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ドラゴンズ・ファクター  作者: アマシロ
6/12

第6話:いつかの理想へ






「――――そういや、あと3日で学校か」




 また新しい朝である。

 なんだかんだで卵選びから3日が経過し、学校の再開が近づいてきた。卵選びの日を込みで1週間の休みなのだが、半分は経過したことになる。


 とりあえずソフィのこれまでの成果を纏めてみると「光る」「待て」「おすわり」「ティアにもそれなりに懐く」「大ジャンプ」くらいだろうか。……いい加減にティアに貰った肉も無くなりそうだし餌を買いに行かねば。


 あと、人の足にひっついて眠るのは地味どころじゃなく暑苦しいので止めて欲しいのだが。一応今は真夏だし。




「……ソフィー、朝飯にするぞー」




 というわけで着替えて台所へ。

 飯と聞くと元気に台所までダッシュするだけでなく、驚異的な脚力で調理台の上に飛び上がるあたりは流石ドラゴン。やってることは犬とか猫だが。


 ちなみに火炎魔牛の肉ばかり食べていればすぐにブレスを吐けるとかそういうわけではない。竜の学習能力は驚異的だが、生まれてすぐ食べたもの以外はそう簡単に効果が現れないらしい。学者たちの間では最初の食事を骨組みにして、そこに付け足す形になるからだとかなんとか。その割には簡単に光ったが。


 ………しかし実際のところ人間の血でどうなるのか。手先でも器用になるのだろうか? 最終的なサイズもイマイチ想像しにくい。若干賢いような気はするが、こういうのは得てして自分の竜が一番賢く見えるものだろう。




 試しに肉を食べ終わった後に箸を持たせてみると、鉤爪で箸が真っ二つになった。……そりゃそうか。呆然と真っ二つになった箸を眺めるソフィを抱え、一先ず昼ごはんのために買い出しに出ることにした。





 肩掛け鞄にでもソフィを入れてみようかと思ったのだが、「ここが定位置」とばかりに右肩に飛び乗ったのに思わず苦笑して――――デカくなってやられたら肩が外れそうだな、と少し思った。








―――――――――――――――――――――







「―――――げっ」

「げっ、とは心外だなアルト君。未来の義理の弟候補に冷たくされて私は悲しいよ」




 そんな感じで市場へ行こうとしたら家を出てすぐにティアの兄のケイオスさんに出会った。

 性格の悪いイケメンが憂いを帯びた顔をするのを見るとかなり鬱陶しいのだが、下手に刺激して更に面倒なことになっても困る。というかアンタは他人の評価とか気にしそうにないのだが。




「……えーと、ケイオスさんもお買い物で?」

「うん、まあね。これは極秘の話だが――――どうにも新人を上手く利用してベヘモスの部位を持ち込んだ商人がいるらしくてね。それも通常部位ではなく爆弾代わりにもなるような危険部位だ」




「いや、極秘の話とか振られても困るんですが」

「ははは、君なら大丈夫だろう?」




 平然と面倒事に巻き込もうとするあたり、あのジジィと同じで物騒極まりない。

 しかし、この里の中に何も知らない新人以外でそんな爆発物を必要とするような人間がいるとも思えないのだが……。閉鎖されたこの里の交流環境は、せいぜい一部の商人が年に数回だけ大規模なバザーを開く程度のものだ。




「うーん、見かけた時に報告してくれるくらいでいいんだけどねぇ?」

「……はぁ、わかりましたよ」





 俺が見つけられるくらいなら、簡単に見つけると思うのだがこの人。

 悪人じゃなくとも、何考えてるのか分からないのは厄介だ。むしろ単純な悪人の方が手の内が読めるだけ対処はしやすいかもしれない。


 あるいはソフィにも俺の警戒が伝わったのか、煙を吹いて威嚇するのはいいのだが、それが焼き肉の香ばしい匂いの煙なせいでなんというか気が抜ける。食ったものそのままなのか。というか人の肩の上でなにしてるんだ。




「ソフィ、待て。怪しげな人が居ても悪人じゃなきゃ煙は吹いちゃだめだからな」

「あはは、やっぱり怪しいかい? 私は」




 止めても何か気に食わないのか、ケイオスから目を離さないソフィはさておき。きっぱりと頷いてやる。




「まぁ怪しいですね。というかなんですかその伊達メガネ」




 イケメンが黒縁伊達メガネとはどういうことか。変装か何かなのだろうか。

 と、ケイオスは似合わない爽やか風な笑みを浮かべて言った。




「いやぁ、実は帝国の女性とお付き合いしていてね。これはファッションだよ、アルト君も一つどうだい? ティアもけっこうこういうのは好きだと思うけど」


「遠慮しときます。……じゃ、俺らは昼飯を探しに行くので」





 まぁ、面倒をこれ以上押し付けられる前に撤退するに限る。

 なんやかんやで初の外出をエンジョイしているらしいソフィもようやく外の景色の素晴らしさに気付いたのか、とりあえずの脅威? であった腹黒伊達メガネから視線を逸らすと、どこまでも続く青空を興味深げに眺めている。


 ただ、最後に余計な言葉を背後から投げかけられたが。




「ああ、竜のための食材なら中央東ブロックの裏通りなんてオススメだよ。それこそ――――そこでしか出会えない食材があるくらいにね」




 振り返って真意を質そうとするが、明らかに狙っていたのだろう。滑空してきた真紅の竜――――ケイオスは自身の竜であるヴォーガンの背中に軽やかに飛び乗るという曲芸をやってみせ、そのまま飛び去っていった。




「………まさか今の嫌がらせのために練習したんじゃないだろうな」




 練習なしでできるとはとても思えない、まさに曲芸。そんなんだから実の妹にまで手に負えない腹黒だと言われるのだ。

 空を飛ぶ真紅の竜を見上げて、自分も翼をバタつかせるソフィに癒されながらも、とにかく生きる糧を得るべく歩き出した。








――――――買い物というのは楽しいものだ。潤沢な資金があり、時間があり、豊富な商品があるのならば。





 特に自分の竜を育てるためにその餌を考えるのは、思っていた以上に魅力的だった。定番の火炎魔牛ブレイズバッファローは買っておくとしても、土属性を利用して鋼のように硬化する森林虎フォレストタイガーや風を操って高速で飛行する断崖鷹ブレイブホーク、口から強力な水鉄砲を放つ大雨蛙レインフロッグなど各属性の定番だけでも悩みどころだ。


 どれか一つの属性に特化させればその分だけ強力な武器を持つことができる。が、応用力は無くなり弱点にもなり得る。




 それに、理想を言えば自分で狩ったものをそのまま与えるのが効率的には比類なきものになるだろう。実際に、竜が自分で仕留めた獲物からの学習能力は買った場合の倍以上であると熟練の竜使いたちは口をそろえる。なにせ新鮮だ。


 まぁ、生後3日で狩りをしろというのがあまりに無茶なのは自明の理だが。





 どうしたものか、と悩みつつも火力より飛行速度を重視したい個人的な理想から断崖鷹ブレイブホークの肉を多めに購入し、ついでに携帯ポーチの中身を補充しつつ幾つか店を冷やかしているとケイオスさんの言っていた区画の通りに来てしまったことに気がついた。




「……うわー、嫌だ。すげー嫌だ。けど気になる」




 一応あの人だって竜使いの一員で、若手最有力な実力者なのだ。本気で危険物があるとかではなく、何かしらのレアな素材があるというのは本当なのだろう。



 とりあえず様子見だけ、ということで裏通りの一番手前にあった『素材屋くらつち』なる店に入ってみれば、なるほど確かに表通りではあまりにみかけない素材が多くあった。……ゲテモノ系とか一点ものとか、よく分からない類のものが多いが。




 果たして無駄にデカイ蜘蛛(特異個体とか銘打ってある)とか、ドリアードの枝(ただの枝にしか見えない)とかはマトモな商品なのだろうか。

 と、店内に何やら見たことのある後ろ姿を見かけた。




「……あれ、まさかバドさん?」

「んお? おう、アル坊か―――って、もう孵ったんだな。元気そうじゃねーか」




 卵選びの時の審判だった、竜医のバルドスさんことバドさん。

 かなり熟練の竜使いであり、竜医としてもそれなりの実績があるバドさんがこんなキワモノっぽい店にいるとは正直に言って意外である。




「バドさん、こんなところでなにしてるんです?」

「こんなとこ……いやまぁそうだけどな。意外と悪く無いモノが多いんで、珍しいブツを探す時は割とこの店を使うんだよ」




「いや、ドリアードとか眉唾ものじゃないですか」




 精霊の宿った木が人型になって云々かんぬん、というのは割とポピュラーな話ではあるのだが、大体が酒場の酔っぱらいが話す下ネタに集約されるのだ。少なくとも未だかつてその手のものを食べた竜が何か反応したという話は終ぞ聞かない。精霊関係で竜が学習しないものは眉唾、というのがベテラン竜使いたちがよく口にしていることだ。




「あー、それな。食べられる甘い枝を『ドリアードの枝』って言う風習の地域があるんだよ。ほれ、おごりだ」




 言いながらバドさんはちょっとしたお菓子くらいの小銭を店主らしきローブの老人に放り。店主が危なげなくそれをキャッチすると、バドさんが金色に見える枝をこちらに寄越した。

 




「……ん、甘い」




 ほんのり甘く、微妙に苦味があるが悪くない。

 物欲しそうなソフィのために半分に折って与えてみると、そこそこ硬い枝にも関わらずバリボリとあっという間に噛み砕いてみせた。……完全にオヤツである。




「まぁ何を学習できるわけでもないんだが、その分他の餌での成長を邪魔しないから気軽に与えられるご褒美ってこった」

「なるほど……いいですね、一箱買おうかな」




 本当にオヤツらしく、値段も手頃だ。箱で買っても500ゴールド。安い店での外食一回分くらいというところだ。






「おっと、そういや微弱な毒があるから食い過ぎ注意だぞ」

「―――――怖っ!? なにそれ平気なんですか」



「ははは、大丈夫だよ天日干しである程度抜いてあるからな。竜なら絶対に平気だし、人間でも一日一箱くらいは問題ねーさ」


「……まぁ、それなら」




 微弱な毒から慣らしていけば、そのうち毒ブレスとか吐けるのかもしれない。

 そんなことを考えながらドリアードの枝を購入し、ほか火属性の魔獣の部位をいくらか。







 その後バドさんの診療所でソフィの健康診断を受け、卵が弱っていたということで一応栄養剤を貰ったものの、ちょっと大人しいくらいでほぼ健康体だということになった。




『まぁ、俺の経験から言うと中型と小型の間……中型寄りってとこかね。乗って高速飛行するには良さそうだが……何食わせたんだ?』




 なんとなく自分の血液だと言うと怒られそうで曖昧にぼかしたのだが、つまり後ろめたいことがあるのはバレただろう。





 なんにせよ大きな問題はなさそうなようで、安心した。

 せいぜい凄い勢いでドリアードの枝を食いまくっているソフィを見ると、肝心の昼飯をきちんと食えるのか心配になるくらいだろう。





 不意に暗い影で陽の光が遮られてソフィと共に空を見上げ、頭上には空を飛ぶ竜。その影の翼に、切れ込みが入っているのを見るとなんとも言えない気持ちになる。





 竜は翼で風の精霊の力を借り、空を飛ぶ。

 竜使いはそれに切れ込みを入れ、飛行能力を削ることで竜に帰還することを強要しているのだ。初期の完全に飛行できなくするものよりは圧倒的に改良されているのだが、そうしなければ竜と共に過ごせないというのは寂しいことだと思う。



 と、枝を食べ終えたらしいソフィが次を催促するように鼻先で俺の頬を軽く突いた。




「………お前なぁ」




 空気を読まないそんな姿に苦笑して、家を目指して走りだす。




「ほら、早く家に帰って昼飯にするぞ」

「ピィ!」








―――――――嫌なら帰らなくてもいい、と思うのは無責任だろうか。




 竜使いの指示で戦うだけの存在にならなくてもいい、戦いたくなければ逃げてもいいのだと言いたくなるのは、父さんと母さんが遺してくれた遺産で十分に生きていけるから、俺に余裕があるからこその考えなのだろうか。



 まだ、答えは見えそうになくて。






 それでも、肩に乗っている温もりがあるだけで心まで暖かくなれた。








―――――もうすぐに、学校が始まる。




 戦うことを学び、敵を倒せる者が賞賛されるだろう。

 だからせめて、忘れないようにしよう。かつて憧れたのは竜の強さでも、それを従えることでもなくて――――。






 ただ、そんな竜と信じ合える姿だったのだから。










 




tips

ソフィ

 古代語にある『知恵フィロソフィア』という言葉から名付けられたアルトの相棒。生後3日で好奇心旺盛、定位置は右肩の上。翼を除いた大きさは小型犬くらい。既に犬を上回るくらいの賢さ。色は白だが、アルビノというわけでもないのか目はスカイブルー。特技は煙を吐くことと身体を発熱・発光させること。


なお、竜には足が二本のものと四本のものがいる。四足のほうが地上での活動に、二足のほうが空中での活動に適しているとされており、二足のものの方が比較的新しい種だとされる。が、どちらも一長一短ある。


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