第11話:迷子
3話いっきに投稿させていただきました。
エタりかけて本当に申し訳ない……。せめて1章くらいは完結させます。
「――――意外と人がいるな。っても、どっかで見たような顔ばっかだけど」
「うん、そうだね」
どうして俺は、バザーで幼馴染と一緒に歩いているのか――――子供の頃以来だろうか。なんにせよ、こんな俺でも元気づけようとしてくれるなら立ち直れるように努力すべきなんだろう。
このバザーは一度に里に入れる人数が限られることもあって、店を入れ替えながら3日も続く盛大なお祭り騒ぎである。
なんにせよ子供の頃から必ず来ていることもあり、店も見たことのあるものが多い。最も店側もそれは先刻承知なわけで、商品は見たことのないものが多く並んでいる。
主な商品は日用品や、外で流行している最新型の“機械”が多いだろうか?
「……これ、何ですか?」
「おっとお嬢ちゃんお目が高いね。何を隠そう、コイツはペダルを踏むだけの機織り機さ」
「へぇー」
「最近じゃ、嫁入り道具として大人気さね」
「う、うーん。この里だとあまり流行らないかと思いますけど……」
「げっ、やっぱりかい? まぁ一個しか持ってきてないけどさ」
まぁソフィの言うとおり、人がさほど多くない上に輸出もほぼ皆無かつ輸入の多いこの里だと機織りも流行らないだろう。竜使いとその関係職ばっかりだし。わざわざいくつかある機織りをしている店を紹介してやってるティアを生暖かく見守りつつもなんとなく人の流れを見ていると、不意に物陰からこっちを見ている子どもがいることに気づいた。
「……ん?」
雪のように白い髪と、ミルク色の肌。端的に言って雪の中だと完全に見えなくなりそうなその少女は、ちみっこいので完全にこっちを見上げる姿になるのだが、どういうわけかこっちを熱心に見ていた。まるで迷子の子どもが親を見つけたみたいである――――と考えたその瞬間、人並みに遮られて姿が見えなくなり。
次の瞬間、勢い良く腰に抱きつかれていた。
「おわぅっ!?」
すわスリか何かと疑うが、あいにく財布は上着の内側の隠しポケットに入れているので服の中に手を突っ込まないと取れないようになっている。というか今にも泣きそうに顔を歪めた子どもにそこまで疑う必要があるのかはやや疑問なのだが。
「お、おーい、どうした? 大丈夫か?」
「…………っ!」
なにはともあれ、どう見ても迷子なその子どもは見た目によらない凄まじい力で熱心に抱きついてきて。困り果ててティアを見ると、そのティアは真剣な顔で呟いた。
「……か、かわいいっ」
「お、おぅ……」
駄目だコイツそういえば子どもに弱かった。
改めてその子どもを見下ろしてみると、俺の腹くらいまでの身長しかないが髪も肌も真っ白で明らかに里の内部の人間ではない。生まれたばかりとかならまだしも、これくらいの歳で里の人間なら必ず見覚えがあるはずである。なにせ狭い里だし。
………泣かれたら困るなー。
かと言って間違えて親から離れてしまったら困るので周囲を見渡すが、白い髪なんていう目立つはずの人間はひとりもいない。こんだけ特徴的なのだから親も白髪かと思ったが、もしかすると違うのかもしれない。
「ねぇ。あなた、お名前は?」
ニコニコと笑顔を浮かべて少女に話しかけるティアである。……普段からそれくらいの笑顔にすればいいのに、と思いながら様子を窺うが、少女はどういうわけか俺を上目遣いで見やるとティアをスルーして再び抱きついてきた。
「……かわいいっ」
「もうなんでもいいんだろお前」
「だ、だって可愛いよ!?」
「あ、うん。わかった」
とりあえずティアが役に立たないことがわかった。
仕方がない、あんまり小さい子どもの相手は得意ではないのだが…。
「――――まぁとりあえず飴でも食うか。ほら」
「……?」
飴を包み紙ごと手渡すと、ようやく抱きついていたのが離れた。……どういうわけか、初めて見たかのように興味深げに包み紙を眺めているが。
「……剥くだろ?」
「………(こくん)」
「んで、口の中で味わう」
「………(ぱぁっ)」
飴はお気に召したのか、少女はどういわけか一言も喋らないものの心なしか嬉しそうな顔で飴を味わい――――そのまま軽々と噛み砕いて飲み込んだ。
「は、早っ!? いや、ほら、別にいいんだけどもっと味わったほうがお得だぞ?」
何かやらかしたことを察したのか、途端に顔色の悪くなる少女に次の飴玉を渡してやり。見よう見まねで口の中で飴玉を転がすと、また顔を綻ばせた。
「美味いか?」
「……(こくこく)」
今度は平気だよ、とばかりに口を開けて飴玉アピールをする少女に苦笑いして頭を撫でてやると、少女は雪解けのような穏やかな笑みを浮かべ。
すると、どういうわけなのかティアがよよよ、と目元を袖で覆って言った。
「アルト、いつの間にお父さんに。相手は誰ですか」
「違うわ! ええぃ、おっちゃん。この子見覚えない!?」
「もちろん、冗談です。……否定してくれなかったらどうしようかと思ったけど」
「……なんか言ったか?」
ちょうど屋台のおじちゃんにこの子の見覚えがないか聞いてる間にティアがボソッと何か呟いたが、多分聞き間違いか何かだろう。いや、まぁ幼馴染がいきなり子持ちだったら俺だってショックだからそういうことだろうが。
ともかく屋台のおっちゃんも見覚えはないとのことで。
「うーん、まぁ最近じゃあ新しい店も何件からあるからなあ。ともかくそっちで見覚えがないんなら、座長なら知ってると思うぜ」
「あー、ガラムの爺ちゃんか。わかったよ、ありがと」
「いや、こっちの子どもならこっちが対応するべきなんだろうが……悪いね」
「んじゃ、コレちょっとまけてよ」
「むむっ、やるな坊主。よしゃあ特別に500リラで良いぜ」
「買った!」
せっかくなのでティアへのお礼のために銀の鳥を象ったストラップをお安くゲット。まぁバザー側の大人にまかせてもいいのだが、大して忙しいわけでもない。子ども好きなティアも別に嫌がってないしいいだろうと、そのまま座長――――バザー全体を取り仕切っているお爺ちゃんのところに向かうことにし。
途中、珍しい飴細工の店で立ち止まり。少女が飴ドラゴンを見ている間にティアとこそこそ相談することに。
(……というかこの子、もしかしてしゃべれないのか?)
(うん、そんな感じだね…。しかも妙に世間知らずというか)
バザーの人間にしては、誰も少女に気づく気配がない。それどころか「可愛らしい子だね。妹?」とか声を掛けられる始末である。飴も見たことがなかったらしいことも含めて新参も新参、この里と同レベルのよっぽどの田舎から来たのか、あるいは訳ありか。
(というかなんで俺こんなに懐かれてんの?)
(えっと、お父さんとかお兄さんに似てるとか?)
(……やっぱそんな感じだよなぁ)
手を繋いでやると、手のつなぎ方も知らないのかヘンテコな握り方をされたが。しかし親が面倒を見ていないにしては妙に人懐っこい。飴玉をあげただけでベッタベタにひっついてくる有様である。というかその前から抱きつかれたが、今でも片時も離れぬと言わんばかりに手は握りっぱなしだし。完全に親を見つけた子どもである。
(………うーん、浮世離れしてるよな)
髪が白い……光で白銀に見える時点でかなりのものだが、なぜだか見覚えがあるような気がする青い瞳は大きい上に透き通った色をしている。美人になりそうだとは思うがなんで見覚えがあるんだろうか、と考えているとティアが不意に呟いた。
(あ、あれ。でも目元とかちょっとアルトに似てる…?)
「え゛?」
思わず比較的大きな声を出してしまうと、不思議そうにこちらを見上げてくる少女。……よくよく見てみると、なるほど確かにそこはかとく自分に似ているのかもしれない。
「………ア、アルト? 違いますよね、そういう心当たりとかないですよね!?」
「ない! 全く無い!」
確かに親戚レベルで似ている気はするが、親子というには違いすぎる。ということをなんとか説明すると、ティアも納得したのか頷き――――。
「ね、ねぇ。この人ってお父さん?」
「………?(ふるふる)」
聞いてるし! 少女は不思議そうな顔をしたものの、特に悩むこともなく首を横に振った。
「よ、良かった。違うって」
「信頼のなさが露呈したけどな! というか親と間違われてるんじゃないならなんで懐かれてるんだ俺は」
「た、確かに!」
二人の視線が少女に向き、しかしさっぱり状況がわかっていなそうな少女は小首を傾げ。とはいえ勘違いしているにせよ大人しいのならそれに越したことはなく、下手に刺激して泣かれても困るということで棚上げすることに。
「えーと、新しい飴食うか?」
「………(ふるふる)」
そして口を開けてまだ残っている飴を見せ、自慢気な笑みを浮かべる少女である。またティアが「ううっ、可愛い……けどなにか複雑」などと呟いているが、スルー。なんにせよ謎は深まり、その代わりにバザーを突破して座長のテントに到達した。
さて、どうなるか。他よりも一回り大きなテントを興味深げに見ている少女の手を引き、ちょうど里のお偉いさんとの話を終えたらしい長い髭の老人に声をかける。
「ガラム爺ちゃん、久しぶり」
「……おおっ、アル坊か! 久しぶりじゃな、ますます親父に似てきおって――――む? なんじゃ、もう娘が生まれたのか」
「俺まだ15だけど!? こんなデカイ子どもがいてたまるか!」
「なんじゃ、違うのか」
「迷子だよ、迷子。………にしても、爺ちゃんでも知らないのか」
「迷子じゃと? 見覚えないのぅ……今回はギリギリになって帝国側からいくつかねじ込まれたからの。しかしそれは最終日に来るとか聞いたんじゃが」
間違って荷物と一緒に先に来ちまったのかのぅ。と呟くガラム爺だが、確かにそれくらいしかなさそうではある。なにせ人はいきなりどこからか湧き出てきたりはしないわけで。
「……ま、とりあえずウチが預かろうかの」
「まぁ、それがいいよな――――」
と、不意に少女の方を見やり、この世の終わりのような顔をしているのを見て思わず言葉を失った。……なんというか、つい昨日までの自分がしていたような顔である。
「えーと、爺ちゃん」
「訳ありじゃなぁ。ワシもなんとかしてやりたいんじゃが……えらく懐かれとるの」
とはいえ少女も何かを察したのか、握っていた手を離してはくれた。それで今にも死にそうな顔をされるとこっちも胸が痛いのだが。と、ティアが何か思いついたのか、ガラム爺ちゃんにこそこそと耳打ちする。
「………っていう感じで」
「なるほどのぅ……まぁ、アル坊ならいいじゃろ」
「何が…?」
そっちが良くてもこっちはよろしくないかもしれないのだが。
というか今まさによろしくない予感をひしひしと感じているところなのだが。
「「そういう感じでよろしく」」
「何が!?」
「えっとね、一週間だけアルトが預かればいいかなって?」
「青少年に何押し付けようとしてるんだおい」
「大丈夫、アルトはなら」
「なんだその根拠の無い自信は」
「それと夜は私が預かって――――ダメそうなら私もそっちに泊まる」
「…………えぇー」
というかそういうのは本人の意思を尊重するべきじゃなかろうか。俺と、あとこの子と――――と、地味に未だ名前も知らぬ少女と目が合った。
不安げな、しかし希望を見出したような、縋るような。
本当に、どうしてこんなに懐かれたんだ――――と思いながらも、どこか他人事に感じられていない自分にようやく気づいた。
(………実は、俺はコイツを知ってる?)
知らないはずだ、と胸中で呟くも、どこか既視感は拭えない。
悲しげな、縋るような蒼い瞳――――。どう考えても他人に向けるものじゃない目を向けられて、無視できるほど器用じゃない。
「……ああ、もう。わかったよ。―――――ウチに来るか?」
瞬間、嬉しそうに顔を綻ばせて抱きついてきた少女が見れただけで、その選択が間違っていないと思えた。
「――――………あり、が…と」
………小さな、掠れるような声で、まるで初めて話すかのように不安そうに呟いた少女には、驚くやら何やらでなんて返せばいいのか迷ってしまったが。
「……どういたしまして」
なんとか、笑顔を浮かべられたと思う。
ただ、なぜか泣きたいような気分になったけれど。それでもきっと、嬉しかったのは間違いなかった。