クラレント
異様な光景だった。
エッリ・ハーパライネンの長剣が光り輝いて、一瞬だけその姿を揺らめかせた。そして再度その姿を現した時、其処に先程通りの剣は存在していなかった。
豪奢な装飾が施された、美しい白銀の刃。"まるでこの世の物では無いかのような"輝きを放つ両刃のロングソードだった。
似ても似つかぬその一瞬の変質もある。だが、対峙する鈴木孫市重定が目を剥いたのは其れでは無い。
まるで彼女の身体を"喰らう"かのように、剣を握る右腕、軍装の袖に漆黒に輝く"まるで中世の騎士の如き"鎧が出現を始めていた。
「……不思議そうな顔をしているね?」
その問いに、鈴木重定は無言を貫いた。聞かずとも分かるだろう。目の前でそんな"余りにも不可解な事"を起こされたら、そんな顔の一つや二つはする。
エッリ・ハーパライネンは小さく笑う。伝う冷や汗がポツリと一滴落ちる。
「何、大したことじゃないさ。こいつも聖遺物……まぁ簡単に言えば君が持ってる刀の仲間だけど…の作用の一つでね。」
握る刀に視線を落とす。彼の握る刀の仲間、それが引き起こす現象の一つだと彼女は言った。
鈴木重定の身体を覆う当世具足は先祖より伝わった物であり、あんな風に不可思議な現象で出来た物では無い。勿論あんな事も起きた事は無かった。
詭弁だ、と決め付ける事は鈴木重定には断定する事は出来なかったが、目の前の敵が、今、何らかの理由によって急速に疲弊しているのは分かる。
血の気は引いている。引っ切り無しに汗をかき、立つのもやっとというような状況だ。
故に好機と、彼は捉えた。
一気に踏み込んで、聖遺物たる刀を思い切り振り上げて、全身全霊の力を籠めて叩き付ける様にその刃を振り下ろした。
幾度かの剣戟の応酬の中で彼はエッリ・ハーパライネンの腕力を完全に上回っている事を把握した。全身の筋肉を其の一点に集中させた攻撃は。
弾き返された。
「……何?」
鈴木孫市重定の明らかな"力負け"。然も彼女は振り上げる形の剣戟によって、全身全霊を籠めて振り下ろしたその刃を弾き返した。
そしてその刃はそのまま彼へと向けて振り下ろされた。その切っ先が身体をなぞり、其処から鮮血が噴き出していく。
流石の歴戦の士である。鈴木重定は僅かに身体を逸らす事で、決定的な致命傷になる事を避けた。
そして激痛のままに失意に陥る事無く、そのまま剣戟を叩き付けた。袈裟切りに振り下ろした刃が白銀に輝く刃に受け止められる。
涼しい顔を繕おうとするエッリ・ハーパライネンの瞳を、鈴木重定の双眸が覗き込んだ。蒼い瞳は、何か別の色を混ぜた様に濁っていた。
「僕は嫌われ者なんだ。」
彼女の握る聖遺物の剣が眩く輝いた。光の刃の如く収束した其れは実際に斬りかかる刀を返し、そのまま鈴木重定の身体を深く裂く。
「が、はっ!?」
内に達した刃に傷つけられたか、血反吐を吐き乍ら、後方へと二歩、三歩と後退りした。
既に刀を握る手は緩んできている。常人ならば立ち続ける事も困難な重傷を負いながらも、流石は戦乱の世、最強の傭兵の子孫と言うべきか。
未だその切っ先はハーパライネンへと向けられ。その姿に、苦痛に苛まれる彼女はゆるりと微笑んだ。
「聖遺物から酷く嫌われる。それ故聖遺物は半暴走状態になる。それが欠片であってもね。だからこんなに無様な姿になるのさ。君が羨ましいよ。君はきっと、聖遺物に認められてるんだろうね。」
そして白銀に輝く刃は、その姿を嘲笑う。美しく、傲慢な刃だった。
「僕が持つ聖遺物は"クラレント"。アーサー王を斬った剣の中の王者、その刃の欠片さ。」
その言葉に反応する様に、白銀の剣が一瞬だけ光を増した。それに呼応して、ハーパライネンが右の側頭部を抑える。
ゆっくりと手を離す。荒々しくも勇ましい、その刃へと相対するべく、剣の中の王者を突きつけて。
「さぁ、そろそろ終わりにしようか。サムライ・エッジ。強かったよ。」
閃光が奔り、一つの闘争が終わりを迎えた。