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ひだまり童話館 参加作品

舞い上がる光の中で

作者: 朝永有

 気づいたら僕は立っていた。辺りは霧がかかっていた。

 そこは見覚えがあるようでないような場所だった。

 早く家に帰らなければ。やらないといけないことがあるというのに。

「あら? また来てしまったの?」

 振り向くと、人影が見えた。

「今度はあなたもそうなのね」

「なにが……ですか?」

「あら? 忘れてしまっているのね。ポケットの中に手を入れて御覧なさい」

 僕は言われるがままにポケットの中にゆっくり手を入れた。

 なにかが指先に当たった。

 取り出して見ると、それは透明な瓶だった。中には何かが入っている。

 そのときに辺りの霧が少しずつ晴れていき、人影の姿がハッキリと見えてきた。

「お久しぶりね、あの日の少年。さて、こちらにいらっしゃい」

 着物を着た女性が僕を見てニコッと笑った。


 僕は女性の後ろを歩きながら、前にここに来たことを少しずつ思い出していた。

 小さい頃にここに迷い込んで、この人に助けてもらった。

 確か大きな木の下にあるベンチに座って話した気がする。

 この場所の名前は……ええと……

「『虹のふもと』よ」

 どうして僕の考えていることが分かったんだろう。

 初めて会ったときは何も思わなかったけど、この人はなぜここにいるんだろう?

 不思議な人だな……


 僕たちはその大きな木の下にあるベンチに座った。女性がお菓子とジュースを手渡してくれた。

「どうして僕はここに来てしまったんでしょうか?」

「それは、もうあなた自身が分かっているはずよ」

 女性は微笑んでゆっくりと答えた。それが分からないから困っているのに、その答えではさらに困ってしまう。

「あなたは何歳になったの?」

「十五歳です」

「ということは中学校三年生?」

「はい」

「あなたと同じ歳の子、よくこの場所に来るのよ」

「どうしてですか?」

「あなたはこの場所のことを忘れてしまったのかしら?」

 僕はそこでハッと気づいた。あの時のことをハッキリと思い出した。

「ここは……叶わなかった夢の『灰』を捨てる場所……」

 そうか、だから僕はここに来たのか。 

 

 僕はポケットの中から、数個の小瓶を取り出した。

「あなたが持っている瓶の数、多いのね」

「多いということはどういうことなんですか?」

「たくさんの種類の夢や憧れを持ったことがあるということよ」

 そういえば昔、コックやサッカー選手、お笑い芸人になりたいなんて思ったことがあった。

「でも、この瓶だけ多く入ってる」

 確かに、一つだけ多くの灰が入っている瓶があった。

「多く入っている、ということはどういうことですか?」

「この瓶に入っている灰の分だけ強い思いを持っていたのね。何か心当たりはない?」

「それはきっと野球選手になる、という夢だと思います」

 色々な職業に憧れは持ったけど、僕はずっと野球選手になりたいと思っていた。素振りは毎日取り組んでいたし、部活も休まずに取り組んだ。

 だけどそんな毎日が、「強い思いだけでどうにかできる」なんて、やさしい世界ではないことを実感させたのかもしれない。 

「私には、灰だけが入っているようには思えないけれど」

 僕は注意して瓶の中を覗く。僕の目にはやはり灰だけしかないように思えた。

「僕には、そうは見えません」

「そうなの。それじゃあ、この灰はどうする?」

 僕は迷っていた。抗うのか、諦めるのか。

 僕は灰が溜まっている瓶を見つめた。

 でも、この瓶の中にあるものがすべて灰に見える僕は、女性の言う通りもう答えを知っていたんだ。


「本当にいいのね?」

「はい、もう決めたので」

 僕たちは話をしていたベンチから、あの時いろんな人たちが灰をまいていた場所に来ていた。

 丘からは自分の家が小さく見えた。

 あの場所まで、この灰は飛んでいくのかな? あの頃の僕が、今の僕を見たらどう思うかな。

 最初にあった霧は嘘みたいになくなって、今は太陽が空で輝いている。

 

 僕は丘の上から、風に乗せて灰をまいた。

 灰は太陽の光を受けて、きらめきながら僕の住む街の上空を流れていく。

 そう、きらめきながら。

 まだ、僕には何かができたのだろうか。

 小瓶の中を覗いたが、その中に灰は残っていなかった。

 ふぅ、と小さく溜め息をついたその瞬間だった。

 強い風が下から吹き上がってきたのだ。

 僕は思わず目を閉じた。

「上をすぐに見たほうがいいわよ」

 女性の声が聞こえた。僕は素直に、ゆっくりと目を開けながら空を見上げた。


 光の雨だ。

 それはとても美しく、そして切なかった。

 僕は小瓶をポケットにしまって、光の雨が降る場所から少し離れた。

「あら? いいの?」

「はい、大丈夫です。大切なものをもらえた気がします」

 女性は袂からハンカチを取り出した。

 僕も、自分の声が震えていることに気づいていた。

 


 



 その夜、僕は部屋の窓から外を眺めた。

 虹が架かっていた。

 あの虹のふもとで眠った夢を僕は見つめていた。

読んでいただき、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 一生懸命野球に打ち込んでいたのでしたね。 なりたいものはたくさんあったけれど、野球の瓶だけは 灰がたくさん入っていて、それだけ思い入れがあったのですね。 それを蒔く、諦める時というのは続…
[良い点] 夜の虹! 想い出しました。あのお話の続き?なのですね。 15歳、中学三年生という、ある意味人生における岐路の時期ですね。 諦めた夢を「灰」として撒いたとしても、「光の雨」のような新しい夢…
[良い点] これは! 「夜空にかかる虹」の続編ですね! 単独でも楽しめますが、ほかの作品とのリンクに気づくと嬉しくなります。こういう趣向は伊坂幸太郎の小説がお好きなことと関係あるのかなぁなんて思いまし…
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