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就職氷河期のララバイ  作者: 塩見義弘
3/15

第二話 不幸な新入社員

「はい……高尾店長ですか。どうかしましたか?」


 朝の五時、あと一時間眠れたはずなのに、枕元にあった携帯電話の着信音で叩き起こされた。

 電話に出ると高尾店長からで、用件は今から急ぎ○○店に行くという内容であった。


「大塚さんの店ですよね?」


 彼はまだ店長ではないが、次に店長になると言われているので、その店では主力扱いだった。

 あの店の店長も動かない人だが、大塚さんがいれば問題ないのでは?


「その大塚が捕まったからな」


「はい?」


 私は最初、高尾店長の言っていることが理解できなかった。

 捕まったとは、一体どういうことなのであろうか?


「飲酒運転でな。お前は二次会に参加していないんだっけか? 自分の店の近くで二次会やって、電車がなくなったから、そのまま駐車していた車で帰ったんだと」


 飲酒運転かぁ……。

 でも、捕まるほどのことか?


「捕まった直接の理由は、飲酒運転で人を軽くはねて逃げたかららしいけど」


「はあ……」


 ひき逃げに飲酒運転か……。

 この会社って、仕事ができるできない以前に問題児ばかりだな。

 しかも、高尾店長もそれほど驚いていないようだし。


「大丈夫なのですか?」


「大丈夫だろう。よくある話だから。大塚の奴、またかよ」


 またなのか……。

 じゃあ、驚かないよな。


「あの店、筒井さんが動かないからな。俺は応援だ」


 あんたも動かないけどな。

 0.5人分が二つで、ちょうど一人前という計算なのであろう。

 というか、自分でも二人で一人前くらいの仕事量だっていう自覚ありなのか。


「わかりました」


 どうせ私に断る権限なんてないし。

 元々私がいると高尾店長は働かないから、ほぼ同じだって考えもある。


「じゃあ、頼んだぞ」


 と、高尾店長が言ってから二週間。

 私に休みは一日もなかった。

 まだ木崎君一人に店を任せられるような状態じゃないからだ。

 少なくとも、新入社員のうちはちゃんと休みを取らせなければ。

 中途でも、入社三年目の私がそこまで気にしなければならない。

 人員の入れ替わりが激しいブラック企業の定めである。

 経験を積む以前に、段取りを覚える前に、辞める人の方が多いのだから。


「あの、高尾店長ってちゃんと働けるのですか?」


「大丈夫だと思うけどね」


 その高尾店長であるが、彼は本社に近いからと件の女性社員と不倫を楽しみ、店には正社員が二人いるので、交代でちゃんと休んだそうだ。

 休めなかった私の代休?

 そんなものがあるようなところが、ブラック企業扱いされるわけないじゃないか。


「そういえば、今年もあるんだよな。当たり前だけど……」


「なにがあるんですか?」


「社員旅行がね」


 非常に残念なことに、うちの会社には社員旅行がある。

 電車に乗って箱根にある温泉宿に一泊するだけだが、正直なところ評判はよくない。 

 なぜなら、社員旅行がある二日分。

 お休みがなくなってしまうのだから。


 ああ、そういえば私が入社した年の社員旅行の翌日、法事で有給を取った他の店の店長がクビになったな。

 その時は意味がわからなかったが、意味がわかる会社ってのはブラックじゃないから気にしない方がいい。


「僕も参加ですよね?」


「そういうことになるね」


 今時の新卒君は社員旅行なんて嫌なんだろうが、ここはこういう会社なので仕方がない。

 断ってもいいけど、それはここを辞める決意をしてからの方がいいと思う。


「木崎君は、一回目の方だね」


「はあ……」


 うちの会社の社員旅行は、二部制になっている。

 一度に社員全員で行くと店が回らないので、二回に分けて社員旅行が行われるわけだ。

 できれば一度で済ませてくれたら、私は仕事が忙しいからと断れるのに。


「こういうのは、出たくないのが心情だけどね」


「そうですね」


 古い慣習だと思うが、人間そう簡単に物事を変えられない。

 ましてや、うちは社長のワンマン会社だ。

 社長が社員旅行を廃止しない限り、必ず社員旅行は行われ、必ず正社員は参加する羽目になるというわけだ。

 いつもテレビで偉そうに改革改革言っている政治家が、いざ政権を取るとなにもできないから、人間なんてそんなものなのであろう。


 人とは、変革に弱い生き物なのである。


「あの……この日なんですけど……お休みがほしいんですよ」


「なにか用事でもあるの?」


「高校の同級生の結婚式でして」


「冠婚葬祭は仕方がないよね。わかった、本社に電話するから」


「あっ、でも僕はまだ有給がないんだった」


「その辺も聞いてみるよ」


 新卒である木崎君の、高校の頃の同級生がもう結婚するのか。

 うちの社長、若くして結婚する人が好きだから、休ませてくれると思うけど。

 私と日程を交代するだけでいいのだから。


 そう思って本社に電話すると、思わぬ事態になってしまった。


「駄目だ! そんなことくらいで、社員旅行も仕事なんだぞ!」


 社長ではなく人事部長である爺さんが、絶対に社員旅行の方に参加させろと、電話口からもでわかる大声で私を怒鳴りつけた。

 

「冠婚葬祭ですが……」


「家族ならわかるが、高校の頃の同級生だぁ? 駄目に決まっているだろうが!」


「私と日程を交代すれば問題ないかと……」


「日程を交代したら、大塚が戻って来る前に、店舗に新入社員が一人だけになるだろうが! そんなこともわからないのか!」


 そういえばそうだったな。

 というか、大塚さんは何事もなく復帰できるのか。

 示談でもしたのかな?

 

「(とはいえ、さすがにこれは駄目だろう……)親友の結婚式ですから、ここは配慮した方がいいかなと……」


「バカらしい! 友達の結婚式くらいで。それに参加できなくて不都合があるような友人なら、友人をやめてしまえ!」


 随分と斬新な意見だな。

 もしかして、人事部長には友達がいないとか?

 そんなことはないか。

 今の年齢で、友人の結婚式に参加する可能性が極端に低いというのが正しいんだろうな。


「大体、甘いのだ! いくら新入社員とはいえ! 働くということを舐めているのだ! 私なら親の葬式でも出ないで仕事をするぞ。怪我や病気で有給を取ろうとする奴も人間のクズだ! 今の若い者はそんなんだから、就職がないとか、そんな間抜けなことになるのだ! 我々の世代で、そんな甘いことを抜かす奴などいないぞ!」


 完全に発言が支離滅裂だな。

 とはいえ、彼が最近急にこうなったわけではない。

 昔からそうなんだが、これまで誰も『お前はおかしい』という事実を指摘しなかったからであろう。


「そういうお話ではなくてですね」


「認めないぞ! 俺の目が黒い内はな!」


 結局いくら言っても願いを聞き届けてもらえず、あとで私は木崎君に謝る羽目になってしまった。

 私が安請け合いしなければ……安請け合いしても、普通は問題ないんだけど。


「僕のためにすいません。人事部長に怒られてしまって……」


「そのくらいはいいけど」


 あの人はな。

 うちの会社では、ナンバー2と称されているからな。

 とはいえ、彼が本業で活躍したという話は聞かない。

 社長が速攻で店舗の閉店を決めた時こそが、彼の仕事なのだ。

 いらない社員を、自分が作ったリストラリストの順にクビにしていく。

 聞いた話では、その社員がいる店にいきなり来訪し、その社員の胸倉を掴んで『辞表をかけ!』と迫ったとか。

 交通費を支給せず、その人の住んでいる場所から一番遠い店舗に転勤させたとか。

 やっていることは完全に違法行為なんだが、彼を告発する者は出これまで出ていないそうだ。

 勤続二十年以上だから、典型的なブラック企業で社員の平均勤続年数が短いうちの会社からすれば、奇跡レベルの勤続年数だと思う。


 とはいえ、かなりギリギリの線にいるのは確かだな。

 そりゃあ、社長も気に入るだろう。

 自分の代わりに手を汚してくれるのだから。


「ここは酷い会社ですね」


「そう思ったら、木崎君はまだやり直しがきく。早めに転職するんだね」


 私も転職したいけどなぁ……。

 ここよりもマシな会社を探す時間がないんだよ。

 平日休みばかりなので、私の甘えているとうか、危機感が薄いのかもしれないけど。 


「式の方は、夜に二次会が開かれるので、そちらに参加するからいいですよ」


「すまないね、高尾店長がいれば」


「あの人、役に立つんですか?」


「あはは……」


 面倒なことが嫌いな彼は、きっと人事部長に盾突くこともしないのは確実であった。

 そんな時間があれば、出会い系サイトの返信メールに書き込む文章でも推敲しているものな。

 時おり思うこことがある。

 私もあのくらい割り切れる性格なら、もっと器用に生きられたのかもって。


「その高尾店長ですけど、いつ戻って来るのでしょうか?」


「どうだろう? 大塚さんが留置所から出て来るまでかな?」


 そんな状態で一週間ほど。

 高尾店長は○○店に応援に行ったキリであった。

 さすがにそろそろ戻って来るはず……と思ったら、本当に高尾店長が戻ってきた。


「大塚の奴、なんとか示談できたみたいだな」


「そうですか」


 高尾店長の顔を見ると、この店に戻れて嬉しいのか悲しいのかよくわからないといった表情だ。

 この店なら私と木崎君に働かせればいいのだから楽だと思うのだけど、○○店にいれば不倫相手と会いやすくはある。

 どちらにも長所と短所があるわけだ。


「社長が、顧問弁護士を出して解決させたそうだ」


 それはご愁傷様だな。

 ご愁傷様なのか?

 普通に考えればクビ……それは、よく世間様に知られた有名企業くらいか。

 うちの会社だと代わりの人材がなかなか見つからないはず。

 そりゃあ募集すれば人は集まるけど、彼らが定着する保証もない。

 それなら、大塚さんに恩を着せて安い給料で扱き使った方がいいと、社長は考えたのだろう。

 随分と世紀末的な思想だとは思うが、これが日本の中小企業の現実だ。


「ところで、木崎はいるか?」


「ええ、今店内で発注をしています」


「呼んで来い」


「はあ……」

 

 一体なんの用事なんだと思ったら、高尾店長は呼び出した木崎君に説教を始めた。

 正直、意味不明である。


「友達の結婚式だぁ? そんなもので休めるなんて甘い考えは捨てるんだな!」


 もう終わったことのはずなのに、しかもあのやる気ゼロの高尾店長が急に覚醒するとは。

 正直なところ、今覚醒してもらっても迷惑なんだが。

 というか、せっかく二人入った新入社員の一人がすでに離脱したのだから、木崎君にはなんとか残ってほしいんだけどなぁ……。

 次の転職先が決まるまでは。


 それに木崎君も、普段碌に働かない、暇があれば出会い系サイトの返信メールに書き込む文章を推敲している人に言われたくないと思う。

 こんなのでも課長で店長なのだから、うちの会社は厳しいんだか適当なのか判断に悩むところはあった。


「俺が若い頃なんて、そんなことでは休めなかったものだ。徹夜で仕事をして当たり前! 特に新入りなんて一番大変だったんだ! それをお前は!」


 本当、もう終わったことなのでやめてほしいな。

 そもそも、私には高尾店長が真面目にキビキビ働く光景が想像できなかった。

 あんたがちゃんと動くのは、女を口説く時とやる時だけだって、この前堂本さんが言っていたくらいなのだから。

 それと、どうもいわゆる団塊世代の人たちは、自分を過大評価しているよな。

 今の日本があるのは、自分たちのおかげなのだと。

 自信があるのは結構だけど、あんたらバブル崩壊時は主力でそれを立て直せなかった戦犯だから、今の日本経済はこの様なんだが。


 右肩上がりで調子いい時に働いていただけ。

 優秀な人?

 比率で言えば、どの年代でも優秀な人の割合なんてそう変わらないだろう。

 ただ団塊の世代は人数が多いから、優秀な人も多い……か?


「木崎君、もうすぐ発注の締め切り時刻じゃないかな?」


「そうでした」


 発注時刻に間に合わなかったらどうするんだよ。

 そんなこともわからないで、新入社員が友人の結婚式に出たいから休みたいと言ったら、甘いと言って説教を始める。

 わかってはいたけど、この人は本当にどうしようもないな。

 少なくとも、人に偉そうに説教できる資格がある優秀な人間のカテゴリーには入っていないであろう。


 まあ、本当に優秀な人はこんな会社に入らないけどね。

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