252円
しゃくしゃく……しゃく……じゃく…………
口の中で、曹達味の氷と真白いアイスクリームが、じゅわりと溶け合う。暑くて暑くて短く息を吐くと、バニラの匂いがすぅっと香った。
高いコンクリートの塀の上。風を求めて上ったけど、ささやか過ぎる風が、慣れた磯の薫りを運ぶだけだった。
青い果実色のノースリーブブラウスに、グレーのキュロットパンツ。薄い生地を使った夏仕様だったが、太陽が頑張ってるせいで、今は脱ぎだしたくなるぐらいに暑い。
箱で買うんじゃなかったなぁ。
コンビニの袋の中の箱から2本目を引っ張り出す。びりびりと小分けにされた袋を破き、バーを取り出す。
口の中に運ぶと、既に先端は溶けかかっていた。手にべたべたした汁がつく。急いで垂れてくる水色透明な液を舌で追い、また急いでバーが見え始めたところにかぶりつく。
4本目を食べ始めたところで、
「おうおういいもん持ってんじゃねえか」
不良が来た。
彼は器用に塀の凹凸に、足をかけ手をかけ上ってきた。
軽業師、という言葉が頭に浮かぶ。
あたしは、手を止め口を止め、彼に見いっていた。何するんだろ、と思って。腕を、解けた氷が、つぅっとつたう。腕がべたべたになるのに気づいたけど、諦める。諦めも、大事なのさ、って。
彼はコンビニの袋をはさんであたしの隣に腰を下ろす。そこから無遠慮に5本目――彼にとっては1本目を取り出し、食べ始める。
はぁっと短く息を吐き出した。
前を見る。
海が、青々とした空を映し、いっそう青々としていた。
ちらりと、横目で窺う。彼は、獣のように冷を求めてがっついている。
「手伝う?」
ぼそりと訊くと、彼はちらりと顔をこっちに向けた。染めていない黒髪が、終業式のときよりすこしだけ伸びていた。
「しょーがねー」
そう言って、2本目にがっつき始める。
「1本、25円だから」
「はあ?」
あたしの言葉に、眉を片方だけ器用に上げて、こっちを見る。バーを握った手元を、水色透明な液がつたう。
「正確には、25円20銭」
「金取るのかよ」
嫌そうに口を曲げた表情はガキっぽかった。
「4本あげよう」
「100円払えと?」
「あたしは6本」
正直に言うと、私はすこしだけ楽しくなっていた。
「10本入りだからなぁ」
彼はあきれたように面倒くさそうに、はぁっと短く息を吐き出した。何か言おうとして口籠もる。
「………あっちぃなぁ」
結局、アイスで濡れた唇から洩れた声は、無難なぼやき声だった。
私は、あきれながらも6本目を食べ終わり――ノルマ達成した。
自分の分を食べ終わるとやることがなくなった。ぼんやりと景色を観る。目の前には海が広がっていた。砂浜にはゴミが散らばっている。海に浮かぶテトラポットには、海鳥がとまっているが、どんなやつがいるのかは分からない。
「“I don’t know.”」
「は?」
「“I don’t know.”」
「はぁ」
彼は、最後の1本――4本目を取り出す。取り出して、顔をしかめ、目の位置に掲げる。
それは、見事に、どろりとした、液体だった。水色透明の液体と、白いアイスクリームが、へにょへにょと。バーが袋の中で漂流した舟のように、マーブルの海にぷかぷかと浮いていた。
「あーあ」
彼はまず、袋を慎重に開けた。次に、バーを抜き取る。そして、袋の中の液体を、口の中に流し込んだ。男らしいのどぼとけが、鳴る。
「フロート、みたいな?」
「まあ、似てる」
あたしたちは、ゴミをコンビニの袋に全て入れると、塀の上から飛び降りた。あたしは平べったいパンプスだったけど、まあ無事に着地。ただ、足の裏がじんと痺れた。
彼はジーパンのポケットから黒い財布を出し、あたしの手の平に、100円硬貨を1枚落とした。
あたしたちは途中にあったゴミ箱にコンビニの袋を投げ入れ、しばらく無言で歩いた。
あたしは時おり唸った。右手に握りこんだ100円硬貨を手の中で転ばせる、という遊びをしていた。
彼はそんなあたしをちらりと気にしたけど何も言わない。
両方とも、手がべたべたして気持ち悪かった。
「暑いねえ」
「そーだな」
「また、アイス買う? さっきのの、新味が出てるんだよ」
「何味?」
「抹茶」
「あ、うまそう」
「でしょう?」
あたしはふふんと鼻を鳴らした。
「だから、今度は円藤が奢るんだよ」
「何でだよ」
「安いよ。なんたって2割引だもん。252円だよ」
「……そんなに食ったら腹壊すぞ」
「う、うーん」
「アイスで腹壊すなんて、馬鹿みたいじゃん」
「じゃあ、こうしよう」
「どう?」
「お腹壊すのは覚悟の上で、もし本当にお腹壊したら、面倒を看る、ということで」
「はあ? それさ、両方やっちゃたらどうすんだよ」
「その時は、」
「その時は?」
「その時さ」
夏は暑い。2割引なら、アイスを買おう。
暑いから、すぐ溶けちゃって手をつたうだろうけど。
おわり。
恋愛までは発展しませんでした。……たぶん。
アイスって美味しいですよね。
1箱くらいぺろりといけちゃいます。