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ドラゴンズ・ファクター  作者: アマシロ
9/12

第8話:手記








 それから更に1週間が経ち、順調に成長したソフィは飛べるようになった。

 日に日に大きくなっている、という言葉をこれほどまでに実感させられることなど他にないだろう。体長は倍くらいには伸び、抱えて歩くことが難しくなっている。もう一緒に寝転べばこちらの足先から腰にまで届こうかというほどには長い。その分だけ体重も増えているはずなのだが、それを感じさせないくらいに動きはなめらかで、俊敏な猫のようだ。

 家の中で飛び回るには少々狭くなったものの、何をどう頑張ったのかさして風を起こさずにホバリングするから驚きである。……断崖鷹ブレイブホークの風を操る能力だろうか?



――――――ただ、いい加減に離れに相当する竜舎に入れるようにしないとそのうち部屋から出入りできなくなりそうなのだが。



 竜舎とは竜のために作る別棟みたいなもので、一般的なものでだいたい中型竜まで自由に出入りできるように大きな扉や寝床が用意してあるものだ。普通の部屋とはサイズが違う。父さんと母さんが竜使いだったこともあって、当然のようにこの家にもある。




「ソフィー?」



 おいでー、と竜舎の方から手を振るが、そのソフィは拗ねたように父さんの部屋の巨大な窓の側で丸くなって聞こえないフリ。

 実のところ父さんの部屋は窓が二つあり片方が庭に、片方がこの竜舎とダイレクトに繋がっている。最早窓じゃなく扉である。まぁ元々は窓だったのに後から竜舎を付け足したらしいので窓だろうか。だから、一応この部屋に移れば一緒に過ごすことはできるのだが。




「仕方ない……俺も父さんの部屋に移るか」



 すると機嫌よく起き上がったソフィが翼を羽ばたかせて風を操り、父さんの部屋に積もっていたホコリを庭の方に追い出しにかかる。便利っちゃ便利なのだが、それでいいのか断崖鷹ブレイブホーク。それでいいのかソフィ。というかもう完全に言葉を理解してるよな。

 後は水拭きと布団を干すくらいだろうか――――と、何も言わずとも布団を背中に乗っけて庭へ運ぼうとするソフィである。



「………待て待て待て、俺の仕事が無くなる!」



 得意げな顔で布団を担いだまま逃げるソフィを苦笑と共に追いかけ、風で器用に布団を浮かせて物干し竿に掛けるのを見て思わず顔を引き攣らせる。

 いくらなんでも風の操作が精密すぎやしないだろうか。竜ってこんなに便利……もとい凄いのだろうか。




「おじゃましま―――――きゃあ!?」

「へっ」




 と、垣根を飛び越えてきたティアがその風の余波に煽られる。ソフィもこっちに風が来ないようには配慮してくれていたものの、他は適当だったらしい。ティアは素早く体勢を立てなおしたものの、スカートでジャンプしている間に下から巻き上げる風を受けたらどうなるのかは自明の理というやつだ。目を逸らさえねば、と思いつつ見てしまうのは男の性か。




「……なんで普通に見てるの」

「悪い、つい」




 スカートを押さえて赤くなるのを見ると、ティアにもちゃんと恥じらいがあるようでなにより。見えないようにしてるとはいえ、気にしてないのかと心配していた。




「――――白か」

「ななっ!? ど、ど、どうして!? レギンス履いてるよね、私!? ……って、あ」



「さーて、今日もソフィが白いなー」

「い、いくら幼なじみでも限度があります! 断固抗議します!」




 いや、いつも下に履いてるからって垣根をジャンプされると目に毒なんだよ。

 あといっつも焦ってると丁寧語になるせいであんまり怖くない。生暖かい目で見てやると、ティアも勝てないと悟ったのか肩を落とした。



「うぅっ、まぁ今回は私が悪かったけど……でもこう、もうちょっと紳士的にしてくれても」

「俺が紳士的とか、逆に怖くね?」



 まぁこれに懲りたら普通に入って来い、と言うとティアはちょっと意外そうに目を瞬かせた。



「……てっきり近所で噂になるから嫌だ、って言われるかと思った」

「んー? ああ、そういやあったなー昔は。でも別に俺が気にすることでもないよな、というか主に気にしてるのティアだけだろ」



「――――そ、そうなの!?」

「え、なんでそこで驚く」




 そりゃあ苦手な相手と噂になったりしたら嫌だが。と、意味がわからなかったのか、ソフィが不満気に足を小突いてきて思わず苦笑する。




「噂になるってのはな、付き合ってる――――あー、恋人なんじゃないかと疑われることだよ。え? 恋人ってのは……家族の前段階、かなぁ?」




 頷くか、首を傾げるか、首を横に振るか。

 しゃべれないソフィだけれど、これだけできれば大抵のものは伝わってくるし、ドラゴン故に表情がほとんどなくても一緒に暮らしてれば雰囲気で分かる。……我ながらなかなかの竜使いぶりじゃないだろうか。と、まだ何か気になってるような顔をしている。




「家族? 家族ってのは父さんと母さん、それで子どもがいたりいなかったり……ほら、昨日行ったお肉屋に子どもがいただろ?」

「………アルト、まさかそれ本当に言葉分かってるの?」



 ティアには変な目で見られたが。それでもなんとなく、ソフィは分かっていると思いたい。いや、分かってくれていると信じている。分かってくれてると嬉しい。



「俺の父さんと母さん? 死んじゃったけどさ、いい人だったんだ。さっきの部屋さ、父さんの部屋だったんだぞ」



 

 きっと、こうして落ち着いて家族のことを考えられるくらいには前に進めたのだろう。何をすればいいのかわからなかった静かな家に、ご飯をくれと騒ぐ幼竜が来ただけで賑やかになった。やるべきことができた。やりたいことも見つけられそうだ。





「――――それで、えーと。家族ってのは一緒にずっと楽しく暮らすってことだよ」

「ピィ!」




 じゃあわたしも、とばかりに元気よく鳴くソフィの頭を撫でる。




「あはは、そうだな。家族には一緒に暮らす動物枠も必要かもなー。え? 不服か?」

「えっと、家族ならお嫁さんが必要ですねっ?」




 ソフィはペットじゃ不服らしく。そしてティアも仲間に入りたそうな目でこっちを見ている。……え、いや。なんだろう。誘っていいのかこれ? って、なんだソフィ。およめさんは何か?

 とりあえずどう反応すればいいのか分からないティアは一旦置いておき、やたらと興味津々なソフィの相手をする。




「うーん、子どもができる前のお母さんかな。え、子どもはいつできるのか? 運だな。お嫁さんになるには何がいるか? 愛かな。愛ってなにか? う、うーん……“好き”が勝手に“愛”に変わるんじゃね?」




 難しかったのか、考え込んでいるソフィは置いておいてティアの方に視線をやると、「軽率でした」とばかりに目を逸らすティアに苦笑して。


 なんとなく、窓の前で靴を脱いでそのまま父さんの部屋に足を踏み入れる。ホコリが積もっていた暗い部屋は、綺麗になった。ソフィが綺麗にしてくれた。だからきっと、俺ももう一歩踏み出せる。

 無造作に机の上に置かれていた本を手にとって見れば、あちこちが擦り切れた日記。手にとってみれば、中には空を飛ぶデフォルメされた竜が書かれていた。




【今日から戦闘機動の研究を始める。授業では急旋回くらいしか習わないが、とても足りない。仕方がないので断崖鷹ブレイブホークの生息地に行き、ランスには彼らと追いかけっこをしてもらうことにした】



 ええぇ…? 追いかけっこ?

 おかしい、これは本当に父さんの日記なのだろうか。思わず表紙に戻って確認するが、間違いはない。それに確かにランスは父さんの竜の名前だが。



【ランスは断崖鷹にまるで追いつけない。小回りが違うのだ。これでは昼飯が手に入らない。どうやら無計画だったようだ。最終的にブレスをばら撒いて焦げた鷹を二人で食べたが、これでは大型竜に勝てない】


「そりゃそうだ」

「え、なになに?」




 ティアとソフィも顔を覗かせ、椅子に座って日記を読むことに。

 少なくとも戦闘機動の図柄らしきものがあるのだから何かしら完成したのだろうが、なんとなく父さんのイメージが崩れる日記である。




【そこで、旋回する相手に対して一度上昇してから急降下することで進路を読みつつ最短距離で加速する方法を編み出した。ランスが。さすが俺の竜】



「……う、うーん。いや、言ってることは分かるんだけどランス任せかぁ」

「なんだかちょっとアルトに似てるね」


「どこがっ!?」

「え、なんかこう、テキトーな感じが」



 ショックなような、それでも微妙に嬉しいような。微妙な思いを抱きつつも気を取り直して読み進めると、大体は父さんの戦闘における考え方が見えてくる。




【――――竜同士の戦闘において、上昇中は圧倒的に不利だ。その隙に相手はこちらを狙い撃ちにできる。的も大きくなる。それに太陽を背にされると眼がいい竜には致命的だし、上と背後を取られようものなら一方的にブレスを撃たれるしかない】



【そこで、張り付かれたらとにかく振り払うしかない。定番の急旋回ではなく下方宙返りで逃げるのはとても便利だが、ランスは凄まじく嫌がったので説得した。――――要はやったことないから嫌なのであって、特訓で腹が減った時に後ろ下方に肉を放り投げてやれば見事な下方宙返りを見せてくれた。この図が大体の進路である】



「と、父さーん!?」

「うわぁ」




【ほか、擦れ違った時にも宙返りで相手を追うのは便利だ。上下反転してしまうので適当に回転する必要はあるしランスは嫌がったが、いつもの手で説得した。あと、酒場で皆で考えたバレルロールも楽しそうなのでランスにやってもらおう――――】





 そこで俺は無言で日記を閉じ、机の上に置いた。

 ごめん、なんか父さんがごめんランス! 思い返してみればきっちりした母さんに対して父さんはけっこう細かいとこは雑だった気がする! 


 その後、ソフィが早速部屋の窓から飛び出して上方宙返り反転を決めたり、バレルロールで目を回して地面に墜落したりしたもの、フレイと追いかけっこをさせてみると父さんの空中機動はなかなか参考になることが分かった。

 いや、これで参考にならなかったら父さんのイメージが崩れて終わってたけど。……良かった。参考になってくれて本当に良かった。









すみません、夏風邪になりました。次回更新遅れるかもです、すみません。

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