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ドラゴンズ・ファクター  作者: アマシロ
3/12

第3話:卵選び

tips

魔力とマナはほぼ同じもの。マナを集めたものを特に魔力と呼ぶことが多い。












――――――意識を風に溶かす。ありったけのマナを両手に集め、手と手の間で押しつぶすように圧縮し、逸し、構築するのはただ一振りの刃―――。




「【―――――我が手に集え、風の精霊。収束、圧縮、解放、一振りの剣となりて、大地を駆けよ――――ウインドカッター!】」




 鮮やかな緑の輝きを放つ右腕を振るえば、放たれるのは風の刃。

 地面を舐めるように放たれたそれは、行く手を阻む一切を抵抗なく、まるで元々切れていたかのように切断して突き進む――――!




 ただし、庭の雑草をだが。




「……アルト、雑草くらい普通に刈り取ったら?」

「いや、ほら魔法の練習を兼ねてるし」




 試験は滞り無く終了し、夏休みの初日。今日を含めて週末の休みを2日挟んだ後、卵を選ぶ“禊の儀式”がある。そこから卵を温めて1~3日で孵化する。これは幼竜が生まれる環境が整うまで孵化しない性質を持つかららしいのだが、流石にそのあたりはどういう基準なのか分かっていない。


 そんなわけで、そろそろ家の掃除くらいはしておかないと後々面倒なのである。

 卵を選んだ後は温めたり、儀式に合わせて里を訪れる商人たちから竜の餌を購入したりと色々と忙しい。特に竜の属性に合わせて(親から引き継がれるのか、卵の時点で色はある程度出ているらしい)餌を買う必要もあるし鮮度も大事だしで餌を買うのはあまり早められないというのもある。



 そんなわけで魔法の練習も兼ねて庭の雑草を風の魔法で一掃していたのだが、どういうわけだか庭の垣根を飛び越えてやってきた幼馴染ティアの姿が。ここ何年かは来てなかったのだがどういう心境の変化だろうか。ともかくティアは呆れたような感心しているような、微妙な表情で言った。




「でも一応奥の手だし、もっとこう……秘密の特訓場とか」


「日常と魔法を組み合わせることでより多様な魔法が生まれるんだよ。草刈り用の風魔法だろ、石切り用の熱切断魔法だろ、子どもの頃考えたかくれんぼ用の隠密魔力(マナ)探知魔法だろ、暑い日のための熱遮断複層風防壁だろ」




 風の刃は一から作るより風の流れを変えて集めた方が省エネで発動できるとか、高温だとなんか切りやすいとか。サーチ魔法は既存のものだと自分の位置がダダ漏れになるので他の人の魔力の流れを読んだほうがいいとか、風の防壁を二重にしてその間の空気を薄くすると熱が遮断されるとか。


 特に熱遮断は超高温な竜の“ブレス”を防ぐ手段が喉から手が出るほど欲しい竜使いにとっては超重要。さすがのティアでも――――いや、既に十分ブレスの脅威を知っているティアだからこそか、常に無く食いついてきた。




「―――――ね、熱遮断!? な、なにそれ」

「えー、いや一応奥の手だしなー」




 まぁ教えても良いのだが、まだ原理がよく分かっていないので何か事故でも起こったら困る。しかもそれを言ったら手伝うとか言い出しかねないこともあって、秘密というのが一番楽だろう。


 竜使いは身内同士での戦いも決して珍しくなかったこともあって早々に諦めたティアはしかし、まだ不満気に呟いた。




「むぅ、火精霊の掌握とか水精霊による圧迫とかじゃなくて風かぁ……」




 このへんは単純で、相手が使う火の精霊を先に全部マナでこちらの味方にしておけば相手は火魔法が使えない。消費は洒落にならないが。また水の精霊を大量に集めておけば火の精霊が寄りたがらないので相手の妨害になる。こちらもやはり消費は相当に激しいが。


 火は風に強く、風は土に、土は水に、水は火に強いというのが世界を構成している4属性の特性である。……とされているのだが、一部ではそうとも言い切れない現象もあったりするのだ。




「俺は土魔法で熱伝導のいい金属防壁にするってのもいいと思うけどな」




 ティアが以前使っていたものだが、アレはなかなかカッコよかった。

 当人はものすごく嫌そうな顔で首を横に振ったが。




「あれ、もの凄く疲れるのよ。鉄とかの比率も高くないから見た目より脆いし」

「あー、まぁそりゃそうか……」




 どんなものでも、それこそ魔法でも何かをするにはエネルギーが必要なのは変わらない。地中からいきなり金属をかき集めて金属の壁を引っ張り上げるのにどれだけの力を使うのかはお察しである。土の精霊の力を借りればそれこそ磁石のように集められはするが、持ち上げるのはそうはいかない。


 ティアはそのまましばらく考えこんでいたが、俺がおおよその雑草を風魔法で切り飛ばした頃に不意に言った。




「あ、そういえばアルトは幼竜に最初にあげる餌は決まった?」

「……まだどんな卵かも分からないのに?」




「自分が欲しい卵に合わせて選ぶでしょ――――って、まさか順番遅いの?」

「最後だな」




 何と言っても、一番重要な騎乗試験で遅刻したから。

 それでもある程度選ぶ余地はあると思うのだが、そのあたりはなんとも言えない。少なくとも数だけはあるようなのだが、中には相当古くなっているものもあるとかないとか。




「………」

「うおぁっ!? やめろ、無言で手刀を向けるな! というか危なっ!」




 ヒュッ、と風切音が聞こえるようなけっこうな速度で手刀が振るわれるが、幸いにも本気で当てる気はなかったらしく掠めただけだった。




「……はぁ。まぁ、私もアルトがこんななのはよく知ってるし……筆記試験も手を抜いたの?」

「そりゃまぁ、本気出すようにって言われたのは『明日のテスト』だけだったし」



「くっ、捻くれてるのか素直なのか……一発殴りたいわ」

「やめてください死んでしまいます」



「なっ!? そ、そんなに馬鹿力じゃないわ!」

「だって魔力全開で殴れば本人がそこそこでも岩くらい粉砕できるじゃん……」




 ティア本人も竜使いとして訓練しているのでそんじょそこらの村娘とかよりはよっぽど力があると思うが、腹筋が割れるのは嫌だとかでそこまで筋トレはしていないらしい。まぁ分かる。




「魔力全開で防げば普通に殴られたのと変わらないでしょ!」

「防げなかったら死ぬだろうが!」



「アルトならそれくらい防ぐでしょ! 魔力無しだと逆に私が痛いじゃない」

「死の恐怖を感じるツッコミは嫌だっての」



「わかったわ、じゃあもし殴りあうことがあったらお互いに魔力は無し! 使ったら問答無用で負けね」

「お、おう……まぁ良いんだがティアが忘れたらその一撃で俺が死ぬんじゃないか?」



「条件は平等よ」

「俺がティアを殴るとか後が怖すぎてやりそうにないんだが」



「ん?」

「なんでもありません」




 めちゃくちゃいい笑顔を浮かべるティアだが、正直怖い。目が笑ってない。

 昔、一度だけ本気で喧嘩した時にマジ泣きされて大変だったのを思い出す―――と、脇腹を小突かれた。




「どうして笑ってるの? ……まあいいけど、とりあえず買い物に行きましょ」

「ん、デートか?」



荷物持ち(デート)ね」




 若干行くのが面倒だったのでからかってみたのだが、鼻で笑われた。まぁ、ティアにデートって言われたら俺も荷物持ちだろって返すから変わらんのだが。

 



 魔法は体力を使うが、省エネに改良した風の刃で雑草を刈る程度ならそこまででもない。部屋に戻って財布と鞄だけ拾い、なんか急に昔みたいになったなぁと思いつつもティアと並んで家を出て。


 なんやかんやと幼竜の世話に必要そうなものとかそれほどでもなさそうなものとか、温度をあげるために使える火の精霊石とか幼竜に噛ませる予定の骨とかを話し合いながら買い揃えたのだった―――――大体要らなそうなものは俺が言ったヤツだが。


 ティア曰く「遊びすぎるアルトと遊びの無さ過ぎる私でちょうどいい」とかなんとか。とりあえず荷物持ちをさせるとか言いつつ同じだけ持とうとするティアに軽い荷物だけ押し付けたのだった。










―――――――――――――――――――――――――――






―――――さて、なんやかんや週末の間に竜使いにならない良い方法が無いものか考えてみたのだが、やはり思いつかなかった。



 まぁもう1年以上考えても何も思いつかないのだから、そう簡単に思いつくわけがないのだが。とりあえず一番可能性がありそうなのが『傭兵としての活動に耐えられない』と判断されて里の中で竜の繁殖家とか医者とかそのへんになれるようにすることだろうか。


 ……主に負傷した竜とか、病気の竜とかの竜使いがなるものなので狙ってなれるわけではないのだが。わざと負傷させるとかは嫌すぎるし。




 とりあえず学校の成績は悪く、落第する準備は十分なはずだ。

 ちなみに竜を育てた竜使いとしての落第なら竜使い以外のものに就職できるのだが、竜を育てるまでは何度も留年させてくれる優しすぎる仕様なので今回の試験は一応合格する必要があったのだ。

 とにかく竜を育てる能力が最重要視される実戦主義というべきだろうか。ぜひともやる気のある人だけ竜使いとして働くシステムにしてほしかった。

 






 そう、そんなこんなでもう“禊の儀式”の日を迎えてしまった。

 どうしたものかと考えている間に既に日は傾き始め、ティアみたいな成績優秀組はとっくに卵選びを終えている。全部で12人で、開始が10時、そして1人あたり30分くらいということになっているので、最後の俺は16時頃ということになる。まぁ30分前には待機していることになってるのだが。





「――――というかなんでここにいるんですか、バドさん」

「おう、なんか知らんが今年は俺の番らしくてな。というかアル坊、試験に遅刻したんだって?」




 すっかり色の抜けた髪と、それとは対照的に筋骨隆々な肉体。

 元々父さんが世話になったとかで面識のあった、老竜使いにして竜医の一人。バルドスことバドさんは以前何度も家に押しかけて竜と医術について教えてもらったこともあって、竜使いを目指さなくなった今ではなんとなく気まずい。




「うげっ、広まってるんですかそれ」

「おう、アル坊は昔から問題児だからなぁ……っと、終わったか」




 と、けっこう長い時間を使って俺の1つ前の番だった金髪の気弱そうな……ロイン? が儀式のための洞窟から黄色っぽい卵を抱えて出てきた。そして、バドさんの前に用意してあった台に置かれたクッションに載せ、緊張の伝わる声で言った。




「あ、あのっ、お願いします!」

「おう。…………よし、大丈夫だな。気をつけて帰れよ」



「あ、ありがとうございます!」




 まぁ、こうして一応卵に問題がないか確認して竜使い候補を家に帰すわけである。……合理的なんだけど、もうちょい隙があればと思わないでもない。




「よし、んじゃ行って来いアル坊」

「……へーい」




 なんだかんだで、普段は厳重に閉じられていて入ったことのない場所に入るのは緊張する(昔は幾度と無く侵入を試みたのだが)。見た目は何の変哲もない洞窟は、しかし一歩足を踏み入れれば異常なまでにマナが充満しているのが感じられた。




(……まぁ、竜は最大級の魔法生物だもんなぁ)




 ベヒモスみたいな例外たちを除けば最強と言ってもいいだろう。というか与える餌によっては最強にすることも可能だろう――――食費と従順性を度外視すれば。


 とりあえずどんな洞窟だか分からずとも毎年多くの竜使い候補が入っているのだから危険はないだろう。時間を無駄にするのは好きではないので、さっさと歩き出せば洞窟の中が妙に明るいことに気づく。




「………高密度マナの自然発光か」





 マナは濃くなると精霊たちが集まるために光って見える。魔法を発動しようとするときに発せられる光と同じ原理なのだが、自然で見られるのは珍しい。お陰で転ぶ心配もなくズンズン奥に進むことができ、あっという間に洞窟の奥――――開けた広間のような場所にたどり着いた。





「――――――意外と多い、かな」





 どうやら属性ごとに卵を分けておくことでそれぞれ干渉しあわないようになっているらしく、薄っすらと発光する広間は綺麗に赤、青、黄、緑の四色に分かれていた。そして流石は100年もの歴史があるとされるだけのことはあるらしく、軽く数百の卵がある……かもしれない。それらの発する魔力に圧倒されそうになるが、暴れる成竜とかと比べればさほどでもないと気を取り直す。



 そしてとりあえず早足で半分ほど広間を回ってみるれば、ちゃんとした道はないものの広間の中央付近にも一応卵はあるらしいことに気づいた。






(……まぁ、そりゃあるか)




 訓練竜とかなら属性はバランス良く育てられており、その卵もそれを引き継ぐ。で、広場を属性ごとに分けたらバランス良い属性の卵をどこに置くかと言えば真ん中しかない。

 ただ、遠目にも茶色とかのパッとしない色が多いので若者には不人気なのだろう。……まぁ俺も茶色い竜より赤とか青とか緑とかの方が好きである。



 しかしどうせならとびきり不人気そうな色の卵でも選んでみようか、などと考えて微妙に足場の悪い広場を卵を踏んづけないように気をつけながら中央を目指す。竜にしたって、やる気ない竜使いに選ばれたくないだろう。なら不人気同士で――――。




 と、不意に目に留まったのはほぼ広場のド真ん中に置かれた白い卵。相当に長い間そこにあったのだろうか、感じる魔力も心なしか弱々しい。




「………魔力異常?」




 しかし、それも仕方ないだろう。

 普通の生物であれば色が白いのは環境によって不利が生じることもある程度だが、魔法生物では属性で色が決まるのだから、色がないのは属性がないのと同義。


 色の無い絵の具とかそういう感じのものだと思えばいい。


 もしかしたら餌を与えて色がつくかもしれないが、わざわざ不確実なものに竜使いになる夢を賭ける物好きなどいなかったのだろう。流石に竜が途中で衰弱死などになればその後の就職にも困る。というかなんで撤去されないのか不思議なレベルである。一応生きているからだろうか?






――――――そう、一応生きてる。




 不意に、父さんの竜の――――ランスの最期の姿を思い出した。

 恐らく父さんに任されたのだろう瀕死の母さんを、自身も深手を負いながら背中に乗せて連れ帰り、庭先に臥せったまま、帰らない父さんをひたすらに待ちながら息絶えたのを。


 あの時ほど自分の無力さを感じたことはないだろう。

 そして「何か自分にできることがあれば良かったのに」と思ったのも。「何のために竜を戦わせるのだろう」と思ったのも。





「………ま、ちょうどいいのかもな」





 竜使いとして心が死んでる俺と、死にかけの竜。

 どっちも互いに迷惑をかけない理想の組み合わせではないだろうか。そうに違いない。



 そんなことを考えて、急いで卵を抱え上げると何度か転びそうになりながらも洞窟の入り口へと急いだ。














――――――――――――――――――――――――









 その日、里の中でもベテランの竜使いとして有名なバルドスは、昔の友人の息子を心配して“卵選び”の審判を買って出た。以前は「最高の竜使いになる」と言っていたが、両親とその竜が亡くなって塞ぎ込んでいたその少年を。


 まぁ、審判と言ってもあらかじめ洞窟内の卵は一応点検されていることもあって、自己満足のようなものだというのが竜使いたちの共通認識だったのだが―――――。




「―――――バドさん、コイツ!」




 血相を変えて飛び出してきた黒髪の少年に、かつての姿を見て安堵した。


 わざわざ弱った竜の卵を選んでいたのだ。窘めて点検したはずの人間に文句を言ってもいいのだが、ただ必死にその卵を、幼竜を助けようとする姿を見てどうして止めることができるだろうか。


 何よりも、その必死な姿から昔と変わらず竜が好きなことが伝わってきたのだから。





「―――――おう、直ぐに持ち帰って温めてやんな!」

「ありがと!」




 魔力を使っているのか地面に足跡を残しながら凄まじい速度で走り去る、昔よりも一回り大きな背中を見送りながら、バルドスは静かに笑みを浮かべた。





「……ま、栄養剤の備蓄でも確かめとくかな」





 昔のよしみでそれくらいはしてやっても罰は当たらないだろう、と。







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