第9話:悪意
すみません、風邪からのスランプに陥って遅れました…。
どうしても上手くいかないので、とりあえずゴリ押しで書くだけ書くことにします。
―――――竜使いの仕事は主に二つ。指示した相手に竜をけしかけることと、呼び戻すことだけである。
騎乗すれば手綱でもう少し細かく指示を出せるが、それでもその二つさえできていればやっていけるというのが多くの竜使いの意見である。しかもその指示も笛を一回吹いたら攻撃で、二回なら帰還という簡単なもの。笛の鳴らし方で方向を指示することもできるのだが、どちらにせよ驚くほどシンプルだ。
まぁ、元々竜の運用は飛べない竜をある程度の間隔で一直線に並べて突進させるくらいだったのだから、それくらいできれば十分すぎるのだろう。なんてことを考えながら、一斉にターゲット代わりの巨大ぬいぐるみたちに竜が襲いかかるという授業とはいえなんともシュールな光景を苦笑いで眺める。
「これ他の場所でも竜を育てるくらいできるんじゃね?」
「うーん、多分繁殖とかに問題があるんじゃないかな? ほら、生まれた時から育てないと全然懐いてくれないらしいし」
ティアは苦笑いしながらそう呟き。たしかに恐ろしい魔獣のイメージしかないなら、卵から育てるだけでここまで懐くというのはなかなか盲点かもしれないな――――と思いながら笛を軽く二回吹くと、羽毛が飛び散って竜の気を引く巨大ぬいぐるみを放り出して一目散に戻ってきたソフィが目の前で軟着陸する。それに続いてティアの竜であるフレイも戻ってくるが、他の生徒たちの笛の音は鳴り止む気配がない。
振り回すと羽が飛び散るぬいぐるみは、まだまだ若い竜にとっては格好の遊び道具であり、それを他の竜たちと奪い合いながらも呼ばれたら帰ってくるのがこの授業の主題である。普通はなかなか帰ってこないのだが…。
「あー、楽だけどなんか辛い。……俺いらなくね?」
「そ、そんなことないよ! たぶん」
本当はこれで戻ってきたらオヤツをあげる、というのを繰り返して訓練していくらしいのだが、初っ端から「なあに?」とばかりに嬉しそうに帰ってくる竜を持った竜使いは果たしてなにをすればいいのだろうか。オヤツをあげる以外にすることはない。竜使いじゃなくメシ使いの間違いじゃなかろうか。
仕方ないからもう一度出撃させるとしても、先生に一応許可を貰っておくべきか。他の生徒の指導で忙しそうだけれども。
「あー、先生。これもう一回アタックさせてもいいですか?」
「いいですか、もっと笛を強めに―――――はい、戻ってきたらもう一度出してもいいですよ!」
よし、許可は得た――――と、この時点で既に翼を広げて準備万端な我が相棒。
ソフィに「行く?」とでも言いたげに小首を傾げられ、思わず頷いて笛を吹けばほとんど助走もなく軽やかに飛び立ち。低空飛行のまま口から圧縮した空気の塊を吐き出してぬいぐるみを吹き飛ばすと、そのまま掻っ攫って空高く舞い上がった。
「あ、鮮やかすぎる」
「そうだね……」
風を操る能力を身につけつつあるせいで室内でも問題なくホバリングできてしまう変態ぶりのソフィは、加速性能とかそのへんが段違いに強い。唯一フレイはそういった基礎スペックでソフィを上回るのだが、妙な小技を編み出すのはソフィの方が上である。
で、二回軽く笛を吹けばそれを放り出して帰ってくる素直さである。
もうこれソフィが懐いてくれてなかったら完全に俺いらない子じゃんやだー。なんてことを考えながらも出来る限り丁寧に頭をなでておく。
「――――ありがとう、ホントありがとうソフィ」
「ま、まぁほら。フレイも面倒くさがりだし、きっとソフィも訓練で直すところはきっとあるよ!」
言われ、フレイを見れば「できれば動きたくなーい」とでも言いたげにティアの足元で丸くなっている緑色の竜。ティアが笛を吹くと、フレイは若干めんどうくさそうにしながらもぬいぐるみ争奪戦の隅っこの方に参戦した。
「……えーと、なんかごめん?」
「あ、謝らないでいいから。あんなだけど可愛いんだよ! 一緒にひなたっぼっこしたりとか……」
そんなこんなで授業はあっさりと終わり、他の面々が苦戦して居残り特訓をする中で俺とティアはこそこそと帰宅することになった。何と言っても最初からできているソフィを見せびらかして自慢するのは趣味じゃない。……俺の力じゃないし。
「もちろんソフィに不満があるわけじゃないんだけどさ……」
「憧れだったもんねー」
ティアの言うとおり、苦労して竜達と心を通わせた父さんや母さんたちに憧れる気持ちもある。賢く、手間のかからないソフィはまさに理想の竜と言ってもいいかもしれないのだが――――…自分で言葉を解し、考えることのできる竜に“使い手”は必要なのだろうか?
そのうちソフィに必要とされなくなるかもな、と自嘲し。
不意にそれは当初願っていたことととても近いはずだと気付いた。
(……ああ、そうか。俺は竜使いになりたくないと思っていたんだもんな―――)
父さんの竜であるランスは、瀕死の重症を負いながらも同じく瀕死の母さんを背負わされて帰還し。そして戻らない父さんを待ち続けたまま息を引き取った。母さんの竜は戦場で果てた。
戦場を転々とし、戦い続けなければ自らの食費を確保できない―――そんな現在のシステムを忌避していたのに。
いつの間にかそんなことなど関係なくソフィに必要とされたいと考えていた。
もっと良い指示を、もっと有力な戦術を、もっと新しい道具を。最近ではまた父さんの部屋にある専門書を読むようになっているし、ソフィと新しい空中機動を考えたりもしている。
それはもちろん、これから竜使いとして生きていくには素晴らしいことだろう。――――知らぬ間に過去の夢を忘れていることを考慮しなければ。
「……アルト?」
「ん? あー、悪い。ボーッとしてた」
ティアの声に我に返れば、すっかり大型犬くらいなら軽々と打ちのめせるサイズになったソフィも隣に着地しつつこちらの顔を覗き込んでいた。その頭を撫でつつ、ちょっと伸びてきた角にも触れてみる。
「にしても、だいぶデカくなったよな」
「うん、あとちょっとで飛行訓練も始まるのかな」
生えかけの二本の角を触られるとソフィはくすぐったそうに頭を振り(どういうわけか竜は角に触れられたがらない)、ティアはそろそろ始まるであろう飛行に関する実技に言及した。多少竜が小さくとも、若い頃から人を乗せて飛ぶことに慣れておかないといけないのだという。
まぁソフィなら関係ないような気もするけど……いやでも、ソフィが反抗期とかなったら困るし。
「いや、むしろ乗ってみるか?」
「ええっ!? アルト、流石に無茶じゃ……?」
「まぁ、軽く乗って無理そうなら諦めるよ。んじゃ、お先!」
とはいえ、先に飛行用の装具を見繕っておくべきだろうか。
鞍とかは軽く弄ればかなり応用が効く。なんだかんだで空を飛んでみたいというのはずっと前からの夢でもあったわけで。気分転換には最高だろう。
…………
………
…
そんなわけで、例によって人気のない西の物見台近くまで来て早速練習してみることに。
「……こ、これはちょっと無茶か?」
例えるなら、仔馬に大人が乗ってみた感じ。
とはいえソフィはやる気のようで、重そうにしながらも勢い良く羽ばたき。臍下が裏返りそうな、支えなしで高いところに立ったような嫌な浮遊感と共にゆっくりと空へと舞い上がった。
「大丈夫か? 無理するなよ、頼むから」
墜落すると何が危ないって、下手に翼を骨折すると上手く飛べなくなることもあるらしいのだ。とはいえコツを掴んだのか、若干頭の角度を変えて安定させたソフィはゆるやかにその場を旋回する。――――前に少しだけ話して聞かせた、指示がなければその場で旋回するという竜使いの飛行の基本である。
「……んじゃ、大丈夫そうなら行ってほしい場所があるんだ」
頷くソフィの手綱を軽く引き、進路を南へ。
一部の竜使いの竜たちが放し飼いにされている、最も人気のない南の区画。初めて竜の恐ろしさを知り、そして初めて竜使いに憧れた場所へ。
「………なぁ、ソフィ。いい景色だな」
どこまでも広がる青い空に、地上から見るのとは違った姿を見せる白い雲。
地上にはこれまで見てきた世界と、どこまでも続く新しい世界を一度に見渡せる。今は、自由に旅をするには問題が多すぎるけど。
里の中でも上の方まで上り詰めれば、ある程度の自由は手に入る。だからきっと、いつかは。
「いつか、一緒に好き放題な旅をしような」
嬉しそうに鳴くソフィの首を撫でて。
そんな淡い期待が崩れ去るのがそう遠くない日だとは、この頃は夢にも思っていなかったんだ。
―――――――――――――――――――
それから一週間もすれば、誰の竜も騎乗するには十分に大きくなり。遂に学校で騎乗訓練が行われることになった。とはいえ先生が一人ずつ見ていくのでは時間がかかりすぎることもあって、最初の頃は卒業生たちが一人ずつ生徒を指導するというスタイルになる。
「よし、じゃあ始めに訓練竜でどれだけ飛べるか見せてもらうぞ」
「はい」
普通にソフィの方が楽なんですが、と言いたいところだが一応理にはかなっているので仕方がない。そんな感じで特に何を話すでもなく始まった飛行訓練だったものの、思えばその卒業生の目にあるのが良くない感情だということにも気付いていたのだろう。
面倒だ、とは思いつつも以前は最低限の成績しか取っていなかった後輩が最近ではやけに賢い竜のお陰でティアと並ぶ「十年来の逸材」などと言われていば気分も良くないだろうという自覚もあった。つまり自業自得だと。
鞍や命綱が既に付けられた訓練竜が用意されていて、妙に準備がいいと思いつつもさっさと飛び立った指導員に置いてけぼりにされるわけにもいかず、簡単な確認を済ませ。特に指定されなかったソフィには「大人しくしてろよ」とだけ声をかけて飛び立ち。
―――――人気のない南の区画に来るまでは、特に問題がなかった。
ただ、急に乗っていた訓練竜が苦しげな声と共にふらつき。
なんとか落ち着かせつつ高度を下げようとすると、先輩の乗っていた竜が急いで近づいてきた―――――そう思った次の瞬間、激しい衝撃と共に鞍から放り出されそうになった。
接触した――――どころか、意図的な体当たり。
訓練竜が悲鳴を上げ、真っ逆さまに落下しそうになるのを命綱と腕の力で支えつつ、なんとか体勢を立て直させる。
「―――――なっ!?」
「チッ、落ちこぼれのくせにしぶといじゃねえか」
悪意どころか、性根の腐ってそうな笑みを浮かべた卒業生が見えた。
なるほどソフィが来るまでは落ちこぼれだったのだから、訓練竜で墜落したことにしてもおかしくはないのか――――そんなことを頭の片隅で思いつつも近くの不時着できそうな場所を探し。懲りずに体当たりを仕掛けてこようとする卒業生をなんとか躱そうと手綱を強く引き。
ただ、その瞬間。
腹の底まで震えるような激昂した竜の咆哮が轟き、急降下してきた白い影が横切った。
「―――――ま、待てソフィ! もういい!」
「ぎゃあああああっ!? お、俺の腕がぁあああ!」
ついてきていたのか、キレたソフィが急降下しながら卒業生の竜に襲いかかり、鉄くらいなら軽く両断する爪の一撃で竜のものとも人のものとも知れない血が大量に飛び散る。
それに恐慌した訓練竜が慌てて逃げ出そうとし―――――俺は、切れた命綱と共に空中に投げ出されていた。
(………は?)
命綱に切れ込みがあったのか、と妙に冷静になった思考が答えを出し。
竜の首をへし折ろうと食いついていたソフィが呆然と落ちていくこちらを見るのが、妙にはっきりと見えた。
(やべ、死んだかも)
妙に手が込んでたな、と思いながら墜落した木の枝に激しく身体を打ち付けて。そのまま地面に落ち。激しい痛みの後に、徐々に感覚が無くなってきた。
ああ、これは死ぬ――――。
(ごめんな、ソフィ――――)
今まで手を抜いてた罰が当たったにせよ――――ソフィを巻き込んでしまった。
駆けつけたソフィが必死に呼ぶ声を聞きながら、そのまま意識を手放した。