。

 まさか、この年で人に殴られるなんて……なんて言っていられない。

 どうにか大塚店長を止めたが、そのあとのことはあまり語りたくないというか、詳細な事情がどうなったのかは、私にもわからなかった。

 大塚店長は、他の店に店長として転勤となり、代わりに大塚店長の転勤先の店長がこの店の店長になることになった。


 どうして大塚店長がクビにならないかって?

 それは、この会社がブラック企業だからだと思うな。

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