第7話:デモンストレーション
ご希望を頂きまして、行間を狭める実験中です。また、個人的に面倒だったので地の文での敬称とかは抜きました。
可能な限りは修正していきますので、気になる点などありましたら送っていただけるとありがたいです。
「はい、皆さんお久しぶりです! 全員無事に孵化させられたようで何よりですが、今日から半年間は重点教育を受けてもらいます。今が竜使いになるために一番重要な期間ですから、気を抜かずに頑張りましょう! ではまず最初の授業ですが――――」
―――――休みが、終わった…。
おかしい、ついこの前まだ「休み半分だ」とか言ってたはずなのに…。
ソフィを風呂に入れようとしたらお湯の温度を嫌がって大暴れしたり、ティアの卵が孵ってい緑色の竜――――フレイが生まれたり、ソフィが口から煙幕よろしく大量の煙を吐けるようになったりと色々あったがもう学校とは。
ガネーシャ先生も生徒たちが無事に孵化させたのが嬉しいのか、ニコニコと微笑みながら最初の授業の内容を高らかに宣言する。
「―――――皆で遊びましょう!」
………
……
…
竜使いの学校というだけあって、ここでは竜を放しておくための中庭は広い。校庭は校庭でいいのだが、中庭ではわざわざ雑草を適度に刈り取って草原のような状態を維持しているので休憩したり寝転がるのに適している。
というわけで、全体が12人であることもあって3人1組でそれぞれ好きに過ごすことに。………恐らくは竜との信頼関係を結んだり、他の竜とのコミュニケーションを取らせることを重視しているのだろう。
他の竜と過ごすことに慣れていなくて団体行動のできない竜というのは扱いにくいことこの上ないだろうし。幼竜の頃から必要とあらば他の竜と一緒のスペースにいられるくらいにはしておきたいと考えるはず。竜の傷害事件はけっこう厄介で、竜使いまで負傷するようだと“処分”されることもある。それを防ぐためにもこうした交流が大事ということだ。
「え、えっと、その……よ、よろしくお願いしますね! ティ、ティアさん、アルト君!」
「ええ、よろしくお願いしますロイン君。――――アルトもよろしくね」
「ああ、よろしく二人共」
実際、中庭のあちらこちらで竜たちが威嚇し合ったり取っ組み合いが始まったりと、なかなか混沌としているのが現状である。先生も忙しそうだし。一応、学校では手綱を付けとくのが推奨されているものの、幼竜とはいえドラゴンはドラゴン。人間がそう簡単に押さえ込めれば苦労はない。
その点、この前孵ったティアの竜――――フレイとソフィは仲よさげにボールを落とさないように鼻先でパスし合って遊んでいるのだが。というか無駄に器用だ。
なおロインの黄色の竜は、土属性だからなのか凄い勢いで穴を掘っている。
「う、うわぁ! だ、ダメだってばガロール!」
「……やっぱソフィはおかしいよな」
「フレイもね。ということはやっぱり……」
人間の血で、竜が賢くなる?
確証はないとはいえ、ソフィにもフレイにも同じような効果が出ているらしいとなれば可能性は高いのではないだろうか。
「ねぇアルト、これ凄い発見じゃない?」
「どうだろうなぁ……凄いっちゃ凄いけど、“竜使い”に向いてるかと言えばそうでもないかもしれないぞ」
「そ、そう? ソフィちゃんもフレイも素直でいい子だし――――」
「反抗期とかあるかもしれないし。……それに、頭が良いからこそ戦うことが嫌になるかもしれない」
「た、確かに……」
「……まぁ、それはそれでいいのかもしれないけどさ」
ソフィが幸せなら、好きにしていい――――そう思うのは、悪いことだろうか。
「それしか知らない」からではなく、「ここに居たいから」いてほしいと思うのは、無謀かもしれないけれど。そんな言葉にしなかったあたりがティアにも通じたのか、ティアは意味深な笑みを浮かべて言った。
「なんだかアルト、お父さんみたいだね」
「…っ、お前なぁ……」
確かに「好きにしていい」っていうのは父さんが俺によく言っていた言葉だから間違っちゃいないんだろうけど、そのあたりはティアにとっても地雷だろうに。
と、ティアは自分でも少し困ったような素振りを見せながらも、照れ隠しなのかフレイの背中を優しく撫でて言った。
「あ。一応言っておきますけど、褒めているのですからね」
「はいはい。ってもお父さんねぇ……彼女もいないのに」
確かにソフィの世話をあれこれ焼いてるのは自分でもなかなかの熱中っぷりだと思うけど、竜使いなんてみんなそんなものじゃないだろうか。と、ティアがなにか探るような目でこちらを見つつ言った。
「……でもアルト、シンシアさんと仲いいですよね?」
「んー?」
ああ、クラスメイトのちょっと大人しい女の子。
ティアが向いた方にちらりと目線を向けてみれば、噂をすればなんとやらで黒髪に緑の瞳のおとなしげな女の子と目が合って、会釈されたので返しておく。
「まぁ、確かにそうだけどティアほど話してないし。つまり彼女になれるには圧倒的に遠いってことだな」
「……っ、な、なんだか凄く気になる言い回しだけど……」
そういえばずっと昔のまだ小さい子どもだった頃以来、告白されたとかそういうイベントは無い。ティアに告白とかしたらどうなるのか? と考えてみるものの、素直に受けてくれるティアっていうのは想像ができない。というか彼女になったティアが想像できない。
「まぁ、とにかく一人前になってからかな」
「……うん、そうだね」
その後も何度か組み合わせを変えて竜たちにコミュニケーションを取らせ。好戦的だったり好奇心旺盛な他の竜たちに対して、どこか興味なさげなソフィが浮いてるのがかなり気になったものの、大きな問題は無いということになった。先生は仲裁で死ぬほど忙しそうだったが。
それからの授業は、また卵選びの前と同じように竜使いとしての基本的なルール――――竜の成長が止まってしばらくしたら翼に切れ込みを入れるとか、正式に竜使いとして認められるまで家の外では手綱をつけておくこととかを復習し。
そして今日最後の授業では新人竜使い候補と幼竜たちに手本を見せるということで、現役の竜使いの訓練を見ることになった。その竜使いというのが――――伊達メガネを掛けた、黒髪青目で長身のイケメンで腹黒スマイルを浮かべていたのだが。
「―――――やあ、来ちゃったよ」
「何をなさってるんですか、兄様」
「いやアンタこういうイベントに来る人じゃないでしょう」
普通もっとこう……竜使いになって数年とかのフレッシュな人が来るべきじゃないだろうか。いや、この人もたしかまだ4~5年くらいしか経っていなかったとは思うけど…。そんな12人の生徒たちの歓声とか悲鳴とか呆れの声とかを一切スルーして爽やかな笑みを浮かべたティアの兄、ケイオスは言った。
「それじゃあ今回の授業は私、ケイオスに一任されたのでどうぞよろしく。実は今までは忙しくてこういう経験がなくってね。出来る限りのことはさせてもらうから楽しみにしていてくれ」
そう言ってケイオスが手を上げ、振り下ろす。
基本的なハンドシグナルの一つであり、竜に着地地点を指示するものだ。すぐに上空から真紅の影が舞い降り、不思議なほど穏やかな風とともに校庭に着地した。
「これが、私の竜―――――ヴォーガンだ」
――――――大きい。
とにかく感じたのはそれだった。
これまでは「竜といえば大きいのもいる」くらいにしか思っていなかったが、実際にソフィを見ていて、そしてこうして巨体を見上げると本当にここまで大きくなるのか疑問に思わざるをえないほどにヴォーガンは大きな竜だった。単純な大きさだけでも一軒家くらいは軽く超えているだろうが、あるいはどこか理知的にも見える落ち着いた雰囲気がその大きさと併せて巨大な要塞のような印象を与えているのかもしれない。
「さて、ヴォーガンは火属性の竜でね。さすがにベヘモスほどとはいかないが少々面白いことができるよ―――――やれ、ヴォーガン」
そう言ってケイオスが指し示すのは恐らくは的として用意されたのだろう、校庭の中心に置かれた金属の板。
ヴォーガンはおもむろに口を開くと、僅かに息を吸い込み―――――真紅の線が飛び、空気が炸裂した。いや、実際に目にも留まらぬ疾さで火球が放たれたのは分かったのだが、どういうわけか鉄板に着弾するとその火球が爆発を起こし、鉄板を木っ端微塵に粉砕していた。
「嘘だろ…っ!」
「す、すっげー!」
無邪気に喜ぶクラスメイトたちを尻目に、実のところ初めて見た若手トップクラスの竜のブレスに顔を引き攣らせる。……もしかすると父さんと母さんも竜にそういう技を教えていたのかもしれないが、とてもできる気がしない。もちろん、人間でどうにかできるなら竜が戦場を制するなんて言われなかったのだろうけれど。と、心なしか得意げなケイオスが再び口を開く。
「さてこのように、戦場での竜の主な攻撃手段はブレスとなる。飛べる竜同士での対決であれば、大型の竜はブレスを放ち、小型の竜はそれを掻い潜って近接戦で翼を狙うことが多く、小型から中型の竜の戦闘機動も様々なものがある。だがまぁ、私の立場としてはこと直接戦闘においては大型竜が最強であると言わせてもらおうかな」
ケイオスが片手を振り上げ、ヴォーガンが翼を振るうと風の精霊が一斉に集まったのだろう。その翼が明るい緑の輝きを纏い、そのまま滑らかに離陸して上空高くへ舞い上がる。するとケイオスは自身の右手に火のマナを集め――――。
「さあ、行くぞヴォーガン! 【鳴動せしは大地の鼓動、紅の霹靂、土の光、空を裂き陽を射抜け、炎の槍よ! ――――フレイムランス!】」
それは先ほどのヴォーガンのブレスには遠く及ばないにせよ、竜使い候補生には遠く及ばない規模の魔法だった。先ほど的にした鉄板くらいなら容易に貫いてみせるだろう、恐らくは中級……しかしその中でも上位に位置するだろう魔法。瞬く間に槍の形を作った紅蓮の炎は、先に飛び立っていたヴォーガンを凄まじい勢いで追跡。そのまま赤い巨体に接近し、大きな爆発を起こした。
当然、一部を除いてどよめく生徒たちだが、あの伊達メガネが何も考えていないはずがない。煙が晴れれば、何事もなかったかのように悠々と飛行する真紅の要塞が見えた。
直撃する一瞬前に展開された分厚い風の防壁によって魔法が迎撃され、全くダメージが通っていないのだ。
「―――――このように、大型の竜には自身を守る強力な防壁を形成する能力もある。まぁ、いくら私でも本気で自分の竜を攻撃したくはないから中級魔法で抑えたが、上級魔法や中型くらいの竜のブレスなら完全に防ぐことができる」
今度は、誰もが静かだった。
意外と、竜と身近に接しているこの里の人間の方が外の人間よりも竜の恐ろしさを知らないのかもしれない。例えあの防壁を抜いたとしても、竜自身にも魔法を減衰する強力な竜鱗と、強靭な肉体がある。ヴォーガンを撃破するのであれば、それこそ同クラスの大型竜を連れてくるか至近距離で防御を抜く、あるいは竜使いを倒すしかないだろう。
すっかり静まり返った生徒たちに、ケイオスは微笑みかけて言った。
「そしてもちろん――――君たちの竜もそれぞれ素晴らしい能力を持った存在に成長するわけだ。君たちと共に戦える日を、私も楽しみにしているよ」
歓声が爆発し、にこやかに微笑んだケイオスは例の飛んできた竜に飛び乗る曲芸を披露してそのまま飛び去っていく。そんな中、俺は一人ソフィを見つめ、想像していたよりもずっと差し迫った現実を思った。
(――――…もう、「竜使いになりたくない」なんて言ってられないよな)
ソフィは、俺の相棒だ。
戦いたくないとか、戦わせたくないとかじゃなく、ソフィが生き残れるように戦い方を教えないといけない。そのために、何よりも自分自身が戦い方を覚えなければならない。一歩、踏み出さなければ。
―――――書庫を開けよう。
父さんと母さんが遺した、竜使いとしての記録を纏めた手記を読もう。
今回のデモンストレーションを見て大型竜なら、と思わないでもないけれど、父さんの竜であるランスもせいぜい中型。父さんがそれなりに有名な竜使いだったという話を信じるのなら――――きっと、どこかに進むべき道があるはずだ。
「……がんばろうな、ソフィ」
「ピィ!」
頭を撫でれば、ソフィは嬉しそうに応じて。
コイツのためなら、きっと頑張れると、そう思ったんだ――――。
tips
魔法の階級分け
熟練した魔法使いがその魔法を唱えた時に必要な最低の呪文の長さで決定される。呪文はイメージが固まればいいので割と適当。なお人間以外では平然と上級魔法相当のブレスを吐き出すドラゴンもいたりする。
初級:ほとんど詠唱は必要ない。あるいは3秒以内に詠唱の終わるもの。ある程度固定の詠唱。
中級:どうしても詠唱は必要なもの。10秒以内で詠唱が大体終わるもの。
上級:長い詠唱が必要になる大魔法。
超級:上級の中でも1分以上の詠唱が必要になるような規格外の大魔法のこと。