楽園の甘い果実
慈愛の神を信仰するインフェクシア教団が
トーレス大陸を自分達の信仰する神の大陸として統一する為には
三つの障害があった。
第一は大陸に古くから根付いている月の女神ミリアの団体。
彼らの信仰心は厚く、それ以外にもインフェクシア教団が
過去に浄化した神の使徒の多くは女神を信仰するクロライド教団に改宗しているという事実がある。
ただ、今までクロライト教団に攻撃を行わなかったのは
彼らが武力での抗争を好まず、軍隊と呼べるものを持たなかったことと
他の滅ぼされた教団の最後の拠り所、として活用する為だった。
過去には、逃げ場を無くして追い詰められた教団に多大な犠牲を強いられた事もあり
最終的にインフェクシア教団を受け入れられなければ
クロライド教団に改宗する方向へ導くという心理操作を行うことによって
抵抗を少なくし、被害の縮小を図る。
これにより、殉教者の数も大幅に減っていった。
しかし、今回に限っては他に改宗するような宗教はなく
彼らは最後まで戦い抜く可能性があった。
そして第二の障害は、魔神教団ベーゲルの存在で
彼らは大々的な神殿や宿舎を持たず、たとえ信者が希望して入団できる
と言った存在ではなかった。
一部の人間には、魔神教団に認められることが人生の目標
とまで言われている団体であり
そんな彼らの実態がを掴むことが出来ないような存在と戦うことは
終わりが見えない戦いとして重くのしかかり、これまでは禁忌とされていた。
そんな彼らに対しても戦いを挑まねばならない。
その重圧にインフェクシア教団総主教もまた、苦悩していた。
ただ、その二つを克服したとしても最後に最大の難関が待っている。
第三の障害は、無神論者だ。
彼らは自分達の生活を自分達の意志で行っていると思っている。
そこには、神に対する感謝や感動もない。
全てが慈愛の神による恩恵であることに気が付く事すらない。
あろうことか、その神を否定すらするような者達だ。
そして最大の問題は、彼らを完全浄化することが不可能だ
という事にある。
教団信者比率で言えば、インフェクシア教団が絶対的に多いのだが
大陸の人間全てを合わせると実に三割程でしかない。
更に他の大陸を考えると、その数を浄化した時信者たちは
その血塗られた神の手に救いを求めるだろうか?
総主教はその生涯をどうやって克服するか?
という事で頭を悩ませている。
そして、彼が向かってしまうのは決まって
インフェクシア教団の研究施設がある建物だった。
そこには、総主教であるビクティムが古くから師事しているバニティ
と言う男がいた。
「議会の方は既に承認済みです。
このまま、大陸全土をわが神インフェクシアが統べる準備が整っています」
報告するビクティムの表情は硬い。
「そうですか、こちらも順調ですよ。
この戦いは我が神、インフェクシアにとって大事なものとなるでしょう。
ですから貴方には、この時の為に用意した聖獣を与えましょう。
そして、この世に神が顕現するのももう間もなく。
あなたの中にある三つの心配など、神が解決してくださるでしょう」
その言葉にビクティムは深々と頭を下げる。
「より多くの人々が幸せになる為に、少数が不幸になる事は
往々にしてあるものです。残念ながらすべての人が幸せになる事は不可能なのです。
しかし、そんな時には唯一、神の力を求めなさい。
それこそが、全ての人間の幸福に繋がるのですよ」
彼の考えは二百年の時を超えても変わることは無かった。
その彼はかつて至高の勇者としてこの世界に名を馳せた人物だった。
ただ、今は名前を変え、神を生み出そうとする研究者バニティとして生きている。
この研究が実を結び、神を創造出来たなら、あの時、魔王女フィリンの
口づけに対する答えが出るかもしれない。
かつて勇者として名を馳せ、今また神の創造主として
歴史に名を刻もうとするそんな自分に酔っているのだろうか?
禁断の果実に手を付けた存在が、どういう結末を迎えるのか
今の彼には思いもつかない事だった。
そして、彼は今日もまた研究を続ける。




