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就職氷河期のララバイ  作者: 塩見義弘
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第十一話 兵どもが夢の跡

「ねえ? このお米って本当に新米の新潟産コシヒカリなの?」


「はい、そうですよ」


 私は専門家ではないのでわからないが、そういう品名で米問屋から仕入れている以上、そうだとお客さんには答えるしかないわけで。

 それが真実だという保証は、私の方がしてほしいくらいであった。


「ここで買った新米、全然美味しくないのよ」


「プロの米問屋から仕入れたものですからね。嘘はないはずです」


「本当にそうかしら?」


 そんな会話をした数日後、その新米新潟産コシヒカリは、古米であることが判明した。

 どうもその米問屋から仕入れた米が不味いという意見がチラホラと上がっていて、本社で調べたら古米だったそうだ。


「そんなのわかるんですね」


「試薬があるんですよ。垂らすと米の古さが色でわかるの。品種は見た目でわかる人もいるかな? って感じですか。産地と合わせて、疑わしい時はDNA解析を頼みますね」


 新米新潟産コシヒカリが古米だった件で、例の米問屋の営業が謝りにきた。

 他にも古米を新米と偽っていたり、コシヒカリがコシヒカリでなかったり、産地を偽装していたケースもあったそうだ。

 新潟産コシヒカリでなく、実は千葉産コシヒカリだったとかなら、まだ可愛い方だったというわけだ。


「私が言うのもなんですけど、この手の偽装は比較的よくある話なんです」


 米の国産は国策で、補助金込みで一定額で買い取られる。

 消費量の減少もあって減反はしているが、それでも余ってしまうことが多いそうだ。

 そんな余った国産米が、日本全国に倉庫に有り余っているそうだ。


「ある程度古くなると、家畜の餌として安く卸してしまうんですけどね。だから今は、飼料米の方が補助金がよかったりします。それで飼料米に切り替える農家が増えているようです。生産も楽ですし」


 人間様が食べるわけではないので、それほど品質に気を使わないでもよく、兼業農家などはこちらに切り替えているそうだ。


「そんな飼料用に降ろす直前の古々米と、有名産地ではない新米を組み合わせて新潟産コシヒカリの袋に入れるというわけです。確かに気がつく人もいるのですが、そんなに多かったですか?」


 実は、米が不味いという苦情は数名のみだったそうだ。

 本社としても、念のために調べたら不正が発覚したのだと大塚店長が言っていた。


「米なんて、本当のプロじゃないと味の区別はつかないですからね。古い米は冷めていれば気がつかれるかな? 程度です。昔とは違って、今はもみ殻のまま冷蔵保存して、あとで精米しますし」


 私も、他から米の味の区別は非常に難しい。

 炊き立ては、特に区別がつきにくいと聞いたことがある。

 だから専門の人が、まるで利き酒のように味の評価をしているのだと。


 随分と他人事な営業だが、こんな木っ端スーパーで働いている私にはなんとなく彼の気持ちがわかる。

 精米や袋詰めの段階で偽装されてしまうと、営業で外に出ている彼にはわかりようがない。 

 それでいて謝るのは自分で、取引先に一番責められるのも自分だ。

 正直、やっていられない気持ちもあるのであろう。


 ただ、その態度は私もどうかと思うが、今日は大塚店長がいなからな。

 それだけは救いか。

 あの人、激高したり、酒に酔うと人を殴るのを躊躇しない部分があるので、できればこういう時にいてほしくなかったのだ。

 

「うちも色々と問題がありますけど、他社だと輸入義務があるので入ってきたアメリカの米に国産の古米を混ぜて新潟産コシヒカリとして売るとか。不景気のせいってもありますね」


 どこも有名な産地の新米を安く入れろと無茶を言ってくるので、こういう偽装が定期的に発覚するのだと、その営業は教えてくれた。

 だからといって偽装はよくないが、考えてみたら、まともな新米新潟産コシヒカリが五キロで二千円を切るわけがないのだ。


 本当にデフレ不況には困ったものである。

 

「他のスーパーで異常に安い新米を見るけど、それって?」


「断定はよくないですよ。ちゃんと泣きながら納品しているところもありますからね。そうでないところもありますけど」


 要するに、スーパーなどで売られている米がいつ栽培されたものなのかと、どの品種かは、完全に運任せの部分があるというわけか。

 袋の表示正しいかどうかは、ちゃんとしたところは大丈夫だが、そうでないところもあると。

 そのスーパーがちゃんとしていても、仕入れ先が駄目なら意味がないというのもあった。

 良心的な業者と、そうでないところの比率も不明というわけか。


「わからない人が多いからか……」


「米に限らず、食品偽装はわかりにくいですからね」


 日本酒とかもそうなだよな。

 甘口・辛口の味だけ合わせてあれば、偽物でも気がつかない人が大半で、だから以前『越乃寒梅』の偽物が出回ったのだ。

 他にも、国産と書いてあるけど国産じゃないとか。

 正直なところ、仕入れ先には零細のところも多く、このデフレ不況下で苦しい経営を強いられているところが多い。

 『絶対にその食品の産地は正しいのか?』と聞かれると、私も首を縦に振れなかった。

 大なり小なり、スーパーにはそんな闇も存在するのだ。


 それに、こちらとしても例えば、国産原料100パーセント、無農薬、無添加などを売りにした高価な商品を仕入れることもある。

 ところが、そういう商品は売れ残りやすい。


 ついに賞味期限が迫って、泣く泣く半額にするとよく売れるとか普通にあった。

 半額にした時点で、完全に赤字なのだけど。

 その代わり、とても仕入れが安い商品などはよく売れる。

 よくスーパーでやっている100円均一、98円均一、88円均一用の商品などだ。


 よくテレビのインタビューで、『国産の安全な食品がいい』、『高くても、そういう品がほしい』と答えている主婦などがいるが、実際には安ければ安いほど売れるのが現実だ。

 デフレ不況のせいで、そんな贅沢言っていられないのであろうが。

 別に、その食品が不味かったり、食べるとすぐに健康に影響があるわけではないからだ。


 大半の人は、将来の健康よりも、今の財布事情の方が大切というわけだ。


「次からは気をつけないと。大塚店長は怒らせると大変なんだから」


「大塚店長はそうですよねぇ……ただ、うちの幹部連中は酷いですから」


 中小零細企業の大半は、そううちと大差ないのかもしれない。


「ほら、昔に米が不作だった時があったじゃないですか」


「あったね」

 

 魚沼産コシヒカリの新米10キロの価格が二万円を超えたり、代わりに輸入されたタイ米が、国産米と抱き合わせで売られたり、捨てられたり。

 海外からも批判されていたのを覚えている。

 米の抱き合わせ販売は、某RPGゲームの三作目が、売れないゲームソフトと抱き合わせで売られたことなどを思い出した。


 そういえば、ゲームなんて何年やっていないであろうか? 

 その時間惜しいから、やらなくなったのだろうけど。


「あの時、うちの幹部連中、全員車を高級外車に買い換えましたからね。こっちの給料なんて上がらないのに」


「不作なのに儲かるんだ」


「どうせ国産米は余ってますし、一年や二年なら不作でも米不足になんてなりませんよ。みんな高く売れるからと隠したんです」


「酷い話だね」


「国策で税金から補助金が入っている業界って、怪しい人や会社が多いですから。今回はちゃんと新米を入れたのは確認しました。私は営業で、そんなことをチェックしている時間は本来ないんですけど、幹部連中もなにを考えているのか」


 ちゃんとした米を食べたければ、信用できる専門店か、農家から直接買うしかないというわけか。

 こんな場末のスーパーで働いていると、みなさんに美味しくて安全な食を提供する大切なお仕事(社長談)という言いようが、非常にバカらしものに思えてしまう。





「おいっ! この餅はなんなんだよ! 煮るとノリになるじゃないか!」


 100円均一セールをした当日、初老の男性がうちのお店で購入した餅を煮たらノリ状になってしまって食べられないと苦情を入れてきた。


「こちらの餅は、焼いて食べるのがベストなので……」


 このスーパーに来て驚いたのだが、400g仕入れ値七十円の餅があるとは思わなかった。

 100円均一セールでも三割の儲けになるのでよく仕入れるのだが、同時によく苦情もきた。

 この餅は、煮るとノリになってしまうのだ。

 焼いて食べるしかなく、ただ袋の裏にはそう書かれていなかった。

 どうしてこんな安い餅が存在するのかというと、これは海外から……主にタイなどからだが……もち米の粉を輸入し、それをお湯で練って型に入れたものだからだ。

 もち米そのものは日本に輸入できない……できなくもないが、関税で国産よりも高くつくらしい……ので、粉にして加工品にしてから輸入する。

 こうすれば安く輸入できるので、苦肉の策というわけだ。

 蒸して突いた餅ではないので、煮るとそんな有様なわけだが、焼けば普通の餅とそう変わらない……ことにしておこうと思う。

 私も食べたが、正直なところ食感は微妙であった。

 それでも安いからよく売れるというのが、食にうるさい日本人という報道に、私が疑問を呈するようになった原因だと思われる。





「この豆腐! 調理したら水ばかり出て食えたものじゃないぞ!」


「こちらの豆腐は、そのまま冷ややっこにして食べた方がいいかなと思う次第でして……」


 今度は、安売りをした豆腐でクレームが入った。

 マーボー豆腐にしたら、水が大量に出てきて食えたものはないというものだ。

 まあ、二丁で五十円の豆腐だから仕方がないという意見もある。


 豆腐などの、いわゆる日配商品をスーパーに卸す業者のかなりの割合が零細企業であった。

 その経営状態は決してよくなく、私がこのスーパーに入ってから、すでに何社か取引先が倒産していた。

 そんな状態のメーカーからすれば、今はデフレ不況ということもあり、安い商品を作って売らなければならない。


 そこで誕生したのが『仕入れ値一丁十円の豆腐である』。

 つまり、二丁で五十円で売ると、利益率が60パーセントになるのだ。

 こんな素晴らしい豆腐を仕入れないわけにはいかない。

 そしてこのメーカーは、配達範囲がうちのスーパーだとこのお店のみということもあって、他の店からも仕入れてくれと頼まれる。

 これを、他の問屋の配送トラックに頼んで他店に運んでもらうというわけだ。

 この方法を考案したのは大塚店長であり、さらにその問屋には運賃を払わなくてもよかった。

 かなり強引に頼んだようだが、こういうことができるからこそ、大塚店長はうちで優遇されているのだと思う。

 ちなみに、給料に関しては私とそう変わらなかったけど。

 

 これもブラック企業あるあるである。


 大塚店長は、この仕入れ値一丁十円の豆腐を他店に店振りする時、伝票を細工して一丁二十円にしてしまう。

 他店にうちの店しか仕入れられない商品を回してやっているので、その手間賃という考え方のようだ。


 それでも二丁で八十円で売れば、店振りしてもらった店の利益率は50パーセントになる。

 ついでに、店振りしたうちの店も儲かるという仕組みだ。

 同じ会社の店舗を相手に稼ぐ……そこまでしないと、この会社で生き残るは難しいのか?

 そこまでしてこそ、この会社の店長に相応しい?

 そこまでするのなら、自分で起業でもした方がいいような……だが、起業にはリスクがあるからこそ、大半の人は酷い会社に勤め続ける。

 会社も、社員たちに乾いた雑巾の水を搾るが如くの努力をさせる。

 そして、それを実行した大塚店長や、すでにいない高尾店長などは『俺たちはサラリーマンじゃねえんだ!』などと強がる。

 その強がりも、実はこの会社で嫌にならずにやっていく知恵なのかもしれない。


「この豆腐、大丈夫なんですかね?」


「別に毒じゃねえから大丈夫だろう。安ければ売れるしな」


 そんな話をした日の夜遅く、家に帰ってテレビ番組を見たら、世相なのであろう。

 安くても美味しくて、ボリューミーだと評判のお店特集をやっていた。

 メニューの中には麻婆豆腐もあったので、ついあの豆腐を使っていないか心配にしてしまう。

 そのまま冷ややっこにして食べないと水っぽいので、その心配はない……ないと思いたい。


 


「おい、お前、転勤な」


「えっ? またですか?」


「しょうがねえだろう。また逃げたんだから」


 これまで色々とありながらも、なんとかこのクソみたいな会社で働いてきた私であったが、一見平気なように思えても次第に精神にストレスを溜めていたようだ。


 この会社を辞めたのは、本当にちょっとした勢いだったと思う。

 度々ある、どこかの店の社員が逃げ出したり、不意に辞めたりすると、埋め合わせのように転勤となり、中途半端な時期に転勤となると給料が減るからというのもあった。


 うちの会社は、通勤費の計算がちょっと特殊なのだ。

 通勤費を出す義務など会社にはないそうだが、今の世に通勤費がゼロの会社なんてそう滅多にあるものではない。

 あるとしたら、うちの会社以上のブラックだと思ってほしい。


 学生の頃、ちょっと金がほしいからという理由で裏ビデオ屋でバイトしていた知人がいたが、そこは交通費も出て、店長も優しくていいバイト先だったそうだ。

 彼が辞めた直後、警察に踏み込まれてなくなったそうだが。


 話を交通費に戻すが、例えば月の半ばに転勤したとする。

 通勤費は定期代を請求するわけで、ところが、うちの会社の通勤費は一か月に二十日以上出勤しないと、全額が出ない。

 月の半ばに転勤となると、両方の店への通勤にかかる定期代が双方半分しか出ないのだ。

 半月の定期などないので、出ない分はすべて自腹になる。


 クビになった人事部長が、この手を使って辞めさせたい社員を転勤地獄に追いやって辞めさせていたが、まさか私も同じ手を食らうと思わなかった。

 私の場合、辞めさせたいのではなく、ただ単に次々と人が辞めるので私で穴埋めしているのだが、どちらにしてももうこれ以上沢山だ。


「辞めます」


「てめえ! 俺の顔に泥を塗るのか?」


 大塚店長に胸倉を掴まれたが、もうつき合いきれん。

 私は、意外とあっさりとこの会社を辞めた。

 辞めるに際し、溜った有給を二日間だけ使わせてやるという、社長のありがたいお言葉をいただいたが、最後の最後までクソな会社であったという印象が一番強かった。

 

 私は少しだけ自由になった。

 明日をもしれない自由であったが。




「……見事に他の店舗に代わってるな……」


 あの会社を辞めてから、かなりの月日が経った。

 私用で出かけた時にまたま近くを通りかかったので、あのスーパーがどうなったのかを見てみると、他の小規模スーパーの支店になっていた。

 どうやら潰れてしまったようだ。

 一応あった会社のHPを確認するが、表示できませんと出てくる。

 私を三年以上も翻弄した、個性的な面々が揃った強烈なブラック企業も、世の中の流れには抗えずに潰れてしまったようだ。

 あのなんでも即決の社長、有能、無能を問わず、どこか癖と傷のある社員たち。

 あの時、私に対し偉そうに『俺たちはサラリーマンじゃねえ!』と勢いよく言っていた大塚店長や、その他年配の店長たちはどうなったのであろうか?

 売り場の作り方、上手な仕入れ、やりがいのある仕事。

 色々と偉そうに語っていたと思うが、残念ながら彼らの語ったそういうものでは、このスーパーは保てず潰れてしまった。


 実は彼らは、自分で偉そうに言うほど有能ではなかったのかもしれないし、有能であったとしてもスーパーを存続させるのは無理だったのかもしれない。

 どちらにしても、今のこの別のスーパーの存在が、強烈な個性を持った彼らをどこかに追いやってしまったのだ。


 ブラック企業も一つ消えた。

 まあどうせ、別の誰かが別のブラック企業を作っているのであろうけど。

 それが今の日本という国だ。


 きっともう二度と彼らとは会わないと思うが、心配もしていないが元気でやっているのだろうなと思いながら、経営企業が切り替わったスーパーでペットボトルのウーロン茶を購入してから、そのスーパーをあとにした。


 ペットボトルのお茶は、私が店員をしていた頃よりも二十円以上安くなっていた。

 デフレはまだ終わっていない。

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