取りあえず、私は幽霊をみたら塩を投げるか右ストレートを決めます。
もし、ある日突然あなたの病室に露出狂の幽霊が現れたらどうしますか?
「やっほ★僕、妖精だよ。君と恋人になりにきたんだ」
《コマンド》
戦う
逃げる
ナースコールナースコールナースコールナースコールナースコールナースコールナースコールナースコールナースコールナースコールナースコールナースコールナースコールナースコール←
「おいおい、君ー?何、早速呼ぼうとしてくれちゃってんのかな?」
「黙れ、変態」
私のナースコールを呼ぼうとする手を激しく止める変態幽霊。
ていうか何故葉っぱ一枚しか履いてないんだ、こいつは。
「安心してください。はいてませんよ?★」
「お巡りさんー!ここに変質者が、真の変態がいまーーすッ!!」
私は外に叫ぶが誰も反応してくれない。何故だ、こんな大声で叫んでいるはずなのに。
そんな私を嘲笑うかのように、呑気にお茶目なウィンクを飛ばしてくるこのふざけた幽霊。
ふざけんな、ア●ラ100%でももっと上品な裸芸すんぞ。
お笑いなめんな、ゴァラ。
早くこの葉っぱ一枚の変態幽霊をどうにかせねば。
私は決意を新に拳を握る。
「あんた、幽霊なんでしょ?どうやったら成仏してくれるの?」
「んー?そうだな……、俺とキスしてくれてたらきっと気持ちよく成仏」
「ブッハァ!!」
「おぎぁぁあああ!!ち、血が……ッ!!」
「あ、ごめん。嫌すぎて思わず吐血しちゃった」
「まさかの拒絶反応ッ!?」
こうして、私と変態幽霊の奇妙な五日間の生活が始まった。
私は変態幽霊を倒すための日記を取ることにした。
〈一日目〉
「美月ちゅわーん!キスミープリーズ!」
「死ね」
塩をなげるが幽霊に効果なし。すると幽霊は。
「ただの食塩じゃ意味ねぇよ。そんなことより俺と楽しくランデブーしようぜぇ?」
よろしい、絶対地獄に叩き落としてやる。
改めて私はこの変態幽霊に殺意を覚えた。
いや、もう幽霊だから死んでいるんだけれどもなんていうだろう言葉では形容しきれないほどのこの不快感と胸がモヤモヤとする気持ち。
なんだかもやがかかってしまったかのようにはっきりせずイライラとする。
次はアイツの大事なあそこに庖丁でも投げてやろうか。
すれば少しはこの胸の中に残るモヤモヤも晴れるかもしれない。
〈二日目〉
「さぁさぁ、そろそろ素直になって俺とキスする覚悟はできたかい?」
「死ね」
聖水をかけるがこれも幽霊に効果なし。
「なーんだこれ、ただの水じゃん。パチモン掴まされてやんのー!」
プークスクスと私を見下し、笑う幽霊。
よし、絶対に殺す。
私はちゃんと最後にアイツの股間に昨日宣言していた通りに庖丁を投げつけておく。
「ダッセェの…って、ぎぁ!」
幽霊でもやはり股間に庖丁を投げつけられると青い顔になるらしい。
うん、今日は好いことがわかったからこれでよしにしてやろう。
〈三日目〉
「みづ」
「死んで往生せいやぁ!」
「突然、渾身の右ストレートッ!?」
「チッ……!」
取り合えず、私は物理攻撃を試してみたがやはりこれも幽霊には効果はないようで私の渾身の右ストレートは空振りに終わる。
まぁ、幽霊だしね。当たり前か。
しかし、私にはもうこれといった武器もなく方法も思い付かないのである。当たって砕けろ方式でやってみたが見事に私の作戦は玉砕した。
「ねぇねぇ、そんなことより俺と熱いベーゼを交わそうよ」
「ぺっ!」
「うわぁ。そんな人間の屑を見るかのよな目で唾吐き捨てる女、俺初めてみたよ」
「はぁ?私は最初からあんたのことなんて“かのような”ではなく、人間の屑として見てますけど?まぁ、今は人間の屑どころか人間としての存在とすら認知してないけどね」
「酷い!」
今日も結局、具体的な変態幽霊抹消法は思いつかなかった。
〈四日目〉
私は左手の薬指にはめている指輪を見つめる。
「なーに見てんの?」
また出た言わんばかりに急に現れる葉っぱ一枚の幽霊。
「あんたには関係ないでしょ」
私はフン、と吐き捨て指輪を右手で隠す。
「その指輪についてる石、アオトライトだよね?」
「そ、そうだけど…」
意外と見た目はムキムキとしていかにも体育系で馬鹿ぽっそうだけどやけに石のことに関しては詳しい変態幽霊。
「石言葉は『初めての愛』。お前の誕生日と同じの9月の誕生日石」
な、なに?こいつ。なんでここまでこの石のこと知ってんの?
ていうか私、こいつに自分の誕生日なんか話したっけ……?
「『初めての愛』って素敵だね。恋人からでも貰ったのかな?」
にやりと笑う幽霊。すると私に突如、鋭い頭痛が走る。
「いたッ……!」
まただ。
何かモヤモヤとした霧がかかったように何かが私を邪魔する。
私はその日、気分が悪くなりその間々ベットで寝てしまった。
〈??日目〉
その日、私は夢を見た。
「ねぇ……『陽太』」
「いやだ!そんなの絶対認めねぇ!!」
「そんなこと言ったってしょうがないじゃない……」
「俺を…一人にしないでくれ!」
誰かが私の左手を優しく握りしめる。
あなたはいったい、だぁれぇ?
〈五日目〉
ついにあの変態幽霊が現れ、五日間経った。
今だアイツを滅する手掛りすら掴めていない。
「いやー!いい朝だね、」
そう言いながら私の目の前で今日も変わらず葉っぱ一枚でラジオ体操第一をおっぱじめる幽霊。
どうしてこいつの発言、行動はこうも一々私の神経を逆撫でするのだろうか?
プロか?
お前はその道のプロで神経逆撫でリストなのか?えぇ??
そろそろこいつを本当にしばき倒したいと思ってきた。
「なぁ、そろそろキスしてくれよー!」
「キスキスうるさいなぁ」
こいつのキスキスコールにもいい加減うんざりしてきた。
「キスなら他の人でもいいじゃん!」
「ダメ!美月じゃないとダメなの!!」
「なんでよ」
「ちゅきだから♥」
こいつマジではっ倒していい?
「大体美月こそなんでそんなに俺の誘いを頑なに断るのさ。一回ぐらい別にいいじゃん」
「ダメなものはダメなの!」
「だからなんで?」
「だって私、彼氏いるし!」
「へぇー、じゃあその彼氏って一体誰?」
「えっ……?」
私、そんなこと言ったっけ?
キスが嫌で無我夢中で言ってしまったが確かに記憶に残っている誰かの後ろ姿と笑顔。
違和感が私の脳内にこびりつき、ぐるぐるとまるで船酔いをしたような気持ち悪さが込み上げてくる。
私はちらりと左手の薬指を見る。
そう確かにこの大切な指輪は彼が自分のためにと買って来てくれたものであった。
この真実は揺るぎない証拠であり、証明であった。
「なぁ、俺もう時間がねぇんだよ……」
「きゃあ……!」
そう言うと私を押し倒し、無理やりキスをしようとしてくる幽霊。
「いやぁ!」
思わず変態幽霊の頬にビンタを食らわせようと手をあげたその時であった。
私はいつもと違うことに気がついた。
「えっ……?」
相手が幽霊だから通り抜けてしまうのは当然だが、今日は違う。どちらかと言うとさっきは私の手のほうが透けて見えたような気がした。
「『お前の恋人』ってだぁれぇ?」
クスクス……。嫌な笑い声がまた聞こえる。
「いった!」
またズキズキと鋭い痛みが私の頭の中を襲う。
「わたしの……!わたしの恋人はっ……!」
そこで私の意識はプツンと弦が切れたかのように途切れた。
まるで深い海底に投げ捨てられてしまったかのように私の意識はゆっくりと落ちていく。
ドクン、ドクンの脈打つ心臓の音を子守唄代りにして、私の意識は心層の世界という途方もない深海の彼方へと消えていった。
『俺を忘れないでくれ、美月……』
そう、誰かの寂しそうな声が聞こえた。
〈一年前〉
「はぁ……」
この日の私は特に落ち込んでいた。
何故かというとこの前偶然ごみ箱を運んでいた最中、幼馴染である陽太が隣のクラスの美人と名高い花咲さんと……き、キスをしているところを目撃してしまったのである。
陽太とは赤ちゃんの頃からの付き合いで、性格はどちらかと言うと私とは正反対で馬鹿でデリカシーのかけらは微塵もない阿呆であった。
そして最後の極め付きはバカというほどのサッカーバカ少年であった。
お陰でインドア派の私とはうまが合わず、毎日大喧嘩。
小さい頃はよく、外で遊ぶか中で遊ぶか毎日取っ組み合いの喧嘩をしていたものである。
それなら、お互い違う遊び相手を見つけて遊べばいいのにと思った方もいるだろうが何故だか私たちは、他の遊び相手を見つけるという選択は思い浮かばなかった。
勿論、今はもうお互い高校生なので部活もあり一緒には遊べなくなってはしまったがクラスは同じで話す機会はある。けど何故だかアイツはクラスの人気者で女子にもモテる。
確かにアイツには明るくて馬鹿がつくほどお人好しだが、それ以外は他の男子高校生と同じでスケベでまぬけだ。まったく、皆あんなやつのどこがいいのやら。なんてことを私は三日前まで思っていたが……。
そりゃ、私たちだって高校生だし?
キスの一つや二つ、するかもしれないが。
私にはとってもショックな出来事だった。
そう。私は陽太に恋をしていたらしい。
認めるのは非常に悔しいことだが事実なのでここは認めるしかない。
『花咲さんと陽太がそのまま上手くいってしまったらどうしよう』
『陽太が花咲さんを好きになってしまったら』
『こんなことならちゃんと自分の気持ちに耳を傾ければよかった』
そんなことはがりが頭の中を駆け巡り、私はついついここ最近陽太を避けまくってばかりである。
「はぁ……」
そんなことがあり私は現在、絶賛失恋中である。
部活の美術部もそんな状態で勿論いい絵もかけるはずもなく早々に切り上げ、私は家に帰る途中であった。とぼとぼと徒歩で帰っていると突然、後ろから手を捕まれる。
「おい!」
「うひゃあ!…って、陽太!?なんでここに!!」
「途中でバックレてきた」
確かにそういう陽太は服はサッカーのユニフォーム姿のままで、スパイクもさっきまでグランドを走っていたのかすっかり泥塗れだ。
「なぁ。なんで最近お前、俺のことシカトすんの?」
「えっ。……な、なんのことかな?」
「嘘つけ。お前、絶対俺のこと避けてんだろ」
げぇ。しっかりばれちゃってる~。
「あんたの気のせいじゃない?」
「部活、早く戻んないと怒られるよ?」と私はそれでも陽太をあえて突き飛ばす言葉をかける。
だって、きっとこれ以上知られてしまっては、お互い辛い立場になるだけだから。
誰も幸せになれなないから。
なら、私は今のこの関係のままでいたかった。
「だったら、俺の顔見て同じこともう一回言ってみろよ」
真っ直ぐな黒い瞳で私を見つめる陽太。
陽太のこの目は正直言って、苦手だ。
まるで全てを見透かされてしまうみたいで。
「だって、あんた隣のクラスの花咲さんと付き合ってるでしょ?」
「はぁ??」
「とぼけなくてもいいよ。誰にも言いふらしたりなんかしないし、あんたが誰と付き合おうと陽太の勝手だし」
違う。こんなこと言いたかったわけじゃない。
「良かったね。学校じゃ、花咲さんって美人って有名なんだよ。まぁ、サッカーバカなあんたは知らないっか」
いやだ。もう聞きたくない。
醜い私の嫉妬心が剥き出しになる。
「それに花咲さんと付き合ってるっていうのに私が陽太の傍にいたらなんか花咲さんに悪いじゃん」
ドロドロと一度破裂してしまった黒い感情は止めどなく溢れ、止まらない。
「それじゃね」
私は捕まれた手を乱暴に振り払うように腕を振る。すると。
「ふざけんなよ!勝手言いたい放題いいやがって」
珍しく黙っていた陽太が眉間に皺をよせて、大声で怒鳴り散らす。
「何、誤解しているか知らねぇけど俺は花咲さんとは付き合ってないから」
「嘘!だって体育館裏で花咲さんと一緒でキスしてたじゃん!」
「はぁ!?花咲さんが目にゴミが入ったっていうからとってあげてただけだし!それに俺が好きななのはお前なのになんで花咲さんと付き合わないといけないんだ!」
「……ひゃい?」
突然の告白にびっくりして思わず手に持っていたスケッチブックを落としてしまい、バラバラと絵が地面に散らばる。
「ん?これは……」
「わぁー!見ちゃダメ!!」
私は懸命に散らばった絵を集める。だって、そこには私がこの三日間陽太への思いを描きためた陽太の絵が一杯あったから。
「この背番号って……もしかして俺?それにこっちの走ってるのも……」
「わぁー!わぁー!」
やばい、今なら死ねる。恥ずか死ねる。
「なぁ、もしかしてお前も俺のこと好きなの?」
「…………」
「おい、美月ってば!」
「……ぅああー!!そうよッ!陽太のことが好きよ!何ッ!?なんか悪い!!」
もはや逆ギレと言わんばかりで私は陽太に告白する。
もうこうなったらやけだ。
「本当か!?マジで!俺、超嬉しいんだけど!」
そう言うと私を強く抱き締める陽太。バクバクと心臓が高鳴るのを感じた。
「ちょ、ちょっと……」
「俺、ずっとお前に嫌われてるって思ってたから本当に嬉しいんだ」
ぬいぐるみを抱き締めるかのように私をぎゅっとつかんでは離さない。
ちょっと、本当に苦しいんだけど。
けど、私は満更でもなかった。
「なぁ?キスしていい?」
「えっ……」
「いいだろ?俺たち、両思いで今日から正式な恋人同士ってことだろ?」
「う、うん……」
私の唇に陽太の唇が近づく。
ドクン、ドクンと私の心臓は早く鼓動を打ち付ける。
はや、く……。
「うっ……!!」
急に胸が締め付けられたかのような痛みが走る。
「……?おい、美月?どうしたんだよ、おい!」
おい、美月!!
私を呼ぶ声が聞こえるが私の意識は闇へと消えた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「拘束型心筋症?」
病院に緊急搬送された私の心臓はそう診断された。
そして、私の心臓はもう限界でいつ爆発してもおかしくない状態らしい。
余命は後持って、『三ヶ月』と宣告された。
両親は突然私に下された余命宣告に泣き崩れた。
私に合う心臓のドナーとそして、手術にかかる莫大な手術費。
ほぼ絶望という名に近い状況であった。
けど、両親は諦めず私のなんかのために必死に手術費を集めようと親戚に頭を下げ足りない分のお金を借り、あの馬鹿なんかは大好きなサッカーもやめ、少しでも私の手術費を稼ごうとバイトを始めた。
もう、もういいよ……。
もう、いいんだよ。みんな、やめて。
私は覚悟を決め、陽太を病室へと呼び出した。
お別れを、言うためだった。
「あのね、陽太……。あのね」
「??」
言わなければならないのに。
まるで悪い魔法使いに魔法をかけられてしまったかのように言葉が詰まって上手く言い出せない。
「あっ!ちょっと待った!俺もお前に用があるんだ!!」
私がもたもたしている間に陽太は私の左手を掴むと薬指に何かをはめる。
「これは……?」
「へへ。俺の初給料で買ったんだぜ?アオトライトっていう鉱石で出来た指輪で、お前の誕生日石」
自慢気にそう語る陽太。
「石言葉は『初めての愛』だって。ちょっと恥ずかしくてわらちまったけど俺たちにはぴったりな石だと思わないか?」
アオトライトは悲しいほど美しい青に近い透明の色を放つ。
「後の金はお前の手術費に回しちゃったからないけど、将来はもっとそれより絶対いいの買ってやるからなぁ!」
私の薬指には果たせそうにない将来の約束がつまったアオトライトの指輪が輝く。私はじっと指輪を見つめる。
本当は涙が出るほど嬉しいはずなのに。
私はぎゅっと唇を噛み締め、口を閉じる。
泣いてはいけない。
ここで泣いてしまっては私の本当の気持ちがバレちゃうから。
「陽太……私たち、別れよう」
「はぁ……?」
「今ならまだ辛くない。陽太ならきっとすぐに私なんか綺麗なお嫁さんを捕まえられるよ」
「ちょ、お前なにいって……」
「いいから黙って聞いてよ!」
笑う陽太に私は思わず怒鳴ってしまった。
けど、今はそんなこと気にしていられる余裕なんて私にはなかった。
「陽太、約束して。例えもし、私が死んでもちゃんと家族を作るって」
「お前っ……!冗談でも言っていいことと悪いことがあんぞ!!」
「冗談なんかじゃない!私は本気よ!もう私には時間がないのよ!」
私は今の自分の状況下を陽太に伝える。
ドナーが現れない限りお金があっても手術は受けれないことと、いつこの心臓も止まってしまうか分からないことを。
「ねぇ……陽太」
「いやだ!そんなの絶対認めねぇ!!」
「そんなこと言ったってしょうがないじゃない……」
私、このままだと死んじゃうんだから。
私はそう、小さな声で呟いた。
「俺を…一人にしないでくれ!」
滅多に泣かなかった陽太が私のために泣いてくれている。
もう、それだけで私は充分であった。
「陽太、別れよう」
「ッ!いやだ!」
そういうと陽太は病室を走り抜け、あっという間に階段も降りて外に走り出していた。
「陽太ッ!」
私の呼び止める声すら無視し、陽太は町の中へと逃げていってしまっていった。
結局、最後の最後までアイツとは喧嘩別れになってしまった。
「私だって別れたくないよ……でも、仕方ないじゃん」
胸をそっと私は押さえる。
「死にたくない」
抑えていた涙が一筋白いシーツへと流れてしまった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
俺はバイトの帰りずっと美月のことを考えていた。
だが、何もいい解決策は思いつかない。
こうしている間にも美月の胸の中にある爆発はタイムリミットにむかっているというのに。
せっかくあのにぶちんと晴れて恋人同士になれたというのに。
もうすぐ病で死ぬ?ふざけんな。
俺の彼女を病なんかで絶対に死なせてたまるか。
そう決意を新たにしたばっかりだったのに、俺は突然後ろから猛スピードでやってきた赤いスポーツカーに気づかなかった。
キーーッ!ドン!
揺れる視界。鈍く響いた音。
そして、女と男の騒ぎ声。
「キャー!ひ、人が……!」
「や、やべぇ!逃げろ!!」
赤い車は慌てた様子で去っていく。
何事かと思い、俺は必死に体を動かそうとする。
けど、何故か体がまるで鉛のように重くて動いてくれない。
そして、ヌルリと俺の手についた真っ赤な大量の血。
俺はようやく気づいた、自分がひき逃げ事故あったことを。
勿論、こんな無様で理不尽な結末俺だって憤慨した。
けど、俺は同時にこれはチャンスだと思ってしまった。
俺はもう動かぬはずの体で必死にバックを手繰り寄せ、一冊の大学ノートを取り出し、こう書いた。
『俺の心臓を
めいこぅだぃがくびょぅいんにいる
みづきにあげて下さい』
血で俺は大学ノートにそう書き残した。
ひゅ、ひゅと浅い呼吸が漏れる。
「おい!君、大丈夫か!?おい……!しっかりするんだ……!!」
その後、血を流してる俺に気づいて救急車に通報してくれた人が俺の体を揺すり必死に呼び掛ける。
だが、俺の耳にはもう何も聞こえない。
俺は、意識を手放した。
こうして俺の心臓はアイツのものとなった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
私は目覚めた。本物の、現実の世界にと。
「あっ……、ああ……っ!」
全て心臓を通して思い出した。
私がアイツと幼馴染で恋人同士だったことを。
私が心臓の病で倒れて、余命宣告を受けていたことも。
『なぁ、おれのこと思い出したか?』
そして、理解した。
あの馬鹿は死んで、私に心臓を渡したことを。
この私の体に流れるこの血が
鼓動が何よりの証拠であり
全てもの現場を物語っていたから。
「……ああっ、あぁぁああ!」
私は必死に胸を握りしめる。
胸の中にあるこの心臓が、酷く痛む。
ぎゅっと心臓を掴まれてしまったかのように。
今、自分でこの心臓を握り潰せてしまえるならどれだけいいか。
アオトライトの色の涙が私の瞳から止めどなく零れ落ちる。
「どうしてッ……!?陽太ッ!なんで、私なんかにッ……!!」
『ごめんな』
透けた姿で陽太は私に謝る。違う、私はそんな言葉を聞きたかったわけじゃない!
「いかないで、私を一人にしないで」
『それは無理なんだ』
「いやいやいやッ……!そんなの絶対いや……!!」
『お前、我が儘だなー』
ごねる子供を目の前にしているかのような目で私を見て、苦笑いする陽太。
知っている。
この顔は困っている顔だ。
私の手は虚しくも宙を舞うばかりでいつまでたってもアイツの元には届かない。
『美月』
「聞きたくない」
『お願いだ、俺の話を聞いてくれ』
「絶対にいや」
私は耳を力一杯握りしめ、塞ぐ。
だってきっとこの先はお別れの言葉だから。
そんな言葉は聞きたくない。
『美月ッ!!』
「…………」
『頼むから……ッ!最後ぐらい、俺の話を聞いてくれよ!』
滅多に弱音など吐かないアイツが聞いたことない震えた声で訴えかける。
震える手で私はそっと耳から手を離す。
『お前が俺に言った言葉覚えてるか?私がいなくなっても、家族はちゃんと作れって』
「う、ぅん…、ひっく…!」
『俺はずっとお前の傍にいる。お前を見守るから、だから』
「うぅうッ……!!」
『何十年後でもいい。美月がちゃんと心の整理がつけたらお前の心の傷を塞いでくれる俺よりいい男、ちゃんと捕まえるんだぞ』
私の頭をそっと撫でる陽太。
『俺、もう逝かなくちゃ』
「ま、待って……!」
『俺のあげた指輪、大切にしろよな』
いつもと変わらない太陽みたいに眩しい笑顔で笑う陽太。
いつか、お前は言ったね。
まるで私たちは“太陽”と“月”みたいな関係だと。
あの時は格好つけて馬鹿みたいと笑ってしまったけれど、
本当は凄く嬉しかったんだ。
陽太と寄り添って、隣を歩けているような気がして。
『じぁな……っ!』
私の唇にキスをして、そう言い残すだけ言い残し彼はいとも簡単に消えていってしまった。
あの大好きだった笑顔でさえも今では憎らしい。
「わああぁぁん……ッ!」
そして、私の変態幽霊の奇妙な共同生活は終わった。
この消えぬ恋慕の情と一つのアオトライトの指輪だけを残して…。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
〈何十年後のある日〉
「ようた……!陽太!起きなさい!」
「う~んっ……!後、五分」
「何馬鹿なこと言ってんの?早く起きないとは朝御飯抜きにするわよ」
そう言われて渋々といった様子で布団から起き上がる陽太と呼ばれた子供。陽太は眠い目を擦り、リビングへと行く。
「はは、おはよう。陽太、今日もママに起こしてもらったのかい?」
「んー、おはよう。パパ」
「ほら、早く朝御飯食べないと遅刻するわよ」
だんだん目が覚めてきたのか陽太は慌ててご飯を食べ、学校に行く準備をする。
「「いってきまーす!」」
「はい、いってらっしゃい」
靴を履いて玄関に立つ二人。
「あっ、ちょっと待って」
慌てて陽太はリビングに戻り、ある写真立ての前に立つ。
「いってきます『もう一人のパパ』」
ニッコリと陽太は太陽な笑顔で笑う。
「それじゃ、いってきまーす!」
母に元気よく手を振り、友達と学校に向かう陽太。
「あんたによく似て明るい子に育ったわ。まぁ、見た目は今の旦那に似て、あんたより全然イケメンでいい男だけどね」
そういうと、女性は写真立ての前に立ちそっと薬指にキスをする。
女性の薬指指輪には結婚指輪と色褪せることもなくアオトライトの指輪が輝いていた。