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就職氷河期のララバイ  作者: 塩見義弘
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プロローグ 私はブラック企業に勤めています

「任せたからな! 俺は忙しいんだ!」



 そう怒鳴るように言うと、店長は机の上に置いた自筆のメモを見ながら、ガラケーでポチポチと長文を打ち続けた。

 五十代と思われる店長は救いようのない女好きで、暇さえあれば出会い系サイトを利用している。

 好みの女性を検索し、ちゃんと返事がくるように事前に長文をメモに書いて、それを見ながらポチポチとガラケーのボタンを押し続けるのだ。


 その情熱と手間たるや、ある意味感心するほどであったが、当然その間の仕事は全部私がやる羽目になる。

 酷い人だと思うが、それでも彼は店長であった。

 元は某デパートで働いていたそうだが、どうしてそんないいところからこんな会社へ……比較的簡単に予想はつくか。


 彼は女にはだらしないがとても顔がよく、それなりに女性にモテた。

 気に入ったパートさんにも手を出しており、それでもまったく問題にならないのが、中小のスーパーというものであった。

 従業員のモラルなど、売っている品の値段とそこに勤める社員の給料と同じで、常に低空飛行をしているのだから。


「来週の研修、お前の休みの日だから、ちゃんと出ておけよ。俺は忙しいから」

「はい(メールの文章を考えるのにだろうが)」


 こういう中小規模のスーパーは一族経営が多く、その労働条件はかなりブラック気味であり、そういう経営者に限ってセミナーとか研修に社員を送りたがる。

 それをしたところで、このスーパーの売り上げが上がるわけでもないのだが、中小企業の経営者は大企業がやるようなことを自分もすると安心するので、特に研修やセミナーの類が好きな人は多かった。

 ただし、中小ゆえに人手はギリギリなので、その研修とやらに出ると休みが一日減ってしまう。

 店長が私に押しつけて当然なのだ。

 そうでなくても数少ない休日が減るわけで、言うまでもなく従業員たちからの評判は最悪だが、みんなこんなクソみたいなところでも辞めたら次があるかどうかわからないので、我慢して働いている。


 私は独り身だからいいが、家族がいる人は余計逃げ出せないであろう。

 このスーパーが潰れるまで。

 潰れたら潰れたで次を探すしかないので、ある意味諦めがつくのか?


 しかし、次を探してところでここよりも待遇がいい会社に勤められる保証もなく、人間働かねば食べていけないが、そのために心を削ってこんなクソみたいなスーパーで働いているわけだ。

 この前ニュースを見たら、いかにも軽薄そうな経済評論家がこう言っていた。

 我々就職氷河時代の人間が悲惨な労働条件で働いているのは、自分たちが努力をしなかったからなのだと。


 この世の中、自己責任論で溢れかえっているな。

 それに賛同している連中全員が、少なくともこの経済評論家並に稼げているとは思えないけど。

 それにしても、誰かこいつを殴ってくれないかな。


 ああ、辞めたい。

 でも辞めてどうなる?


 今日も頭の中で色々と考えながら、売り上げのチェック、仕入伝票の整理、特売商品入荷状況の確認に、場合によっては仕入れ数を変更しなければいけない。

 副店長すら置かず、正社員が二名しかいないこの小さなスーパーでは、私なんてただの労働力にしかすぎない。

 今は経費削減でパートもアルバイトも採用を絞っており、私も品出しをしたり、特売棚の作製、POPの作製、パートさんへの指示などもしなければならなかった。


 その間、店長はまだガラケーをポチポチやっている。

 商品のPOPを印刷しようと事務所に戻ったら、店長のガラケ―に着信があったようだ。

 着信曲が年齢に合わず、最近売れているバンドの曲だった。


 店長の趣味とは思えないので、手を出している本社の女性社員のお勧めであろう。

 とにかくこのおっさん、孫までいるのに女に手を出すのが早い。

 元々かなりいいところに勤めていたそうだが、その女癖の悪さで、ここに転職したという噂は聞いたことがあった。

 いくら労働条件が悪くなっても、大好きな女遊びはやめない。


 ある意味、自分を貫いているのか。


「こっちに来るのか? いいぜ、飲みに行こうぜ」


 それにしても、電話の相手であろう若い女性社員。

 確か、同じ本社の男性社員と婚約しているって話だが、孫までいる妻子持ちのおっさんと不倫とは……。

 嘆かわしいというか、彼女すらいない私の嫉妬なのか。


 こんな会社に相応しい人たちとでもいうのか。

 考えても仕方がないので、急ぎPOPをプリンターで印刷して事務室を出ようとする。

 すると、店長に呼び止められてしまった。


「俺は定時で帰るからな! あとは任せたぞ!」


 若い女と酒飲んで、あとはラブホテルでしっぽりか……。

 世の中、悪い男ほど女性にモテるという事実を、私はこの職場で実感した。

 若い私が彼女すらおらず、今日も日付が変わるまでに帰れればいいなとしか思えないとか、この国も色々と終わっているのかもしれないな。


 言うまでもないが、この会社に残業手当なんてないので悪しからず。

 その表現は正確ではないか。

 一か月に決められた時間数のみがみなし残業代として計算されてつくのだが、それ以上の時間は、いくら残業しても残業代がつかないのだ。

 そういえば店長、今日は最後まで残るっていうから午後番だったはずだが、私が店長のタイムカードを打つことになるのであろう。


 ブラック企業で生き残るには、このくらい開き直った人でないと難しいのかもしれない。

 真面目な奴ほど、こういう会社に入ると損しかしないのだ。


 人間も動物も同じ。

 悪どい方がメスの興味を魅き、子孫を残せるのであろう。

 私も今になってようやく気がついた。

 人間、意地悪で性格が悪く、他人に酷いことをしてもなんとも思わないどころか、『ひゃひゃひゃっ!』と、某大物芸人みたいに笑える方が得というわけだ。

 そういえば、意地悪で性格悪い人ほど出世するし、ちゃんと恋人や奥さんもいるからな。

 人間、真面目で優しい奴なんて損しかしないのだ。

 特に、この就職氷河期と呼ばれる今の時代では。

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