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2 かぼちゃパイと(たぶん)折れたベース

 ♪パンブキンパイとシナモンティーに薔薇のかたちの角砂糖二つ~


 ―――と、身支度しながら、珍しく奴が歌っていた。

 聞いたことあるような無いような。何か笑えるのでそのまま耳を傾けていた。シナモンの枝でガラスに三度恋しい人の名を書く?


「古い歌?」

「あー…… 古いなあ。うん、古い。俺からしても古いと思う」


 それは。


「いやフォークソングの大御所だし」

「あー」


 それは納得せざるを得ない。歌手の名を聞いて更に納得した。


「だけど歌詞上手いんだよな、言葉遊び的なものが。日本語が、というかよ、つか落研だったしこのひと」


 落語研究会だ、と重ねて説明をくれた。


「……何で落語からフォークソングなわけだ?」

「それはウチのオズがポエマーになったより不思議なことか?」

「……」


 オズさんというのは、うちがバンドだった時にドラム担当のメンバーだ。ケンショーの昔ながらの友人でもある。


「それにマキノだってそもそもはピアノだったのにウチでは」


 何か方向性がいまひとつ違う気がしたが。ともかく違う畑に見えてつながってるといいたいのだろうこの男は。


「あ、そーいや、あいつらとハロウィンの打ち合わせするんじゃなかったっけ?」


 あー、そうそう、と奴はうなづいた。


「それでだ。カボチャのこと思い出したらパンプキンバイとシナモンティ出てきたんだよなあ」


 そういう連想か。


「そういえば美咲さんの店も、カボチャのケーキだのプリンとか出すとか出さないとか」

「パイは?」

「自分で聞けよ」


 俺も身支度を始めた。仕事の用件なんだから、奴と一緒なのだ。



「遅いー」


 事務所の扉を開けると、マキノが顔をしかめた。こいつ一体幾つになるんだ。俺と一緒か。スタッフと一緒に何やら映像を見ている。


「悪ぃ、ケンショーの身支度が長くてさあ」

「ふーん」

「お前ホントにその辺りだらだらだよなあ」


 傍に居たオズさんが苦笑する。


「どういうフンイキでやるのか、候補は出てんだよ。決めようよ」

「そうそう。何と言ってもメインはカナイ君達なんだし」

「こっちも今回のハロウィンで写真集作ろうってんだからよ。写真集採算がどうのっーなら、ともかくウェブと会報とか」


 そこらで売ってるジャコ・ランタンを頭に乗せつつ口を挟んだのは、ステージやイベントのデザインを仕切るアトリさん。

 今年出て来るハロウィングッズ、とパンフや写真をデスクに広げているのは専属のフォトグラファのアハネ氏だった。


「あまーく」


 何となくそんな言葉が口をついた。


「甘く?」

「スイーーーーーツ?」


 マキノとアトリさんが口を揃えた。一番似合ってそうな二人なのだが。いや、アラフォーなのは一緒なのだが…… それでも何かしら乙女ちっくやフェミニンなものに違和感が無いというのは生まれつきなのか才能なのか。



 当初メンバーだったマキノはある日いきなりベースをやめた。


「折れた」


と愛用していた楽器を皆に見せた。妙に乾いた笑顔だった。確かに。ネックが見事に折れて、太い弦が奇妙な形に曲がっていた。


「折れたって」 

「いや、折れたんだって」

「いや、普通自然に折れないだろ」

「んー」


 奴は目を伏せた。


「だからベース辞める」


 さすがにその時、俺を入れた三人が口を閉じられなかった。


「いやお前、壊れた、と、だから、がつながらないって」

「んー……」


 ふらりと猫の様に奴はその時首を回した。オズさんに言わせると、目線も時々猫のようなことがある、と。何処を見ているのか分からない。


「時々俺に見えていないものを見てるんじゃないかって思うんだけど」

「……え、何それ、あのいわゆる霊的なものが見える聞こえるって……」


 さすがにそれは頭をはたかれた。当時同居人だったオズさんが言っていたのだから間違いないだろう。


「で、バンドも抜ける」

「ちょっと待てぇ!」

「何」

「ベース辞めるとバンド抜けるがまたつながらねえ!」

「だって俺、お前にベーシストとして組もうって言われたんじゃん。ピアニストの俺じゃないじゃん」

「何か違うーっ」

「何が違うん?」


 やや関西が入ったイントネーションで奴は問い返してきた。何やら奴の中では筋道が通ったことなのだろうが、少なくともここに居たメンツには分からなかった。

 ということで、当時普段から奴にとって頼りになる女性であるナナさんというライヴハウスの雇われマスターのところへ相談をもちかけた。場所は美咲さんのところだった。


「オズ君でもお手上げなの?」

「ですねー。というか、元々そういうところがある奴だ、ということで受け入れてるわけで」

「じゃあ仕方ないわよ」


 俺は思わず口を尖らせた。一緒に居たケンショーは喰い損ねた、と美咲さんから用意してもらったミックスサンドを勢いよくぱくついていた。横目でその卵のふんわりさに、後で注文してやる、と思いながらも、一番の問題を片付けようと話しを進めていた。


「いや、だってあの子、昔っからそうでしょ」


 俺は黙った。全くもってその通りだった。マキノという奴は、何処か危うさを持っていた。折ったというベースは、奴の師匠の形見なのだが、この時ひと騒動あった。師匠の死を受け止められなくて、何かをすっぽり自分自身で記憶から抹消していた。無意識に。

 俺からすると何でそうなるのか分からなかったが、奴には割とよくあることだった。


「あんまり辛かったから、せめて生きてくために、無意識にそうしてしまうのね」


 当時ナナさんはほっそりとしたからだ、大人っぽい声で俺に説明した。今目の前にいる彼女はその時よりはずいぶんと貫禄が出たが、それでも頼りになる根っこは変わっていない。


「あたしから言えるのは、様子見。カナイ君昔、そうしてたでしょ。猫ちゃんは感情をコトバにするのが君ほど上手くないでしょ。だからああなっちゃうのよ」

「めんろくさひやっちゃな」


 ケンショーが口を挟む。


「繊細と言って。じゃなかったらナイーヴ」

「まー…… あれなら仕方ない感じがするがな」


 そう言いながら奴は俺のほうを向いた。そらまあ、その手の繊細さとは無縁だがな。というかこいつの無神経さに比べれば誰もがナイーヴだろうに。

 何せこいつは俺という一人に公私とも決まるまで、声と人とごっちゃにして、男でも女でも見境なしに惚れ込んでバンドメンバーにしたという前科がある。

 ……ちなみに俺の前はアトリさんだった。元々デザイン系の学校に通っていたのを中断していた彼は、復帰してあれこれあった結果、うちのスタッフになった。

 とは言え、当時彼は俺より扇情的な声で人気があった。ケンショーに言わせると「訳がわからんけど」唐突に姿を消したのだという。

 ちなみにその彼を保護したのは美咲さんだった。そこでくっつくという話があってもいいんだが、あくまで一過性の居場所だったらしい。

 そして何故か彼は今、サエナの友人だった女と家庭らしきものを持っている。

 ただしその女は絵描きで放浪癖があるので、大概居ないのだが。それでいいのかとアトリさんに聞いたことがあるが、そういうものでしょ、と返された。俺は何となくこの人にはプライヴェートだと微妙に負い目を感じる部分があるので、それ以上は聞けなかった。


「ともかく、あの子は放っておきなさいな。別にすぐにどうこうってことじゃないでしょ」


 ナナさんは俺に釘を刺す。


「まーな」


 俺より早く、ケンショーが口を挟んだ。


「あいつより上手いベースはいつでも補充できる。ただ曲作るには必要だし、人気はあるし、そもそもお前が大好きなお友達だからな。逃がすかよ」


 それを俺のほうを向いて言われても。

 だがまあ、確かに曲作りには必要な人材なのだ。特にオズさんと組んだとき、1+1が2でなく3でも4でも、どんどんあがっていく。というか、そもそも二人とも曲作りという点では1ではなく、0.75とか0.5とかそんなものなのだ。ところが相手の欠けたところをちょうど大量に持っているから、二人で組むと通常の1+1以上の力を出すという具合なのだ。


「……まあそうすると、オズもどうかな」


 つぶやいたケンショーの言葉はやがて現実になったわけだが。



 そして今、本メンバーは俺とケンショーだけとなり、奴等はサポートミュージシャンや作曲担当だの、ともかくメンバーではないものになった。

 ちなみにオズさんが長い時間をかけて聞いた結果、「ベース=師匠=俺が誘ってくれた原因」というのがあまりに強い形で奴の中に存在してということだ。

 そしてまた無意識に、そのベースを「叩き壊したくなった」んだそうで、いきなり振り下ろしてネックを折ってしまったのだという。


「俺は少しすっとした。悪いけど」


 オズさんはそう言った。温厚なこの人にしては珍しいと思った。


「あいつの師匠は、本当にずっと音の中に居座り続けていたから。俺は結構苛立つことが多かった。男の嫉妬だ。情けねえ」


 だがそれだけではない。左手の腱鞘炎がひどくもなっていたらしい。ピアニストだから力は強かった。だがベースは両手に平等に乗せるのではない。その上であの太い弦を、決して太くない指で押さえていた。ある程度以上筋肉のつかない奴には、限界を感じる何かがあったのかもしれない。その辺りは感覚派は決して口にしないのだが。


「なあ何かネタ!」


 今はこうずうずうしくもなったけれど。


「……とりっくおあとりーと」

「やっぱりそれは欠かせない、と。あとは?」

「かぼちゃパイとシナモン茶」

「あーお前それ」

「さだまさし?」

「あ、オズさんも世代なんだ」

「歌詞が面白いときもあれば超重いこともある人だったからなあ。正直その歌詞のマスターが本当に誰を嫁さんにしたのか俺は未だに疑問に思うんだよな」

「普通に考えれば、ミスパンプキンだろ」


 ケンショーが口をはさんだ。


「あからさまにはなってないだろ。想像の余地というものがな」

「あーそれはわかる」


 そこは歌詞書きとしては。


「……何の話になっているか分からないけど、何、カフェコラボでもしようっての?」


 アトリさんが半目開きで俺達に問いかける。


「いいんだよそれならそういう方向に持ってくし」

「かぼちゃ菓子とお茶かー」

「女の子は好きそうだがなー」


 まあその辺りはもう少し煮詰めてみることにした。


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